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第四章

雷光のゼフォン

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 アトルヘイム帝国城は帝都トルマの街外れの小高い丘の上にそそり立っていた。
 城のある丘の上からは帝国大学やアトルヘイム基地本部が下に見える。

 帝国城は城壁や、城壁の上から見える尖塔までも黒く塗られていて漆黒城とも呼ばれている。
 年季の入った城は、現在もあちこちで補修工事が行われている。

 マルティスとトワを連行してきたのは、帝国騎士団である。
 城の地下にある一室で、マルティスは帝国兵に囲まれて椅子に座らされていた。
 マルティスの正面には机があり、その机に肘をついて男が座っていた。
 その男はマニエルと名乗った。

「さて、マルティス君。ここへ連れてこられた理由に心当たりがあるはずだね?」
「いや~、とんとありませんが。何かの間違いでは?」
「そうかね。3日前の夕方、城の裏門で君を見たという者がいるのだがね」
「さあ…仕事で通りかかったかもしれません」

 マニエルは机をドン!と叩いた。

「3日前からサラ・リアーヌ皇女殿下が行方不明なのだ。貴様が連れ出したのだろう?言え!皇女殿下はどこだ!?」


 マルティスが詰問を受けていた頃、トワは地下の別の部屋にいた。
 彼女は少女だということもあって、縛られたりはしていないが、テーブルが1つと椅子が2つあるだけの殺風景な部屋に軟禁されていた。
 部屋の外には見張りの兵士が立っている。
 何もすることがないので部屋でブラブラしていると、外が騒がしいことに気付いた。
 ドアをそっと開けてみると、外に立っていたはずの見張りの兵士がいなかった。
 チャンスとばかりにそっと部屋を抜けだした。

 何かあったのだろうか。
 地下通路を歩いていると、真正面からマルティスが走ってくるのが見えた。

「マルティス!」
「よう。脱出できたか」
「何が起こってるの?」
「何者かが城に侵入したらしい。おかげで俺の尋問も途中で打ち切りになった」
「それにしたってなんで1人なの?」
「ああ、見張りにはちっと俺のスキルでサヨナラしてきた」
「スキル?」
「まあ、いいじゃないか。さっさと逃げようぜ」

 マルティスとトワが地上に出ると、そこは城の敷地内で、大勢の帝国騎士たちで溢れかえっていた。

「こいつはヤバイな…。一旦戻って別の出口を探そう」
「兵士いっぱいだったね」
「ああ、あの中を突破すんのはまず無理だ。何か方法を考えねえと…」

 2人は再び地下へ戻って通路を進んでいくと、通路の両脇に地下牢がある場所へ出た。
 地下牢には鉄格子が嵌っていて、中にはそれぞれ人が収監されている。

「…おいおい、驚いたな。ここにいるのは皆魔族だぞ。なんだってこんなところに…」
「大司教公国に売るためさ」

 マルティスの呟きに、地下牢の中から誰かが答えた。

「なんでもあそこの研究所が建て替えの真っ最中らしくてな。捕らえた魔族をしばらく預かってて欲しいってことらしい。その間だけ生き永らえたなって帝国の奴らが毎日のように言うのさ」
「なるほどね」
「大司教公国って魔族を買ってるの?」

 トワは驚いたように尋ねた。

「ああ、そうだ。いい金で買ってくれるらしい。大物になればなるほどな」

 マルティスが答えると、牢の中の声の主が、鉄格子の手前までやってきた。それはマルティスの腰くらいの高さに頭がある小さなゴブリンのような下級魔族だった。

「この下の地下室に、『雷光のゼフォン』が捕まっているよ」
「マジか…!あのゼフォンが?なんでまた…」
「詳しいことは知らんが、ガベルナウム王国が雇った傭兵団に参加していたらしいって兵士たちが噂してた」
「へえ…」
「何?有名人なの?」

 2人の会話に付いて行けないトワは、マルティスに質問をした。

「ああ、ずっとペルケレの闘技場に出ていた戦士だ。あまりに強すぎて賭けが成立しなくなっちまったんで引退したって聞いたが…まさか傭兵団にいたとはな」
「そんなに強い人でも囚われちゃったわけ?」
「まあ、闘技場と戦場じゃ勝手が違うからな」

 マルティスとトワが話していると、牢の中の魔族は、「頼む、ここから出してくれ」と懇願してきた。

「鍵が無いんだよ」
「鍵なら、ここの階の奥の詰め所にいる兵士が持ってるはずだ。ひとつのカギで全部の牢が開くんだ」
「へえ…。雑だねえ。これだから兵士に頼る国は防犯がなっちゃいねえんだ」

 マルティスは、トワにここで待っていろと云って、通路を走って行った。
 その間、牢の中の魔族は、気安くトワに話しかけてきた。
 どうやら彼女を魔族だと思っているようだった。
 トワは改めて自分の中指の指輪を見て感心した。

 やがてマルティスがカギを持って戻ってきた。
 トワは驚いてどうやったのかを尋ねたが、彼は「まあいいじゃないか」とはぐらかした。

「よし、おまえら全員ここから出してやっからな。せいぜい騒ぎを起こしてくれよ?」

 そう云って彼はすべての地下牢のカギを開けた。
 そこからは続々と魔族たちが出て行き、マルティスに感謝の言葉を口にした。
 彼らは続々と出口に向かって行った。

「よし、俺たちはこっちだ」
「え?私たちも彼らと一緒に逃げるんじゃないの?」
「ゼフォンを助けに行く」
「ゼフォンってさっき言ってた人?」
「ああ。いざって時に戦える奴がいた方がいいだろ?」
「あんたは戦えないの?」
「俺は後方支援タイプなの」

 地下通路の階段を降りて1つ下の階に行くと、そこにも地下牢が続いていた。
 マルティスは片っ端からその牢を開けて回った。
 その階の牢には、魔族以外に人間も混じっていたが、マルティスは気にせずすべての牢を解放した。

 そしてその階の突当りには扉があった。
 その扉も牢と同じ鍵で何なく開いたので、マルティスは「雑すぎる」と呆れていた。
 中に入ると、そこは洞窟をくりぬいたような、天井の高い大きな部屋だった。

 その部屋の中央に、その男は力なく天井から鎖で吊り下げられていた。
 天井から2本の鎖で左右の腕を吊り下げられ、踵に大きな傷のある足は地面に投げ出されていた。
 白に近い金髪は背中まで伸びており、俯いているため顔はわからなかったが、顎には無精ひげが見えた。
 鍛え抜かれた肉体は殆ど裸で、腰に短パンのような足通しを着けているだけの姿だった。

「壁に油が塗られてるな。雷避けってとこか…」

 マルティスがそう云うと、その男はようやくこちらに気付いたようで、わずかに顔を動かした。

「誰だ…」
「よう、ゼフォン。こんなとこであんたに会えるなんて思ってもみなかったぜ」
「何だ、魔族がなぜ…こんなところにいる」

 ゼフォンは顔を上げた。
 その顔には左目から頬にかけてざっくりと大きな傷がついていた。

「…その傷、戦場で受けたのか」
「ああ…もう左目は使い物にならん」
「あんたを助けに来た」
「…無駄だ。手足の腱をすべて切られている。今の俺は逃げるどころか立つことすらできん」
「…酷いことをするな…」

 マルティスは眉をひそめて云った。
 よく見ると、ゼフォンの体には無数の傷がついていた。

「おい、トワ。治せるか?」
「う、うん、やってみる」

 トワはゼフォンの傍に近寄った。

「…何をするつもりか知らんが、ここにいたらおまえたちも捕まるぞ」

 少女の手が、ゼフォンの体に軽く触れた。

「回復…」

 彼女がそう呟いた途端、ゼフォンは不思議な感覚を味わった。
 彼女が触れたところから、何やらむず痒い感じが手や足の先まで広がる。
 ザックリと切られた顔の傷の部分にも、彼女の手がかすかに触れた。
 その直後、だった。
 感覚のなかった手足に力が戻り、えぐられたはずの左目が、すんなり開いて視界が広がった。

「あ…ああ…!なんだ、これは。力が…戻ってきた」
「良かった!成功したぁ~!」

 彼はそう呟くと、力なく投げ出されていた足を上げ、しっかりと地面を踏みしめた。
 鎖で吊り下げられていた両手にも力が戻り、拳を握り締めた。

 彼は目の前の少女を見た。

「おまえが、何かしたのか…?」
「へへ、驚くなよ?このトワは、魔族を癒せる力があるんだ」
「魔族を癒す…だと?」

 ゼフォンは、トワを脚の先から髪の毛の先までじろじろと眺めた。

「見たことろ、人間のように見えるが…魔族、だな?」
「それがそうじゃないんだな。とにかく、治ったんなら良かった。その鎖、壊せないか?」
「ふむ。やってみる。おまえたちは部屋の外に出ていろ」

 マルティスとトワは云われた通り、部屋の外に出た。
 その直後、ドスン!ガラガラ…と岩が砕けたような音がした。
 部屋の中を見ると、天井の一部が崩落していた。
 瓦礫と埃の中から、ゼフォンがゆっくりと歩いて出てきた。
 彼の両腕には鉄製の枷が嵌ったままで、その枷からは引きちぎられた鎖がぶらさがっていた。

「あ~あ、手加減てもんを知らないもんかね…」

 マルティスが呆れて云った。
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