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第四章
12年前の召喚者
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大司教公国の旧市街地。
まだ手付かずの廃墟の残るこの地に、一台の馬車が止まった。
馬車からは人相の悪い男たちが降りてきた。
旧市街の廃墟の中、人気が無いことを確認すると、男たちは地下へと続く階段を降りていく。そのうちの1人は、大きな麻袋に入った荷物を担いでいる。
地下道は途中にいくつも枝分かれした道が繋がっており、最初に入った者はまず間違いなく迷子になる。その道の突当りには大きな広間があった。
男はそこで麻袋を置いた。
「ご苦労だった」
そう云ったのはつばの着いたチロル帽子を被った男だった。
周囲には5、6人の魔族たちがいたが、その男だけは人間に見えた。
「誰にも顔を見られていないな?」
「ああ、荷物を運んできた便利屋は始末した」
「ならばいい。ご苦労だった」
「メトラ様には報告しておくが、構わないな?」
「…ああ」
帽子の男が麻袋を運んできた男たちに金を渡すと、彼らは引き上げていった。
彼の周囲にいた魔族の一人が麻袋を開けた。
そこから出てきたのは1人の少女だった。
気を失っている。
「サラ・リアーヌ・アトルヘルミア・アトルヘイム皇女だ」
「思ったよりも上手く行ったな」
「ああ、あのホリーという女が金を出してくれたおかげでな。あの女、アトルヘイムへの移送の馬車の中でずいぶん文句を云っていたからな。この話を持ちかけたらすぐに乗ってきたよ。城内の侍女を金で買収して、帝都で運び屋を雇ったらしい」
そう話すのは帽子の男だ。
「脅迫文は?」
「大司教名義で出す。皇女の髪の毛を少し切って包めば信用するだろう」
「皇女はどうするんだ?」
「終わるまでどこかに閉じ込めておく」
魔族たちの問いに、帽子の男が答える。
「間違いなく黒色重騎兵隊が出てくるだろうな」
「クックック、魔族排斥を掲げる国が同士討ちか…たまらんな」
「自業自得だ。我らを道具のように使い捨てにした報いだ」
魔族たちは薄笑いを浮かべ、愉快そうに話している。
「しかし、シンドウさん、アザドーは今回手を貸してはくれないのか?」
「この計画については話していない。メトラ様はグリンブルのクーデターでお忙しいはずだ。こちらはこちらで動く」
シンドウと呼ばれた帽子の男が答えた。
「もしここにも帝国の奴らが来たらどうする?」
「そうだ、アザドーの支援が無ければ対抗できん」
「旧市街の魔族はもうほとんどが討伐されてしまったんだぞ」
魔族たちは不安をぶちまけた。
「あの女がくれた金がある。おまえたちはこの金でグリンブルに逃げてくれ。あとのことは任せてほしい」
「シンドウさん…」
「いいんだ。ここまで手を貸してくれて助かったよ」
シンドウは、そう云って魔族たち1人1人に金を手渡した。
金を受け取った魔族たちは、シンドウに頭を下げて広間から出て行った。
皆が去った後、広間の奥のカーテンを開けて、もう一人、別の人物が現れた。
それは人間の女だった。
「あなた一人でどうするつもり?」
「ダリア…」
現れたダリアという赤毛の女性は20代後半のシンドウより年上で、シンプルなシャツに動きやすいパンツ姿だった。
「大司教に復讐するんでしょう?どうして誘拐なんか…」
「この閉鎖的な国で何かを起こすには、きっかけが必要なんだ」
ダリアは小さな皇女を抱き起した。
「この子には関係ないことなのにね…」
「悪いが利用させてもらう」
シンドウは帽子を取った。
その頭は短く刈り込まれていて、頭のてっぺんにだけ黒い髪の毛があった。
帽子を被るとちょうど黒髪が見えなくなるのだ。
「12年前、俺とマチルダは召喚されたにもかかわらず、なかったことにされて実験台にされた。俺たちが2人ともろくな能力を持っていなかったからだ。俺は魔族の内臓を移植され、マチルダは…。魔族の子を孕まされて腹を割かれて死んだんだ」
「研究施設の話ね…。2年前も、あそこへ送られてしまった女の子を助けてあげられなかったわ」
「ああ、あの時俺もあんたも人魔同盟のデモに参加してたっけな。移送されていく馬車を見てたよ。あの娘、俺みたいな黒髪をしてた。きっと俺と同じように能力が足りなかったんだろう」
「可哀想なことをしたわ…。あのあと、あんなことが起こるとは思わなかった」
ダリアは研究施設が魔族の襲撃を受けた時、施設の近くにいて、ドラゴンによって炎に包まれたところを目撃していたのだった。
「だけど、俺はまだ運が良かった。半死状態の生ゴミ同然で廃棄場に捨てられた俺を拾って回復措置をしてくれた人魔同盟には感謝してるよ」
「放逐された召喚者のほとんどはグリンブルへ送ったわ。あなただけよ、ここに残っているのは」
「俺を助けてくれたあんたには感謝してる。だが、俺は俺たちを見殺しにしたこの国を、大司教をどうしても許せないんだ」
シンドウは拳を握り締めて云った。
「この国では良いスキルを持ってない奴はゴミ扱いだ。俺は、俺たちは好きで召喚されたわけじゃない。こんな理不尽が許されちゃいけないんだ」
ダリアはそんな彼を悲しそうに見つめる。
「…アザドーも人魔同盟も人間同士の戦争には関与しないわ。だから今回は支援できない。人魔同盟のリーダーはもう私じゃないのよ」
「わかってるさ」
「ヒデト…」
シンドウ・ヒデト。
それが彼の名前だった。
「まだ、移植された内臓が思い出したように時々痛むんだ。俺に復讐しろって言ってるみたいに」
「復讐を忘れて、新しい生を生きようとは思わないの?」
「俺は他の奴らとは違う。異世界人なのに特別な力がなかったハズレ召喚者なんだ。そんな奴がこの世界でどうやって生きて行けっていうんだ」
「あなたにだって、できることはきっとあるはずよ」
「…だとしても、こんな恨みを抱えたままじゃ無理だ」
「恨みが晴らせれば、自分の人生を生きてくれる?」
「…その時は…考えてみる」
ダリアは「ふぅ」と息を吐いた。
「この子の面倒は私が見るわ」
ダリアは少女を腕に抱えた。
「ダリア…いいのか?」
「見たところ7~8歳くらいね。小さい子の世話なんか、あなたには無理でしょ?」
「恩に着る」
「…召喚者の末裔としては、放っておけないのよ、あなたのこと」
彼女はシンドウにウィンクして見せた。
まだ手付かずの廃墟の残るこの地に、一台の馬車が止まった。
馬車からは人相の悪い男たちが降りてきた。
旧市街の廃墟の中、人気が無いことを確認すると、男たちは地下へと続く階段を降りていく。そのうちの1人は、大きな麻袋に入った荷物を担いでいる。
地下道は途中にいくつも枝分かれした道が繋がっており、最初に入った者はまず間違いなく迷子になる。その道の突当りには大きな広間があった。
男はそこで麻袋を置いた。
「ご苦労だった」
そう云ったのはつばの着いたチロル帽子を被った男だった。
周囲には5、6人の魔族たちがいたが、その男だけは人間に見えた。
「誰にも顔を見られていないな?」
「ああ、荷物を運んできた便利屋は始末した」
「ならばいい。ご苦労だった」
「メトラ様には報告しておくが、構わないな?」
「…ああ」
帽子の男が麻袋を運んできた男たちに金を渡すと、彼らは引き上げていった。
彼の周囲にいた魔族の一人が麻袋を開けた。
そこから出てきたのは1人の少女だった。
気を失っている。
「サラ・リアーヌ・アトルヘルミア・アトルヘイム皇女だ」
「思ったよりも上手く行ったな」
「ああ、あのホリーという女が金を出してくれたおかげでな。あの女、アトルヘイムへの移送の馬車の中でずいぶん文句を云っていたからな。この話を持ちかけたらすぐに乗ってきたよ。城内の侍女を金で買収して、帝都で運び屋を雇ったらしい」
そう話すのは帽子の男だ。
「脅迫文は?」
「大司教名義で出す。皇女の髪の毛を少し切って包めば信用するだろう」
「皇女はどうするんだ?」
「終わるまでどこかに閉じ込めておく」
魔族たちの問いに、帽子の男が答える。
「間違いなく黒色重騎兵隊が出てくるだろうな」
「クックック、魔族排斥を掲げる国が同士討ちか…たまらんな」
「自業自得だ。我らを道具のように使い捨てにした報いだ」
魔族たちは薄笑いを浮かべ、愉快そうに話している。
「しかし、シンドウさん、アザドーは今回手を貸してはくれないのか?」
「この計画については話していない。メトラ様はグリンブルのクーデターでお忙しいはずだ。こちらはこちらで動く」
シンドウと呼ばれた帽子の男が答えた。
「もしここにも帝国の奴らが来たらどうする?」
「そうだ、アザドーの支援が無ければ対抗できん」
「旧市街の魔族はもうほとんどが討伐されてしまったんだぞ」
魔族たちは不安をぶちまけた。
「あの女がくれた金がある。おまえたちはこの金でグリンブルに逃げてくれ。あとのことは任せてほしい」
「シンドウさん…」
「いいんだ。ここまで手を貸してくれて助かったよ」
シンドウは、そう云って魔族たち1人1人に金を手渡した。
金を受け取った魔族たちは、シンドウに頭を下げて広間から出て行った。
皆が去った後、広間の奥のカーテンを開けて、もう一人、別の人物が現れた。
それは人間の女だった。
「あなた一人でどうするつもり?」
「ダリア…」
現れたダリアという赤毛の女性は20代後半のシンドウより年上で、シンプルなシャツに動きやすいパンツ姿だった。
「大司教に復讐するんでしょう?どうして誘拐なんか…」
「この閉鎖的な国で何かを起こすには、きっかけが必要なんだ」
ダリアは小さな皇女を抱き起した。
「この子には関係ないことなのにね…」
「悪いが利用させてもらう」
シンドウは帽子を取った。
その頭は短く刈り込まれていて、頭のてっぺんにだけ黒い髪の毛があった。
帽子を被るとちょうど黒髪が見えなくなるのだ。
「12年前、俺とマチルダは召喚されたにもかかわらず、なかったことにされて実験台にされた。俺たちが2人ともろくな能力を持っていなかったからだ。俺は魔族の内臓を移植され、マチルダは…。魔族の子を孕まされて腹を割かれて死んだんだ」
「研究施設の話ね…。2年前も、あそこへ送られてしまった女の子を助けてあげられなかったわ」
「ああ、あの時俺もあんたも人魔同盟のデモに参加してたっけな。移送されていく馬車を見てたよ。あの娘、俺みたいな黒髪をしてた。きっと俺と同じように能力が足りなかったんだろう」
「可哀想なことをしたわ…。あのあと、あんなことが起こるとは思わなかった」
ダリアは研究施設が魔族の襲撃を受けた時、施設の近くにいて、ドラゴンによって炎に包まれたところを目撃していたのだった。
「だけど、俺はまだ運が良かった。半死状態の生ゴミ同然で廃棄場に捨てられた俺を拾って回復措置をしてくれた人魔同盟には感謝してるよ」
「放逐された召喚者のほとんどはグリンブルへ送ったわ。あなただけよ、ここに残っているのは」
「俺を助けてくれたあんたには感謝してる。だが、俺は俺たちを見殺しにしたこの国を、大司教をどうしても許せないんだ」
シンドウは拳を握り締めて云った。
「この国では良いスキルを持ってない奴はゴミ扱いだ。俺は、俺たちは好きで召喚されたわけじゃない。こんな理不尽が許されちゃいけないんだ」
ダリアはそんな彼を悲しそうに見つめる。
「…アザドーも人魔同盟も人間同士の戦争には関与しないわ。だから今回は支援できない。人魔同盟のリーダーはもう私じゃないのよ」
「わかってるさ」
「ヒデト…」
シンドウ・ヒデト。
それが彼の名前だった。
「まだ、移植された内臓が思い出したように時々痛むんだ。俺に復讐しろって言ってるみたいに」
「復讐を忘れて、新しい生を生きようとは思わないの?」
「俺は他の奴らとは違う。異世界人なのに特別な力がなかったハズレ召喚者なんだ。そんな奴がこの世界でどうやって生きて行けっていうんだ」
「あなたにだって、できることはきっとあるはずよ」
「…だとしても、こんな恨みを抱えたままじゃ無理だ」
「恨みが晴らせれば、自分の人生を生きてくれる?」
「…その時は…考えてみる」
ダリアは「ふぅ」と息を吐いた。
「この子の面倒は私が見るわ」
ダリアは少女を腕に抱えた。
「ダリア…いいのか?」
「見たところ7~8歳くらいね。小さい子の世話なんか、あなたには無理でしょ?」
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