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第九章
出来過ぎの世界
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それから数日後、ドキドキしながら銀行に行って、以前ネットで見た通りの、ものすごい貴賓室みたいなとこに通されて、『億万長者のしおり』的なものを貰った。
無事当選金の手続きを終えた私は、膝をガクガクさせながらアパートに戻ってきた。
休みを取って行ってよかったー。こんな浮ついた精神状態じゃ、仕事に集中できなかったわ。
え~、どうしよう。半分は田舎の実家に送って、あとは…とりあえず貯金かな。
動揺を抑えつつ、部屋に戻るとゼルニウスさんが玄関前に立っていた。
「言ったとおりだっただろう?」
彼はそう云って笑顔を見せた。
どうして彼にはこれが当たるってわかってたんだろう。
この不可思議な現象を、私は彼に問い詰めずにはいられなかった。
「あの、どういうからくりなの?どうして当たるってわかってたの?」
「我は運命を操れるのだ。こんなものはほんの一端にすぎぬ」
「それって魔王の力?」
「そうともいえる」
「だけど、お金、本当に私がもらっちゃって、いいの?これ、あなたが買ったんでしょ?」
「最初からおまえに与えるつもりで購入した。気にするな」
「あ、ありがと…」
「その金があれば、新居に引っ越せるしな」
「え?」
「一緒に住めるところへ引っ越そう」
「あの、でも…」
「病院が近い所が良いのなら、その近くで探そう。これから見に行かないか?」
「こ、これから?」
すっかり彼のペースに乗せられてしまった私は、彼に連れられるまま、街へ出た。
ゼルニウスさんに連れていかれたのは病院から1つ通りを挟んだ所に建っている高級タワーマンションの最上階だった。建設前から近所では評判のセレブマンションだ。いつの間にか完成してたんだなあ。
営業時間ギリギリに飛び込んだモデルルームは、他に人もおらず、係の人からご自由にどうぞってことで2人だけにされた。
1フロア丸ごとっていうムチャクチャな広さと抜群の眺望に度肝を抜かれた。
広すぎるリビングと多すぎる部屋数。一体何人で住むつもりよ?ちょっとセレブすぎるんだけど…。
もしここ、買うとしたらきっと2億じゃ足りないなあ。まさか初めからここを私に買わせるつもりで宝くじを譲ったんじゃないでしょうね…?
そんな心配をしている私に、彼は云った。
「心配するな。我が買ってやる。おまえは魔王のパートナーだという自覚を持て」
ヤバ。顔に出てたかな?
自覚って言われてもね…この世界での魔王の立ち位置って、勇者に討伐されるって程度のもんだしなあ…。
なんかお金のことばっか云ってて私、嫌な女だな。
だけど貧乏性な私は、こんな広いとこに住んでも掃除が大変だろうなあとか、使わない部屋がもったいないなあとか思っちゃうよ。
「いくらなんでも広すぎない?」
「魔王の居城としては小さすぎるくらいだ」
「ねえ、その魔王が私とこの世界で住んでいいわけ?世界征服とかしないの?」
「我はおまえと共に歩むために、おまえを追いかけて異世界よりここへ来たのだ」
「ん?待って…追いかけてって、私も異世界にいたわけ?」
「そうだ。おまえは我と婚約したまま、1人でこちらの世界へ戻ってきてしまったのだ」
「えー!」
それなんて乙女ゲー!?
何かよく事情はわからないけど、とにかく私は異世界に転生していて、またこっちへ戻ってきた…ってことらしい。
えーっと…、それって乙女ゲーでいうところの、ラスボス倒した後、ヒロインが異世界から現代に戻るパターンのやつじゃん。んで、異世界で出会った攻略対象の彼が、ヒロインを追いかけて現代に来たっていう、いわゆる現代ハッピーエンドパターンじゃないの。
てことは、私の異世界物語は、今まさにエンディングを迎えているんじゃないの…?
で、その攻略対象が魔王だったって…?
だとしたら、昨日のあの黒マントの人は誰なんだろう?
まさか、別の攻略対象者が追いかけてきたとか?
いやいや、それじゃエンディングどころか修羅場になるじゃん!って、実際なりかかったし。
つーか、ゲームならまだしも、リアルで二股はないわ~。
「信じられない…。異世界とかそんなの。そもそもあなたが魔王っていうのもずっと疑ってるんだけど」
「ではどうすれば信じる?」
「ん~そうねえ…。例えば空を飛ぶとか?」
「そんなことで良いのか?」
「え?」
するとゼルニウスさんはタワーマンションのベランダへ私を連れ出した。
下を見るとめっちゃ高い。
ここ、30階くらい?
下を見て震えている私を、彼はいきなりお姫様抱っこした。
「きゃあ!ななな、何…?」
「空を飛びたいと云ったのはおまえだろう」
「え?」
「ほら、行くぞ」
「え?ええ?」
次の瞬間、私の体は空に浮いていた。
いや、浮いているのはゼルニウスさんで、私は彼の腕に抱きあげられているのだ。
「ええええ――!!」
私は思わず彼の首にしがみついた。
彼は私を抱いたまま、凄まじい速度で上空へと舞い上がった。
さっきまでいたタワマンがはるか下に見える。
「ちょ…!!!うっそ…こっわ!!」
「どうした?震えているぞ。寒いのか?」
「だ、だって急にこんな高く…」
「そうか、高くて怯えていたのか」
ゼルニウスさんは無表情でそんなことを云う。
本当に怖い時って案外声がでなくなるものね…。
「ぜ、絶対離さないでよ!」
「フッ、怖いのか」
「当り前じゃない!」
ある程度の高度まで来ると、ゼルニウスさんはそこで止まった。
夕暮れ時の景色。
遠くにまたたく灯。
日が沈んで暗くなってくると、都会のビル群の明かりが宝石みたいにキラキラ光り始める。
以前、高層ビルの展望台に上った時に見た景色を思い出すな。
その光景をぐるりと見回した時、私はあることに気が付いた。
ああ…。
そうか、そうなんだ。
ずっと、感じていた違和感の正体。
その1つをきっかけにして、私の中に記憶が流入してくる。
「これがおまえの世界なのだな」
「…そうね、確かに私の世界だわ」
「信用したか?」
「ええ。もう十分よ。わかったから、もう戻って降ろして?」
私がそう云うと、彼は私を抱えて元のマンションのベランダに戻った。
「どうだ?ここで一緒に暮らすというのは」
「うん、考えとくわ。子供がたくさん出来たら、それぞれの部屋も必要になるしね」
「子供…?」
「うん。私子供好きだから、結婚したらすぐにでも欲しいって思ってたの。うちの病院、託児所あるから、すぐに仕事復帰もできるし」
「…」
「でもそれは無理なのよね?子供を作ったりはできないんでしょう?」
ゼルニウスさんから表情が消えた。
「…思い出したのか?」
「うん、大体ね。あなたが誰なのかまではわからないけど」
「…そうか」
「ねえ、私は自分の意志でこの世界に戻ってきたの?」
「いいや。神の意志だ」
「神、ねえ…。ふーん。つまり、私はラスボスを倒す前に戻って来ちゃったわけね」
「ラスボス?ゲームの話か?」
「いいえ。今がエンディングじゃなくて、まだ続きがあるってことを確信したのよ」
「何を言っている…?」
私はゼルニウスさんの奇麗すぎる顔を見つめた。
本当に美形だと思う。
いかにも女子受けしそうな一般性の高い美形だ。きっと多くの人が彼を好きだと云うだろう。
だけど、少し違った角度で物事を見てみると、ちょっとずつ違和感が出てくる。
そしてその違和感の1つ1つが、私の記憶を呼び起こしたのだ。
「…出来過ぎてるの」
「何がだ」
「何もかもが」
私は病院で目が覚めてからのことを思い起こしていた。
「まず、鉄骨が落ちて来たのに軽い怪我ですんだこと。工事の人の話だと、鉄骨は私の真上に落ちたらしいわ」
「運が良かっただけではないか」
「で、一週間の特別室への入院。治療費が出るからって、自分のとこの看護師を病院で一番高い部屋に入れるなんてこと、普通はありえないのよ。それにうちの看護師長、休みを取ると嫌な顔するので有名なのよ?それがあんな軽症で一週間も休みをくれるなんて、どうかしてるわ」
「それも、たまたまだろう」
「おまけに知らないイケメンがやってきて、婚約者だって名乗るし。同僚たちにキャーキャー羨ましがられてさ。私、こんなだし、自慢じゃないけど今までカレシなんかいたことないのよ?ありえないでしょ?」
「我はおまえのパートナーだ」
「まだ、あるわ。あのゲームよ。ラスボスの魔王は回復しなかった。私がやってたゲームの魔王は、ラストで全回復するのよ」
「それはおまえの勘違いだ。魔王は回復などせぬ」
「それがあなたの常識なのね」
「それがどうした」
「…極めつけはあの宝くじよ。あなたは運命を操れるって言ったわ。だったらどうして私の記憶は戻せなかったの?」
「…我の力は、おまえ自身には及ばぬのだ」
ゼルニウスさんは、まるで用意してあるセリフを云うみたいに淡々と答えた。
彼は、私に手を伸ばそうとした。
私はそれを振り切って、彼から距離を取った。
「少しずつ、違和感はあったの。だけどさっき、この世界を上空から見て確信したわ」
「何をだ」
「この世界が嘘っぱちだってことを」
「嘘、だと?」
「そうよ。さっきこの世界の夜景を見せてくれたでしょ?都会のビル群は見えていたけど、その向こうには、何もなかった」
「…どういうことだ?」
「言った通りよ。この世界には東京しか存在しないの。現実世界では、もっと世界が広がっているのよ。それでね、考えてみたのよ。どうしてなんだろうって」
「…」
「あなたに言っても理解できないかもしれないけどね。私、地方出身者なの。上京してきてからずっと都内に住んでるんだけど、正直東京の外って出たことないのよね。だから、東京しか知らないの。それがこの世界に東京しか存在しない理由よ」
「…なるほど」
「あなたは言ったわね。ここが私の世界か、って。そうなのよ。ここは、私の記憶で創られた、私の望む世界なのよ。これ、あなたの仕業なんでしょ?危うくバッドエンドになるところだったわ」
私は彼に突きつけるように云った。
すると、彼は無表情のまま唇だけを歪めて、クックッ、と笑い出した。
「…何がおかしいの?」
「…よく、気付いたな」
「現実にしては不自然すぎるのよ」
「我はおまえが永遠の時を過ごすのに居心地の良い世界を用意したに過ぎぬ」
「何が目的なの?」
「おまえを我のものにすること」
「…なーんかチャラ男っぽいセリフね。そりゃ最初は舞い上がったわよ。こんなイケメンに口説かれたこともなかったし?ちょっと浮かれてたんだけど、でもはっきりいうと、あなた、タイプじゃないのよね」
「そんな筈はない。この世界はおまえの記憶と願望でできているのだ。我の姿はおまえが想いを寄せていた魔王そのものの筈だ」
「でも違うんだもん。仕方ないじゃない」
梨香子たちにとっては大騒ぎするぐらいのイケメンだったみたいだけど…。
一般受けしすぎるんだよね。
…そう、だから気付いたの。
このゼルニウスさんが偽者だって。
私の知ってる彼とは違うって。
その時、突然私のスマホの着信音が鳴った。
「わ!びっくりしたぁ」
「…なんだ、それは」
ゼルニウスさんは疑わしい目で、電話に出る私を見た。
「もしもし?」
『―ようやく気付いたようだな』
「…やっぱり、あなただったのね?」
『フッ。気付いていたくせに、良く言う。少しだけ待っていろ』
電話は切れた。
「…何だ、誰と話していた?この世界には誰も干渉できぬはずだ」
ゼルニウスさんはそう云いながら、私に近寄ろうとした。
すると、私のスマホから黒い影が飛び出し、彼と私の間に割って入るようにそれは実体化して、黒いマントを羽織った男性の姿が現れた。
「…おまえは…!」
「フン、よくも我の名を騙って好き勝手なことをしてくれたな」
「そ、そんなはずはない…!ここへ我以外の者が来れるはずがない!」
「…おまえは誰に物を言っている?」
黒マントの人物は、その顔をゼルニウスさんの方に向けた。
「我は本物の魔王ゼルニウスだぞ」
無事当選金の手続きを終えた私は、膝をガクガクさせながらアパートに戻ってきた。
休みを取って行ってよかったー。こんな浮ついた精神状態じゃ、仕事に集中できなかったわ。
え~、どうしよう。半分は田舎の実家に送って、あとは…とりあえず貯金かな。
動揺を抑えつつ、部屋に戻るとゼルニウスさんが玄関前に立っていた。
「言ったとおりだっただろう?」
彼はそう云って笑顔を見せた。
どうして彼にはこれが当たるってわかってたんだろう。
この不可思議な現象を、私は彼に問い詰めずにはいられなかった。
「あの、どういうからくりなの?どうして当たるってわかってたの?」
「我は運命を操れるのだ。こんなものはほんの一端にすぎぬ」
「それって魔王の力?」
「そうともいえる」
「だけど、お金、本当に私がもらっちゃって、いいの?これ、あなたが買ったんでしょ?」
「最初からおまえに与えるつもりで購入した。気にするな」
「あ、ありがと…」
「その金があれば、新居に引っ越せるしな」
「え?」
「一緒に住めるところへ引っ越そう」
「あの、でも…」
「病院が近い所が良いのなら、その近くで探そう。これから見に行かないか?」
「こ、これから?」
すっかり彼のペースに乗せられてしまった私は、彼に連れられるまま、街へ出た。
ゼルニウスさんに連れていかれたのは病院から1つ通りを挟んだ所に建っている高級タワーマンションの最上階だった。建設前から近所では評判のセレブマンションだ。いつの間にか完成してたんだなあ。
営業時間ギリギリに飛び込んだモデルルームは、他に人もおらず、係の人からご自由にどうぞってことで2人だけにされた。
1フロア丸ごとっていうムチャクチャな広さと抜群の眺望に度肝を抜かれた。
広すぎるリビングと多すぎる部屋数。一体何人で住むつもりよ?ちょっとセレブすぎるんだけど…。
もしここ、買うとしたらきっと2億じゃ足りないなあ。まさか初めからここを私に買わせるつもりで宝くじを譲ったんじゃないでしょうね…?
そんな心配をしている私に、彼は云った。
「心配するな。我が買ってやる。おまえは魔王のパートナーだという自覚を持て」
ヤバ。顔に出てたかな?
自覚って言われてもね…この世界での魔王の立ち位置って、勇者に討伐されるって程度のもんだしなあ…。
なんかお金のことばっか云ってて私、嫌な女だな。
だけど貧乏性な私は、こんな広いとこに住んでも掃除が大変だろうなあとか、使わない部屋がもったいないなあとか思っちゃうよ。
「いくらなんでも広すぎない?」
「魔王の居城としては小さすぎるくらいだ」
「ねえ、その魔王が私とこの世界で住んでいいわけ?世界征服とかしないの?」
「我はおまえと共に歩むために、おまえを追いかけて異世界よりここへ来たのだ」
「ん?待って…追いかけてって、私も異世界にいたわけ?」
「そうだ。おまえは我と婚約したまま、1人でこちらの世界へ戻ってきてしまったのだ」
「えー!」
それなんて乙女ゲー!?
何かよく事情はわからないけど、とにかく私は異世界に転生していて、またこっちへ戻ってきた…ってことらしい。
えーっと…、それって乙女ゲーでいうところの、ラスボス倒した後、ヒロインが異世界から現代に戻るパターンのやつじゃん。んで、異世界で出会った攻略対象の彼が、ヒロインを追いかけて現代に来たっていう、いわゆる現代ハッピーエンドパターンじゃないの。
てことは、私の異世界物語は、今まさにエンディングを迎えているんじゃないの…?
で、その攻略対象が魔王だったって…?
だとしたら、昨日のあの黒マントの人は誰なんだろう?
まさか、別の攻略対象者が追いかけてきたとか?
いやいや、それじゃエンディングどころか修羅場になるじゃん!って、実際なりかかったし。
つーか、ゲームならまだしも、リアルで二股はないわ~。
「信じられない…。異世界とかそんなの。そもそもあなたが魔王っていうのもずっと疑ってるんだけど」
「ではどうすれば信じる?」
「ん~そうねえ…。例えば空を飛ぶとか?」
「そんなことで良いのか?」
「え?」
するとゼルニウスさんはタワーマンションのベランダへ私を連れ出した。
下を見るとめっちゃ高い。
ここ、30階くらい?
下を見て震えている私を、彼はいきなりお姫様抱っこした。
「きゃあ!ななな、何…?」
「空を飛びたいと云ったのはおまえだろう」
「え?」
「ほら、行くぞ」
「え?ええ?」
次の瞬間、私の体は空に浮いていた。
いや、浮いているのはゼルニウスさんで、私は彼の腕に抱きあげられているのだ。
「ええええ――!!」
私は思わず彼の首にしがみついた。
彼は私を抱いたまま、凄まじい速度で上空へと舞い上がった。
さっきまでいたタワマンがはるか下に見える。
「ちょ…!!!うっそ…こっわ!!」
「どうした?震えているぞ。寒いのか?」
「だ、だって急にこんな高く…」
「そうか、高くて怯えていたのか」
ゼルニウスさんは無表情でそんなことを云う。
本当に怖い時って案外声がでなくなるものね…。
「ぜ、絶対離さないでよ!」
「フッ、怖いのか」
「当り前じゃない!」
ある程度の高度まで来ると、ゼルニウスさんはそこで止まった。
夕暮れ時の景色。
遠くにまたたく灯。
日が沈んで暗くなってくると、都会のビル群の明かりが宝石みたいにキラキラ光り始める。
以前、高層ビルの展望台に上った時に見た景色を思い出すな。
その光景をぐるりと見回した時、私はあることに気が付いた。
ああ…。
そうか、そうなんだ。
ずっと、感じていた違和感の正体。
その1つをきっかけにして、私の中に記憶が流入してくる。
「これがおまえの世界なのだな」
「…そうね、確かに私の世界だわ」
「信用したか?」
「ええ。もう十分よ。わかったから、もう戻って降ろして?」
私がそう云うと、彼は私を抱えて元のマンションのベランダに戻った。
「どうだ?ここで一緒に暮らすというのは」
「うん、考えとくわ。子供がたくさん出来たら、それぞれの部屋も必要になるしね」
「子供…?」
「うん。私子供好きだから、結婚したらすぐにでも欲しいって思ってたの。うちの病院、託児所あるから、すぐに仕事復帰もできるし」
「…」
「でもそれは無理なのよね?子供を作ったりはできないんでしょう?」
ゼルニウスさんから表情が消えた。
「…思い出したのか?」
「うん、大体ね。あなたが誰なのかまではわからないけど」
「…そうか」
「ねえ、私は自分の意志でこの世界に戻ってきたの?」
「いいや。神の意志だ」
「神、ねえ…。ふーん。つまり、私はラスボスを倒す前に戻って来ちゃったわけね」
「ラスボス?ゲームの話か?」
「いいえ。今がエンディングじゃなくて、まだ続きがあるってことを確信したのよ」
「何を言っている…?」
私はゼルニウスさんの奇麗すぎる顔を見つめた。
本当に美形だと思う。
いかにも女子受けしそうな一般性の高い美形だ。きっと多くの人が彼を好きだと云うだろう。
だけど、少し違った角度で物事を見てみると、ちょっとずつ違和感が出てくる。
そしてその違和感の1つ1つが、私の記憶を呼び起こしたのだ。
「…出来過ぎてるの」
「何がだ」
「何もかもが」
私は病院で目が覚めてからのことを思い起こしていた。
「まず、鉄骨が落ちて来たのに軽い怪我ですんだこと。工事の人の話だと、鉄骨は私の真上に落ちたらしいわ」
「運が良かっただけではないか」
「で、一週間の特別室への入院。治療費が出るからって、自分のとこの看護師を病院で一番高い部屋に入れるなんてこと、普通はありえないのよ。それにうちの看護師長、休みを取ると嫌な顔するので有名なのよ?それがあんな軽症で一週間も休みをくれるなんて、どうかしてるわ」
「それも、たまたまだろう」
「おまけに知らないイケメンがやってきて、婚約者だって名乗るし。同僚たちにキャーキャー羨ましがられてさ。私、こんなだし、自慢じゃないけど今までカレシなんかいたことないのよ?ありえないでしょ?」
「我はおまえのパートナーだ」
「まだ、あるわ。あのゲームよ。ラスボスの魔王は回復しなかった。私がやってたゲームの魔王は、ラストで全回復するのよ」
「それはおまえの勘違いだ。魔王は回復などせぬ」
「それがあなたの常識なのね」
「それがどうした」
「…極めつけはあの宝くじよ。あなたは運命を操れるって言ったわ。だったらどうして私の記憶は戻せなかったの?」
「…我の力は、おまえ自身には及ばぬのだ」
ゼルニウスさんは、まるで用意してあるセリフを云うみたいに淡々と答えた。
彼は、私に手を伸ばそうとした。
私はそれを振り切って、彼から距離を取った。
「少しずつ、違和感はあったの。だけどさっき、この世界を上空から見て確信したわ」
「何をだ」
「この世界が嘘っぱちだってことを」
「嘘、だと?」
「そうよ。さっきこの世界の夜景を見せてくれたでしょ?都会のビル群は見えていたけど、その向こうには、何もなかった」
「…どういうことだ?」
「言った通りよ。この世界には東京しか存在しないの。現実世界では、もっと世界が広がっているのよ。それでね、考えてみたのよ。どうしてなんだろうって」
「…」
「あなたに言っても理解できないかもしれないけどね。私、地方出身者なの。上京してきてからずっと都内に住んでるんだけど、正直東京の外って出たことないのよね。だから、東京しか知らないの。それがこの世界に東京しか存在しない理由よ」
「…なるほど」
「あなたは言ったわね。ここが私の世界か、って。そうなのよ。ここは、私の記憶で創られた、私の望む世界なのよ。これ、あなたの仕業なんでしょ?危うくバッドエンドになるところだったわ」
私は彼に突きつけるように云った。
すると、彼は無表情のまま唇だけを歪めて、クックッ、と笑い出した。
「…何がおかしいの?」
「…よく、気付いたな」
「現実にしては不自然すぎるのよ」
「我はおまえが永遠の時を過ごすのに居心地の良い世界を用意したに過ぎぬ」
「何が目的なの?」
「おまえを我のものにすること」
「…なーんかチャラ男っぽいセリフね。そりゃ最初は舞い上がったわよ。こんなイケメンに口説かれたこともなかったし?ちょっと浮かれてたんだけど、でもはっきりいうと、あなた、タイプじゃないのよね」
「そんな筈はない。この世界はおまえの記憶と願望でできているのだ。我の姿はおまえが想いを寄せていた魔王そのものの筈だ」
「でも違うんだもん。仕方ないじゃない」
梨香子たちにとっては大騒ぎするぐらいのイケメンだったみたいだけど…。
一般受けしすぎるんだよね。
…そう、だから気付いたの。
このゼルニウスさんが偽者だって。
私の知ってる彼とは違うって。
その時、突然私のスマホの着信音が鳴った。
「わ!びっくりしたぁ」
「…なんだ、それは」
ゼルニウスさんは疑わしい目で、電話に出る私を見た。
「もしもし?」
『―ようやく気付いたようだな』
「…やっぱり、あなただったのね?」
『フッ。気付いていたくせに、良く言う。少しだけ待っていろ』
電話は切れた。
「…何だ、誰と話していた?この世界には誰も干渉できぬはずだ」
ゼルニウスさんはそう云いながら、私に近寄ろうとした。
すると、私のスマホから黒い影が飛び出し、彼と私の間に割って入るようにそれは実体化して、黒いマントを羽織った男性の姿が現れた。
「…おまえは…!」
「フン、よくも我の名を騙って好き勝手なことをしてくれたな」
「そ、そんなはずはない…!ここへ我以外の者が来れるはずがない!」
「…おまえは誰に物を言っている?」
黒マントの人物は、その顔をゼルニウスさんの方に向けた。
「我は本物の魔王ゼルニウスだぞ」
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