上 下
238 / 246
エピローグ

ハッピーエンドは続く

しおりを挟む
 魔王の転移により、広場の噴水の真ん中のステージ上に私たちが現れると、広場の柱に取り付けられた鐘が一斉に鳴り響いた。
 それを合図に、ステージ脇で魔王府楽団の演奏が始まった。
 楽団の指揮を執るのはクシテフォンだ。
 一緒に転移してきたサラとノーマンはユリウスの案内でステージ後方に設けられた来賓席に向かうと、そこにいた他の来賓たちは一斉に立ち上がって拍手で私たちを迎えてくれた。
 私と魔王の背後には、クシテフォンを除く聖魔騎士団員が集まって来ていた。
 魔王は重力魔法で私たちが立っているステージを浮かせ、広場の奥の方にいる人々に見える高さにまで上昇させた。

 すると広場は大歓声に包まれた。
 私は圧倒されてしまった。
 ステージが高く浮き上がったことにも驚いたけど、目の前に広がる人の多さに。
 広場の奥の方まで、人で埋まっている。
 足がすくんでいる私の背に、さりげなく魔王が腕を回して支えてくれた。
 遠くの人々にまで一通り手を振り、愛想を振りまくと、ステージは元の位置に戻された。

 ステージの脇にはマルティスとロアの姿があった。
 彼らはこのイベントの進行を任されていたのだ。
 ロアは私たちを見て、感嘆の声を上げた。

「わあ…!トワ様、とても綺麗ですね!」
「ああ、そうだな。別人みたいだ」

 マルティスにしては珍しく素直に褒めた。彼はステージ上の魔王の声を増幅して広場中に響かせる役目も負っていたのだが、この大観衆を目にして緊張していると云っていた。

「それにしても、エンゲージ式なんて素敵なアイデアですね。これは、今後流行りそうですよ」
「ああ、魔族にはそんな概念すら存在しなかったからな。これは良い商売の匂いがするぜ」
「またそんなことを…。今日くらい商売抜きでお祝いしましょうよ」
「俺なりに緊張をほぐそうとしてんだよ。さて、行くか」

 少し緊張気味なマルティスがステージの前に出て来て、観衆の前で叫んだ。

「これより、魔王様と聖魔様のエンゲージ式を執り行う!」

 楽団のファンファーレが鳴り、観衆から大声援が巻き起こった。
 魔王ははじめにゴラクドールの自治の成果を報告した後、私とエンゲージし、パートナーとなったことを百万の大観衆の前で宣言した。
 こういう時はさすがは魔王だなあと尊敬する。
 こんな大勢の前でもすごく堂々としてるんだもの。

「トワ、手を振ってやれ」
「う、うん」

 魔王に云われて私が観衆に手を振ると、ひときわ大きな歓声が上がった。
 そしてその声は「聖魔様、バンザイ!」との合唱へと変わっていった。
 観衆の中には、かつてゴラクドールで暴動が起こった時、負傷して私に回復してもらった者も多くいて、彼らはそれを周囲の者たちに自慢気に語っていたという。

 そこへユリウスとウルクが高さ10メートル以上はあろうかという超特大ウェディングケーキをステージ上に運び込んできた。
 圧倒的な存在感のウェディングケーキを目の前にして、さすがに私も驚いた。
 私に内緒で最高位料理人ゴッドキュイジーヌの2人が徹夜で作ってくれたという。よくここまで運んでこれたなあ、と感心した。
 ユリウスとウルクは、私たちのために心を込めて作りましたと、眩しいほどの笑顔を見せた。
 しかも、このウェディングケーキ、なんと私の大好物のショートケーキで作られている。ソレリーがふんだんに使われているのは、ロアがナラチフから取り寄せたものだった。
 ケーキは式典の後、来賓客らに切り分けられて配られるらしい。私の分も取っておいてくれるというので後で食べるのが楽しみだ。

 感動のため息をつきながらケーキを見上げていた私を、魔王がそっと抱き寄せた。
 彼の手には大きなケーキナイフが握られていた。
 こ、これは、お約束のケーキカット…!

「これはパートナーになって、初めて2人で1つのことを共にする、という意味なのだそうだな」
「うん、式のメインイベントだね」

 こんな細かいところまでアルシエルが教えていたんだな。
 そのアルシエルはステージの下で警備をしながらこっちに手を振っている。
 後でお礼を云っておかなくちゃね。

 2人でケーキにナイフを入れると、再びファンファーレが鳴って、万来の拍手が沸き起こった。

 本当に夢みたい…。
 これ、私の結婚式なんだ。

 白い衣装を身に着けたロキとバルデルが大きな籠を片手に、ステージに駆け上がってきた。

「魔王様、トワ様、おめでとうございます!」

 2人はそう云いながら、籠から私と魔王の頭上に白い花びらをまき散らした。
 フラワーシャワーっていう結婚式でよく見るやつだ。
 その花びらは、ネーヴェが起こした風で舞い上がり、観客たちの頭上にまで降り注いだ。

 来賓の席にいた客たちも立ち上がって「おめでとうございます」と口々に祝福の言葉を口にした。
 優星たちも、アリーやイドラも拍手でもって祝福してくれている。
 サラも降り注ぐ花吹雪に見入ってはしゃいでいた。
 エリアナが近づいて来て、魔王に会釈をして、私に話しかけてきた。

「トワ、すっごく綺麗よ!あたし、感動しちゃった。こっちでこんな素敵な結婚式が見れるなんて思わなかったわ」
「ありがとう。次はあなたの番ね、エリアナ」

 私は持っていた花束ブーケをエリアナに渡した。
 彼女とはいろいろあったけど、今も良い友人でいる。
 急に花束を渡されて驚いていたけど、エリアナは嬉しそうにそれを受け取って、そっと将の方を見た。
 将は頭を掻きながら「俺だってちゃんと考えてるよ」と照れながら云った。
 彼も少しは大人になったみたい。昔はあんなにトゲトゲしてたのにね。
 そう遠くない未来に、エリアナのウェディングドレス姿が見られそうだ。

 私自身も、こんなに素敵な結婚式ができるなんて思ってもみなかった。
 皆の祝福に、感極まって思わず涙ぐんだ。

「どうした?」

 魔王が心配して私の顔を覗き込んだ。

「ううん、嬉しくって、泣けてきた…」

 彼は胸ポケットに入っていた白いハンカチを差し出しながら、優しく微笑んだ。
 今更ながら、この超絶美形と結婚式してるんだと実感がわいてきて、じわじわと嬉しさがこみあげてきた。
 ヤバイよ…こんなの嬉しすぎる。
 私はハンカチを受け取って涙を拭うと、彼を見上げた。

「ゼルくん、ありがとう…。私、すごく幸せだよ」
「フッ、これからもっと幸せにしてやる。だが、おまえのそんな顔を見られるのなら、何度でもやってやろうか?」
「それじゃありがたみがなくなっちゃうよ」

 そうやって彼と微笑みあっていると、私の後ろに控えていたジュスターがこそっと伝えてきた。

「トワ様、カイザー様が『我慢の限界だ』と申しております」

 今日は魔王も私も純白の衣装だから、黒いネックレスは似合わないと、ジュスターに預けておいたのだ。
 それでカイザーはちょっと拗ねていたみたいだった。

「カイザー、出てきていいわよ。あんたもお祝いしてくれるんでしょ?」
『もちろんだ、トワ』

 カイザーはジュスターのネックレスから飛び出して、ステージ上空に巨大なドラゴンの姿を現した。
 それを見た来賓客や広場の観衆からは、悲鳴に近い歓声が上がった。
 カイザーは私たちの頭上に留まりながら咆哮した。

『我はこの地を守護するカイザードラゴン。我が魔王と聖魔トワを称えよ!者ども、祝え!祝え!祝え!』

 カイザーの声に大観衆は熱狂した。
 それは自分たちを守護してくれるドラゴンへの畏怖と憧憬、そしてそれを使役する魔王と私を祝着する声だった。
 その大声援に、私は気が遠くなりそうなほどの幸福感に包まれた。

 その高揚感の中、私はふと思い出した。
 久しぶりに私の夢にあの女の人が現れた時のことを。
 それは、魔王と私のエンゲージ式が決まった日の夜のことだった。

 私によく似た銀色の髪をしたあの人は、私に『ありがとう』と云った。
 なぜかわからないけど、私にはわかった。
 あの人がこの世界を去るのだということが。
 そして、

『さようなら、私の半身あなた…』

 そう云って、消えた。

 翌日、魔王府の最上階の祭壇に置かれていたあの聖櫃アークが忽然と消えていた。
 魔王府中が大騒ぎになって、総出で探したけど見つからなかった。
 あの人は聖櫃を箱舟にして、愛する人とこの世界から旅立ったのかもしれないと思った。

 それ以来、夢の中にあの女の人が現れることは二度となくなった。
 私にこの不老不死の体を託して、あの人は最後にこう囁いた。

 ―あなたは、あなたの運命を生きて。
 どうか、幸せに。

 目を閉じて、その言葉を噛み締めた。

 今、私の耳に届くのは、祝福の声と拍手。そして、魔王の優しく甘い囁き。
 それらに包まれて私は、幸せを噛みしめていた。
 これが夢なら、どうか醒めないで…。

「トワ」

 名を呼ばれて目を開けると、私の好きな人が目の前にいた。
 これは夢じゃない。

「ずっと聞こうと思っていたのだが」
「何?」
「おまえの、トワという名には、何か意味があるのか?」
「名前の意味?…えっとね、ずっと続くっていう意味よ。永久とか永遠とかいうでしょ?時も、未来も超えて、ずーっと幸せが続いていって欲しいっていう願いが込められてるんだって。おばあちゃんがつけてくれたんだ」
「なるほど…、そういうことか」
「急に何?」
「いや、我のパートナーにふさわしい良い名だ」
「フフッ。自分でも結構気に入ってるんだ。でも、名前だけじゃなくて、あなたにふさわしい人になれるよう、頑張らなきゃね」
「おまえはそのままで良い。今のまま、我とずっと共にいてくれ」
「うん、もちろん…」

 大勢の人が見ているにも関わらず、彼は顔を寄せてきて、私の唇にキスした。
 その甘い感触に夢中になって、やがてエリアナや将の冷やかす声も、人々の歓声も聞こえなくなった。
 私の耳には、彼の声だけが聞こえていた。
 
「おまえだけに永遠の愛を誓おう」

 私も、誓うわ。
 ずっと…あなたと一緒にいる。
 何があっても、永遠に。
 
 きっと、これからもいろいろなことが起こるだろう。
 ハッピーエンドを迎えても、私の物語はこれからも続いていく。
 魔王という伴侶パートナーと共に。


(完)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...