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第五章
その人は魔王
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「目を開けても良いぞ」
お姫様抱っこされたまま、耳元でそう告げられた。
目を開けると、やっぱりこの心臓に悪い顔が間近にあった。
夢じゃなかった…。
ふと、風が顔に当たるのを感じた。
「ここは…どこ?」
彼が私を降ろしてくれた場所は、涼やかな風が駆け抜ける草原だった。
風が、私のウィッグの髪をなぶる。
都市の中にこんな場所あったかな…?
「ここは我が亜空間に創り出した場所だ」
「亜空間?」
「時々、現実から逃げたい時に、ここへ来て昼寝をしている。誰にも邪魔されずにいられるからな。ここへ他人を連れてきたのは初めてだ」
「秘密のサボり場所ってわけね」
私はクスッと笑った。
「おまえの後をつけてきて良かった。屋敷の場所さえわかれば中は空間魔法で移動できるからな」
「…助けてくれたの?」
「そのつもりだが」
「私、あなたを知ってるわ。…どこで会ったのかは思い出せないんだけど」
「我を覚えていたか」
「うん。思い出せないのがすごく歯がゆいけどね」
そうなのよ。
こんな美形のことを覚えてないとかありえないんだけど。
黒髪の青年は、フッと口元を緩ませ、「無理しなくても良い」と云ってくれた。
「そういえば、あなた、さっき魔王とか言われてなかった?本当に魔王なの?」
「クッ…今更だな」
「…だって魔王って残酷で恐ろしいって聞いたわ。魔族でも気に入らないとすぐ殺すとかって」
「まあ、間違いではないな」
「闘士の仲間が、もし私が魔王に捕まったら一生閉じ込められるって言ってた。だからもしあなたが魔王だというのなら、私、全力で逃げないといけないんだけど…」
「ここからどうやって逃げるというんだ?」
「そうよね…?絶対無理じゃん…」
諦めてその場に座り込んだ私を、彼は笑って見ていた。
「安心しろ。そんなことはしない」
「本当?絶対?」
「魔王に二言はない」
「あ、自分で魔王って言った」
私の指摘に、魔王は笑った。
「恐ろしいと言いながら、おまえはちっとも恐れていないようだが?」
「あー…、そうね。美形だからっていう点も大きいかなー?」
「なるほど。おまえには我は美形に映るか」
「容姿に関していえば完璧ね。中身がそれに見合っていれば言うことないけど」
「ふむ…考えてみれば、我はこの姿でおまえに会うのは初めてなのだな」
「…え?でもどこかで会ってるでしょ?だから私のこと知ってるのよね?私は初対面だけど」
「ああ。だがおまえが会ったのは私ではない」
「え?え?何?どういうこと?」
混乱する私の隣に、彼は笑いながら座った。
「我はゼルニウスという」
「ゼル…ニウス?それってやっぱり魔王の名前よね。アルネラ村でも聞いた名だわ」
「アルネラ村…?」
「シェーラの木がある村よ。知ってる?」
ゼルニウスの表情が少しだけ動いた。
「シェーラ…」
「シェーラの遺体を村に戻したのは、あなたなの?」
「ああ…そうだ。それはなかなか、苦い…記憶だな」
シェーラを不注意で死なせたって云ってたっけ。
病気だったのか、事故だったのかはわからないけど…。
彼の暗く沈んだ表情がその心情を物語っていた。
長い睫毛を伏せ、愁いを帯びたような表情に、ドキッとしてしまう。
この人、魔王っていうけど、なんだか放っておけない感じがする。まるで小さな子供みたいに…。
「ごめん…私、デリカシーないよね…」
「トワ」
「はい?」
「ハグして良いか?」
「ええっ!?ハグ?」
魔王の口からまさかハグなんて言葉が出るとは夢にも思わなかった。
「ダメか?」
「いや、その、急に何でそうなるのよ?ハグって言葉、何で知って…」
彼は魔王とは思えないような、子犬のような目で私を見た。
ダメ、それはずるい。
「もう…まったく、誰にハグなんて言葉習ったわけ?いいわよ、ちょっとだけなら」
すると、彼の両腕が私の身体をぎゅっと抱きしめた。
私の耳が、彼の胸に当たる。
「ちょ、ちょっと…」
「ずっと、こうしたかった」
「ずっとって…今会ったばかりでしょ?」
「ああ、そうだったな」
魔王はそう云って私を抱きしめたままでいた。
私も、彼の背中にふんわりと両腕を回して抱擁した。
2人してしばらくそのまま抱き合っていた。
「…そろそろ離して欲しいんだけど」
魔王は渋々だけど私を離してくれた。
「おまえの話を聞かせてくれないか」
「…うん?いいけど、あんまり遅くなると皆が心配するかも…」
「大丈夫だ。この空間には時間の概念はない。元の世界に戻っても時間はほとんど経っておらん」
「えー!?マジ?不思議…」
魔王っていうだけあって、平気で不思議なことを起こすんだな。
私はこれまでのことを話した。といっても、大司教公国には数週間しかいなかったから、あまり話すこともないんだけど。
とりあえず2年も眠っていたこと、マルティスに助けられたこと、彼と旅をしてゼフォンやイヴリスと出会ったことなどを話して聞かせた。話すうちにいつの間にか、炊事が出来なくて役立たずと云われたことや、水汲みのために1キロも歩かされたことなど、私自身の不満をぶちまける愚痴大会になっていった。
それを聞いていた彼は、最初は笑って聞いていたけど、だんだんと怖い顔になっていった。
「アハ、いつの間にか愚痴になっちゃってたね。ごめん」
「なぜ謝る?おまえは役立たずなどではないぞ。お前をこき使うそのマルティスとやらが悪いのだ」
「ありがと。でもホントのことだから」
「…だが、事情はよく分かった」
彼は私の話を聞いて、いろいろわかったことがある、と云った。
魔王の説明によれば、2年もの間眠っていた私の体は単なる抜け殻で、その間も私は別の場所で存在していたのだという。私が2人いるとかちょっと意味が分からない。だいたい抜け殻って何よ?セミじゃないっつーの。
「通常なら重複する存在は時空の歪みにより消滅してしまうはずだが…どうやらおまえは人ならざる手により守られているようだ」
その後も時空がどうとか、記憶が巻き戻ったとか、時空と亜空間について語る魔王はまるでどっかの講師みたいで、全然話がわからない。
悪いけど、もう私の理解の許容量を超えている。
「…ごめん、言ってることが全然わかんない…」
そう云うと、彼は仕方がない、とばかりに溜息をつきながら、
「おまえに、これを渡しておこう」
と、自分の首からネックレスを外して、私の首に掛けてくれた。
それは先端に黒い石がついた、ちょっと変わったデザインの首飾りだった。
「これ、何?」
「おまえを守るものだ」
「ありがと…。でもどうして?魔王がなんで私を守ってくれるの?私、人間なんだけど…」
魔王は立ち上がって、私に手を差し出した。
私はその手を取って立ち上がった。
「好きな者を守るのに理由はない」
「えっ…?」
今、好きって云った?
魔王が?私を?
何があってそうなった?
彼は握った私の手を掲げて云った。
「この指輪も、我がおまえに与えた物だ」
「えっ?そうなの?」
この指輪、この人が?
この指輪は私が目が覚めた時にポケットに持ってたものだ。
指輪まで貰うって、一体いつそんな関係になったの…?
そしてなぜそんな大事なことを覚えていないの私!残念すぎるにもほどがあるわ!
「ごめん…ホントに覚えてない…」
「無理せずとも良い。部屋まで送ろう」
そう云うと、彼は何もなかった空間に扉を出現させた。
その扉を開けると、その先はもう宿舎の私の部屋の中だった。
まるで『ど〇でもドア』だ。
「空間魔法を使えばどれだけ離れていても、一度訪れた場所ならばこのように自由に出入りできるのだ」
さっきの屋敷にも突然現れたし、何がどうなってるのかよくわからなかったけど、今のは聞き捨てならない。
「一度訪れたって…もしかして私の部屋に来たことあるの?」
「…あ」
今、「あ」って云ったよね。
彼は私から用心深く視線を外した。
それは図星であることを暗に認めている素振りだった。
いくらイケメンでもストーカーはダメだからね。
私はきちんと彼に説教した。
「今度からはちゃんとノックしてドアから来てよね?いい?」
「…約束する」
しゅんとした彼は私の部屋の扉から出て行こうとして、くるりと振り向いた。
「最後にハグ…」
『欲張るな』
彼の言葉を遮るように、私の首のネックレスから声がした。
「ええっ?何?」
『黙って見ていれば好き放題しおって。何がハグだ』
「ネックレスがしゃべった!?」
「うるさい奴だな。出てこいカイザードラゴン。トワに紹介しておいてやる」
すると、私の目の前に小さなドラゴンが現れた。
私が驚いたことは云うまでもない。
お姫様抱っこされたまま、耳元でそう告げられた。
目を開けると、やっぱりこの心臓に悪い顔が間近にあった。
夢じゃなかった…。
ふと、風が顔に当たるのを感じた。
「ここは…どこ?」
彼が私を降ろしてくれた場所は、涼やかな風が駆け抜ける草原だった。
風が、私のウィッグの髪をなぶる。
都市の中にこんな場所あったかな…?
「ここは我が亜空間に創り出した場所だ」
「亜空間?」
「時々、現実から逃げたい時に、ここへ来て昼寝をしている。誰にも邪魔されずにいられるからな。ここへ他人を連れてきたのは初めてだ」
「秘密のサボり場所ってわけね」
私はクスッと笑った。
「おまえの後をつけてきて良かった。屋敷の場所さえわかれば中は空間魔法で移動できるからな」
「…助けてくれたの?」
「そのつもりだが」
「私、あなたを知ってるわ。…どこで会ったのかは思い出せないんだけど」
「我を覚えていたか」
「うん。思い出せないのがすごく歯がゆいけどね」
そうなのよ。
こんな美形のことを覚えてないとかありえないんだけど。
黒髪の青年は、フッと口元を緩ませ、「無理しなくても良い」と云ってくれた。
「そういえば、あなた、さっき魔王とか言われてなかった?本当に魔王なの?」
「クッ…今更だな」
「…だって魔王って残酷で恐ろしいって聞いたわ。魔族でも気に入らないとすぐ殺すとかって」
「まあ、間違いではないな」
「闘士の仲間が、もし私が魔王に捕まったら一生閉じ込められるって言ってた。だからもしあなたが魔王だというのなら、私、全力で逃げないといけないんだけど…」
「ここからどうやって逃げるというんだ?」
「そうよね…?絶対無理じゃん…」
諦めてその場に座り込んだ私を、彼は笑って見ていた。
「安心しろ。そんなことはしない」
「本当?絶対?」
「魔王に二言はない」
「あ、自分で魔王って言った」
私の指摘に、魔王は笑った。
「恐ろしいと言いながら、おまえはちっとも恐れていないようだが?」
「あー…、そうね。美形だからっていう点も大きいかなー?」
「なるほど。おまえには我は美形に映るか」
「容姿に関していえば完璧ね。中身がそれに見合っていれば言うことないけど」
「ふむ…考えてみれば、我はこの姿でおまえに会うのは初めてなのだな」
「…え?でもどこかで会ってるでしょ?だから私のこと知ってるのよね?私は初対面だけど」
「ああ。だがおまえが会ったのは私ではない」
「え?え?何?どういうこと?」
混乱する私の隣に、彼は笑いながら座った。
「我はゼルニウスという」
「ゼル…ニウス?それってやっぱり魔王の名前よね。アルネラ村でも聞いた名だわ」
「アルネラ村…?」
「シェーラの木がある村よ。知ってる?」
ゼルニウスの表情が少しだけ動いた。
「シェーラ…」
「シェーラの遺体を村に戻したのは、あなたなの?」
「ああ…そうだ。それはなかなか、苦い…記憶だな」
シェーラを不注意で死なせたって云ってたっけ。
病気だったのか、事故だったのかはわからないけど…。
彼の暗く沈んだ表情がその心情を物語っていた。
長い睫毛を伏せ、愁いを帯びたような表情に、ドキッとしてしまう。
この人、魔王っていうけど、なんだか放っておけない感じがする。まるで小さな子供みたいに…。
「ごめん…私、デリカシーないよね…」
「トワ」
「はい?」
「ハグして良いか?」
「ええっ!?ハグ?」
魔王の口からまさかハグなんて言葉が出るとは夢にも思わなかった。
「ダメか?」
「いや、その、急に何でそうなるのよ?ハグって言葉、何で知って…」
彼は魔王とは思えないような、子犬のような目で私を見た。
ダメ、それはずるい。
「もう…まったく、誰にハグなんて言葉習ったわけ?いいわよ、ちょっとだけなら」
すると、彼の両腕が私の身体をぎゅっと抱きしめた。
私の耳が、彼の胸に当たる。
「ちょ、ちょっと…」
「ずっと、こうしたかった」
「ずっとって…今会ったばかりでしょ?」
「ああ、そうだったな」
魔王はそう云って私を抱きしめたままでいた。
私も、彼の背中にふんわりと両腕を回して抱擁した。
2人してしばらくそのまま抱き合っていた。
「…そろそろ離して欲しいんだけど」
魔王は渋々だけど私を離してくれた。
「おまえの話を聞かせてくれないか」
「…うん?いいけど、あんまり遅くなると皆が心配するかも…」
「大丈夫だ。この空間には時間の概念はない。元の世界に戻っても時間はほとんど経っておらん」
「えー!?マジ?不思議…」
魔王っていうだけあって、平気で不思議なことを起こすんだな。
私はこれまでのことを話した。といっても、大司教公国には数週間しかいなかったから、あまり話すこともないんだけど。
とりあえず2年も眠っていたこと、マルティスに助けられたこと、彼と旅をしてゼフォンやイヴリスと出会ったことなどを話して聞かせた。話すうちにいつの間にか、炊事が出来なくて役立たずと云われたことや、水汲みのために1キロも歩かされたことなど、私自身の不満をぶちまける愚痴大会になっていった。
それを聞いていた彼は、最初は笑って聞いていたけど、だんだんと怖い顔になっていった。
「アハ、いつの間にか愚痴になっちゃってたね。ごめん」
「なぜ謝る?おまえは役立たずなどではないぞ。お前をこき使うそのマルティスとやらが悪いのだ」
「ありがと。でもホントのことだから」
「…だが、事情はよく分かった」
彼は私の話を聞いて、いろいろわかったことがある、と云った。
魔王の説明によれば、2年もの間眠っていた私の体は単なる抜け殻で、その間も私は別の場所で存在していたのだという。私が2人いるとかちょっと意味が分からない。だいたい抜け殻って何よ?セミじゃないっつーの。
「通常なら重複する存在は時空の歪みにより消滅してしまうはずだが…どうやらおまえは人ならざる手により守られているようだ」
その後も時空がどうとか、記憶が巻き戻ったとか、時空と亜空間について語る魔王はまるでどっかの講師みたいで、全然話がわからない。
悪いけど、もう私の理解の許容量を超えている。
「…ごめん、言ってることが全然わかんない…」
そう云うと、彼は仕方がない、とばかりに溜息をつきながら、
「おまえに、これを渡しておこう」
と、自分の首からネックレスを外して、私の首に掛けてくれた。
それは先端に黒い石がついた、ちょっと変わったデザインの首飾りだった。
「これ、何?」
「おまえを守るものだ」
「ありがと…。でもどうして?魔王がなんで私を守ってくれるの?私、人間なんだけど…」
魔王は立ち上がって、私に手を差し出した。
私はその手を取って立ち上がった。
「好きな者を守るのに理由はない」
「えっ…?」
今、好きって云った?
魔王が?私を?
何があってそうなった?
彼は握った私の手を掲げて云った。
「この指輪も、我がおまえに与えた物だ」
「えっ?そうなの?」
この指輪、この人が?
この指輪は私が目が覚めた時にポケットに持ってたものだ。
指輪まで貰うって、一体いつそんな関係になったの…?
そしてなぜそんな大事なことを覚えていないの私!残念すぎるにもほどがあるわ!
「ごめん…ホントに覚えてない…」
「無理せずとも良い。部屋まで送ろう」
そう云うと、彼は何もなかった空間に扉を出現させた。
その扉を開けると、その先はもう宿舎の私の部屋の中だった。
まるで『ど〇でもドア』だ。
「空間魔法を使えばどれだけ離れていても、一度訪れた場所ならばこのように自由に出入りできるのだ」
さっきの屋敷にも突然現れたし、何がどうなってるのかよくわからなかったけど、今のは聞き捨てならない。
「一度訪れたって…もしかして私の部屋に来たことあるの?」
「…あ」
今、「あ」って云ったよね。
彼は私から用心深く視線を外した。
それは図星であることを暗に認めている素振りだった。
いくらイケメンでもストーカーはダメだからね。
私はきちんと彼に説教した。
「今度からはちゃんとノックしてドアから来てよね?いい?」
「…約束する」
しゅんとした彼は私の部屋の扉から出て行こうとして、くるりと振り向いた。
「最後にハグ…」
『欲張るな』
彼の言葉を遮るように、私の首のネックレスから声がした。
「ええっ?何?」
『黙って見ていれば好き放題しおって。何がハグだ』
「ネックレスがしゃべった!?」
「うるさい奴だな。出てこいカイザードラゴン。トワに紹介しておいてやる」
すると、私の目の前に小さなドラゴンが現れた。
私が驚いたことは云うまでもない。
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