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最終章

天幕会議

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 ユリウスが2人を案内したのはキャンプで最も大きな天幕の1つだった。
 そこにはマクスウェル、ザグレムといった魔貴族とそれぞれの部下たち、カナン配下のゼフォンの姿もあった。
 中央にはカナンが立っており、その両脇には聖魔騎士団のシトリーとクシテフォンがいた。
 案内をしてきたユリウスは天幕の入口に立って、全員を見渡している。ザグレムがこっそりウィンクを送ったが、彼はそれをガン無視した。

 そこへダンタリアンとサレオスという2人の魔王護衛将が登場すると、天幕内にざわめきが起こった。
 魔王護衛将は魔族の戦士の憧れの存在である。
 そんな雲の上の人を目の前にして、その場にいた魔貴族の部下たちは息を呑んだ。特にダンタリアンの鍛え抜かれた肉体を間近に見たゼフォンは嘆声を洩らした。
 天幕の中を見回したダンタリアンは、魔貴族らに挨拶をして、中央に立つカナンに尋ねた。

「あの氷の騎士はどうした?」
「ジュスター団長は魔王府におられます。この場では副団長の私が全権を委任されております」

 カナンはそう云って2人に礼を取り、ダンタリアンとサレオスに、用意された椅子を勧めた。

「ふむ。では詳細を聞こうか」

 ダンタリアンの一声を皮切りに、カナンは討伐本部の会議で人間たちに提案した作戦の内容を話した。
 各魔貴族の協力で物資的な準備は既に整っていて、後はそれを実行するだけだと伝えた。
 その内容を聞いていたサレオスが云った。

「その実行部隊には飛行部隊が必要だな」
「おっしゃる通りです。それで各々方の軍から、飛行能力に長けた者を選抜していただきたいのです」

 カナンは、自分の後方に控えていたクシテフォンを皆に紹介し、彼に飛行部隊の指揮を任せるつもりだと話した。
 また、シトリーをダンタリアンの麾下に加え、力自慢を集めて欲しいとも要望した。

「第1砦で決行される『テュポーン捕縛作戦』は人間たちとの共同作戦となります。また、それぞれの持つ能力を順番に発揮していただくことが鍵となります。何卒ご協力を願います」

 カナンは重ねて、彼らに頭を下げた。

「頭をあげられよ、カナンとやら」

 マクスウェルがカナンに声を掛けた。

「見事な作戦だ。これはそなたが考えたことか?」
「この場に不在の団長を含め、我々聖魔騎士団で立案し、討伐本部に具申したものです」
「そうか。ところでそなたらは我が陣営の者だったな」
「はい」
「この作戦が終わったら、我が陣営の称号を授けよう」
「…そのお話はまた別の機会に」

 カナンが少し困惑していると、ザグレムが口を挟んだ。

「今は身内がどうこう言っている場合ではないだろう?彼も困っているではないか」

 ユリウスがマクスウェル陣営の者だったと聞いたザグレムは、面白くなかった。
 これまで彼は、特に出自を気にすることはなかったのだが、ユリウスを自陣営の者だからとマクスウェルに囲われるのは不愉快だったのだ。
 そんな彼の腹の内を知らないマクスウェルは、「これは申し訳ない」と頭を下げつつも、どこか得意気に見えた。

「しかし、解せぬ。この大事な時に、魔王様はなぜお出ましにならぬ?」

 ダンタリアンが尤もなことを云った。それはその場にいた者たち皆が思っていたことでもあった。
 カナンはユリウスに目配せをした。
 すると天幕の入口付近に立っていたユリウスがカナンの横に歩み出て、話し出した。

「ここにおられる皆様だけに、内密にお知らせしておきます。魔王様は、魔界へ出向かれています」
「なんと…!」
「魔界、だと?一体なぜそんな…」

 一同が驚く中、聞き返したのはマクスウェルだった。
 魔界とは魔族が生まれたと云われる世界であるが、その実態については誰も知らない。魔界から魔獣を召喚しているマクスウェルも、その術を通じて魔界の魔力に触れるだけで、魔界がどこにあるのか、どうやって行くのかは知らない。

「魔王様は我々に、テュポーンを倒せ、ではなく足止めせよとお命じになりました。ダンタリアン将軍には、その理由がおわかりでしょうか?」
「我々ではテュポーンを倒すことはできぬということか」

 ダンタリアンの返答に、天幕の中の一同はざわついた。
 それを肯定も否定もしないまま、ユリウスは続けた。

「あれは神でも止めることができなかったバケモノです。おっしゃる通り、我々ごときの手に負えるものではないのかもしれません。ですが、我々にもできることがあります」
「それで、『捕縛』か」

 ダンタリアンが云うと、サレオスが「なるほど」と腕組みをした。

「つまり魔王様が戻られるまでの時間稼ぎをせよということだな?」
「直接魔王様から伺ったわけではありませんが、我々はそう捉えています」

 サレオスの発言にカナンは注釈をつけた。

「魔王様は、テュポーンを倒す手段を求めて魔界へ行かれたということか…」

 そうハッキリ云ったのはゼフォンだった。
 それはその場にいた者たち全員が理解したことでもあった。

 聖魔騎士団は、魔王がトワを連れて魔界へ出かけたとだけ聞かされていた。
 ジュスターがわざと彼らにトワについての詳しい情報を与えず、魔王が魔界へ行った目的も明らかにはしなかったのは、彼らをこの作戦に注力させるためだった。
 なので、魔王が魔界へテュポーンを倒す手段を見つけるために向かったというのは、もちろん彼らの推測に過ぎない。だが、彼らはそう信じていた。
 ジュスターがカナンに作戦の指揮を任せ、キャンプにも一切姿を現さなかったのは、不在の魔王に代わって、魔王府で指揮を執っているからだと聖魔騎士団のメンバーは思っていた。それはあながち間違いではなかったが、実際は抜け殻となったトワの体を守るため魔王府から動けなかったのだ。それだけジュスターは騎士団メンバーたちを信じていた。
 作戦の全権を任されたカナンは、その団長の意を汲んで、できるだけ自分たち聖魔騎士団のメンバーだけで作戦遂行に全力を尽くしていたのだ。
 だからこそ、失敗するわけにはいかなかった。
 カナンはその場にいる全員を見回して慎重に云った。

「魔王様がお姿を消して、1月が経ちます。いつお戻りになるのか、誰にも分りません。明日なのか、十年後か、百年後か…ですがどれほど時が経っても、我々は魔王様の命令を遂行するつもりです」
「我々魔族はそれでも構わないが、短命な人間たちには無理な話だな。いつ帰ってくるかわからぬ魔王様を待つための作戦なのだと知らせるわけにもいくまい。『捕縛作戦』の意味を人間共にはどう説明するのかね?」

 マクスウェルがカナンに尋ねた。
 その問いにはユリウスが返事をした。

「人間たちはそこまで深く考えていませんよ。もちろん、その作戦の中で運よくテュポーンを仕留められる可能性もあります。人間たちは、その一縷の望みにかけて戦うのです」

 するとザグレムがユリウスを援護するかのように口を挟んだ。

「そうしないと彼らは戦ってくれないからね。人間共はあれが倒せないとわかれば戦意を失い絶望する。確実に倒せるという保証がなければ、時間稼ぎをしろと言っても無理だろうね」
「ザグレム公のおっしゃる通りです。倒せなくても捕縛すれば、テュポーンをコントロール可能な状態に置けるということが証明でき、人々は安寧を得るのです。それで十分なのです」

 ユリウスの説明に皆が納得したところで天幕会議は終わった。
 マクスウェルが召喚部隊のことでカナンに話があるというので、それ以外の者たちはそれぞれ天幕を後にした。
 ダンタリアンは天幕の外に出たところで、見知った顔を見つけて驚いた。

「…アルシエル殿ではありませんか」

 そこに立っていたのは、ゼフォンの出待ちをしていたアルシエルだった。
 彼はゼフォンから、2人の護衛将にきちんと挨拶をしろと云われて、ここで待っていたのだ。
 ダンタリアンの後に続いて天幕から出て来たサレオスは、以前からアルシエルを見かけていたが、その魔力の質から、とっくに別人であることに気付いていた。
 その後に続いて出て来たゼフォンがアルシエルに気づき、ダンタリアンらに事情を説明した。
 ゼフォンからアルシエルの死を知らされたダンタリアンは、嘆きの声を上げた。
 サレオスも沈黙を持ってその死を悼んだ。

「そんなことになっていたとは…」
「あの、すいません、僕なんかがアルシエルさんになってしまって…」

 アルシエルは緊張していた。
 なにしろ目の前の2人の将軍は、他の魔族とは明らかにオーラが違っていて、それだけでも気圧される上に、彼らはかつてのアルシエルの同僚でもあるのだ。
 アルシエルという人物をよく知る彼らにビビりまくっていた彼に、サレオスは穏やかな口調で語り掛けた。

「アルシエル殿もそなたも、気の毒なことであったな。人間が魔族として生きるなど、苦労もあったことだろう。そなたがその運命を受け入れたのならば、我々はそれを見守ることにしよう」
「あ…」
「私も同感だ。過ぎたことを悩んでも仕方がない。そなたがアルシエル殿の想いを継ぐというのならばそれも良かろう。これも縁だと思い、その体を大事にするのだぞ」
「ありがとうございます…!」

 アルシエルは懐の深い2人の護衛将に頭を下げた。
 彼はもっと酷い言葉を投げかけられるのを覚悟していた。だが彼らがくれた言葉は、アルシエルに寄り添う温かいものだった。
 ゼフォンには、彼が少し涙ぐんでいるように見えた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 第1砦にやってきてから、将は毎日のように、剣に聖属性を纏わせる練習をしていた。
 彼は光属性を持っているためか、聖属性との相性がいいらしく、少し練習しただけですぐに聖属性の攻撃スキルを覚えた。
 大勢の人々がごった返す砦の中で、彼がそれをどうにかして試してみたいと思っていると、砦の中でロアとイヴリスにバッタリ出くわした。
 彼女たちはこれから周辺の見回りに出ると云うので、同行させてもらうことにした。するとエリアナが追いかけて来て、一緒に行くと云い出した。

「おまえは馬に乗れないんだから、留守番してろよ」
「そういう差別は良くないわ!あんたがあたしを後ろに乗せればいいだけじゃない」

 云い出したら聞かないことをよく知っていた将は、仕方なく彼女を自分の馬に同乗させることにした。
 将はその辺にいる魔獣相手に少し剣技を試せればいいと思っていたのだが、エリアナがとんでもないことを云い出した。

「どうせなら本物で試してみようよ!実はあたしももう一回穴に閉じ込められないか試してみたかったんだ」
「それも試す価値がありますね」

 エリアナの魔力を間近で見たことのあるイヴリスは、そう云うと、テュポーン監視部隊へ補給物資を運ぶという名目で遠出することをノーマンに掛け合ってくれた。
 ノーマンの許可を得て、4人は馬に多くのポーションや食料などを積み込んで砦から出かけて行った。
 第1砦ではアスタリスが<遠見>で監視をしていて、テュポーンの正確な位置を把握していた。彼から監視部隊の位置を聞いて、その方向へ進むと1週間後には監視部隊と合流できた。
 監視部隊は5人ほどの魔族からなる部隊で、全員隠密スキルという、姿を隠せるスキルを所持している。彼らはどこかの魔貴族から送り込まれた部隊だそうだ。ロアが馬に積み込んできた物資を渡すと、彼らは喜んだ。
 監視部隊によれば、ここ数日監視していて気付いたのは、テュポーンがどうやら夜は目が良く見えないらしく、移動せず立ち止まっていることが多いということだった。
 それを聞いた将たちは夜になるのを待って、なるべくテュポーンの視界に入らないよう大きく迂回し、真横から近づいた。
 魔法の届く距離まで走り寄った時、さすがに馬の足音で気づかれ、テュポーンは腕を伸ばして攻撃してきた。エリアナはテュポーンの足元に特大の地の魔法を撃ちこんだ。それは以前、テュポーンを地中に閉じ込めた魔法だった。
 だが今度はテュポーンの防御魔法によって魔法自体がブロックされてしまった。

「あ~、やっぱり対策してきたわね」
「奴もバカじゃないってことだな。じゃあ今度は俺が試して良いか?」
「では私が注意を引き付けている間にどうぞ」

 ロアは将の馬から離れ、わざとテュポーンの前を横切った。
 イヴリスも別の方向に走って行った。
 その間に、将は馬上で剣を構え、聖属性スキルを剣に付与し、スキルを放った。

「<聖なる斬撃ホーリースラッシュ>!」

 だが、そのスキルもやはりテュポーンの防御壁バリアによって弾かれてしまったように見えた。

「くそっ、ダメか…」
「ううん、ダメじゃない、効いてるよ。見てあそこ」

 エリアナは手のひらで炎を灯して辺りを照らした。彼女が指したテュポーンの蛇の足の一部に黒く焦げたような痕が残っていた。

「たぶん、出力が弱いからはじかれちゃったのよ。もっと強い力なら傷もつけられたかも」
「そうか…。どっちみち今の俺の力じゃこの程度ってことだな」

 今の一撃でテュポーンは将を振り向いた。
 夜ということを除いてもテュポーンの目は前後についているので、真横にいた将は見えにくかったようだ。
 エリアナが気付かれる前に明かりを消すと、将は馬を思いきり走らせた。

「もう、十分だ。引き返すぞ」

 将が叫ぶと、囮となってくれていたロアとイヴリスも将の方へ合流してきた。
 暗闇の中、テュポーンの巨体が追いかけてくる気配はなかった。

「やっぱりよく見えてないのかな。霧も吐かないし追ってこないみたい」

 エリアナはテュポーンを振り返りながら云った。
 だがその直後、闇夜に目を凝らしたエリアナが、けたたましく悲鳴を上げた。

「きゃあああ!!」
「な、何だよ?」
「へ、蛇!!蛇がくるぅぅ!!」

 将が、取り乱す彼女を心配して背後を振り返ると、星明りの中で、確かに鎌首をもたげながら大蛇が追いかけてくるのが見えた。
 テュポーンは蛇の足先をトカゲの尻尾のようにプツッと切り離し、それが大蛇となって彼らの後を猛スピードで追いかけてきたのである。
 テュポーン本体と比べればその大きさは小さく見えるが、実際は長さ10メートル超の巨大な蛇である。
 そんな大蛇が牙を剥きながら猛スピードで彼らを追いかけてくるのだ。蛇が苦手なエリアナがパニクるのも無理はない。
 馬上からロアが弓をつがえ、その蛇に矢を撃ち込んだ。
 すると矢は蛇の目を貫通し、蛇はその場でドスンドスンと飛び跳ねた。

「あれには普通に攻撃が通用するようですよ」

 そう云うと、ロアは馬を止めて、すかさず弓を連射した。
 イヴリスも馬上で炎の精霊を呼び出し、ロアと連携して大蛇に魔法のダメージを与えた。
 すべての矢と魔法が蛇の全身を貫くと、蛇は断末魔の叫びを残して燃え尽き消えた。
 恐ろしさのあまり、将の体を身動きが取れない程ガッチリホールドしていたエリアナはようやくホッとした。
 イヴリスが、精霊にテュポーン本体の様子を探らせに行かせると、先端を切り離していたテュポーンの足は、数分後には元通りに再生していたという。

「やべえな。魔獣に気を取られてあんな蛇のことは失念してたぜ。これは作戦本部に報告しねえと」
「あ~怖かったぁ。蛇だけはマジ勘弁だわよ」
「あの蛇には私の弓も楽に刺さりました。防御壁バリアがなかったのは末端の部位のせいでしょうか?」
「話を聞くかぎり、脱皮っぽいな。脱皮したばっかで防御壁がまだ発揮できなかったのかもしれない」
「あれにも防御壁があったら苦戦したかもしれませんね。素早く倒して正解だったのかも」
「え~!やめてよイヴリス。考えただけでもゾッとするわ!あれにも防御壁があったら倒す方法はないってこと?」
「同等の防御壁をぶつけるか、<貫通>スキルを使うしかありませんね」

 イヴリスの発言に、将は「どっちも現実的じゃない」と首を振った。
 <貫通>スキル自体持つ者もレアだし、持っていた所でその者の剣技が優れているとは限らない。

「やっぱ、あいつの魔力の供給源を絶って魔力を削るのが現実的だな。あと作戦は夜決行するのが良さそうだ」

 彼らはここで得た情報を報告するために、まっすぐ第1砦へと戻って行った。
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