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第三章
200年前の出来事
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イドラは、200年前のことを語りだした。
200年と少し前。
イドラは生まれてまだ2年程の子供だったという。
魔族の国のユミールという魔貴族の一族として生まれたイドラは、ユミールの領地でのびのびと育っていた。
その頃、魔貴族は6人ではなくユミールを入れて7人だったという。
ユミールは女性体で魔王とは近しく、<エンゲージ>をするのではないかと噂が立つほど仲が良かったという。
ところがある時、ユミールは魔王の怒りを買うことになった。
子供だったイドラはその事情は知らされていないが、魔王の怒りは相当なものだったという。
ユミールは殺され、その領地は魔王の炎で焼かれた。
ユミールの一族のほとんどはその時一緒に炎に焼かれて消し炭になったという。
イドラも逃げ遅れて、顔の半分を焼かれた。
その時の光景は一生忘れないという。
イドラは炎の中に立つ魔王の姿が目に焼き付いて離れないと云った。
その後、魔王の怒りを恐れた一族の生き残りは魔族の国を後にした。
イドラも人間の国へと逃れたが、差別のある人間の国で生きていくのは辛かったという。
その当時、まだオーウェン王国という国があって、一族はしばらくその国に魔族の村を作って住んでいた。やがて人魔大戦が起こり、オーウェン王国は滅んでしまった。
路頭に迷った彼らを、エウリノームが助けてくれたという。
「ユミールが魔王を怒らせたことって何だったの?」
「わからない。だがそのせいで領地の半分が焼失した。豊富な農作物が採れる良い土地だったのに」
「その後、領地はどうなったの?」
「魔王が直轄領にしたと聞いた。多少は悪いと思ったのか、ユミールの一族の者を領主に任じて、再建を始めたのだ」
「直轄領って、ナラチフみたいなとこか…」
「…よく知っているな」
「え」
まさかの大当たり?
聞けば、その当時のナラチフの領主はイドラの友人だったらしい。
もしかしてそれがロアの恋人だったりして…?
なんか世間て狭いなあ…。
「なぜナラチフを知っている?」
「私、魔族の国に逃げてて…ナラチフの人とたまたま知り合いになったのよ」
「ほう?」
どうしよう。
魔王と一緒にいたとか、云わない方がいいよね…。
「ところでずっと気になっていたのだが、おまえはなぜ人間のマギを纏っていない?」
「ああ、この指輪のおかげなのよ」
私は左手の中指の指輪を抜き差しして見せた。
「ほほう…面白い。それは魔法具か?」
「そう」
「便利な物もあるものだな」
さすがに魔王に貰ったとは云えなかった。
「私が聞いてる限りでは、魔王はそんな怖い人じゃないんだけどな…」
「そんなことはない。ユミールは剣で斬り刻まれたのだぞ」
「え…?剣で?その現場を見ていたの?」
「直接その現場を見たわけではない。私は隣の部屋にいて、友人と遊んでいた。物音がして、隣の部屋に行ったら、ユミールが血まみれで倒れていた」
「待って。魔王の武器は杖でしょ?剣なんて使わないはず…」
「その場にいた一族の者が見たと証言している。間違いない」
なんか引っかかるな…。
「その直後だ。屋敷に火が放たれたのは。すさまじい炎だった」
「剣で殺した後に火をつけたの?」
「それだけ憎しみが強かったということだろう」
うーん?
あの魔王が剣で人を殺すって云うのがどうにも違和感があるんだけど。
体術は見たことあるけど剣を使ってるとこは見たことない気がする。
「200年…恨みを忘れなかったのは顔の傷のせいだったが…。こんなに奇麗に回復してくれて、おまえには感謝してもしきれない」
イドラの表情が緩み、恨み節から再び感謝の人になった。
でも、ちょっと気になるな。そのユミールって人。
魔王と恋仲だったのかな。
でも怒らせたって、一体何があったんだろう。
「エウリノームも魔王を殺そうと思ってるの?」
「…奴の場合はスキルねらいだろうな」
「…魔王のスキルを狙ってるの?」
「当然だろう。100年前、勇者が現れた時、その強さから不死と言われた魔王ですらも倒せると思ったのだ。それで奴は魔王を裏切って勇者側に着いた」
「エウリノームが裏切った…!?で、でも、それまで人間の軍と戦ってたのよね?多くの部下だって死んだりしたはずなのに…」
「言っただろう。奴はスキルにしか興味がない。だが魔王を殺してくれるのなら、私はなんだって構わなかった。だから奴に協力した」
「イドラ…」
「だが、残念ながら魔王は再び復活してしまった。奴を倒す計画を進めねばならない」
「でも勇者はいないわよ…?」
「だから今度は別の方法を試す…だがそれは話せない」
「何でも話してくれるって言ったのに」
イドラは申し訳なさそうな顔で私に云った。
「…話してもいいが、他言無用の暗示を掛けさせてもらうことになる」
「暗示?」
「私には特殊な精神スキルがある」
「精神スキルって…人を操るっていうやつ?」
「そうだ」
「精神スキルって、結構持ってる人多いの?」
「いや、我が一族以外ではあまり聞かないな」
「…もしかして、ネビュロスに宝玉売ったのってあなたの一族の人?」
急に私に指をさされたイドラは驚いた。
でもすぐに答えてくれた。
「…ああ、それは私が売った。魔王が戻った時のために、争いの種を撒いておいたのだ」
「あなただったの…」
「奴らがうまく踊ってくれているといいのだが」
「まあまあ、踊ったみたいよ。でもそれが元でナラチフがネビュロスに侵略されたってこと、知ってる?」
「何っ!?」
イドラは驚いた。
マジで知らなかったみたいだ。
「それで、ナラチフはどうなった?」
「魔王が解決したわよ。無事に取り戻したわ」
「魔王が…?」
イドラは半信半疑だったみたい。
「魔王は転生して変わったみたいよ?昔は酷い王様だったようだけど…」
「今更変わったと言われて納得できるか。過去は消せない。傷は消えても記憶は残るのだ」
だよねえ…。
急に言われてもダメか。
「だが、おまえは恩人だ。精神スキルを使うような真似はしたくない」
「わかった…じゃあ今は聞かないわ」
「すまない」
イドラは私に頭を下げた。
「そういえば、おまえは誰に追われていたんだ?」
「…ザグレムの愛人たち」
「ザグレム…なるほど。おまえの力が世間に知れたらポーションが売れなくなるか」
「そうみたい」
「噂には聞いている。ザグレムは厄介な相手らしいな。それならまだ戻らない方がいいだろう」
イドラは立ち上がった。
「グリンブルに戻りたいのなら戻してやる。追手がいなくなるまでしばらくここにいても構わない」
「でも、追手があのマシンで追ってきたら?」
「その心配はない。小屋には厳重に結界を張ってある。あれを見つけられる者などそうはいない」
「でも私は見つけたわよ?」
「あの時は私も小屋に出入りしていたからな。結界に緩みが生じたのだろう」
そっか…。あのリスがいなかったら、私も小屋に気付かなかったかもしれない。
「私は仕事のためにグリンブルに一度戻る。戻ってくるまでなるべくこの部屋から出ないことだ」
「うん、わかった」
「他になにか必要なものがあるか?」
「うーん、そうね…。あ!この部屋ってお風呂はある?」
「風呂?」
「ああ、ごめんなさい!馬車から落ちたりして汚れちゃったから入りたいなーと…」
「残念だがこの部屋にはない。風呂なら本棟の地下の大浴場に行くんだな」
「大浴場って…ああ、あそこね!こっからだとどう行けばいい?」
「本棟とは地下で繋がっている。この部屋を出て右へ通路をまっすぐにいけば扉がある。そこを越えれば本棟の地下だ。お前も知ってる場所だろう」
「ありがとう!」
「通路の扉の鍵を渡しておくから行くならば使うがいい。今は『大布教礼拝』で人がほとんどいないから、夜なら誰にも会うことはないだろう」
「『大布教礼拝』?」
「大司教はじめ、多くの回復士が人間の国を巡って人々を治癒するという旅のことだ。大聖堂のほとんどの世話係のメイドや護衛の聖騎士たちが同行している」
「へえ~そんなのやってるんだ?」
「今はグリンブル王国のラエイラにいる」
「ラエイラ?あ、じゃあエリアナたちも一緒なの?」
「ああ、そうだ」
ホッ…良かった。
そんな近くにいたんだ。
それならなんとか会いに行けそう。
グリンブルに戻ったらダメ元で彼らに話をしてみよう。
イドラは私をじっと見つめていた。
この人、鼻筋が通っていて、薄い桜色の唇の形も奇麗。灰色の長髪に碧色の目がとても印象的な美形だ。憎しみの表情は似合わないなと思った。
「それにしても、これほど外見が変わるとは驚きだ」
「あ、この髪のこと?」
「ああ。性別もだが、顔つきまで少し違う」
「えっ?この体って…元は男だったの?!」
「そうだ。髪は銀色だった」
「銀色…」
銀色っていうと、ジュスターみたいな?
それはそれで奇麗だったかも…。どうせならそっちがよかったな~。
「髪か…」
イドラは何かを思いついて立ち上がり、部屋の奥の棚を開けて何かを探していた。
「あった」
その手には栗色の長い髪のウィッグがあった。
「なにこれ」
「おまえの黒髪はここでは目立つ。誰かに会ってもいいように、部屋を出る時はこれを被っておけ」
「ありがと…でも、なんでこんなの持ってるの?」
「変装用だ」
「変装?」
「仕事で各地へ行くことが多い。その際人間のふりをするのにそれを使っていた」
「…そういえば、イドラって男性体なの?それとも女性体?」
イドラはずっとローブ姿なので、正直どちらかわからなかったのだ。
顔を見ても、美しいけど中性的で、どちらにも見える。
イドラは悲し気ともあきらめとも取れるような微妙な表情をした。
「私は子供のまま魔族の国を出たためか、未分化のままなのだ。つまり性別がない。無性だ」
「無性?そんなことってあるの?」
「人間の国では繁殖期が起こらない。そのこととなにか関係があるのだろうと思っている」
「じゃあ、繁殖期が来たら変化するのかもしれないわね」
「…そんな相手はいないし、興味はないよ」
「そうなの?美人なのに、もったいない」
「…美人?」
「うん」
「そんなこと、生まれて初めて言われた」
イドラはそう云って少しはにかんだ。
200年と少し前。
イドラは生まれてまだ2年程の子供だったという。
魔族の国のユミールという魔貴族の一族として生まれたイドラは、ユミールの領地でのびのびと育っていた。
その頃、魔貴族は6人ではなくユミールを入れて7人だったという。
ユミールは女性体で魔王とは近しく、<エンゲージ>をするのではないかと噂が立つほど仲が良かったという。
ところがある時、ユミールは魔王の怒りを買うことになった。
子供だったイドラはその事情は知らされていないが、魔王の怒りは相当なものだったという。
ユミールは殺され、その領地は魔王の炎で焼かれた。
ユミールの一族のほとんどはその時一緒に炎に焼かれて消し炭になったという。
イドラも逃げ遅れて、顔の半分を焼かれた。
その時の光景は一生忘れないという。
イドラは炎の中に立つ魔王の姿が目に焼き付いて離れないと云った。
その後、魔王の怒りを恐れた一族の生き残りは魔族の国を後にした。
イドラも人間の国へと逃れたが、差別のある人間の国で生きていくのは辛かったという。
その当時、まだオーウェン王国という国があって、一族はしばらくその国に魔族の村を作って住んでいた。やがて人魔大戦が起こり、オーウェン王国は滅んでしまった。
路頭に迷った彼らを、エウリノームが助けてくれたという。
「ユミールが魔王を怒らせたことって何だったの?」
「わからない。だがそのせいで領地の半分が焼失した。豊富な農作物が採れる良い土地だったのに」
「その後、領地はどうなったの?」
「魔王が直轄領にしたと聞いた。多少は悪いと思ったのか、ユミールの一族の者を領主に任じて、再建を始めたのだ」
「直轄領って、ナラチフみたいなとこか…」
「…よく知っているな」
「え」
まさかの大当たり?
聞けば、その当時のナラチフの領主はイドラの友人だったらしい。
もしかしてそれがロアの恋人だったりして…?
なんか世間て狭いなあ…。
「なぜナラチフを知っている?」
「私、魔族の国に逃げてて…ナラチフの人とたまたま知り合いになったのよ」
「ほう?」
どうしよう。
魔王と一緒にいたとか、云わない方がいいよね…。
「ところでずっと気になっていたのだが、おまえはなぜ人間のマギを纏っていない?」
「ああ、この指輪のおかげなのよ」
私は左手の中指の指輪を抜き差しして見せた。
「ほほう…面白い。それは魔法具か?」
「そう」
「便利な物もあるものだな」
さすがに魔王に貰ったとは云えなかった。
「私が聞いてる限りでは、魔王はそんな怖い人じゃないんだけどな…」
「そんなことはない。ユミールは剣で斬り刻まれたのだぞ」
「え…?剣で?その現場を見ていたの?」
「直接その現場を見たわけではない。私は隣の部屋にいて、友人と遊んでいた。物音がして、隣の部屋に行ったら、ユミールが血まみれで倒れていた」
「待って。魔王の武器は杖でしょ?剣なんて使わないはず…」
「その場にいた一族の者が見たと証言している。間違いない」
なんか引っかかるな…。
「その直後だ。屋敷に火が放たれたのは。すさまじい炎だった」
「剣で殺した後に火をつけたの?」
「それだけ憎しみが強かったということだろう」
うーん?
あの魔王が剣で人を殺すって云うのがどうにも違和感があるんだけど。
体術は見たことあるけど剣を使ってるとこは見たことない気がする。
「200年…恨みを忘れなかったのは顔の傷のせいだったが…。こんなに奇麗に回復してくれて、おまえには感謝してもしきれない」
イドラの表情が緩み、恨み節から再び感謝の人になった。
でも、ちょっと気になるな。そのユミールって人。
魔王と恋仲だったのかな。
でも怒らせたって、一体何があったんだろう。
「エウリノームも魔王を殺そうと思ってるの?」
「…奴の場合はスキルねらいだろうな」
「…魔王のスキルを狙ってるの?」
「当然だろう。100年前、勇者が現れた時、その強さから不死と言われた魔王ですらも倒せると思ったのだ。それで奴は魔王を裏切って勇者側に着いた」
「エウリノームが裏切った…!?で、でも、それまで人間の軍と戦ってたのよね?多くの部下だって死んだりしたはずなのに…」
「言っただろう。奴はスキルにしか興味がない。だが魔王を殺してくれるのなら、私はなんだって構わなかった。だから奴に協力した」
「イドラ…」
「だが、残念ながら魔王は再び復活してしまった。奴を倒す計画を進めねばならない」
「でも勇者はいないわよ…?」
「だから今度は別の方法を試す…だがそれは話せない」
「何でも話してくれるって言ったのに」
イドラは申し訳なさそうな顔で私に云った。
「…話してもいいが、他言無用の暗示を掛けさせてもらうことになる」
「暗示?」
「私には特殊な精神スキルがある」
「精神スキルって…人を操るっていうやつ?」
「そうだ」
「精神スキルって、結構持ってる人多いの?」
「いや、我が一族以外ではあまり聞かないな」
「…もしかして、ネビュロスに宝玉売ったのってあなたの一族の人?」
急に私に指をさされたイドラは驚いた。
でもすぐに答えてくれた。
「…ああ、それは私が売った。魔王が戻った時のために、争いの種を撒いておいたのだ」
「あなただったの…」
「奴らがうまく踊ってくれているといいのだが」
「まあまあ、踊ったみたいよ。でもそれが元でナラチフがネビュロスに侵略されたってこと、知ってる?」
「何っ!?」
イドラは驚いた。
マジで知らなかったみたいだ。
「それで、ナラチフはどうなった?」
「魔王が解決したわよ。無事に取り戻したわ」
「魔王が…?」
イドラは半信半疑だったみたい。
「魔王は転生して変わったみたいよ?昔は酷い王様だったようだけど…」
「今更変わったと言われて納得できるか。過去は消せない。傷は消えても記憶は残るのだ」
だよねえ…。
急に言われてもダメか。
「だが、おまえは恩人だ。精神スキルを使うような真似はしたくない」
「わかった…じゃあ今は聞かないわ」
「すまない」
イドラは私に頭を下げた。
「そういえば、おまえは誰に追われていたんだ?」
「…ザグレムの愛人たち」
「ザグレム…なるほど。おまえの力が世間に知れたらポーションが売れなくなるか」
「そうみたい」
「噂には聞いている。ザグレムは厄介な相手らしいな。それならまだ戻らない方がいいだろう」
イドラは立ち上がった。
「グリンブルに戻りたいのなら戻してやる。追手がいなくなるまでしばらくここにいても構わない」
「でも、追手があのマシンで追ってきたら?」
「その心配はない。小屋には厳重に結界を張ってある。あれを見つけられる者などそうはいない」
「でも私は見つけたわよ?」
「あの時は私も小屋に出入りしていたからな。結界に緩みが生じたのだろう」
そっか…。あのリスがいなかったら、私も小屋に気付かなかったかもしれない。
「私は仕事のためにグリンブルに一度戻る。戻ってくるまでなるべくこの部屋から出ないことだ」
「うん、わかった」
「他になにか必要なものがあるか?」
「うーん、そうね…。あ!この部屋ってお風呂はある?」
「風呂?」
「ああ、ごめんなさい!馬車から落ちたりして汚れちゃったから入りたいなーと…」
「残念だがこの部屋にはない。風呂なら本棟の地下の大浴場に行くんだな」
「大浴場って…ああ、あそこね!こっからだとどう行けばいい?」
「本棟とは地下で繋がっている。この部屋を出て右へ通路をまっすぐにいけば扉がある。そこを越えれば本棟の地下だ。お前も知ってる場所だろう」
「ありがとう!」
「通路の扉の鍵を渡しておくから行くならば使うがいい。今は『大布教礼拝』で人がほとんどいないから、夜なら誰にも会うことはないだろう」
「『大布教礼拝』?」
「大司教はじめ、多くの回復士が人間の国を巡って人々を治癒するという旅のことだ。大聖堂のほとんどの世話係のメイドや護衛の聖騎士たちが同行している」
「へえ~そんなのやってるんだ?」
「今はグリンブル王国のラエイラにいる」
「ラエイラ?あ、じゃあエリアナたちも一緒なの?」
「ああ、そうだ」
ホッ…良かった。
そんな近くにいたんだ。
それならなんとか会いに行けそう。
グリンブルに戻ったらダメ元で彼らに話をしてみよう。
イドラは私をじっと見つめていた。
この人、鼻筋が通っていて、薄い桜色の唇の形も奇麗。灰色の長髪に碧色の目がとても印象的な美形だ。憎しみの表情は似合わないなと思った。
「それにしても、これほど外見が変わるとは驚きだ」
「あ、この髪のこと?」
「ああ。性別もだが、顔つきまで少し違う」
「えっ?この体って…元は男だったの?!」
「そうだ。髪は銀色だった」
「銀色…」
銀色っていうと、ジュスターみたいな?
それはそれで奇麗だったかも…。どうせならそっちがよかったな~。
「髪か…」
イドラは何かを思いついて立ち上がり、部屋の奥の棚を開けて何かを探していた。
「あった」
その手には栗色の長い髪のウィッグがあった。
「なにこれ」
「おまえの黒髪はここでは目立つ。誰かに会ってもいいように、部屋を出る時はこれを被っておけ」
「ありがと…でも、なんでこんなの持ってるの?」
「変装用だ」
「変装?」
「仕事で各地へ行くことが多い。その際人間のふりをするのにそれを使っていた」
「…そういえば、イドラって男性体なの?それとも女性体?」
イドラはずっとローブ姿なので、正直どちらかわからなかったのだ。
顔を見ても、美しいけど中性的で、どちらにも見える。
イドラは悲し気ともあきらめとも取れるような微妙な表情をした。
「私は子供のまま魔族の国を出たためか、未分化のままなのだ。つまり性別がない。無性だ」
「無性?そんなことってあるの?」
「人間の国では繁殖期が起こらない。そのこととなにか関係があるのだろうと思っている」
「じゃあ、繁殖期が来たら変化するのかもしれないわね」
「…そんな相手はいないし、興味はないよ」
「そうなの?美人なのに、もったいない」
「…美人?」
「うん」
「そんなこと、生まれて初めて言われた」
イドラはそう云って少しはにかんだ。
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