宵闇の夏色

古井論理

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逢魔時の紫色

書類の失敗論

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 成績返却も済んで、大会まではあと8日。翌日に出場校打ち合わせを控えた私たちは、書類作りに追われていた。
「なんでこんなに印刷しなきゃだめなんだろう」
「そりゃあ渡す相手がいっぱいいるからに決まってるじゃん」
「……まあそうなんだけどさ」
 そう言いながら私は書類をペラペラとめくってチェックする。すると、そこには印刷ミスでできたであろう真っ黒な紙が3枚。どうやら照明の指示書らしい。
「ああ……ミスってる」
「刷り直しかぁ」
 9時に始めたというのに、書き上げた書類を印刷し終えた頃には既に正午を回っている。去年もそうだったな、と思い出した。去年は先輩がその前の年に大会で最優秀賞を取った話をしてくれたっけ。コウくんもいて、「僕たちも取れたら良いですね」と言っていたような……
「何ぼーっとしてるの、仕分けしないと」
「わ、わかった」
 私は「宵闇の夏色」の脚本をパラパラとめくり、照明指示入りのものとそうでないものを分けた。チヒロは書類をクリアファイルに入れて分けている。
「さて、これで終わりかな?」
「こっちは大丈夫だよ」
「1年生のみんなは?」
「大丈夫だって」
 チヒロの後ろでユリアちゃんがうなずいている。私は「解散」と言おうとして、少しためらった。
「どうしたの、まだ何かある?」
 チヒロが言う。私は印刷を始めたときから言おうとしていたことを口から発した。
「みんなは今日、弁当持ってきてる?」
 みんなに聞くと、みんなはうなずいた。
「じゃあさ、どっかで弁当一緒に食べない?去年もそうしたんだけどさ」
「いいね」
「いいと思います」
 チヒロと1年生がうなずいている。私は弁当箱ケースを取り出すと、「じゃあ活動場所に行こっか」と言って階段を降りた。演劇同好会の他のメンバーたちも一緒に降りてくる途中、1年生たちはずっと中学生の頃の話をしていた。それぞれ別の中学校から来ているはずなのに、あるあるも共通している。それを素直に凄いと思いながら、階段を降りて廊下に入ったところでチヒロに話しかけた。
「チヒロ、今日の弁当のおかず何?」
 チヒロはすぐに答えた。
「今日はサンドイッチだよ」
「じゃあ具は?」
「何だったっけ……たしか卵サラダだったような」
「タマネギ入ってたりする?」
「……入ってないと思うけどなぁ」
「ええ……」
「なんでもらう前提で話してるの?あげるなんて一回も言ってないじゃん」
「えー、いいでしょ別に」
「よくない。アヤナの弁当食べても、全然おなかいっぱいにならないじゃん」
「そんなことないよ……チヒロ、食いしん坊でしょ」
「まあそれはそうだよ」
「まあいいや、サンドイッチは諦める」
「そうしてくれると嬉しいな」
「するって言ってるから」
「はいはい。で、弁当食べる部屋は過ぎてるけど」
「ごめん」
 私はUターンすると、活動場所になっていた第二会議室へ入った。
「みんな座って。十分距離は取ってね」
「はい」
 そうは言っても、みんな距離は近いものだ。みんなが座り、弁当を開くと唐揚げの匂いが部屋に充満した。
「誰、唐揚げ持ってきたの」
「はーい」
 手を挙げたのはチヒロだった。チヒロの弁当箱にはサンドイッチと唐揚げが同居している。
「いただきまーす」
 私はそう言って、塩むすびを頬張った。口いっぱいに広がった塩むすびの味は、形容のしようがないほど美味しい。「みんなで弁当を食べるのは一年ぶりだな」「このメンバーでは初か」なんて思っていると、12時30分のチャイムが鳴った。
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