宵闇の夏色

古井論理

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逢魔時の紫色

田畑の不明論

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「そういえばこの高校の周りって結構不思議な形してるよね」
 チヒロが私の方を見た。その目は冒険への期待を膨らませる少年のように輝いている。
「そうだね……高校の敷地と外との境目にはコンクリートと石でできた低い垣があって、その外側には農業用水路が高校の周りを一周するように作られてる……なんかお城みたいだよね」
「そう、そうなんだよ」
 チヒロは何やら探偵のような口ぶりで私の方に人差し指を突き出した。
「……どうしたの?」
「この高校を取り囲んでる用水路って、どこまで続いてるんだっけ」
「え……どこだっけ」
「市のホームページに載ってる情報によると、そこの安濃川までだってさ」
「へえ……あんな川から続いてるんだ」
「まあもっと上流の方から流れてるらしいけどね」
「なるほど……それで?」
「安濃川の方に行くと街があるじゃん」
「ああ、この前の神社とかがあった街ね」
「そこには小学校とかがあるわけじゃん」
「うん」
「でもあの街って駅がめっちゃ遠いじゃん」
「めっちゃってほどでもないけど……確かに駅と街の中心の間に一旦田んぼを挟んでるね」
「なんでそうなったんだろうね」
「わかんない」
「そうそう、ググってもどこにも書いてないんだよね」
「……ってことは」
「そう、誰も疑問に思ってないか、あるいは何か当然そうなるべき理由があったかの二択だね」
「そこの街の名前は……?」
八町はっちょうだってさ」
「じゃあ八町のウィキペディアとかに載ってないの?」
「それがないんだよね」
「ええ……」
「駅から遠いことについてはちょっとしか触れられてない」
「どれどれ……」
 私はウィキペディアの記事を調べた。幸いにも八町の項目はある。私はそのページを開き、じっくりと読んでみた。

『歴史』
 八町は安土桃山時代に出自不明の農業技術者集団「八衆人はちすびと」によって開拓され戦略的要地となった当時としては先進的な技術で高い収量(幕府資料によると同面積の一般的な農地の1.5倍強)を出した総合農業都市であり、水稲や茶、絹製品の生産が盛んに行われていた。しかし明治30年代になって鉄道敷設計画が進むと八町周囲に計画的に配置され動線が整理されている田畑の出荷動線と衝突してしまうことが明らかとなり、駅は郊外に設置された。

「あるじゃん」
「どこ?」
「歴史のところに書いてある」
「え」
「ほらここ」
 私はウィキペディアの記事を見せた。
「……八衆人の技術で作った田園の出荷動線と合わせるため、か……」
「そうらしいよ」
「しかし八衆人って何者だったんだろうね」
「わかんない。多分大陸かどこかから来た技術者だろうね」
「もしかして未来人だったりしない?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ天才的な別の世界の人とか?」
「……なんで天才と転生を合わせるの」
「良いじゃん、別に」
「まあいいけど」
「それでさ、ちょっと見たいものがあるんだよね」
「何が見たいの?」
「川沿いに少し歩くと丘があるらしいんだよね、公園になってるみたいなんだけどさ」
「そこに行きたいってこと?」
「うん。ちょっとまってね」
 チヒロはそう言うと、スマホをいじり始めた。
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