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第六章

オーウェン新王国

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 オーウェン地下王国。
 魔王たちが去った後、駆けつけた騎士たちによって助け出されたカーラとルキウスが見たものは、無残な遺体となったレナルドの姿だった。
 だが彼女らはさして嘆くこともなくレナルドの遺体を運び出し、地下王国の敷地内の墓地に葬った。そこはレナルドの両親やカーラの親が葬られている王陵である。
 カーラは地下王国を出て紅い鎧の騎士団と共に大司教公国へと乗り込んだ。紅い鎧の騎士団こと紅の騎士団はカーラの直属の騎士団である。
 既に大司教公国内は青の騎士団が先行して制圧しており、彼女は紅の騎士団と共に悠々と入国した。

 彼女は無くなったレナルドことレオナルド二世に成り代わり、オーウェン新王国初代女王カーラベルデとして即位することとなった。

 大司教を慕って魔族排斥活動を熱心に行って来た信者たちは、その中心となる大司教が魔族だったという事実を知ったことから急激に信仰心を失っていった。
 新王国政府はそれにつけこんで、大司教公国がそもそも亡きオーウェン王国民の鎮魂のための国であることを力説し、魔族排斥を引き続き支持することと、破壊された礼拝堂を修復することを約束したため、信者たちをも取り込むことができた。
 一般市民たちにとっては、自分たちの生活さえ確保されれば、為政者の交代などどうでもよかった。実質国の運営は司祭たちが引き続き行っており、体裁としては大司教が女王に代わった程度の認識しかなかったが、概ね好意的に受け入れられた。それはこれまで時間をかけて国造りを計画してきた宰相と新王国の重臣たちの手腕によるものであった。

 女王カーラベルデを支え、実質新王国の政治を行うのは、宰相となったジーク・シュトラッサーをはじめとする新政府である。シュトラッサーはこれまで大司教公国の1地方領主に収まっていたが、実はオーウェン王国の王族に連なる血統であり、早くに親を亡くしたカーラの育ての親でもある。
 地下王国城の工事中の落盤事故により、王家の血を引く者は直系のレナルドとその従妹のカーラの2人だけになった。生き残ったレナルドは本人の希望により大司教公国の聖騎士見習いとなり、生まれたばかりのカーラはシュトラッサーの養子となった。
 シュトラッサーは最初からカーラを王位につけるつもりでレナルドを自由にさせ、カーラには幼い頃から帝王学を叩き込んできた。
 レナルドはオーウェン王国には興味が無く、あまり王国にも戻っては来なかった。彼は大司教に気に入られたことで聖騎士長に出世した。相応の権力を手に入れた彼は召喚術に関心があったようで、魔法士を集めては各地で魔獣召喚を行っていた。シュトラッサーは、公国を制圧するためにそれを利用することを思いついた。公国の聖騎士であるレナルドを正当な後継者として即位させ、カーラと結婚させた後、彼には不慮の事故で死んでもらう予定だった。それが重臣らと共に立てた計画だった。なので、新政府はレナルドが死んだことを知っても、特に慌てる様子もなく、淡々と計画を進めていったのだった。
 更に、シュトラッサーはアトルヘイム帝国と密かに通じ、かの国にクーデターを起こさせて新政府と交渉するつもりでいた。仮に、クーデターが失敗したところで、オーウェン王国にとっては痛くもかゆくもない。帝国が弱体化してくれればそれに越したことはなく、王国の独立を認めさせることさえできれば良かった。
 ルキウスは、シュトラッサー配下の諜報部員で、ペルケレ共和国へ闘士として潜入し、諜報活動を行っていたのである。トワを逃がしてしまったのは失態だったが、計画に大きな影響はないということで、彼はシュトラッサーに報告を済ませると、再び仲間たちとゴラクドールへ戻って行った。

 この国のあちこちに、オーウェン新王国の紋章の入った旗が立てられている。
 市民たちはそれを特に気にする様子もなく、魔獣に荒らされた建物の瓦礫を片付けをしてくれるオーウェン新王国の騎士団に感謝するのだった。
 そうして少しずつ、市民たちは日常を取り戻していった。

 公国騎士団と聖騎士団は解体されることになり、オーウェン新王国軍に吸収されることになった。それを待つ間彼らは、宿舎として使っていた大聖堂の騎士棟を新王国軍に譲り、市内の簡易宿泊施設に移されることとなった。そのため、元公国騎士団員たちからは不平不満が相次ぎ、騎士団を辞めて故郷に帰る者や出奔する者が相次いだ。それは明らかな差別であった。

 その一方で、新政府の役人たちは大聖堂に仕えるメイドたちから、本棟の地下には彼女たちすら知らない秘密の地下室があるというまことしやかな噂を耳にした。
 本棟の地下には奴隷や犯罪者を投獄する独居房の他、大浴場などがある。
 だが、更にその地下深くには魔族たちが潜んでいることは知られていなかった。
 オーウェン王国の者たちも、旧市街地に魔族がいることは知っていても、そこから大聖堂まで地下で繋がっていることは知らなかった。地下の魔族たちの存在は、大司教が隠し通してきたのだ。ただ、大聖堂の地下には魔族の奴隷がいるという噂は以前から囁かれてはいた。
 地下の魔族は決して外に出ることは許されていなかったが、時々ローブを身につけさせられて魔族であることを隠し、都市の外で土木工事や、魔物狩りなど、労働力として駆り出されていた姿を現場の人間に目撃されていたのだ。


 ユリウスとウルクはローブを手に入れ、すっかり様変わりした元大司教公国を見物した後、大聖堂の地下へと潜入していた。
 大聖堂の中で、人間が入れるところは地下2階までで、人間には通れないように魔法具により魔法障壁を発生させ守られた秘密の扉の向こうに地下下層への入口がある。この仕掛けがある限り、どれだけ調べても地下2階より下には人間は入れないはずだった。
 ウルクは以前、イドラが使っていたポータル・マシンからこの国に移動してきて、イドラの動向を見張りつつ地下を調べていた。そこで地下の魔族たちの存在を知ったのだった。

 最下層まで下りると、まるで大きな穴倉のような場所に、大勢の魔族たちがいた。
 光の魔法具により、明かりは十分にあったが、地下独特の湿気はぬぐえず、どこかカビ臭かった。
 ウルクによれば、この地下には4~500人程の魔族が暮らしていると云い、その他に旧市街にもまだ数百人の魔族が潜伏している。
 最下層には小さな作業場が多くあり、彼らはそこで鍛冶仕事をしたり、土をこねて煉瓦を作ったりといった仕事をしていた。ここで作られたものが地上に運ばれ、市民たちの役に立つのだろう。
 まるで工事現場の休憩所のような場所を訪れた2人は、そこに集まって思い思いに食事をとる魔族たちに交じって様子を伺っていた。
 ユリウスはローブ越しに彼らの食べている物を見て、眉をひそめた。決して良い待遇だとはいえなかった。
 長い間、一度も外に出たことがないという者もいた。体の強い魔族だからこそこんな環境でも病気にならずに生きていられるのだ。

「この地下にいる魔族たちは、ほとんどが大戦に参加したエウリノームの部下たちだよ。彼らはまだエウリノームが死んだことを知らないし、大司教公国が無くなったことも知らない」
「なぜ彼らはこんな地下で暮らしているんです?故郷に帰ろうという者はいなかったのですか?」
「さあ。彼らに訊いてみれば?」

 ウルクがそう云うので、ユリウスは休憩中の大柄な魔族に尋ねてみた。

「あんたら、どこから来たんだ?俺らは生まれも育ちもここだよ」
「そうだよ。エウリノーム様が私たちを産んでくださり、ここで生活させてくださってるんだ」

 ここにいる魔族たちは、この場所で生まれたと思っているらしい。
 そしてエウリノームに恩を感じていて彼のためにここで働いているのだと胸を張っていた。

「彼らは…精神スキルかなにかで操られているんでしょうか?」
「たぶんね。操られてるか記憶を消されてそう信じ込まされてるか、どちらかだと思うよ」
「…その方が幸せなのかもしれませんね」
「だけど、状況が変わったからね。今まで食料とか生活に必要なものは大司教やエウリノームが用意してたんだと思うけど、それが絶たれたら彼らだって生きていけないよ」
「…反乱がおきるかもしれないと?」
「彼らだって飢えて死にたくはないだろうからね。でもそうなると地上に出なきゃいけなくなる。たぶん、あの騎士団に皆殺しにされちゃうよ」
「なんとかできないものでしょうか」
「素直に故郷に帰ってくれればいいんだけどね」 
「彼らに掛けられた呪縛を解く必要があるということですか…」
「強力な精神スキルの持ち主ならば可能かもしれないね」
「エウリノームが持っていた精神スキルの宝玉は割れてしまったんでしたね」
「うん。たぶん、あれで操られてたんじゃないかな」
「…」
 
 ユリウスは考え込んだが、なかなかいい案は浮かんでは来なかった。
 2人が休憩所にいた時、1人の魔族が駆け込んできた。

「大変だ!人間の兵士が侵入してきた!」

 その場にいた魔族たちは一瞬動揺したが、すぐに皆一斉に、同じ方向へ走り出した。

 ―その少し前。
 新政府では、大聖堂をそのまま本拠地として使用することになり、大司教や祭司長などの高官の使っていた部屋や会議場、居室などすべて撤収され、新たに王室として改修されることとなった。
 それで、大聖堂の清掃が一斉に行われることになり、地下にあった大浴場にも清掃がはいることになった。女王も利用する可能性があるとのことで、女性用の浴場はいつもよりも丁寧に清掃しろとの命令が出た。普段は浴場の壁など掃除しないが、今回はメイドが壁を丁寧に拭いていた。その時、浴場の壁の一部に隙間ができていることに気付いた。その壁を押してみると、壁は扉のように奥に開いた。
 浴場からは壁にしか見えなかったが、実は扉だったことに気付き、メイドは驚いた。
 彼女はその扉の下に鍵が落ちているのを見つけた。
 通常は鍵がかけられていて開かないようになっていたのだろう。
 実はその鍵は、以前カラヴィアに追いかけられたトワが扉に鍵を掛けそこなって落としたものであった。施錠されていなかったことで、魔法障壁が発動していなかったのだ。
 メイドはその扉の奥に通路が続いているのを見て、他のメイドらと共に通路を進んでいった。
 そしてその地下で彼女たちは魔族をたまたま目撃してしまった。
 悲鳴を上げて逃げ出したメイドたちは、新王国軍の騎士団に報告し、大聖堂の地下に正式に調査が入ることになったのだ。

「ユリウス、魔族たちを逃がそう」
「ええ。ウルクは皆を先導して逃げてください。私はここで追手を食い止めます」
「わかった」

 魔族たちの避難先は地下通路の終点である旧市街地の地下古墳である。
 緊急時に備え、魔族たちは避難経路を確保しており、いつでもスムーズに逃げ出せるようにしていたのである。

 ユリウスたちは、その気になればポータル・マシンで逃げることも可能だったが、ここにいる大勢の魔族たちを見捨てる真似はしなかった。
 ウルクは逃げる魔族たちに同行し、ユリウスは逃げ遅れた者がいないか確認するため、地下の部屋を見て回った。

 通路のところどころには、追手を遮断するための扉があった。
 最後尾にいた魔族が通るのを確認して、殿しんがりを務める魔族がその扉を閉める。
 ウルクはうまく連携が取れていることに感心した。日頃から訓練でもしているかのような手際の良さだった。
 魔族たちはそのまま、旧市街の地下古墳へと駆け抜けて行った。

 一方、地下室に残ったユリウスは、逃げ遅れていた下級魔族を見つけ、通路へと逃がしていた。新王国軍は20人程が侵入してきていた。彼らはランタンのような魔法具で辺りを照らしながら、慎重に入ってきた。
 彼らは室内で、家具や使いかけの食器などを見つけると、ここで魔族が暮らしていたことを確信する。
 トイレとして使われていた小部屋に隠れていた下級魔族が、兵士に見つかったらしく、兵士が声を上げると、大勢で魔族を取り囲み、縄を掛けて捕らえた。
 最初はビクビクしていた兵士らも、それが取るに足りない下級魔族だとわかると、途端に態度を一変させた。それはネコのような顔立ちをした青い毛皮の獣人系の下級魔族だった。兵士らはその魔族を縄を持って引きずり倒し、その場でいたぶり始めた。

「おい、こっちにもいたぜ、虫ケラが」

 別の兵士が見つけてきたのは先ほどの魔族とそっくりのネコ型獣人系の下級魔族だった。こちらの魔族は赤い毛皮をしている。
 その魔族はすばやい身のこなしで、兵士たちに抵抗したものの、狭い空間が災いして、大人数の兵士たちにすぐに捕まってしまった。

「手こずらせやがって」

 兵士の1人が獣人の頭を足で踏みつけた。
 次の瞬間、その兵士は、自分のその足が横に落ちているのを見た。

「え…?」

 そう口に出した言葉はそのまま悲鳴に代わり、彼の失われた膝下から血しぶきが迸った。
 片足を失った兵士は痛みのあまり転がりまわった。
 それを皮切りに、兵士たちは次々に切り刻まれていった。
 喉、顔、背中、腕、足、あらゆるところが斬られ、あるいは切断され、あたりは一瞬で血の海と化した。

「何だ?何が起こってる?」

 兵士たちの目には何も見えなかった。
 ただ、ヒュンヒュン、と何かが風を切るような音が聞こえるだけだ。

「怯むな!何かの罠だ、落ち着け!」

 そう口にした兵士の首はその直後、足元にゴロン、と転がった。

「ひぃぃ!!」
「何かいるぞ!逃げろ、逃げろーー!」

 生き残っていた数人の兵士が、仲間を見捨てて地下室から逃げ出して行った。
 まだ地面でうごめいていた兵士も、見えないところから刃物で串刺しにされ、絶命した。

 兵士たちがいなくなった地下室に、フッと1人の人物の影が現れた。
 それはユリウスだった。彼は返り血ひとつも負っておらず曲刀を持ったまま、その優雅な姿を現した。
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