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夜の電車とカミングアウト

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「楽しかったね」
 優莉姉さんはそう言って、和藤さんと仲良く話している。電車の中は騒がしく、僕達が座っている席の隣ではキャリーバッグを持った観光客が楽しげにイルミネーションについて話している。
「イルミネーションは行かなくてよかったんですか?」
 和藤さんに聞くと、和藤さんは僕に耳打ちした。
「付き合っていることを公にするような場所に行くものではないと思います。噂されれば先輩の進路にも響きますからね」
 優莉姉さんは少し申し訳なさそうな顔をして和藤さんの方を見ている。和藤さんには何か関わった人に不都合な秘密でもあるのだろうか。そんなことが頭をよぎったとき、僕に優莉姉さんが話しかけた。
「英二、和藤さんにどんな秘密があっても今日のことは消されようのない事実だからね。いい思い出になってたらいいし、そうでなくても私は楽しかった。それで十分なんだと思うよ」
「私の秘密を知りたいなら、お教えしましょうか?」
 和藤さんがそう言って、僕の方を見た。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ」
 和藤さんはそう言って、僕をじっと見ている。僕は無言のままうなずいた。
「わかりました、お教えしましょう。私はね、かつて人を殺したことがあるんです」
「え?」
「……言っちゃったかぁ」
 優莉姉さんが明るいままの、しかし目の奥に悲しみの映った顔で僕を見て言った。僕は和藤さんの顔をじっと見た。この得体の知れない、しかし優れた頭脳と人間性、そして優しさを備えていそうな15、6歳の顔の向こうには、殺人者のかおがあるのか。僕は少し寒気がした。自分の下に死体が埋まっていると言われたときのような違和感。
「私ははっきり覚えてますよ。殺してしまったときの感触、怒り、絶望を」
 僕は声を殺して聞いた。
「どうして?どうして殺したんですか?」
 和藤さんは悲しそうな顔をして、僕の斜め上を見た。そして、話し始めた。
「私はその日、歩道橋から突き落とされました。左手を怪我していて、あとで骨折していたとわかりました。突き落としてきた奴らは逃げ、私は激怒して血だらけのまま彼らを追いかけました。彼らに追いつくと、私はそのうちの一人に掴みかかりました。他の奴らに指示を出していた奴です。それで私は、彼を地面に引き倒し、足で彼の体を踏みつけつつ頭を何度も蹴りつけました。そして彼の胸ぐらに右手をかけ引き起こそうとしたとき、彼の体が重いことに気づきました。そして彼の首に右手を当てると、脈はもうありませんでした。私はそこに彼を放置し、家に逃げ帰りました。私は速やかに病院に連れて行かれ、複雑骨折の治療を受けました。そして翌日、彼の死について私は警察に取り調べを受けました。まだ9歳でしたから、逮捕もされず、少年院にも行かずに済みました。でも私が人を殺したのは事実です。自分をいじめて殺そうとしてきた、いわば敵をやったのだから後悔はしていませんが、罪は罪です。世間は事情なんて見てはくれません」
 和藤さんは語り終わると僕の目を見た。
「英二さんは、どう思いますか?」
「仕方ないと思います。相手を殺すのは悪いことでも、和藤さんは殺されかけたんですから」
 僕はそう答えた。和藤さんは少し笑って言った。
「先輩と全く同じですね。やっぱり親戚だからですかね」
 笑いが顔から消えたとき、和藤さんはうつむいて黙った。
「次は津駅です」
 車掌の声。気づけば人混みはまばらになっていた。
「さて、お二人はここまでですか」
 和藤さんはそう言った。
「そうだね。じゃあ気をつけてね」
「そちらこそ。今日はありがとうございました」
 優莉姉さんは和藤さんと言葉を交わしてから荷物を持つと、僕と一緒にドアの前に立った。
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