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間章(2)

野外キャンプにて

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「ねえ、また倒した魔物が消えたわよ。どうなってんの?」

 エリアナが疑問を呈した。
 彼らは依頼を受けて魔物討伐に来た村で一泊し、翌日倒した魔物を確認しに来たのだった。
 彼女の疑問にはアマンダが答えた。

「ずっと考えていたんですけど、あの魔物、もしかしたら召喚されたものではないでしょうか。召喚された魔物は倒された後、時間経過と共に消失すると聞いたことがあります」
「召喚?」

 将と優星が同時に云った。
 その疑惑は、その数日後、確信に変わった。
 というのも、魔物討伐を行った近くの村で、不審な人物の目撃情報があったからだ。
 目撃した村人によると、数日前にローブ姿の怪しい人物が、大きな袋をこの地に置いて行き、その袋には魔法陣らしきものが描かれていたというのだ。

「魔法陣がついた袋って、怪しいわよね。あたしが思うに…」

 エリアナがまた方向違いの推理を始める前に、アマンダが正解を口にした。

「魔族の召喚スキルには、供物に魔法陣を描いておくだけで自分の思い通りに召喚ができる上級魔物召喚があると聞いたことがあります」
「思い通りに召喚って…?」
「魔法陣を描いておけば、自分がいなくても勝手に召喚されるらしく、その上、その魔物の行動を指示することも可能なんだそうですよ」

 優星の質問に、アマンダはジェスチャーを加えながら答えていた。

「すげーな…。魔物の行動まで予約できるって…魔族のスキルってヤバイな」

 将は少し恐れを感じたように小声で呟いた。

「まるで時限装置だな。本人不在でも召喚できるなんて。でもそんな便利スキルなら、もっとあちこちで召喚されててもよさそうなもんだが」
「さすが将様。おっしゃる通り、それにはリスクがあるのです。召喚した魔物は暴走することも多く、暴走した魔物は召喚主を殺そうと襲ってくると聞いています。中途半端なスキル持ちでは魔物に食われるのがオチだとか」
「じゃあ、そいつはそんなリスクを負ってまで、なんで魔物を召喚し続けているのかしら…」

 エリアナは顎に手をやって、何事か推理し始めた。
 その場にいた誰も正解を知らないので、エリアナを遮るものはいなかった。
 そうしていると、彼女が指をパチン、と弾いた。

「わかった!きっとあたしたちの力を試そうとしてるのよ!」

 将と優星が顔を見合わせて云った。

「誰が?」
「魔族に決まってるじゃない!」

 そんな魔族がどこにいるんだ、と誰もが思ったが、あえてエリアナに云わなかったのは、云ったところで彼女が「そんなの知るわけないでしょ!」と答えることがわかっていたからだ。

「と、ともかく、その召喚者を見つけて止めなければ永遠に討伐は終わりません。このことを早く大司教様に報告して、対策を立てましょう!」

 アマンダがうまくまとめてくれた。
 腕を上げたな、と彼女の傍に立っていたゾーイは思った。


 勇者候補パーティは、大司教の『大布教礼拝』の旅に警護役として同行していた。
 大司教一行は、大司教をはじめとする多くの回復士たちとその世話係の乗る馬車が10台以上連なり、その周囲を公国聖騎士団が警護しているという大所帯である。下級魔法士たちは馬車に乗ることも許されず、歩兵らと共に徒歩で移動している。
 馬車の後ろには、食糧や天幕などを乗せる荷馬車が延々と続いている。
 食糧は巡行先の人々が献上してくれるので、全く問題なかったし、各地を旅していると、その土地の名産品や特産物などが黙っていても集まるのだ。

 一行の先頭には馬車で移動するエリアナたち勇者候補の姿があった。
 彼らは行く先々で、『大司教が異世界から召喚した勇者たち』という触れ込みで大々的に宣伝されていた。
 その途中に舞い込む魔物討伐依頼に彼らは応えていたのだ。それは勇者の力を見せつけるには格好の機会だった。
 なぜか彼らの行く先々で魔物が出現していたため、そういう意味では、エリアナの推理もあながち間違ってはいなかったといえる。

 大司教公国を出発してから半年以上が過ぎ、『大布教礼拝』一行は、ヨナルデ大平原を西へ移動していた。
 その途中で一行は野外で大キャンプを開き、近隣の多くの集落からたくさんの人々が集まった。
 このあたりは、農村が多く点在し、国に所属せず『ヨナルデ組合』という農業協同組合のような組織が取り仕切って世界中に食料を提供する大穀倉地帯である。
 持病がある者の他、農作業中に怪我をした者や、魔物に襲われた者など、多くの治癒希望者が集まった。
 彼らはその対価として、多くの農作物などの食糧を大司教に献上した。

 草原に張られた天幕の前で、勇者候補たちは勇者っぽい衣装を着せられて立たされていた。
 天幕の中では、回復士たちが治療を行っていて、天幕の外まで治療を待つ人々が行列を作っているのだが、その人々が彼らの前を通るたび「勇者様だ!」と声を上げていく。

「完全に客寄せだな」

 銀色に輝く鎧を身に纏った将はそう愚痴った。
 別の天幕の前に立っている優星も、同じように白銀の胸当てと小手、ブーツという出で立ちだ。
 彼の周囲には近隣の村娘たちがいて、キャッキャッと楽し気な声を上げている。
 将は、それを横目で見て「ナンパ野郎め」と舌打ちした。

 アマンダも回復士として、天幕の中で治療に精を出している。
 彼女の天幕の前にはゾーイが立っていた。
 このあと、アトルヘイム帝国へ派遣されているホリー祭司長もどこかで一行に合流すると聞かされている。

 エリアナも勇者らしく、赤いショートマントを羽織り、額には赤い宝石のついたサークレットを着用するという上級魔法士らしい衣装を身に付けさせられていた。
 マントの下には、金色の刺繍の入った白いブラウスと赤いキュロットスカートという、年相応の可愛らしい服を着用していたが、これはエリアナが動きにくそうなローブを拒否して自分からリクエストした結果だった。
 彼女だけは見張りに立つこともなく、自由にキャンプの中を移動していた。

 エリアナはまだ、国境砦で出会った銀髪の魔族が忘れられないでいた。
 相手が魔族、という時点でアウトだということは彼女だってわかっている。
 優星からも「ハードルが高すぎるよ」と注意を受けたほどだ。

「想うだけなら自由じゃん…。アイドルに憧れるのとどこが違うってのよ」

 エリアナはそう思うことにした。
 そもそも相手の名前も、今いる場所すらわからないのだ。もう一度会える確率は限りなくゼロに近い。
 ため息交じりに歩いていると、彼女を呼び止める者がいた。

「エリアナさん、散歩ですか?」

 声を掛けてきたのはリュシー・ゲイブス祭司長だった。
 枢機卿候補の筆頭だった彼も、『大布教礼拝』のために、枢機卿選挙は延期になってしまったため、こうして同行している。魔法士たちからの信頼も厚い人物で、エリアナの魔法の先生でもある。

「回復士中心のキャンプだもの。攻撃魔法士の出番なんかないわよ」
「そうですね。しかし、このあたりは魔物も多いですから、出番はありますよ」
「こんな平原で魔物が多いってなんか変じゃない?」
「ああ、それについては逸話がありましてね。まあ、そのうち話して差し上げますよ」

 彼は人の好さそうな笑顔を浮かべた。

「ね、リュシー先生。魔物召喚って知ってる?」
「知っていますが、急にどうしたんですか?」
「どうも魔物を召喚しまくってるヤツがいるらしいのよ」
「ほう?」
「大司教に聞こうと思ったんだけど、忙しくて会ってくれないのよ」
「まあ、放っておいても大丈夫でしょう。魔物を何度も召喚していると、いずれ身も心も魔物に食われますからね」
「心も食われる…?」
「魔物を召喚している間は、召喚者は魔力を食われ続けます。そしてその魔力が底をついた時、魔物は暴走して召喚者を食い殺し、その心を奪ってしまいます」

 彼女は心を奪う、という表現にピンとこなかった。

「心を奪った魔物はどうなるの?」
「さて、どうなるんでしょうねえ?」
「やだ、ちょっと先生、意地悪しないで教えてよ!」
「おっと、もう時間です。ではまた」

 リュシーは天幕へと去って行った。
 彼はこの旅の総責任者なので、いろいろと忙しいらしく、天幕の向こうの司祭から声が掛けられたのだった。

 話の途中で去ってしまったリュシーにブツクサ文句を云いながら、彼女はキャンプの外れまで歩いてきた。
 そこにはなぜか高級な馬車が止まっていて、中から身なりの立派な男が出てきた。
 立派、というより金の指輪や宝石のついたネックレスなどを身に着けた、いかにも成金という感じの人物だったので、エリアナはこの集落の人間ではないと直感した。

 その成金は、天幕の列に並んでいる集落の人々を押しのけて、列に横入りした。
 それを見たエリアナは、ムッとしてその人物に近づいた。

「ちょっと、あんた。何横入りしてんのよ。皆並んでんだから、順番守りなさいよ」

 見知らぬ、年端も行かぬ少女にそんな風に叱られた男は、彼女を睨みつけた。

「おまえ、私を誰だと思っておるのだ?私はヨナルデ組合の組合長だぞ?」

 偉そうな態度で男は云った。

「それが何よ?どんな人だって順番は守るのがマナーよ!」
「貴様、この私にそのような口答えを…」

 組合長を名乗る男がそう云いかけた時、後ろに並んでいた男が、こっそり耳打ちした。おそらくエリアナが勇者であることを教えたのだろう、急に組合長の態度が一変した。

「や、やあ、勇者様でしたか。いやいや、実はこの者に場所を取っておいてもらったのですよ。な?」

 組合長の言葉に、耳打ちした男は驚いたが、組合長がなにやら彼の耳元で囁くと、「は、はい!その通りです」と答えた。
 エリアナは、疑いの表情で組合長とその後ろにいた男を見たが、「フーン」と云ってそのまま通り過ぎた。

 いけ好かないヤツ。
 たぶん、組合長はあの男を金で買収したんだろう。
 こんな金銀じゃらじゃらのオヤジが偉そうにのさばっているってことは、のどかに見えても、この地域にもいろいろ問題があるんだろうな、とエリアナは思った。


 明日にはこのキャンプを御終いにして、旅を再開するという。
 次の目的地はここから南へ下ったところにある商業国家グリンブル王国だ。
 魔族に対するスタンスの違いから、大司教公国とは正式な国交を結んでいない国だが、グリンブル王家のたっての願いで訪問することになったのだ。
 ただし、魔族の住まない土地でないと大司教は訪問しない、という条件を付けたところ、グリンブル王国内の、人間専用の高級温泉別荘地ラエイラというところに行くことになったそうだ。

 嬉しいことに、勇者候補たちには魔族討伐のご褒美として、回復士たちが人々の治癒を行っている間、ラエイラで休暇を貰えることになった。
 ラエイラという別荘地は、国内外のお金持ちが多く集まる高級リゾートで、高級ホテルはもちろん、カジノや温水プールなどのレジャー施設が充実しているという。
 これを聞いたエリアナたちのテンションが、猛烈に上がったことは云うまでもない。
 あと数か月我慢すれば、楽しい休暇が待っている。
 だが彼らはそこで悲劇が待っているとは夢にも思っていなかった。
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