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亡霊の誕生
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MiG-29から地上に降り立ったばかりの四人の元へ、伝令が走る。
「シュヴェーツィ中尉、コヴァーリ少尉、ボーンダル大尉及びトカーチ少佐は至急司令部へ出頭のこと」
伝令はそう言うと、四人を促すようにして基地の中へと入っていった。
「何だろうな」
「さあ」
「昇給ですかね」
「んな訳あるか、非常時だぞ」
「確実にそんな呑気な話をしてる場合ではないでしょうね。今この瞬間にも死ぬかもしれないのに」
そんな雑談をしながら司令部へと駆け足で向かう四人は、ウクライナ空軍の参謀に出迎えられた。
「君たちのうち一人の機体が撮影され、市民がそれに『キエフの亡霊、敵機六機を撃墜』とコメントをつけて拡散しているようだ。幸い、撃墜機数は確認済み戦果と一致している。つまり、その『キエフの亡霊』は四十年ぶりのエースパイロットだ」
「四機の戦果すべてが一機の戦果になっているというわけですか」
「そうだ。すでに世界的に拡散されている。これを利用して、我々は反撃のための烽火を高く上げなければならない。すなわち、六機撃墜を『キエフの亡霊』の単独戦果として発表するのだ」
「つまり、プロパガンダ戦略の一環というわけですか」
「そうだ。君たちは今後『キエフの亡霊』として、先ほどの戦闘と同様の戦術で戦い抜いてくれ。それから『キエフの亡霊』はすでに反撃の嚆矢を放った存在だ。つまり、今後は攻撃を受ける可能性が高い。であるから、なるべく攻撃を受けないように防空システムをスタンバイし、各機はキエフ西一〇〇キロの堅牢な地下設備に移送する。そして、『キエフの亡霊』というコードネームを小隊名として使用し、今後も引き続き防空任務に当たってもらう」
「了解」
「それからキエフ攻略が始まったら君たちには低空飛行で動員市民兵を勇気づけつつ防衛戦闘を支援してもらうことになる。いいな」
「はい」
「では、移送にかかってくれ」
「了解」
四人は整備及び弾薬の再装填を済ませたMiG-29に再び乗り込むと、整備兵たちに見送られて飛行場を飛び立った。トカーチ少佐は低空飛行するMiG-29のコックピットで不気味なほど静かなキエフの空を警戒するように見回す。キエフの空はだんだんと曇りはじめ、雲が日の出から五時間の明るい太陽を隠していった。
「あの日もこんな曇り空だったな」
トカーチ少佐がそんなことを思い出したのは、地下設備の入り口に到着したときだった。トカーチ少佐は2014年のあの日、警戒任務を帯びて同じような空の下を飛んでいたのだ。あの日とは比べ物にならない危機が迫る今そんなことを思い出す自分に「比べ物にならない祖国の危機だぞ」と気合を入れ、トカーチ少佐は地下設備に格納された機体を降りた。冬の空気よりも一段と冷めた空気が、ライトに照らされて鈍く光っていた。午後になったばかりのキエフ市街に、再びサイレンが鳴り響く。しばらくして未明に落とされたクラスター爆弾の不発弾となっていた子爆弾が爆発したのを攻撃と見間違えただけだったという報告が入り、サイレンは止んだ。
「この静けさはあと何時間続くんだろう」
トカーチ少佐は静寂が訓練と違って予告も何もない耳をつんざくばかりの砲声とミサイルの爆発音によって破られる様を何度も見てきた。その記憶は恐ろしいばかりの現状をさらに悪い方へと持って行かれてしまう様を彼に容易に想像させた。
「チェルノブイリが制圧された。職員は人質にされている可能性がある」
司令部員がそう話しているのを聞いたボーンダル大尉がトカーチ少佐に尋ねる。
「大丈夫ですかね」
「さあな。いまできるのは祈ることと捨て身の戦いをすることだけだ」
トカーチ少佐はそう答えてうつむき、キエフ市街の方角を仰いだ。
「シュヴェーツィ中尉、コヴァーリ少尉、ボーンダル大尉及びトカーチ少佐は至急司令部へ出頭のこと」
伝令はそう言うと、四人を促すようにして基地の中へと入っていった。
「何だろうな」
「さあ」
「昇給ですかね」
「んな訳あるか、非常時だぞ」
「確実にそんな呑気な話をしてる場合ではないでしょうね。今この瞬間にも死ぬかもしれないのに」
そんな雑談をしながら司令部へと駆け足で向かう四人は、ウクライナ空軍の参謀に出迎えられた。
「君たちのうち一人の機体が撮影され、市民がそれに『キエフの亡霊、敵機六機を撃墜』とコメントをつけて拡散しているようだ。幸い、撃墜機数は確認済み戦果と一致している。つまり、その『キエフの亡霊』は四十年ぶりのエースパイロットだ」
「四機の戦果すべてが一機の戦果になっているというわけですか」
「そうだ。すでに世界的に拡散されている。これを利用して、我々は反撃のための烽火を高く上げなければならない。すなわち、六機撃墜を『キエフの亡霊』の単独戦果として発表するのだ」
「つまり、プロパガンダ戦略の一環というわけですか」
「そうだ。君たちは今後『キエフの亡霊』として、先ほどの戦闘と同様の戦術で戦い抜いてくれ。それから『キエフの亡霊』はすでに反撃の嚆矢を放った存在だ。つまり、今後は攻撃を受ける可能性が高い。であるから、なるべく攻撃を受けないように防空システムをスタンバイし、各機はキエフ西一〇〇キロの堅牢な地下設備に移送する。そして、『キエフの亡霊』というコードネームを小隊名として使用し、今後も引き続き防空任務に当たってもらう」
「了解」
「それからキエフ攻略が始まったら君たちには低空飛行で動員市民兵を勇気づけつつ防衛戦闘を支援してもらうことになる。いいな」
「はい」
「では、移送にかかってくれ」
「了解」
四人は整備及び弾薬の再装填を済ませたMiG-29に再び乗り込むと、整備兵たちに見送られて飛行場を飛び立った。トカーチ少佐は低空飛行するMiG-29のコックピットで不気味なほど静かなキエフの空を警戒するように見回す。キエフの空はだんだんと曇りはじめ、雲が日の出から五時間の明るい太陽を隠していった。
「あの日もこんな曇り空だったな」
トカーチ少佐がそんなことを思い出したのは、地下設備の入り口に到着したときだった。トカーチ少佐は2014年のあの日、警戒任務を帯びて同じような空の下を飛んでいたのだ。あの日とは比べ物にならない危機が迫る今そんなことを思い出す自分に「比べ物にならない祖国の危機だぞ」と気合を入れ、トカーチ少佐は地下設備に格納された機体を降りた。冬の空気よりも一段と冷めた空気が、ライトに照らされて鈍く光っていた。午後になったばかりのキエフ市街に、再びサイレンが鳴り響く。しばらくして未明に落とされたクラスター爆弾の不発弾となっていた子爆弾が爆発したのを攻撃と見間違えただけだったという報告が入り、サイレンは止んだ。
「この静けさはあと何時間続くんだろう」
トカーチ少佐は静寂が訓練と違って予告も何もない耳をつんざくばかりの砲声とミサイルの爆発音によって破られる様を何度も見てきた。その記憶は恐ろしいばかりの現状をさらに悪い方へと持って行かれてしまう様を彼に容易に想像させた。
「チェルノブイリが制圧された。職員は人質にされている可能性がある」
司令部員がそう話しているのを聞いたボーンダル大尉がトカーチ少佐に尋ねる。
「大丈夫ですかね」
「さあな。いまできるのは祈ることと捨て身の戦いをすることだけだ」
トカーチ少佐はそう答えてうつむき、キエフ市街の方角を仰いだ。
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