悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ

文字の大きさ
上 下
51 / 107

45 白旗

しおりを挟む

私はウイング侯爵家から公爵家へ戻り、そのまま懐かしい花壇の前に立った。今は綺麗に色とりどりの花が植えられ咲いている。


あれはまだ6歳の頃。

トネード師匠の元、私もお兄様もコナーも剣を教わっていた。

女の子、それだけで体格は違う。年も一番下。それでも負けん気だけは強かった。

剣の打ち合い、弾き飛ばされるのは私の剣ばかりの毎日。私は悔しくてガレン兄様に泣きながら抱きついていた。


『女だからと剣を持った以上は容赦はしない』


体格の勝るお兄様に勝てる訳がなかった。


『リリーアンヌ、降参か?』


私は『降参する』とは言いたくない。だから私は庭の花壇の花を抜いた。そしてまたお兄様に向かって行った。

それは私が10歳になっても同じ。私が年をとればお兄様も同じだけ年をとる。

その日も私は悔しくて花壇の花を抜いていた。花壇の花を抜く私の隣に座ったお兄様は私の顔を覗き込んだ。


『リリーアンヌ、降参すると言えばそれで済むだろ』

『ハハハッ、アダン、リリーアンヌは降参すると言ってるだろ』


お父様はいつも何も言わず見守るだけ。それでもお兄様の顔が嫌われたくないと不安そうな顔をしていたのを見逃さなかった。


『父上』

『リリーアンヌは口には出さないが花壇の花を抜く事で白旗をあげている。幼い頃は白い花だけ抜いていたが、今はリリーアンヌが毎日抜くから白い花はやめた。部屋に飾るなら色とりどりの花が良いだろ?

アダンの部屋に飾ってある花は昨日リリーアンヌが抜いた花だ』


お兄様は普段顔に出ない。いつも心の中に溜め込んでさらけ出す事はしない。それはトネード達にも。

今だって傍から見れば無表情。

お父様はお兄様のほんの些細な表情、心の動きを見逃さない。お兄様が表情に出す事の方が珍しいから。そういう時は決まって口を出す。


『リリーアンヌは負けん気が強いからな』

『お父様!』


私はお父様を睨んだ。



それでもお兄様の苦手なマナーでは私の方が勝る。

お兄様は突然席を立ち上がり部屋を出て行く。暫くして戻って来た時には両手いっぱいに土のついた花を持ってくる。


『明日部屋に飾れ』


公爵家の庭には私専用の花壇とお兄様専用の花壇が隣同士にあり、いつも花の抜かれた花壇だった。

庭師には申し訳ない事をしたわ。それでも私もお兄様も負けん気だけは強かった。

『降参する』

その一言を言えずお互い花を贈り合う。

私とお兄様の間で花のない花壇は『白旗をあげる』それを意味していた。


この国に攻めてきたお兄様は王宮を落としたら次は貴族の邸に向かう。この国で暮らしたお兄様は貴族の邸の場所も知っている。それは守護神達も同じ。

その時、花のない花壇を見たらお兄様も守護神達も意味は分かる。白旗をあげてる人に、剣を向けない人に、剣は向けない。



私は花壇の前に座り久しぶりに無心で花を抜いた。


「フッ、リリーアンヌは何歳になっても変わらないな」


その声に顔を上げ、見上げた。


「お父様」

「降参か?」

「え?」


私は目の前の花壇に目を向けた。いつの間にか花壇には花が無かった。


「そうかもしれません」

「リリーアンヌ何があった」

「お兄様はきっとこの国に攻めてきます」

「だろうな。帝国は今他国から武器を集めている。俺もアダンに文を送ったが返ってきた返事は『理由は約束を違えたあのくそ餓鬼に聞いて下さい』だけだった。

アダンとアルバートは何か約束をしたのか?」

「はい…。アルバートは約束を忘れ、お兄様の最も嫌う人になりました」

「そうか。それで降参か」


お父様は花のない花壇を見つめ、隣のお兄様の花壇を見つめた。


「それも定めか」

「はい…」

「リリーアンヌはアダンに白旗をあげたんだな?」

「はい。もう何をして良いのか…。お兄様は約束は必ず守りますから」


お父様は私の隣に座った。


「お前達がどんな約束をしたかは分からないが、アダンにとって約束は絶対だ。お前が絡んでいるのなら尚更な。

アダンは俺を父親と慕いお前を護るのは自分の役目だと思っている。アダンは一度繋いだ絆は断ち切らない。

お前はどう立ち向かう。俺の息子は強いぞ?」


お父様は私を見つめ、私もお父様を見つめた。


「アルバートと離縁し、お兄様を止めるしか方法はありません。ですがそれもきっと後手。もっと早く対処をするべきでした」

「お前が何をしようがアダンは変わらない。離縁しようが、説得しようが、何もな。

約束を違えたアルバートを許す事はしない」

「だと私も思います」


お父様は私の頭を撫でた。


「お前のやりたいようにすれば良い。それが間違っていてもな」

「お父様ならどうしますか?」

「アダンを止めるだけなら簡単だ。アルバートを差し出せば良い。アルバート亡き跡はグレイソンを王にすれば良い。グレイソンが辞退するならライアンも居る。

だがアルバートもこの国の王だ。理由が何であれこの国の貴族は黙ってはいない。だが冷静に見ても帝国に勝てる訳がない。返り討ちにあい大勢の犠牲を出して終わる。

なら黙ってアルバートの首を差し出そう、とはならないだろう。だが王の首一つでこの国は助かる。

どちらにせよ戦は免れないだろうな。まあ約束を忘れたアルバートの責任だがな。  

俺もアダンに止めるように文を出すか」

「お願いします。お兄様はお父様の言う事だけは聞き入れてくれますから」


私とお父様は懐かしい花壇をただ見つめた。



しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

幼馴染に奪われそうな王子と公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
「王子様、本当に愛しているのは誰ですか???」 「私が愛しているのは君だけだ……」 「そんなウソ……これ以上は通用しませんよ???」 背後には幼馴染……どうして???

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

竜人王の伴侶

朧霧
恋愛
竜の血を継ぐ国王の物語 国王アルフレッドが伴侶に出会い主人公男性目線で話が進みます 作者独自の世界観ですのでご都合主義です 過去に作成したものを誤字などをチェックして投稿いたしますので不定期更新となります(誤字、脱字はできるだけ注意いたしますがご容赦ください) 40話前後で完結予定です 拙い文章ですが、お好みでしたらよろしければご覧ください 4/4にて完結しました ご覧いただきありがとうございました

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

重いドレスと小鳥の指輪

青波鳩子
恋愛
公爵家から王家に嫁いだ第一王子妃に与えられた物は、伝統と格式だった。 名前を失くした第一王子妃は、自分の尊厳を守るために重いドレスを脱ぎ捨てる。 ・荒唐無稽の世界観で書いています ・約19,000字で完結している短編です ・恋は薄味ですが愛はありますのでジャンル「恋愛」にしています ・他のサイトでも投稿しています

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...