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45 白旗
しおりを挟む私はウイング侯爵家から公爵家へ戻り、そのまま懐かしい花壇の前に立った。今は綺麗に色とりどりの花が植えられ咲いている。
あれはまだ6歳の頃。
トネード師匠の元、私もお兄様もコナーも剣を教わっていた。
女の子、それだけで体格は違う。年も一番下。それでも負けん気だけは強かった。
剣の打ち合い、弾き飛ばされるのは私の剣ばかりの毎日。私は悔しくてガレン兄様に泣きながら抱きついていた。
『女だからと剣を持った以上は容赦はしない』
体格の勝るお兄様に勝てる訳がなかった。
『リリーアンヌ、降参か?』
私は『降参する』とは言いたくない。だから私は庭の花壇の花を抜いた。そしてまたお兄様に向かって行った。
それは私が10歳になっても同じ。私が年をとればお兄様も同じだけ年をとる。
その日も私は悔しくて花壇の花を抜いていた。花壇の花を抜く私の隣に座ったお兄様は私の顔を覗き込んだ。
『リリーアンヌ、降参すると言えばそれで済むだろ』
『ハハハッ、アダン、リリーアンヌは降参すると言ってるだろ』
お父様はいつも何も言わず見守るだけ。それでもお兄様の顔が嫌われたくないと不安そうな顔をしていたのを見逃さなかった。
『父上』
『リリーアンヌは口には出さないが花壇の花を抜く事で白旗をあげている。幼い頃は白い花だけ抜いていたが、今はリリーアンヌが毎日抜くから白い花はやめた。部屋に飾るなら色とりどりの花が良いだろ?
アダンの部屋に飾ってある花は昨日リリーアンヌが抜いた花だ』
お兄様は普段顔に出ない。いつも心の中に溜め込んでさらけ出す事はしない。それはトネード達にも。
今だって傍から見れば無表情。
お父様はお兄様のほんの些細な表情、心の動きを見逃さない。お兄様が表情に出す事の方が珍しいから。そういう時は決まって口を出す。
『リリーアンヌは負けん気が強いからな』
『お父様!』
私はお父様を睨んだ。
それでもお兄様の苦手なマナーでは私の方が勝る。
お兄様は突然席を立ち上がり部屋を出て行く。暫くして戻って来た時には両手いっぱいに土のついた花を持ってくる。
『明日部屋に飾れ』
公爵家の庭には私専用の花壇とお兄様専用の花壇が隣同士にあり、いつも花の抜かれた花壇だった。
庭師には申し訳ない事をしたわ。それでも私もお兄様も負けん気だけは強かった。
『降参する』
その一言を言えずお互い花を贈り合う。
私とお兄様の間で花のない花壇は『白旗をあげる』それを意味していた。
この国に攻めてきたお兄様は王宮を落としたら次は貴族の邸に向かう。この国で暮らしたお兄様は貴族の邸の場所も知っている。それは守護神達も同じ。
その時、花のない花壇を見たらお兄様も守護神達も意味は分かる。白旗をあげてる人に、剣を向けない人に、剣は向けない。
私は花壇の前に座り久しぶりに無心で花を抜いた。
「フッ、リリーアンヌは何歳になっても変わらないな」
その声に顔を上げ、見上げた。
「お父様」
「降参か?」
「え?」
私は目の前の花壇に目を向けた。いつの間にか花壇には花が無かった。
「そうかもしれません」
「リリーアンヌ何があった」
「お兄様はきっとこの国に攻めてきます」
「だろうな。帝国は今他国から武器を集めている。俺もアダンに文を送ったが返ってきた返事は『理由は約束を違えたあのくそ餓鬼に聞いて下さい』だけだった。
アダンとアルバートは何か約束をしたのか?」
「はい…。アルバートは約束を忘れ、お兄様の最も嫌う人になりました」
「そうか。それで降参か」
お父様は花のない花壇を見つめ、隣のお兄様の花壇を見つめた。
「それも定めか」
「はい…」
「リリーアンヌはアダンに白旗をあげたんだな?」
「はい。もう何をして良いのか…。お兄様は約束は必ず守りますから」
お父様は私の隣に座った。
「お前達がどんな約束をしたかは分からないが、アダンにとって約束は絶対だ。お前が絡んでいるのなら尚更な。
アダンは俺を父親と慕いお前を護るのは自分の役目だと思っている。アダンは一度繋いだ絆は断ち切らない。
お前はどう立ち向かう。俺の息子は強いぞ?」
お父様は私を見つめ、私もお父様を見つめた。
「アルバートと離縁し、お兄様を止めるしか方法はありません。ですがそれもきっと後手。もっと早く対処をするべきでした」
「お前が何をしようがアダンは変わらない。離縁しようが、説得しようが、何もな。
約束を違えたアルバートを許す事はしない」
「だと私も思います」
お父様は私の頭を撫でた。
「お前のやりたいようにすれば良い。それが間違っていてもな」
「お父様ならどうしますか?」
「アダンを止めるだけなら簡単だ。アルバートを差し出せば良い。アルバート亡き跡はグレイソンを王にすれば良い。グレイソンが辞退するならライアンも居る。
だがアルバートもこの国の王だ。理由が何であれこの国の貴族は黙ってはいない。だが冷静に見ても帝国に勝てる訳がない。返り討ちにあい大勢の犠牲を出して終わる。
なら黙ってアルバートの首を差し出そう、とはならないだろう。だが王の首一つでこの国は助かる。
どちらにせよ戦は免れないだろうな。まあ約束を忘れたアルバートの責任だがな。
俺もアダンに止めるように文を出すか」
「お願いします。お兄様はお父様の言う事だけは聞き入れてくれますから」
私とお父様は懐かしい花壇をただ見つめた。
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