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第一章

鑑定の日

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 午前中の教師の授業が終わった。
 レナルドがやってきて、午後からは自由にしていいと伝えてきた。
 それって、もう見限られたってことかな?
 そして、3日後に大司教が勇者候補たちの能力鑑定を行うという。
 ヤバイなあ…。

 あれから何度も確認してみたけど、やっぱり私は魔属性を持っていることになってる。
 だからって今までとなにも変わらないのだけど、今までは新しいスキルを得ると音が鳴ってわかったのに、今はこっそり増えてるから気が付かなかったんだ。
 回復魔法の他に、蘇生魔法なんてのも増えていた。でもこれはきっと、魔族限定の能力よねえ…。
 あー、もうなんか気分が滅入る。

「ちょっと街へ出てみてもいいですか?」

 思い切って、レナルドにお願いしてみた。
 これまで、馬車で街中を移動したことはあったけど、1人で歩いたことはなかったから、興味があったのだ。

「街ですか。では私がお供します」
「え?でもいいの?レナルドさん、忙しいんじゃ…」
「ちょうど午後から市場の取り締まりに出るところでしたから、構いませんよ」

 ちょっとだけ気晴らしに出かけようと思っただけなのに、なんだか悪いな。
 鑑定も怖いけど、最近少し嫌なことがあったから、部屋に閉じこもっている気分じゃなかったのだ。
 私の部屋に出入りしているメイドのコレットが、部屋の前で私がカイザーと話している声を盗み聞きしていたのだ。
 それで、「トワ様が男を部屋に引き入れている」とレナルドに密告したらしく、私は呼び出されて真偽をただされた。カイザーの声が聞こえていたかどうかはわからないけど、会話の内容から彼女はそう判断したみたい。
 私はもちろんそんな事実はない、と訴えて事なきを得たのだけど、メイドたちの私を見る目つきに侮蔑の色が見えたこと、彼女らがあからさまに陰口をたたいていることがよくわかった。元々黒髪の私に対しては、良い感情を持っていなかったのだろう。
 それからはカイザーと話すときは声をひそめて会話しなくちゃいけなくなったし、ストレスが溜まることこの上ない状態だった。
 そんな中、レナルドにまたしても迷惑をかけることになり、私は恐縮しっぱなしだった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大司教公国はその名の通り、大司教をトップとする宗教国だ。
 その教えは、人間至上主義。魔族を排斥することで人間は幸せに暮らせる、というものだ。
 この国はアトルヘイム帝国ってところに所属しているみたいだけど、完全な自治権を認められている。
 私がいるのはその首都シリウスラント。
 その中央にそびえ立つ大聖堂はこの街のシンボルとなっている。
 ここに大司教もいるのだから、一般的にいえば王様の住む城に相当する建物だ。
 そりゃ立派なはずよね。

 宗教国だから街の人は皆ローブ姿なのかと思いきや、意外に普通の恰好の人たちが歩いている。
 お店もたくさんあるし、市場や屋台なんかも出ていて結構活気がある。
 その様子に驚いていると、レナルドが説明してくれた。

「世界中から多くの者が大聖堂カテドラルに礼拝に来るのです。そういった旅行者たちが街にお金を落としていくのですよ。この大聖堂は有名な観光地なんです。それに魔法学校もありますから、学生も多いですしね」
「へえ~」

 魔法学校かあ。
 あのファンタジー映画みたいな感じのとこなのかなあ?通ってみたかったけど、私が通ってもたぶん落ちこぼれ認定されるだけだろうな。

「市場の方に行ってみましょう」
「はい」

 ハッ、と気づいてしまった。
 私、今このブラピ似の騎士とデート状態なんではない?
 意識した途端、なんだか顔が赤くなってきてしまった。

「どうかしましたか?」
「い、いいえ!別に」

 なるべく意識しないように、視線をお店の方へ移しながら歩いて行った。
 そのうちに市場に入った。
 この国の物価がどのくらいのものかはまったくわからない。
 私はお金を持っていないので、レナルドが欲しいものがあれば買います、と云ってくれた。
 わがままに付き合ってもらった上におごってもらうとか、図々しいにもほどがあるな、私。
 少し小腹がすいていないかと彼に聞かれ、頷くとレナルドは屋台で鳥の串焼きを買ってくれた。
 串焼きは1本銅貨5枚だった。
 銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。金貨100枚で上金貨1枚。それぞれ上位硬貨として大判硬貨も流通している。通貨は各国で発行されているけど、共通で使用できるし、レートはどこもだいたい同じだそうだ。
 レナルドがそのあたりに売っているものの価格をだいたい教えてくれた。それを日本のお金に換算してみると、銅貨1枚が10円くらい。大判銅貨が100円、銀貨が1000円、大判銀貨が1万円、金貨が10万円って感じかな。貨幣価値の最も高い上金貨に至っては1枚で1000万円っていうから驚きだ。一体どんなすごい金貨なんだろーか。たぶん一生目にすることはないんだろうなあ。

 話を聞くと、この国は結構お金持ちらしいのよね。
 主だった産業といえば、観光と魔法学校くらいなものだけど、大聖堂には多くの優秀な魔法士がいて、各地に派遣されているそうだ。
 要するに、魔法士の派遣業を国レベルでやってるってことね。
 優秀な魔法士を派遣するとかなりの高額になるらしいから、いい商売みたい。
 その割にあの食事はどうなのよ。絶対ケチってるわよね。

「魔族と戦ってみてどう思いましたか?」

 屋台の前の長椅子に座って串焼きを食べていると、隣に座っているレナルドから質問された。
 ざっくりしたこと聞くわね…。

「人間と変わらないんだなって思いました」
「確かに、同じような見かけの魔族もいますね」
「人間と同じ言葉を話すのには驚きました」
「…魔族と話したのですか?」

 あ、ヤバかったかな?
 レナルドが訝しんでいる。

「あ、いえ、話しているのを聞いただけです」
「何を話していたか覚えていますか?」
「えーと…私を見て、『人間か』って言ったわ」
「ああ…なるほど」

 彼は私の黒髪を見て、納得したようだ。

 塩味の足りない串焼きを食べた後、レナルドの見回りに付いて行った。
 市場の屋台ではいろいろな生き物を売っていた。一ツ目のサルのような小動物からトカゲに似た爬虫類っぽいものまで、あんまりみたことがないような奇異な生き物が軒先に並んでいる。
 レナルドが云うには、その中に魔族が紛れ込んでいることもあるらしい。
 魔族には、獣のような半獣人や鳥のような姿の者までさまざまな種族がいるそうだ。
 こんなに厳しい国でも裏のマーケットは存在するらしく、魔族は高値で取引されるらしい。その理由はちょっと怖い話だけど、魔族の血を飲むと不老になれると云われているからだそうだ。元の世界でもそんなのあったな…。たしかスッポンとかの生き血を飲むと滋養強壮に良いとか。たぶん、そういう感覚なんだろう。

「稀に下級魔族が屋台で売られていたりすることがあります。そういった者を取り締まらねばなりません。教国の掟に従って、たとえ死体でも魔族を国内に持ち込んだ者は死罪か10年以上の苦役につかせることになっています」
「厳しいのね…」
「この国の前身であるオーウェン王国は魔族によって滅ぼされました。それによって多くの人間が殺されたのです。この国はその鎮魂と亡くなった人々の無念を晴らすために作られたのです。魔族を憎むのは当然ですよ」

 私は魔王から、その滅ぼされた理由を聞いていたので、心から納得はできなかった。でも亡くなった人を悼む気持ちは尊いと思う。
 その後、レナルドと共に見回りを終えて大聖堂へと戻った。

 この国では魔族は生きていけないことは確かだ。
 そして私は、魔族だけが持つという魔属性を持っている。
 それがどういう意味を持つのかくらいはわかってる。
 私は魔族じゃない。だけど、人間で魔属性持ってる場合は、どうなるんだろう?
 3日後の鑑定のことを考えると不安になる。
 部屋に戻って、ベッドに寝転がりながらカイザーに相談してみた。
 カイザーは例によってミニドラゴンの姿でベッドにいる。

「いつ、魔属性が増えたのかな?魔王に会ったり、魔族を癒したりしたから?」
『そもそも、魔族を癒せる者などいないはずだしな』
「うん、そういう話よね」
『おまえは魔属性と聖属性の両方を最初から持っていたのだと思う。だから魔族を癒せたのだろう』
「でも、以前鑑定してもらった時は、聖属性しか持ってないって言われたわよ」
『<言霊ことだま>スキルと同じで、魔族にのみ有効なスキルは最初は有効化されていなかったのではないか』
「そうなのかな…」
『おまえは人間なのに、魔族にのみ有効な能力ばかり持っているというのは不思議だな』
「うん…どうしてなんだろうね」

 私ははぁーっと深くため息をついた。

「今度鑑定されたら絶対バレるわよね…」
『だろうな。この国ではマズイことになるだろう。どうする?連れて逃げてやろうか?』

 ふわふわと浮いたまま、カイザーは自信たっぷりに云った。

「ダメダメ!あんたが元の姿に戻ったら、この建物半壊するわよ?」
『建物どころか、この気に入らん街ごと吹き飛ばしてやろうか』
「却下よ。そんなことしたら死人が出るじゃない。絶対ダメだからね」
『悩む割に、逃げることは考えていないようだな』
「どうしても逃げなきゃならない状況になったら、考えようかなと思ってるよ」
『ふむ。いい度胸だ。逃げるより受け入れることを先に考えるとは』
「…あんたにはわからない話かもしんないけどさ。私、小学生の頃にね、いじめにあってた友達を助けてあげられなかったことがあるんだ。すごく仲良くしてたのに私、自分の保身のために逃げちゃったの。その子、引きこもりになっちゃって転校しちゃったんだけど、今でも後悔してるんだ。それからは、自分にできることがあるうちは、もう逃げないって決めたの」

 あの頃の嫌な自分には戻りたくない。自己満足なだけかもしれないけど、自分の気持ちに嘘をつきたくないんだ。
 私の話を理解したのかどうなのかはわからなかったけど、カイザーは黙って聞いていた。

『ならばもう、あまり考えないことだ。なるようにしかならん。いざとなれば私が守ってやる』
「…うん。頼りにしてるわ」

 うつ伏せで目を閉じていると、急に背後から誰かに覆いかぶされる重さを感じた。
 目を開けて横を見ると、イケメンの顔が間近にあった。

「きゃあぁ!」

 カイザーが変身した、魔王だという黒髪の青年に背後から抱きしめられていたのだ。
 びっくりして飛び起きた。

「ちょっ…!何してんの!?」
『落ち込んでいるようだったから励ましてやろうかと』
「だからってなんでその姿なのよー!」
『おまえが気に入るかと思ったのだが』
「もう…余計な気を回さなくていいのよ」

 だいたい、何なのこのシチュエーションは。
 ベッドの上にこんなイケメンと添い寝してるとか、夢かよ!
 んでもってこのイケメンは、私のベッドに横になって、自分の隣をポンポンと叩いてここへ来いという仕草をしている。添い寝する気満々だ。
 私は頬が熱くなるのを感じながら、その誘惑に勝てず、ちょっとだけ甘えることにした。
 カイザーの横にそーっと体を横たえてみた。
 うーん、顔が近い…。こんな近くで男の人の顔を見たのは初めてだった。
 もう、この顔、心臓に悪すぎ…。近くで見ると、その顔の造作が見事すぎて目が離せない。
 でもなぜかドキドキするより安心感が勝ってるのは、きっと中身がカイザーだってわかっているからね。

「変なことしないでよ?」
『変なこととは何だ?』
「体に触れないでってこと」
『こういうのもダメか?』

 カイザーは私の頭をナデナデした。

「それは許す…」

 その手が優しくて、私はそのまま目を閉じた。
 たしかに落ち込んでた気分は吹っ飛んだわ。
 …でも、こんなところ、メイドに見られたら今度こそ大変なことになっちゃうな。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そしてついに鑑定の日がきた。

 レナルドに案内されて私たち4人は大司教の部屋に入っていった。

 大司教は相変わらずフードを深くかぶっていて顔が見えない。
 豪華な椅子に座る大司教の前のテーブルの上にはあの宝玉が置かれている。
 私たちは一人ずつ、その前の椅子に座って鑑定を受ける。
 その様子はまるで占いの館の怪しげな占い師と客みたいだ。
 まずはエリアナから鑑定を受ける。

「…ほう、火と風に加え、地の魔法もかなり熟練度が上がっているようだ。これならば十分魔族と戦えよう。だが勇者のレベルにはまだ達しているとは言えん」

 大司教からそう告げられると、彼女は少しがっかりしていた。
 自分でも結構自信があったのだろう。

 次に優星。

「弓に加え、暗器も使いこなしたか。風の魔法もなかなかのレベルに達しているようだな。今後は魔法よりも武技スキルを中心に鍛錬するがよい」

 優星は結果を黙ったまま聞いて席を立った。
 その後は将が呼ばれた。

「敵の総大将を倒したそうだな。魔法剣の腕はなかなかのようだ。なにより聖属性の武器付与エンチャントを得たのが大きい。回復士なしでも戦い続けられるのは貴重だ。だが勇者の域にはまだ達してはおらぬようだ」

 将は「ま、こんなもんだね」と肩をすくめた。

 そして最後に私が呼ばれた。
 恐る恐る私が前に座ると、大司教はうなり声をあげた。

「あの…?」

 テーブルの上を見ると、透明だった宝玉が真っ黒に染まっていた。
 嫌な予感がする。

「レナルド、この者を捕らえよ」

 突然、大司教は声を張り上げた。

「はっ!」

 レナルドは椅子に座っていた私を引っ張りあげて、両腕を後ろ手に拘束した。

「痛っ!な、何するんですかっ?」
「どうしたの?」

 エリアナが驚いて私を見た。

「この宝玉を見よ」

 大司教が真っ黒になった宝玉を示した。

「宝玉が黒くなった。これは魔属性を持つ者の証。この者は魔属性を持っておる」
「「「ええっ?」」」

 そこにいた私と大司教以外の全員が声を上げた。
 私の手を掴んでいるレナルドも、驚いていた。

「まさか…!この娘は聖属性を持っていたはず。相反する属性の魔属性を持つことなどありえません!」
「そのまさかが、現実に起こっている。そなた、なにか心当たりはあるか?」
「いいえ!私は何もしてないし、心当たりなんてありません!」

 私はそう叫んだものの、少しだけ嘘をついた。
 魔王に会ったこと、カイザーを使役していることはさすがに云えないからだ。
 それらが影響していることもあるだろうけど、自分が魔族になった覚えはない。

「ふむ」

 大司教はレナルドに目配せした。

「これよりこの者は、勇者候補から外れる。すべての特権を廃し、奴隷階級に落とす」
「ええっ?」
「奴隷ですって?!」

 これには先進国出身のエリアナと優星が黙っていなかった。

「奴隷だなんてナンセンスだわ!そんな身分に落とすなんて絶対反対よ!」
「僕も反対だ。いくらなんでも非人道的だ」

 それに対して、将だけは中立的立場を崩さなかった。

「まあ待てよ。そいつ、魔属性を持ってるってことは魔族ってことになるのか?どう見ても違うだろ?」
「私は魔族じゃないわ!」
「これまで召喚者が魔属性を持っていたことはありません。魔族でない者が魔属性を持つなどありえないのです」
「その通りだ。なぜそのようなことになったのか、調べる必要がある。この者は研究施設リユニオンに奴隷として送る」

 大司教は無情に云った。

研究施設リユニオン?」
「魔族を研究している施設です」
「ちょっと!まさか人体実験とかするんじゃないでしょうね!?」

 エリアナが顔色を変えて怒鳴った。
 私も彼女と同じことを思って青ざめた。

「それも必要なことだ。連れていけ」
「…わかりました」

 レナルドが私の腕を掴んだまま部屋を出て行こうとすると、エリアナが扉を塞ぐように立ちはだかった。

「待ってよ!いきなりそんなの酷いじゃない!」
「どいてください、エリアナ様。なにがあろうと、魔属性を持つ者を野放しにはできないのです」
「それにしたって奴隷はひどいわ!」
「邪魔をすると魔族を庇った罪であなたも同罪になりますよ」
「同罪って何?トワは魔族じゃないでしょ?」
「魔属性を持つ者は人間とは言えません」
「…エリアナ、無駄みたいだよ」

 優星に諫められ、彼女はしぶしぶ道を譲った。

「いくら頑張っても回復魔法が伸びなかったのは、魔属性を持ってたからだったんだな。同じ勇者候補なのに、おかしいと思った」

 将だけは冷静に分析していた。

「私、魔族じゃないってば!」
「こんなことになろうとは、私も不本意だよ」

 大司教の言葉を最後に、私は部屋から連れ出された。
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