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第五章

鏡の中の誰か

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 大司教公国では、リュシー・ゲイブス祭司長が姿を消したと騒ぎになっていた。
 先にラエイラを出て、大司教公国へ戻ってきているはずだったのだが、どこにも姿が見えないのだという。

「もうじき枢機卿選挙があるのにゲイブス祭司長がおられないのでは、どうなることやら…」

 アマンダが不安気に云った。
 演習場で休憩を取っていた勇者候補たちも、その話題を話し合っていた。
 すると、エリアナが例の推理を披露し始めた。

「もしかして、優星がいなくなったことと関係しているんじゃないかしら」
「リュシーっておまえの先生だった奴だろ?優星とは繋がりなんかなかったと思うけど」
「私も同僚に訊いてみましたが、そのお2人どちらもお見掛けしていないと言っていました。それに、ゲイブス祭司長に至っては入国記録もないそうなので、帰国していないみたいです」
「うーん、そっか…」

 今回はおとなしく引き下がった彼女に、将はホッとした。
 そこへ、ゾーイが急ぎ足でやってきた。

「勇者候補に出動命令が出ました」
「今度はどこ?」
「旧市街地の地下遺跡です」
「遺跡なんて旧市街にあったの?」
「オーウェン王国の王侯貴族の墓地があったとされる霊場だそうです。地下古墳があって、魔族がねぐらにしているともっぱらの噂があります」
「また魔族討伐?」
「おそらくは。それと、カッツ祭司長の護衛ですね」
「カッツって誰だっけ?」将が尋ねると、アマンダが答えた。
「ナルシウス・カッツ祭司長は、歴史研究の第一人者なんです」

 アマンダの説明の後を受けて、ゾーイがナルシウス・カッツの行動について語った。

「カッツ祭司長は、前時代の遺跡の発掘を行っているんですよ。噂では、人間を創ったとされる神の遺跡を探っているとか」
「物好きね。そんな昔のものを引っ張り出してなんの意味があるの?」

 エリアナは考古学には興味がないようだった。
 だが将は違った。

「俺は興味があるな。遺跡とか土器とかさ。そういやこの世界の神ってどんなんだ?」
「実は私たちも良く知りません。魔族の神イシュタムのことはよく教えられているのですが、人間はそれよりもずっと前に太古の神により創られた、としか」
「じゃあ神の名前なんかも知らないのか?」
「ええ」
「でもそのカッツって人はよく見つけたわよね」
「カッツ祭司長は古代の文献や壁画などいろいろ調べていたみたいですから」
「そんじゃその遺跡とやらが見られるわけか」
「ともかく急ぎましょう」


 旧市街地にたどり着いた勇者候補たちは、既に戦闘が始まっていると、先乗りしていた兵士から報告を受けた。

「やはり地下の古墳跡に魔族が潜伏していたようです。急ぎましょう」

 ゾーイはそう云うと、アマンダと先に駆け出した。
 将とエリアナが後に続こうとした時、馬車の影から知らない男が現れた。

「やあ、君たちが勇者候補だね?」

 その人物は20代後半くらいの男で、帽子を被っていた。

「あんた、誰だ?」

 問いかける将に、その男は帽子を取って挨拶をした。その髪が黒かったため、将は身構えた。

「魔族か?」
「いいや。君たちと同じ異世界人だよ」
「ええ?召喚者なの?」
「君たちに忠告する。早いとここの国を出た方がいい」
「あなた、何者なの?」

 エリアナが尋ねようとした時、男の背後に子供を連れた女が見えた。

「何をしてるの。早く行くわよ」

 子連れの女にせかされた男は帽子を被りなおして、将たちにお辞儀をして去って行った。
 それと同時に2人を呼ぶゾーイの声が聞こえた。

「何だったんだろう、あの人。後ろにいたのは奥さんと子供?」
「召喚者ってマジか?なんかうさんくせえな」
「絶対嘘よね。だってあたしたちの前の召喚って10年前でしょ?それ、失敗したって言ってなかった?」
「…そういやそうだったな」

 2人は今出会った男の言葉を不思議に思いながらも、ゾーイたちに合流していった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 …。

 …。

 ピチャン。
 額に、水滴が当たった。
 その冷たい感覚に、意識が戻された。

 ゆっくりと目を開いてみた。
 暗い、岩の表面のようなものが見えた。
 それが天井で、自分が床に寝ているということに気付いた。

 ここは、どこだろう?
 体を動かそうとして、違和感を感じた。

 手、手は動く。
 足、足も動く。
 どうしたんだろう。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
 それでも煉瓦でできた床に手をついて、ようやく半身を起こした。
 ん?
 なんだろう、この感覚は…。

 それに、この場所には見覚えがある。
 そうだ、僕はここで…。

 ふと、隣を見ると、誰かが横たわっている。
 その顔には見覚えがあった。だけど、そんな筈はない。

「ようやく目覚めたか」

 僕に声を掛ける者がいた。
 紫のフードとローブの人物。大司教だ。

「どうだね?その体は」
「…あ、あー…」
「声が出せないのか?その体を使いこなすまでにはまだ少しかかるか」
「あ、うう…」
「移魂術が成功したのだ」
「い…こ…じゅ…?」
「魂の乗せ換えだ。勇者の蘇生スキルを使っての応用実験だ。これまで一度も成功しなかったが、やはり異世界人は特別なのだな。君の実験が成功すると続けざまに成功したよ。これであの方も満足してくださるだろう」

 大司教が何を言っているのか、よくわからない。
 勇者のスキルが使われたって?
 魂の乗せ換え?蘇生?

「足元を見ろ。そこに転がっているのは君の元の身体だ。もう空っぽだがね。今後の召喚の依り代に使わせてもらう」

 …?
 では、この僕は何なんだ?

「そうか、自分の姿がわからないか」

 大司教はくぐもった笑い声を立てた。
 大司教が指さす方向には壁にはめこまれた姿見鏡があった。

「あれを見よ。そこに映っているのがおまえの姿だ」
「あ…ああ…あ!」

 細長い鏡に映っていたのは、初めて見る人物だった。そしてその特徴はまぎれもなく魔族だった。
 赤みのかかった髪以外は、何ひとつ見覚えのない姿だった。
 浅黒い肌に、口を開けると真っ白な鋭い犬歯が見える。
 顔の造作は薄暗くて今一つよくわからなかったが、胸板は厚く、筋肉量が多い肉体を持つ大男に見える。
 それが鏡に映る自分だった。

 嘘だ…。
 これは夢だ…。
 こんなの僕じゃない。
 僕の姿は…。

 ふと、足元に横たわっている人物を見た。
 少し赤みがかった肩までの長髪、鼻筋の通った美しい顔。

 そう、

 じゃあ、この鏡に映っている魔族は誰だ?

 
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