宵闇の夏色

古井論理

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黎明の空色

星海の役割論

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「RPG『宵闇の夏色』は、演劇同好会に所属していた頃のあなたが夏の大会に出場し、『宵闇の夏色』をいつの間にか演じていて、演劇同好会の仲間に『さよなら』を告げるゲームなんです」
 コウくんはそう言い放った。
「さよならって……」
 私が問い返すと、コウくんは少し悲しそうな顔をして言う。
「私たちはあなたが作り出したものですから、おそらく現実にもいたのでしょう。あなたは過去から旅立つのです」
「現実……?」
「そう、あなたがいた現実です」
 私が問うと、コウくんはすっぱりと言い切った。
「そんな……あり得ないよ、私がシナリオの登場人物だなんて」
 コウくんはまた無表情に戻った。
「まあ、あなたはゲームのプレイヤーですから、登場人物かと言われれば微妙ですね」
「そうじゃなくて」
 何か否定がほしい、その一心でコウくんの言葉を否定する。そこへ、チヒロの優しい言葉が割って入る。
「たぶんアヤナは現実の世界にいた私たちのことを思い出して、このゲームのシナリオを作ったんだよ」
 チヒロの言葉に、何かがカチャリと音を立てて頭の中を構成した。
「……思い出す」
 コウくんがチヒロの言葉を補足するように、優しい口調で言った。
「先ほどお話しした以外のことは、私達には分かりません。あなたにしか分からないんです。ここから先は私の推測になりますが、あなたはおそらく現実の世界で、私たちと離れてしまったのです。その理由はこのゲームのシナリオを書いた、あなた自身にしか分かりませんけどね」
「でも……ほら、私、ここから出る方法なんて知らないよ?だから、まだ……」
 コウくんが私の渋る言葉に被せるようにして言う。
「ここは、……ここは、RPG『宵闇の夏色』によって作り出された虚構の舞台なんです。この世界ではあなたが書いたシナリオをまるで現実のように再現することができます。そして、あなたが下手へ行って緞帳を下げさえすればいつでもログアウトできる。本当に……本当に、たったそれだけの場所なんです」
「どうして…どうして?」
 私は膝から崩れ落ちていた。手に持っていた講評用紙をくしゃくしゃにしながら、私は泣きそうなのを堪えていた。
「どうしてもこうしてもないよ」
 チヒロのあとに、コウくんも続ける。
「胡蝶の夢という言葉を知っていますか?中国の思想家荘周が語った説話にちなんだ言葉です。『以前、私は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた』」
 チヒロがそれに続ける。
「自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた」
 もう一度コウくん。一文ずつ交代で読んでいるようだった。
「私が私であることは、全く念頭になかった」
「はっと目が覚めると、やはり、私は荘周という人間ではないか」
「ところで、荘周という人間である私が夢の中で胡蝶となったのか」
「自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか」
「いずれが本当か私にはわからない」
 コウくんとチヒロが、最後の文を一緒に読んだ。私は、何かに気づいた。そして、私がどうしてここにいるのかも。
「今のアヤナに、よく似てると思うんだ」
 チヒロがそう言って私に微笑む。
「どこが?」
 私が一応の説明を求めると、コウくんは詳細な説明を返してくれた。
「あなたは今、夢の中を現実世界と思っているのです。もし仮に目覚めなければ、この世界は現実と言って差し支えないですが……人間であるあなたに、そんなことができるでしょうか」
「……目覚めなければ、どうなるの」
 私がそう聞くと、コウくんは少し目を伏せて言った。
「おそらく餓死するでしょうね。ゲーム依存で餓死する、よくある話です」
「そっか。……私はここにいちゃいけないんだね」
 私の中で、ここから出ることが決まった。そして、何度もこのゲームを繰り返してきた思い出が蘇る。
「よかった、分かってくれて」
 チヒロが安堵したような声を上げた。
「では、あなたの言うべき言葉を言ってもらいましょうか」
 コウくんがそう言って私に微笑んだ。
「……コウくん、チヒロ、さようなら」
 そう言うと、コウくんとチヒロは私に手を振った。
「では」
「じゃあね」
 その声を背に、私は講評用紙を置いて、東へと走り去った。
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