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第三章

勇者候補との共闘

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 その少し前、イドラはポータル・マシンでグリンブルへと戻ってきた。
 トワの云っていた追手とやらを探したが、どうやらもういないようだ。

 袋に入れて置いてあった魔族の遺体を3つ、小屋から運び出して荷車に乗せた。
 大司教からは今度は大物を召喚しろと云われているため、今回は一度に3体仕掛けることにした。
 今度の召喚はかなりの魔力を要するので、時間をかける必要があった。
 ラエイラ寄りのグリンブル城壁近くで魔族の遺体を下し、そこで城壁の外に魔獣を召喚した。
 召喚に少し時間がかかったが、今回はかなり自信があった。
 これまでに何度も魔物召喚を行い、経験値も上がっている。
 今回召喚した魔物は上位魔獣のヒュドラだ。
 100年前の人魔大戦では魔伯爵マクスウェルが召喚し、オーウェン王国を滅ぼす一旦となったことはもはや伝説となっている魔獣だ。これが現れればさぞ皆驚くだろう。
 その様子を想像すると震えるほどの快感を感じた。
 しかも、当時は召喚主自身がヒュドラを召喚解除したため、ヒュドラが倒された記録はない。つまり弱点や倒し方などは認知されていないのである。

 ヒュドラにはラエイラを襲うよう指示してある。
 ただ一点だけ問題があるとすれば…。イドラは深呼吸をした。
 超大型の魔獣ヒュドラは召喚者であるイドラから相応の魔力を奪っていく。もし魔力が切れたら、コントロールできなくなり、今度は自分を襲いに向かってくることになるということだ。
 そうならないように、魔力増幅の宝玉を大司教から受け取っている。
 勇者候補にヒュドラの相手をさせることになっているが、勇者候補が倒すことができなければ、計画の第一弾を決行することになっている。

 ヒュドラが移動を開始したのを確認し、イドラは一旦小屋へ戻ろうとした。
 ところが、自分の張った結界を破って誰かが小屋にいることに気付いた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 聖魔騎士団全員は、ヒュドラ出現の報を受けて、ただちにラエイラへと向かった。
 魔王から、彼ら全員での討伐を命じられたのだ。
 ヒュドラはそれほどの強さだと、魔王は云った。
 ラエイラ近郊までやってくると、すでにグリンブル軍と勇者候補らしき連中がヒュドラと戦っていた。
 ヒュドラとは、カイザードラゴンと同じく魔界の上位魔獣で、この世界に自然に発生する生物ではない魔法生物だ。
 それ故、今回も誰かが召喚したものだと思われた。

 騎士団は到着しても、しばらく戦いには参加せず、遠巻きに見ていた。
 ヒュドラの能力を見るためだ。
 勇者候補は、地割れを起こしてヒュドラの足を止めている。

「なかなかやりますね」とカナンが云う。
「だけど、あの首再生しちゃうみたいだよ」

 ネーヴェの指摘を受けてジュスターはアスタリスに指令を出した。

「アスタリス、ヒュドラの核がどこにあるか視てくれ」
「はい。…あのでっかい胴体の、ド真ん中にあります。あの胴体の核から魔力が流れているみたいです。だけど、あの分厚い皮膚の下の体は何か特殊な物質みたいです」
「なるほど。再生を阻止するには核からの魔力を遮断するしかないか…ふむ。まずはヒュドラの足を止め、攻撃手段を奪う。首の再生の方は私がなんとかしよう」

 ジュスターは各人に指示を出すと、彼らは散開した。

 カナンやユリウスたちが剣や刀でヒュドラの首をサクサクと切断していく。
 首を切断した後、再生しないようにジュスターが首の断面を凍らせていった。
 胴体からの魔力が首に流れないよう、切断面を氷で覆い、魔力の流れを遮断したのだ。

「氷が解ける前になんとしてもカタをつけろ」

 勇者候補の攻撃で、ヒュドラの胴体が物理無効と防御バリアに覆われていることがわかった。
 シトリーが何度もパンチを繰り出すうちに、バリアに少しずつ亀裂が入った。その亀裂に暗器や魔法攻撃を加えると、内部と皮膚にダメージを与えることができた。
 ダメージを与え続けることで、バリアが徐々に破壊されていき、胴体の固い皮膚が剥がれ落ち始めた。

 ヒュドラの皮膚の中からプルプルとしたゲル状の体が現れた。
 そのゲル状の体はあらゆる攻撃ダメージを吸収してしまうようだった。
 シトリーは一旦下がった。
 勇者候補の少女が、そこへ強烈な魔法を撃ちこんだ。
 その魔法で、ゲル状の体が収縮したのがわかった。
 ジュスターは全員に魔法攻撃を命じた。
 アスタリスがヒュドラの核の具体的な位置をシトリーに伝えると、シトリーはゲル状の物体の中に拳を突っ込んで核を掴みだした。
 ヒュドラの核は、なぜか同じ場所に3つ重なって存在していた。
 シトリーが力を入れると、ヒュドラの3つの核は粉々に砕け散り、ヒュドラだったものは霞のように消え去った。

 シトリーの周囲に騎士団全員が集まった。
 すると、周囲で戦っていたグリンブル軍の兵士たちから歓声と拍手が巻き起こった。

 そこへ勇者候補たちもやってきた。

「あんたたち、前線基地で会った魔族ね!」

 勇者候補の少女が彼らに向かってそう叫んだかと思うと、ジュスターの傍に走り寄ってきた。

 彼女は「やっと会えた…!」とジュスターを見つめて云った。

 すると、ジュスターが彼らに向かって口を開いた。

「お怪我はありませんか?」

 ジュスターが彼らを気遣う発言をすると、少女はいきなり自分たちの自己紹介を始めた。
 騎士団員たちは、彼らの意外な行動に面食らったが、少女とジュスターの様子を見て、ニヤニヤしていた。

 エリアナはようやくあこがれの人と再会できたことに舞い上がっていた。
 だがエリアナ以外の3人は、魔族とまともに口をきいたのは、これが初めてだったので、多少緊張していた。

「しゃべった…」
「素敵な声よね…」
「え」

 エリアナの思いがけない言葉に、将は思わず振り向いた。
 その彼女は銀髪の魔族に話しかけられていた。

「あなた方のおかげで仕留めることができました。感謝します」

 ジュスターは貴公子然として、勇者候補たちに優雅に礼を取った。

「お、おまえたち、何でここにいるんだよ?」

 将が尋ねると、エメラルドグリーンの髪のネーヴェが答えた。

「僕らはたまたま通りかかっただけだよ」
「たまたま…?そんなことあるのかよ」

 エリアナはジュスターを見上げたまま、もじもじしていたが、勇気を出して「あなたの名前を教えて」と聞いた。

「私はジュスター。聖魔騎士団の団長をしています」
「ジュスター…さん…」

 将は、魔族の中に因縁の相手の姿を見つけた。

「てめえ!そのオレンジの!この前のリベンジさせろ!」

 将はオレンジの髪の彼に向かって叫ぶと、「カナンだ」と名乗った。
 だがカナンは腕組みしたまま、将の挑発には動じない。

「将様、ここは中立国のグリンブル王国です。魔族との揉め事はご法度ですよ」

 ゾーイが制止した。

「そうですよ将様、落ち着いてください」

 アマンダも止めたので、将は振り上げた拳を渋々下ろすことになった。
 その隣で、エリアナは平然とジュスターと話していた。

「…ジュスターさん、あなたたちがいなかったらあの魔獣を倒せなかったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「あの、お礼をしたいんだけど…これからその…」
「それには及びません。次に会う時が戦場でないことを祈っていますよ」

 そう云うと、彼らは全員グリンブルの方へと引き返して行った。

「ナンパしてんじゃねえよ」
「い、いいでしょ、別に…」

 将に叱られて、エリアナはプイとそっぽを向いた。

「勇気がありますね、エリアナ様。私なんかもう怖くて…」アマンダの言葉にエリアナは笑顔になった。
「だって、こんなチャンスもうないかもしれないし」
「…でも、たしかに皆さん美形ぞろいでしたね」
「でしょでしょ?」
「まあ、それは認める」

 エリアナの話に珍しく将が同意した。

「それにしても優星の奴、とうとう来なかったな」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 騎士団員たちが戦っていた頃、魔王は1人で小屋に残ってポータル・マシンを修理していた。

「そこで何をしている」

 声を掛けられた魔王は、立ち上がって背後に立つローブ姿の人物を見た。
 だが、驚いたのはローブの人物の方だった。

「お…おまえは、魔王!」
「ほう?我を知る者か」

 ローブの人物は被っていたフードを跳ね上げ、構えた。
 それはイドラだった。

「魔王…!なぜ、おまえがこんなところにいる!?」
「…そうか、このマシンはおまえが持ち出したのか」
「それがどうした」
「知識もないのに持ちだすのは感心せんな。見ろ、摩耗して故障してしまったぞ」
「…何!?」
「我がじきじきに修理してやっているのだ、ありがたく思え」
「く…っ、魔王!わ、私はイドラ。おまえに殺されたユミールの一族の生き残りだ!」
「ほう…?」
「この200年、おまえへの恨みを忘れたことなどない!ここで会ったのも運命だ。覚悟しろ!」

 イドラは憎しみの炎を燃やし、魔王を睨みつけた。

「…なるほど。それでおまえは、精神スキルを使うのか」
「…なっ…!なぜわかった…?」
「ユミールと同じ目をしていたからな。だが無駄だ。我にはそのような技は通じぬ」

 魔王は、自らの魔力の一部を解放した。
 イドラの目には、その魔王の姿に、200年前の魔王が重なって映った。
 恐ろしいほどの魔力と負のオーラがイドラを襲う。

「あ…う…」

 イドラは魔王の前に足がすくんだ。
 過去の恐怖が蘇り、魔王のオーラに完全に呑まれてしまった。
 膝がガクガクし、立っていられなくなって、膝から崩れ落ちるようにして床に突っ伏した。

「ふむ。少し話を聞かせてもらおうか」

 魔王はカイザーを人型で呼び出すと、カイザーはなぜかトワの姿になって出てきた。

「おい、おまえ…」
『気に入らんか?』
「…それはおまえなりに我を気遣っているのか?」

 目の前に現れたトワの姿に、イドラは驚いていた。

「ト…ワ…?なぜここに…」

 イドラの呟きを魔王は聞き逃さなかった。

「貴様、トワを知っているのか?今どこにいる?」
「…大司教公国だ」
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