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第二章
第二章第62話 帰還
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『ディーノっ。あたしをまた召喚してっ!』
「え? 周りに敵はいないんじゃないか?」
『うん。いないよ。でも、エレナはこのままじゃ動けないから』
「???」
どういうことだろうか?
でもまあ、フラウがそう言うなら召喚してみるか。フラウが何かおかしなことをしたことは一度も……あ、いや。勝手にブラッドレックスを連れてきたことがあったな。
ただ、それも悪意があったわけじゃないしな。
よし!
「召喚」
「あ! フラウ! あ、えっとね」
「えへへ。おめでとう。良かったね」
「うん」
二人は嬉しそうにそう言葉を交わす。
「ねえディーノ。エレナを横にしてあげて」
「ん? ああ。わかった。寝かせるぞ?」
「うん」
床に頭をぶつけないようにそっとエレナの体を横たえる。
「それじゃあ、いくよっ!」
フラウの小さな体から暖かな光が溢れだし、それがゆっくりとエレナへと降り注ぐ。
「あ……暖かい……」
エレナはゆっくりと瞼を閉じると唇で柔らかな弧を描いた。
どうやらかなりリラックスしているようだ。
そして一分ほどの時間が経ち、フラウからあふれ出ていた光が静かに消えた。
「エレナっ! もう大丈夫だよっ!」
「え? あ、あれ? 嘘? すごい! すごい!」
エレナは驚いた様子で飛び起きるとそのまま立ち上がって体を動かし始めた。
「フラウ! もしかして今のは治癒魔法なのか?」
「うーん? ちょっと違うかも? 怪我を治すことも少しはできるんだけど、そうじゃなくってね。えっとね?」
どうにも歯切れが悪い。
「なんて言ったらいいのかわからないんだけどね。ほら。エレナ、悪魔に体を乗っ取られてたでしょ?」
「ああ」
「その時にずーっと抵抗していたから、体の中のこう、力がぶわーってなっているところがぐちゃぐちゃになっていたの」
「???」
「だから、それをね。こう、綺麗にしてあげた? みたいな感じ?」
「そ、そうか。すごいな」
言っていることはさっぱりわからないが、フラウが応援することで能力を引き出せるのはその力がぶわー? となっているところに何かできるからなのかもしれない。
「でもね。すごいのはディーノだよっ! ディーノが神引きしてレベル 3 にしてくれたからエレナを治せたんだからねっ」
「そうか。じゃあ、あれは本当に神引きだったんだな」
「うんっ!」
フラウはそう言ってお日様のような笑顔を浮かべた。そこにひとしきり体を動かしたエレナがやってきた。
「フラウ! ありがとう! 何だか前よりも調子が良いかもしれないわ!」
「うんっ!」
そして二人は頬を寄せ合って、というかエレナの頬にフラウが頭を押し付けてぐりぐりして喜び合っている。
なんだか、ここが迷宮の奥深くだということを忘れてしまいそうなほどの幸せな光景だ。
やがてひとしきり堪能したのか、二人が離れるとエレナはいつもの勝気な様子で言う。
「さあ、それじゃあもうこんな場所に用はないわ。ついでに迷宮核も壊しちゃう?」
「いやいや。この先どうなってるかわからないし、まずは戻って報告しなきゃ」
「そうだよっ! さっきこの階層を見てきたけど、ここには迷宮核はなさそうだったよ?」
「……そっか。それもそうね。じゃあ、早く戻ってディーノが助けてくれたって言わなきゃ」
エレナは俺の腕を取るとピタリと体を密着させてきた。
「お、おう」
何とかそう返したものの、何だかどぎまぎしてしまう。
「あー。ディーノったら嬉しそうだーっ!」
「あら、本当? ふふっ」
フラウがそんな俺をからかってきて、エレナがいたずらっ子のような表情を浮かべつつも嬉しそうに笑った。
それはかつてのどうしようもない暴力幼馴染ではなく、嬉しそうに笑う一人の女の子だ。
その笑顔は本当に素敵で、素直に可愛いと思えたのだった。
◆◇◆
こうして悪魔の罠からエレナを救出した俺は、やや情けない気もするがいつもどおりエレナに先導されて前線基地へと続く階段を登っている。
本調子に戻ったらしいエレナは相変わらずの強さで、俺が出る間もなく道中の魔物を一人でなぎ倒してしまった。
個人的な理由でやったことではあるが、こうして考えるとエレナを救い出せて本当に良かった。
大量の魔物が剣の舞を使って襲い掛かってくるだなんて、考えただけでもゾッとする。
とはいえ、カリストさんの判断を無視して力ずくで迷宮の奥へと一人で突入したのだ。
「ああ、やっぱり怒られるんだろうなぁ」
つい思っていたことをポロリとこぼれ出てしまった。
「……やっぱり、誰も助けに来ようとはしてくれなかったのよね?」
「それは……」
「いいわよ。わかってるもの。カリストさんたちじゃベヒーモスがもう一度でたら全滅だもの。それに、あたしもひどいことたくさん言っちゃったし……」
そう言ってエレナは気まずそうに眉をひそめた。
『エレナを見捨てるなんてカリストは悪いやつなのだーっ!』
フラウはプリプリと怒っているが、カリストさんだって見捨てたくて見捨てたわけじゃないだろう。
「とりあえずカリストさんには謝るよ」
「あ、あたしも一緒に!」
「ありがとう」
そんな話しているうちに階段を登り終えたのだが……なんと鉄格子で封鎖されている!
「すいませーん! 出してくださーい!」
「うわっ!」
大声で叫ぶとすぐそこから驚いたような声が聞こえた。
「って、断魔じゃねぇか。げ! 剣姫まで! って、あ……」
声の主はロベルトさんだ。エレナに冒険者ギルドでボロ負けして以来、エレナとの関係は険悪なままだ。
「ま、まあ。とりあえず開けるぞ」
そういってロベルトさんは鉄格子を開けてくれ、俺たちが出るとすぐに鍵を掛けた。
「ロベルトさん。これってやっぱり?」
「ああ。何が出てくるかわからないってんでな。こうやって出入りを管理してるんだ。とりあえず、カリストんとこに行け。心配してたぞ」
「はい。エレナ、行こう」
「ええ、でもちょっと待って」
ん? どうしたんだ?
「あの、ロベルトさん」
「あん? 俺のような雑魚には用はないんじゃなかったのか?」
「その、失礼な態度をとってすみませんでした」
エレナはそう言って頭を下げた。
「は?」
あまりの変わりようにロベルトさんは口をあんぐりと開けている。
「ギルドでのことも、あたしが良くないことを言っていたからですよね。本当に、すみませんでした」
エレナはそう言って再び頭を下げる。
「お、おう……。まあ、学生のやったことだ。気にすんな」
ロベルトさんは戸惑いを見せつつもそう言って謝罪を受け入れた。だがずっと怪訝そうな表情を浮かべている。
まあ、これは驚くよな。俺だって驚いたし。
『ディーノ。カリストのところに行くんでしょ?』
おっと、そうだった。
「それじゃあ、カリストさんのところに行きますね。エレナ、行こう」
「ええ」
こうしてロベルトさんを残してカリストさんのところへ向かうと、どうやら騒ぎを聞きつけたのかカリストさんが向こうから駆け寄ってきた。
「ディーノ君! それにエレナちゃんも!」
「カリストさん。勝手に――」
「カリストさん。ディーノは悪くありません。あいつの罠に引っかかったあたしが悪いんです! だからどうか!」
俺がカリストさんに謝ろうとしたところにエレナが思い切り被せてきたが、それに対するカリストさんの反応は想像していたものとは違っていた。
「エレナちゃん。僕たちこそ、エレナちゃんに頼りきりですまなかった。それと、救出隊を出せずに申し訳ない」
それからカリストさんは俺を真剣な表情で見据えてきた。
「あと、ディーノ君。君がエレナちゃんのためにそこまでする覚悟があるとは思っていなかったよ。もちろん僕の判断に背いたことは良いこととは言えない。でもね。ディーノ君が一人の男として大切な女の子を救出しにいって、そして誰もが無理だと思っていたことを成し遂げたんだ。僕に君のことをとやかく言う資格はないよ」
カリストさんはそう言って少し寂しそうに笑ったのだった。
============
次回「第二章第63話 事情聴取」は通常通り、2021/06/07 (月) 21:00 を予定しております。
「え? 周りに敵はいないんじゃないか?」
『うん。いないよ。でも、エレナはこのままじゃ動けないから』
「???」
どういうことだろうか?
でもまあ、フラウがそう言うなら召喚してみるか。フラウが何かおかしなことをしたことは一度も……あ、いや。勝手にブラッドレックスを連れてきたことがあったな。
ただ、それも悪意があったわけじゃないしな。
よし!
「召喚」
「あ! フラウ! あ、えっとね」
「えへへ。おめでとう。良かったね」
「うん」
二人は嬉しそうにそう言葉を交わす。
「ねえディーノ。エレナを横にしてあげて」
「ん? ああ。わかった。寝かせるぞ?」
「うん」
床に頭をぶつけないようにそっとエレナの体を横たえる。
「それじゃあ、いくよっ!」
フラウの小さな体から暖かな光が溢れだし、それがゆっくりとエレナへと降り注ぐ。
「あ……暖かい……」
エレナはゆっくりと瞼を閉じると唇で柔らかな弧を描いた。
どうやらかなりリラックスしているようだ。
そして一分ほどの時間が経ち、フラウからあふれ出ていた光が静かに消えた。
「エレナっ! もう大丈夫だよっ!」
「え? あ、あれ? 嘘? すごい! すごい!」
エレナは驚いた様子で飛び起きるとそのまま立ち上がって体を動かし始めた。
「フラウ! もしかして今のは治癒魔法なのか?」
「うーん? ちょっと違うかも? 怪我を治すことも少しはできるんだけど、そうじゃなくってね。えっとね?」
どうにも歯切れが悪い。
「なんて言ったらいいのかわからないんだけどね。ほら。エレナ、悪魔に体を乗っ取られてたでしょ?」
「ああ」
「その時にずーっと抵抗していたから、体の中のこう、力がぶわーってなっているところがぐちゃぐちゃになっていたの」
「???」
「だから、それをね。こう、綺麗にしてあげた? みたいな感じ?」
「そ、そうか。すごいな」
言っていることはさっぱりわからないが、フラウが応援することで能力を引き出せるのはその力がぶわー? となっているところに何かできるからなのかもしれない。
「でもね。すごいのはディーノだよっ! ディーノが神引きしてレベル 3 にしてくれたからエレナを治せたんだからねっ」
「そうか。じゃあ、あれは本当に神引きだったんだな」
「うんっ!」
フラウはそう言ってお日様のような笑顔を浮かべた。そこにひとしきり体を動かしたエレナがやってきた。
「フラウ! ありがとう! 何だか前よりも調子が良いかもしれないわ!」
「うんっ!」
そして二人は頬を寄せ合って、というかエレナの頬にフラウが頭を押し付けてぐりぐりして喜び合っている。
なんだか、ここが迷宮の奥深くだということを忘れてしまいそうなほどの幸せな光景だ。
やがてひとしきり堪能したのか、二人が離れるとエレナはいつもの勝気な様子で言う。
「さあ、それじゃあもうこんな場所に用はないわ。ついでに迷宮核も壊しちゃう?」
「いやいや。この先どうなってるかわからないし、まずは戻って報告しなきゃ」
「そうだよっ! さっきこの階層を見てきたけど、ここには迷宮核はなさそうだったよ?」
「……そっか。それもそうね。じゃあ、早く戻ってディーノが助けてくれたって言わなきゃ」
エレナは俺の腕を取るとピタリと体を密着させてきた。
「お、おう」
何とかそう返したものの、何だかどぎまぎしてしまう。
「あー。ディーノったら嬉しそうだーっ!」
「あら、本当? ふふっ」
フラウがそんな俺をからかってきて、エレナがいたずらっ子のような表情を浮かべつつも嬉しそうに笑った。
それはかつてのどうしようもない暴力幼馴染ではなく、嬉しそうに笑う一人の女の子だ。
その笑顔は本当に素敵で、素直に可愛いと思えたのだった。
◆◇◆
こうして悪魔の罠からエレナを救出した俺は、やや情けない気もするがいつもどおりエレナに先導されて前線基地へと続く階段を登っている。
本調子に戻ったらしいエレナは相変わらずの強さで、俺が出る間もなく道中の魔物を一人でなぎ倒してしまった。
個人的な理由でやったことではあるが、こうして考えるとエレナを救い出せて本当に良かった。
大量の魔物が剣の舞を使って襲い掛かってくるだなんて、考えただけでもゾッとする。
とはいえ、カリストさんの判断を無視して力ずくで迷宮の奥へと一人で突入したのだ。
「ああ、やっぱり怒られるんだろうなぁ」
つい思っていたことをポロリとこぼれ出てしまった。
「……やっぱり、誰も助けに来ようとはしてくれなかったのよね?」
「それは……」
「いいわよ。わかってるもの。カリストさんたちじゃベヒーモスがもう一度でたら全滅だもの。それに、あたしもひどいことたくさん言っちゃったし……」
そう言ってエレナは気まずそうに眉をひそめた。
『エレナを見捨てるなんてカリストは悪いやつなのだーっ!』
フラウはプリプリと怒っているが、カリストさんだって見捨てたくて見捨てたわけじゃないだろう。
「とりあえずカリストさんには謝るよ」
「あ、あたしも一緒に!」
「ありがとう」
そんな話しているうちに階段を登り終えたのだが……なんと鉄格子で封鎖されている!
「すいませーん! 出してくださーい!」
「うわっ!」
大声で叫ぶとすぐそこから驚いたような声が聞こえた。
「って、断魔じゃねぇか。げ! 剣姫まで! って、あ……」
声の主はロベルトさんだ。エレナに冒険者ギルドでボロ負けして以来、エレナとの関係は険悪なままだ。
「ま、まあ。とりあえず開けるぞ」
そういってロベルトさんは鉄格子を開けてくれ、俺たちが出るとすぐに鍵を掛けた。
「ロベルトさん。これってやっぱり?」
「ああ。何が出てくるかわからないってんでな。こうやって出入りを管理してるんだ。とりあえず、カリストんとこに行け。心配してたぞ」
「はい。エレナ、行こう」
「ええ、でもちょっと待って」
ん? どうしたんだ?
「あの、ロベルトさん」
「あん? 俺のような雑魚には用はないんじゃなかったのか?」
「その、失礼な態度をとってすみませんでした」
エレナはそう言って頭を下げた。
「は?」
あまりの変わりようにロベルトさんは口をあんぐりと開けている。
「ギルドでのことも、あたしが良くないことを言っていたからですよね。本当に、すみませんでした」
エレナはそう言って再び頭を下げる。
「お、おう……。まあ、学生のやったことだ。気にすんな」
ロベルトさんは戸惑いを見せつつもそう言って謝罪を受け入れた。だがずっと怪訝そうな表情を浮かべている。
まあ、これは驚くよな。俺だって驚いたし。
『ディーノ。カリストのところに行くんでしょ?』
おっと、そうだった。
「それじゃあ、カリストさんのところに行きますね。エレナ、行こう」
「ええ」
こうしてロベルトさんを残してカリストさんのところへ向かうと、どうやら騒ぎを聞きつけたのかカリストさんが向こうから駆け寄ってきた。
「ディーノ君! それにエレナちゃんも!」
「カリストさん。勝手に――」
「カリストさん。ディーノは悪くありません。あいつの罠に引っかかったあたしが悪いんです! だからどうか!」
俺がカリストさんに謝ろうとしたところにエレナが思い切り被せてきたが、それに対するカリストさんの反応は想像していたものとは違っていた。
「エレナちゃん。僕たちこそ、エレナちゃんに頼りきりですまなかった。それと、救出隊を出せずに申し訳ない」
それからカリストさんは俺を真剣な表情で見据えてきた。
「あと、ディーノ君。君がエレナちゃんのためにそこまでする覚悟があるとは思っていなかったよ。もちろん僕の判断に背いたことは良いこととは言えない。でもね。ディーノ君が一人の男として大切な女の子を救出しにいって、そして誰もが無理だと思っていたことを成し遂げたんだ。僕に君のことをとやかく言う資格はないよ」
カリストさんはそう言って少し寂しそうに笑ったのだった。
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