228 / 246
最終章
悪意の行方
しおりを挟む
そんな私の思いをよそに、カオスは足元を氷漬けにされて動けないままのテュポーンに迫った。
カオスが近づくと、テュポーンにはそれがひどく恐ろしいものに見えているのか、大きな手で顔を隠しながら縮こまって怯え、委縮しているかのように見えた。
だけどそのうちテュポーンは逆切れしたのか、腕を振り上げてカオスに殴りかかろうとした。
その腕はカオスによって軽々と捻りあげられてしまったけど、2つの巨大な魔獣の取っ組合いは、なんだか怪獣映画を見ているようだった。
けれど、その実力差は一目瞭然だった。
カオスは、もはや援護する必要もないほど一方的にテュポーンを叩きのめした。
そのカオスの様子を見て、もうあそこには本当に魔王はいないんだと思った。
テュポーンがカオスに向かって黒い霧を吐こうとすると、カオスはテュポーンの顔の穴に向かって、その口から光線のようなものを吐き出した。
ゼロ距離で放たれたその光線は、吐き出された黒い霧ごとテュポーンの顔の真ん中の穴奥深くへと吸い込まれていった。穴の奥がどこに繋がっているのかはわからないが、光線はテュポーンの頭を貫通することはなかった。
光線を吐き終わったカオスは、テュポーンの両肩を掴んで押し倒した。
固定されていた足元の氷がバリバリと音を立てて砕け、テュポーンは仰向けに地面に倒れた。
カオスはその上に馬乗りになって、テュポーンの両腕を抑えつけた。
倒れたテュポーンの顔の真ん中の穴からは、沸騰した赤黒い血液のようなものが溶岩のようにドロドロと吹き出した。その高熱と衝撃でテュポーンの皮膚は溶けていった。
テュポーンは恐竜のようにけたたましく呻き声をあげ、苦しんでいた。
「反則級に強いね…!」
私の背後でネーヴェが叫んだ。
背ろを振り向くと、そこにいた者たち全員が畏怖の表情でカオスを見上げていた。
カオスは倒れたテュポーンの体に、鋭い爪を突き刺して攻撃を仕掛けている。
顔の穴からは流れ出す溶岩のような黒い血液が止まらず、テュポーンの皮膚は溶けたり再生したりを繰り返していた。
「あれは何をしてるの?体をつついてるように見えるけど…」
「カオスはああしてテュポーンの体内の核を探し、取り出そうとしているのでしょう」
ジュスターはそう説明してくれた。
私は、ハッとした。
「核って…まさかイドラのこと?」
「そうです。イドラはテュポーンと同化して核となっているはず。核を破壊すればテュポーンは消滅します」
「そんな…!あの爪でイドラを殺すつもりなの?なんとかならないの?」
「イドラの意識はもうとっくにテュポーンに食われて残ってはいないはずです。助けることは無理です」
ジュスターは無情にもそう云った。
だけど私はそうは思わない。
「イドラは私に言ったのよ。何があっても諦めないって。きっとまだあの中で頑張ってるんだと思う。早く助けてあげないと!」
私の言葉を聞いたカナンは、何やらアスタリスにひそひそと耳打ちしていた。
それに気づいた私は、カナンに問い掛けた。
「カナン、何か策でもあるの?」
「はい。アスタリス、先日言っていた光は見えるか?」
「うん、今はテュポーンの胸の下に見えるよ。以前よりも強く光ってる。見つけてくれっていってるみたいだ」
「光?」
私には何のことかわからなかった。
アスタリスはテュポーンの中に光が見え隠れしていることを教えてくれた。
それが核かどうかはわからないけど、光は動いていて、もしかしたら依り代となっているイドラの可能性もある。
「それ、助けられる?」
「それにはまず、テュポーンの体内に入る必要があります。ですがごらんの通り、テュポーンは強力な再生能力を持っています。並みの者ではその再生能力に押しつぶされてしまうでしょう。万が一、入れたとしても、イドラにたどり着く前にテュポーンの魔力に負けて意識を支配されてしまうかもしれません」
「それじゃ、どうしたら…」
「主、その役目、俺にやらせて欲しい」
そう申し出たのはラセツだった。
「俺は、肉体的にも魔力的にも並みの魔族より強い。再生しようとする力にも抗って見せる。それに俺にはあれの体内に光るものが見える」
アスタリスが傍にいた彼を見上げた。
「そうか…、この人ならやれるかもしれない」
「ラセツ、大丈夫なの?」
「無論だ。主に貰ったこの力を役に立てて見せる」
「トワ様、時間がありません。カオスにやられる前に救出しなければ」
「う、うん。ラセツ、お願い。イドラを助けて」
「必ず」
カナンはラセツに何か話すと、すぐに行動に移した。
騎士団メンバーも集まってきたところへ、将たち勇者候補一行やゼフォン、アルシエルらも協力を申し出てくれた。
その間にも、カオスはお構いなしに、テュポーンの体をえぐるように爪を突き立てている。
ジュスターは、ラセツを止めはしなかったけど、カオスの攻撃を止めることもできないと云った。
「あれはもう魔王様ではありません。テュポーンを滅ぼすという命令を実行するだけの神の現身です」
「そういうとこは魔獣と変わらないのね…」
「はい」
ラセツは、彼を支援するカナンたちと共にテュポーンの元へ駆け出した。
私は祈るような気持ちで彼らを見送った。
「無駄かもしれませんが、私もカオスに呼びかけてみます」
ジュスターはそう云って、カオスの巨体へと飛んで行った。
「お願い。皆、頑張って…!」
ラセツたちは横たわっているテュポーンの巨体にステップして駆け上がっていった。
テュポーンの鳩尾にあたる部分に光を見つけると、肉体を超硬化させたシトリーが、その鋼鉄よりも硬い拳で鱗で覆われたテュポーンの皮膚を数発殴ると、テュポーンの体に風穴を開けることに成功した。
ラセツは再生しようとするその穴を強引に手で押し開いて中に侵入していった。
彼がテュポーンの体内に潜った直後、穴はテュポーンの再生能力により閉じられてしまった。
「ラセツが閉じ込められちゃった!大丈夫かな…」
「トワ様、大丈夫です。きっと戻ってきますよ」
傍にいたユリウスはそう云うけど、不安でしかたがない。
その不安は的中して、ラセツの潜っていった所にカオスが鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
シトリーやカナンが、体を張ってその攻撃を防ごうとしている。
私も必死で彼らを回復で支援した。
邪魔をするカナンたちをカオスは自分の敵だと認識したようで、今度は彼らを攻撃してきた。
ゼフォンやアルシエルにもカオスは攻撃を加えたけど、彼らは素早く躱した。
するとカオスは、怒ったのか彼らに向かって首を動かしながら広範囲に光線を吐いた。
ゾーイが盾で光線を防いだので、テュポーンの上にいたカナンやシトリーたちは無事だったけど、テュポーンの周囲にいた者たちは、光線による高熱で灼熱地獄に巻き込まれた。
私の立っているところにまで、その熱風が届くほどだ。
ジュスターがすぐさまそこへ氷結魔法を放って彼らを熱さから救った。
カオスの爪は、再びラセツの潜った場所へと振り下ろされた。
「やめて!!攻撃しないで!」
私が叫ぶと、カオスはその手を一瞬止めた。
カオスの肩で説得を続けているジュスターの言葉が届いたのか、それとも…。
その時、ネーヴェが指をさして叫んだ。
「見て!テュポーンの腹が…!」
テュポーンの鳩尾のあたりの鱗が、赤黒く変色し始めたのだ。
すると、その真上から、カオスが爪を突き立てた。
その爪は皮膚を破って、テュポーンの腹に突き立てられ、テュポーンの腹に大きな穴を開けた。
再生しようとするその穴から、真っ黒なスライムのようなものが這い出して来るのが見えた。
それはよく見るとラセツだった。
穴が塞がる前になんとかシトリーたちに引き上げられたラセツは、真っ黒いゼリー状のヘドロのようなものにまみれていたのだ。
そして、その腕にはしっかりとイドラが抱えられていた。
ホッとしたのも束の間、カオスが再びラセツめがけて爪を振り下ろした。
「やめてええ―!!」
ラセツのいた場所にはカオスの爪がザックリと突き刺さっていた。
私は悲鳴を上げて思わず両手で顔を覆った。
「トワ、大丈夫だよ」
私のすぐ後ろから、その声は聞こえた。
そっと振り向くと、そこにはアルシエルが立っていて、隣には片膝をついたラセツと腕に抱えられたイドラの姿があった。
「あ…!あなたが助けてくれたのね!良かった…!」
カナンやシトリーたちも逃げて無事だった。
私がホッとした直後、テュポーンの断末魔の声が聞こえた。
見ると、カオスに抑えつけられていたはずのテュポーンの巨体は、黒い砂のように粒子化し、サラサラと大気中に消えていった。
ゼフォンやエリアナたちはその光景に驚いていた。
「テュポーンが消えていく…!」
「倒した…のか…?」
「テュポーンをやっつけたの?」
テュポーンが消えたのを目の当たりにした者たちは、歓喜の声を上げた。
茫然としていた私の目の前に、突然イシュタムが転移して現れた。
「わ!イシュタム?!びっくりしたぁ…!」
イシュタムは私に声も掛けず、膝をついているラセツの前に歩み出た。
彼もかなり大柄だと思ったけど、ラセツと比べると小さく見える。
イシュタムはラセツの腕から気を失っているイドラを受け取り、自分の腕に抱きかかえた。
彼が声を掛けると、腕の中のイドラはゆっくりと目を覚ました。
「イシュタム…」
「イドラ、無事か」
2人は見つめあっていて、そこだけ別世界みたいなことになっている。いつの間にそんないい感じの仲になってたんだろう。
…なんか邪魔しちゃいけない気分になったけど、私はイドラに声を掛けた。
「イドラ…!平気なの?」
「トワ…?ああ、本当に君だ。また生きて会えるなんて…嬉しいよ」
イドラは少し衰弱しているように見えたけど、私の顔を見て安堵の笑顔を見せた。
イドラの体は意識と切り離されてテュポーンの体内で眠りについていたらしい。
テュポーンが砂のように消えていったことについてイドラは、依り代である自分の体を取り出されたため、実体を維持できなくなって消えていったのだろうと説明した。
イドラは、テュポーンの意識下でずっと抗っていたため核化を免れたのだという。
イシュタムが意識体となってテュポーンの意識下に侵入した時、イドラを見つけて、その体に意識を戻したのだそうだ。そしてテュポーンに捕まらないように体内を移動し続け、脱出の機会を伺っていたというから驚きだ。あのボンクラなイシュタムが、そんな器用なことをやってのけるとは思いもしなかった。
ラセツがテュポーンの中に入ってきてイドラの体を見つけ、抱きかかえて脱出した際、イシュタムの意識体は、ゴラクドールにいた自分の体へと戻されたのだという。イシュタムはその後、ここへ転移してきたのだった。
あれほど苦しめられたテュポーンが消滅して、私はホッと一息ついた。
だけど、戦いはまだ終わっていなかった。
「トワ様、危ない!」
ユリウスが私の体を抱き寄せて、素早く移動させた。
ほぼ同時に、イシュタムもイドラを抱いて飛び退いた。
私の目の前に、突然カオスの巨大な爪先が突き立った。ユリウスがいなかったら、串刺しにされていただろう。
「何が起こったの…?」
私は驚いてカオスを見上げた。
ジュスターが必死で止めようと説得しているけど、カオスは攻撃をやめなかった。
今度はイシュタムとラセツを狙って爪を突き立てた。
「テュポーンは消えたのに、どうして…?」
「そうか…。カオスは私にまだテュポーンの意識が宿っていると思っているんだ」
「ええっ?テュポーンの意識がまだ残ってるの?」
「私の中にはいないが、おそらく私たちが脱出すると同時に憑依していた奴の意識体も逃げ出したのだろう」
イドラはそう断言した。
「逃げたって…じゃあテュポーンの意識はどこに…?」
私は注意深く、ラセツを見た。
まさか、彼に憑りついてたり…?
「俺は大丈夫だ」
私の視線に気づいたラセツはそう云いながら、体にまとわりついていた黒いヘドロの塊を、手で拭って地面に落としていた。
「ちょっと、それ何?スライムみたいで気持ち悪い…」
「テュポーンの体液のようなものらしい。本体が消えたので、時間と共に消えるとは思うが、気持ちの良いものではない」
「うはあ…」
私が覗き込むと、地面に落ちた黒いヘドロから、目に見えない何かが、私に向かって飛び出してきた気がした。
「うっ…!」
胸の中にズシン、と何か重たいものが入ってきた感覚があった。
カオスが近づくと、テュポーンにはそれがひどく恐ろしいものに見えているのか、大きな手で顔を隠しながら縮こまって怯え、委縮しているかのように見えた。
だけどそのうちテュポーンは逆切れしたのか、腕を振り上げてカオスに殴りかかろうとした。
その腕はカオスによって軽々と捻りあげられてしまったけど、2つの巨大な魔獣の取っ組合いは、なんだか怪獣映画を見ているようだった。
けれど、その実力差は一目瞭然だった。
カオスは、もはや援護する必要もないほど一方的にテュポーンを叩きのめした。
そのカオスの様子を見て、もうあそこには本当に魔王はいないんだと思った。
テュポーンがカオスに向かって黒い霧を吐こうとすると、カオスはテュポーンの顔の穴に向かって、その口から光線のようなものを吐き出した。
ゼロ距離で放たれたその光線は、吐き出された黒い霧ごとテュポーンの顔の真ん中の穴奥深くへと吸い込まれていった。穴の奥がどこに繋がっているのかはわからないが、光線はテュポーンの頭を貫通することはなかった。
光線を吐き終わったカオスは、テュポーンの両肩を掴んで押し倒した。
固定されていた足元の氷がバリバリと音を立てて砕け、テュポーンは仰向けに地面に倒れた。
カオスはその上に馬乗りになって、テュポーンの両腕を抑えつけた。
倒れたテュポーンの顔の真ん中の穴からは、沸騰した赤黒い血液のようなものが溶岩のようにドロドロと吹き出した。その高熱と衝撃でテュポーンの皮膚は溶けていった。
テュポーンは恐竜のようにけたたましく呻き声をあげ、苦しんでいた。
「反則級に強いね…!」
私の背後でネーヴェが叫んだ。
背ろを振り向くと、そこにいた者たち全員が畏怖の表情でカオスを見上げていた。
カオスは倒れたテュポーンの体に、鋭い爪を突き刺して攻撃を仕掛けている。
顔の穴からは流れ出す溶岩のような黒い血液が止まらず、テュポーンの皮膚は溶けたり再生したりを繰り返していた。
「あれは何をしてるの?体をつついてるように見えるけど…」
「カオスはああしてテュポーンの体内の核を探し、取り出そうとしているのでしょう」
ジュスターはそう説明してくれた。
私は、ハッとした。
「核って…まさかイドラのこと?」
「そうです。イドラはテュポーンと同化して核となっているはず。核を破壊すればテュポーンは消滅します」
「そんな…!あの爪でイドラを殺すつもりなの?なんとかならないの?」
「イドラの意識はもうとっくにテュポーンに食われて残ってはいないはずです。助けることは無理です」
ジュスターは無情にもそう云った。
だけど私はそうは思わない。
「イドラは私に言ったのよ。何があっても諦めないって。きっとまだあの中で頑張ってるんだと思う。早く助けてあげないと!」
私の言葉を聞いたカナンは、何やらアスタリスにひそひそと耳打ちしていた。
それに気づいた私は、カナンに問い掛けた。
「カナン、何か策でもあるの?」
「はい。アスタリス、先日言っていた光は見えるか?」
「うん、今はテュポーンの胸の下に見えるよ。以前よりも強く光ってる。見つけてくれっていってるみたいだ」
「光?」
私には何のことかわからなかった。
アスタリスはテュポーンの中に光が見え隠れしていることを教えてくれた。
それが核かどうかはわからないけど、光は動いていて、もしかしたら依り代となっているイドラの可能性もある。
「それ、助けられる?」
「それにはまず、テュポーンの体内に入る必要があります。ですがごらんの通り、テュポーンは強力な再生能力を持っています。並みの者ではその再生能力に押しつぶされてしまうでしょう。万が一、入れたとしても、イドラにたどり着く前にテュポーンの魔力に負けて意識を支配されてしまうかもしれません」
「それじゃ、どうしたら…」
「主、その役目、俺にやらせて欲しい」
そう申し出たのはラセツだった。
「俺は、肉体的にも魔力的にも並みの魔族より強い。再生しようとする力にも抗って見せる。それに俺にはあれの体内に光るものが見える」
アスタリスが傍にいた彼を見上げた。
「そうか…、この人ならやれるかもしれない」
「ラセツ、大丈夫なの?」
「無論だ。主に貰ったこの力を役に立てて見せる」
「トワ様、時間がありません。カオスにやられる前に救出しなければ」
「う、うん。ラセツ、お願い。イドラを助けて」
「必ず」
カナンはラセツに何か話すと、すぐに行動に移した。
騎士団メンバーも集まってきたところへ、将たち勇者候補一行やゼフォン、アルシエルらも協力を申し出てくれた。
その間にも、カオスはお構いなしに、テュポーンの体をえぐるように爪を突き立てている。
ジュスターは、ラセツを止めはしなかったけど、カオスの攻撃を止めることもできないと云った。
「あれはもう魔王様ではありません。テュポーンを滅ぼすという命令を実行するだけの神の現身です」
「そういうとこは魔獣と変わらないのね…」
「はい」
ラセツは、彼を支援するカナンたちと共にテュポーンの元へ駆け出した。
私は祈るような気持ちで彼らを見送った。
「無駄かもしれませんが、私もカオスに呼びかけてみます」
ジュスターはそう云って、カオスの巨体へと飛んで行った。
「お願い。皆、頑張って…!」
ラセツたちは横たわっているテュポーンの巨体にステップして駆け上がっていった。
テュポーンの鳩尾にあたる部分に光を見つけると、肉体を超硬化させたシトリーが、その鋼鉄よりも硬い拳で鱗で覆われたテュポーンの皮膚を数発殴ると、テュポーンの体に風穴を開けることに成功した。
ラセツは再生しようとするその穴を強引に手で押し開いて中に侵入していった。
彼がテュポーンの体内に潜った直後、穴はテュポーンの再生能力により閉じられてしまった。
「ラセツが閉じ込められちゃった!大丈夫かな…」
「トワ様、大丈夫です。きっと戻ってきますよ」
傍にいたユリウスはそう云うけど、不安でしかたがない。
その不安は的中して、ラセツの潜っていった所にカオスが鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
シトリーやカナンが、体を張ってその攻撃を防ごうとしている。
私も必死で彼らを回復で支援した。
邪魔をするカナンたちをカオスは自分の敵だと認識したようで、今度は彼らを攻撃してきた。
ゼフォンやアルシエルにもカオスは攻撃を加えたけど、彼らは素早く躱した。
するとカオスは、怒ったのか彼らに向かって首を動かしながら広範囲に光線を吐いた。
ゾーイが盾で光線を防いだので、テュポーンの上にいたカナンやシトリーたちは無事だったけど、テュポーンの周囲にいた者たちは、光線による高熱で灼熱地獄に巻き込まれた。
私の立っているところにまで、その熱風が届くほどだ。
ジュスターがすぐさまそこへ氷結魔法を放って彼らを熱さから救った。
カオスの爪は、再びラセツの潜った場所へと振り下ろされた。
「やめて!!攻撃しないで!」
私が叫ぶと、カオスはその手を一瞬止めた。
カオスの肩で説得を続けているジュスターの言葉が届いたのか、それとも…。
その時、ネーヴェが指をさして叫んだ。
「見て!テュポーンの腹が…!」
テュポーンの鳩尾のあたりの鱗が、赤黒く変色し始めたのだ。
すると、その真上から、カオスが爪を突き立てた。
その爪は皮膚を破って、テュポーンの腹に突き立てられ、テュポーンの腹に大きな穴を開けた。
再生しようとするその穴から、真っ黒なスライムのようなものが這い出して来るのが見えた。
それはよく見るとラセツだった。
穴が塞がる前になんとかシトリーたちに引き上げられたラセツは、真っ黒いゼリー状のヘドロのようなものにまみれていたのだ。
そして、その腕にはしっかりとイドラが抱えられていた。
ホッとしたのも束の間、カオスが再びラセツめがけて爪を振り下ろした。
「やめてええ―!!」
ラセツのいた場所にはカオスの爪がザックリと突き刺さっていた。
私は悲鳴を上げて思わず両手で顔を覆った。
「トワ、大丈夫だよ」
私のすぐ後ろから、その声は聞こえた。
そっと振り向くと、そこにはアルシエルが立っていて、隣には片膝をついたラセツと腕に抱えられたイドラの姿があった。
「あ…!あなたが助けてくれたのね!良かった…!」
カナンやシトリーたちも逃げて無事だった。
私がホッとした直後、テュポーンの断末魔の声が聞こえた。
見ると、カオスに抑えつけられていたはずのテュポーンの巨体は、黒い砂のように粒子化し、サラサラと大気中に消えていった。
ゼフォンやエリアナたちはその光景に驚いていた。
「テュポーンが消えていく…!」
「倒した…のか…?」
「テュポーンをやっつけたの?」
テュポーンが消えたのを目の当たりにした者たちは、歓喜の声を上げた。
茫然としていた私の目の前に、突然イシュタムが転移して現れた。
「わ!イシュタム?!びっくりしたぁ…!」
イシュタムは私に声も掛けず、膝をついているラセツの前に歩み出た。
彼もかなり大柄だと思ったけど、ラセツと比べると小さく見える。
イシュタムはラセツの腕から気を失っているイドラを受け取り、自分の腕に抱きかかえた。
彼が声を掛けると、腕の中のイドラはゆっくりと目を覚ました。
「イシュタム…」
「イドラ、無事か」
2人は見つめあっていて、そこだけ別世界みたいなことになっている。いつの間にそんないい感じの仲になってたんだろう。
…なんか邪魔しちゃいけない気分になったけど、私はイドラに声を掛けた。
「イドラ…!平気なの?」
「トワ…?ああ、本当に君だ。また生きて会えるなんて…嬉しいよ」
イドラは少し衰弱しているように見えたけど、私の顔を見て安堵の笑顔を見せた。
イドラの体は意識と切り離されてテュポーンの体内で眠りについていたらしい。
テュポーンが砂のように消えていったことについてイドラは、依り代である自分の体を取り出されたため、実体を維持できなくなって消えていったのだろうと説明した。
イドラは、テュポーンの意識下でずっと抗っていたため核化を免れたのだという。
イシュタムが意識体となってテュポーンの意識下に侵入した時、イドラを見つけて、その体に意識を戻したのだそうだ。そしてテュポーンに捕まらないように体内を移動し続け、脱出の機会を伺っていたというから驚きだ。あのボンクラなイシュタムが、そんな器用なことをやってのけるとは思いもしなかった。
ラセツがテュポーンの中に入ってきてイドラの体を見つけ、抱きかかえて脱出した際、イシュタムの意識体は、ゴラクドールにいた自分の体へと戻されたのだという。イシュタムはその後、ここへ転移してきたのだった。
あれほど苦しめられたテュポーンが消滅して、私はホッと一息ついた。
だけど、戦いはまだ終わっていなかった。
「トワ様、危ない!」
ユリウスが私の体を抱き寄せて、素早く移動させた。
ほぼ同時に、イシュタムもイドラを抱いて飛び退いた。
私の目の前に、突然カオスの巨大な爪先が突き立った。ユリウスがいなかったら、串刺しにされていただろう。
「何が起こったの…?」
私は驚いてカオスを見上げた。
ジュスターが必死で止めようと説得しているけど、カオスは攻撃をやめなかった。
今度はイシュタムとラセツを狙って爪を突き立てた。
「テュポーンは消えたのに、どうして…?」
「そうか…。カオスは私にまだテュポーンの意識が宿っていると思っているんだ」
「ええっ?テュポーンの意識がまだ残ってるの?」
「私の中にはいないが、おそらく私たちが脱出すると同時に憑依していた奴の意識体も逃げ出したのだろう」
イドラはそう断言した。
「逃げたって…じゃあテュポーンの意識はどこに…?」
私は注意深く、ラセツを見た。
まさか、彼に憑りついてたり…?
「俺は大丈夫だ」
私の視線に気づいたラセツはそう云いながら、体にまとわりついていた黒いヘドロの塊を、手で拭って地面に落としていた。
「ちょっと、それ何?スライムみたいで気持ち悪い…」
「テュポーンの体液のようなものらしい。本体が消えたので、時間と共に消えるとは思うが、気持ちの良いものではない」
「うはあ…」
私が覗き込むと、地面に落ちた黒いヘドロから、目に見えない何かが、私に向かって飛び出してきた気がした。
「うっ…!」
胸の中にズシン、と何か重たいものが入ってきた感覚があった。
0
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
ぼくたちは異世界に行った
板倉恭司
ファンタジー
偶然、同じバスに乗り合わせた男たち──最強のチンピラ、最凶のヤクザ、最狂のビジネスマン、最弱のニート──は突然、異世界へと転移させられる。彼らは元の世界に帰るため、怪物の蠢く残酷な世界で旅をしていく。
この世界は優しくない。剥き出しの残酷さが、容赦なく少年の心を蝕んでいく……。
「もし、お前が善人と呼ばれる弱者を救いたいと願うなら……いっそ、お前が悪人になれ。それも、悪人の頂点にな。そして、得た力で弱者を救ってやれ」
この世界は、ぼくたちに何をさせようとしているんだ?
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる