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第二章
第二章第21話 引っ越し前夜
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もともと持ち物が少なかったということもあるが、ミゲルの奴がめちゃめちゃに荒らしてくれやがったせいで整理は思ったよりも簡単に終わった。廃品を買い取ってくれる業者に依頼して棚やら食器やらを引き取ってもらい、ベッドだけ明日持っていってもらうことになった。
それから大家さんに家を引き払うことを伝えると、冒険者としての活動に必要なものをギルドの倉庫へと運び込んで準備は完了した。
これで、俺は晴れて根無し草になるわけだ。
ベッドと今日使う最低限の物しかなくなった室内はがらんとしていて、まるで自分の部屋とは思えないほどの広さとなっていた。
俺は景気づけに買ってきたエールの瓶を開ける。フラウには蜂蜜ミルクの入った小さなコップを渡した。どちらも昔の俺だったら買って飲むなんて考えられない高級品で、そんなものをこの狭かった部屋で飲んでいると考えると何だかとても不思議な気分になる。
「乾杯」
『かんぱ~い』
俺はチビリとエールを飲む。冷えてはいないが、どこか特別な味がする。
「意外と、寂しくなるもんだな」
『ディーノは、ずっとこの部屋で過ごしてきたの?』
同じく、蜂蜜ミルクの入ったカップを器用に持ち上げてひと舐めしたフラウがそう尋ねてくる。
「いや。両親が病気で死んでからかな。ずっとってわけじゃないし、思い出が詰まってるってわけでもないけどさ」
『そっかー』
「残してくれたお金があってさ。ここで一人で生きてて。それでよくエレナって幼馴染が遊びに来てさ」
『ふーん。仲良しだったんだね』
「そんなことないよ。あいつ、すぐ俺のこと殴るし。しまいには、『あんたはあたしの召使いにしてあげるわ』だぜ?」
お酒が入ったせいだろうか。話をしていたらあの時のことを思い出して、何だか少しムカついてきた。
『え~? どうして召使いなんて話になったの?』
フラウは驚いたような表情をしている。
ま、それはそうだろう。普通はそんなこと言わないだろうしな。
「あいつは『剣姫』なんてギフトを貰ったからだよ。それで俺の『ガチャ』はハズレギフトだって」
『えー! ハズレギフトなんかじゃないよっ! ディーノが『ガチャ』のギフトを授かってくれたから、あたしはディーノと出会えたんだよっ! それにセリアもアントニオもっ! カリストも! メラニアも! リカルドもルイシーナもっ!』
「そうだな。俺は感謝しているよ」
本当に、本当に感謝している。
あの日、ガチャを引いていなければ俺はいまだに底辺のままだっただろう。
でもこうしてフラウがきてくれて、フラウに励ましてもらって。
そしてガチャを引くことができて……。
記憶がないのであまり実感はないが、トーニャちゃんの命を救うことだってできたんだ。
ああ、思い出してみたらメラニアさんもじゃないか。
あれ? 俺、よく考えたらものすごく役に立ててる?
そんなことを思い出していた俺にかけられたフラウの言葉は重たかった。
『でしょっ? それにねっ? ギフトにはハズレなんてないんだよっ? 「剣姫」みたいな強いギフトを授かった人はねっ! その力を正しく使わないといけないんだよっ! だから、とっても大変なんだよっ』
「そう、だな。責任重大だ」
その日を生きることに懸命で、ギフトの力を正しく使うなんて考えたこともなかった。
だがギフトを使ったおかげでメラニアさんはあの日、毒で命を落とさずに済んだ。トーニャちゃんはあの日、迷宮から生還することができたのだ。
そりゃあ、単なる偶然が重なっただけだと言われればそうかもしれない。でも、本当にそうなのだろうか?
前世の記憶を持っている俺が、前世では人生を終わらせる原因ともなったガチャを引くというギフトを授かった結果がこれなのだ。
本当に偶然なのだろうか?
もし偶然でないとしたら、俺は何をするべきなのだろうか?
考えがまとまらなくなった俺はもう一口エールを飲むと、エレナのことを思い出した。
あいつは……ことあるごとに絡んできてはあれやこれやと指図してたっけな。しかも大抵の場合は手が出るのとセットだった。
しかもそのおかげでフリオに絡まれて。でも絡んでくるフリオはエレナが撃退してて。
そんな思い出もやっぱり俺にとっては思い出なわけで。
はぁ。ギフトのことを考えていたはずなのにな。まったく。
いつの間にか何だかよくわからない感傷に浸って妙な気分になってしまった。
ああ、そうだな。思い出だからかもしれないが、もしかしたらあれはあれで楽しい日々だったのかもしれない。
「エレナは、どうなんだろうな……」
もう一口エールを飲んで俺はそう呟いた。
『そっか……。ディーノはエレナのことが嫌いなの?』
俺は嫌いだなんて言ったつもりはないのだがが、もしかしたらそういう風に聞こえてしまったのかもしれない。
「どう、だろうな? すぐに手が出るのさえなければいい奴だとは思うんだがな。ああ、あと召使いになれとかもなしだな」
『他には他には? どんな思い出があるの?』
「そうだな――」
こうして俺はエレナとの思い出話をフラウに話した。
どれくらいの時間が経っていただろうか?
気が付けばもう夜も更けてきている。
「もう、寝ようか」
『うん。そうだねっ。おやすみ、ディーノ!』
「ああ、お休み」
俺はそのままベッドに腰かけるとロウソクの明かりを吹き消す。
割れた窓を塞ぐために板が打ち付けられており、月明かりすら届かないこの部屋は完全な暗闇となった。
俺はベッドに体を横たえると眠りについたのだった。
================
次回更新は 2021/03/17 21:00 を予定しております
それから大家さんに家を引き払うことを伝えると、冒険者としての活動に必要なものをギルドの倉庫へと運び込んで準備は完了した。
これで、俺は晴れて根無し草になるわけだ。
ベッドと今日使う最低限の物しかなくなった室内はがらんとしていて、まるで自分の部屋とは思えないほどの広さとなっていた。
俺は景気づけに買ってきたエールの瓶を開ける。フラウには蜂蜜ミルクの入った小さなコップを渡した。どちらも昔の俺だったら買って飲むなんて考えられない高級品で、そんなものをこの狭かった部屋で飲んでいると考えると何だかとても不思議な気分になる。
「乾杯」
『かんぱ~い』
俺はチビリとエールを飲む。冷えてはいないが、どこか特別な味がする。
「意外と、寂しくなるもんだな」
『ディーノは、ずっとこの部屋で過ごしてきたの?』
同じく、蜂蜜ミルクの入ったカップを器用に持ち上げてひと舐めしたフラウがそう尋ねてくる。
「いや。両親が病気で死んでからかな。ずっとってわけじゃないし、思い出が詰まってるってわけでもないけどさ」
『そっかー』
「残してくれたお金があってさ。ここで一人で生きてて。それでよくエレナって幼馴染が遊びに来てさ」
『ふーん。仲良しだったんだね』
「そんなことないよ。あいつ、すぐ俺のこと殴るし。しまいには、『あんたはあたしの召使いにしてあげるわ』だぜ?」
お酒が入ったせいだろうか。話をしていたらあの時のことを思い出して、何だか少しムカついてきた。
『え~? どうして召使いなんて話になったの?』
フラウは驚いたような表情をしている。
ま、それはそうだろう。普通はそんなこと言わないだろうしな。
「あいつは『剣姫』なんてギフトを貰ったからだよ。それで俺の『ガチャ』はハズレギフトだって」
『えー! ハズレギフトなんかじゃないよっ! ディーノが『ガチャ』のギフトを授かってくれたから、あたしはディーノと出会えたんだよっ! それにセリアもアントニオもっ! カリストも! メラニアも! リカルドもルイシーナもっ!』
「そうだな。俺は感謝しているよ」
本当に、本当に感謝している。
あの日、ガチャを引いていなければ俺はいまだに底辺のままだっただろう。
でもこうしてフラウがきてくれて、フラウに励ましてもらって。
そしてガチャを引くことができて……。
記憶がないのであまり実感はないが、トーニャちゃんの命を救うことだってできたんだ。
ああ、思い出してみたらメラニアさんもじゃないか。
あれ? 俺、よく考えたらものすごく役に立ててる?
そんなことを思い出していた俺にかけられたフラウの言葉は重たかった。
『でしょっ? それにねっ? ギフトにはハズレなんてないんだよっ? 「剣姫」みたいな強いギフトを授かった人はねっ! その力を正しく使わないといけないんだよっ! だから、とっても大変なんだよっ』
「そう、だな。責任重大だ」
その日を生きることに懸命で、ギフトの力を正しく使うなんて考えたこともなかった。
だがギフトを使ったおかげでメラニアさんはあの日、毒で命を落とさずに済んだ。トーニャちゃんはあの日、迷宮から生還することができたのだ。
そりゃあ、単なる偶然が重なっただけだと言われればそうかもしれない。でも、本当にそうなのだろうか?
前世の記憶を持っている俺が、前世では人生を終わらせる原因ともなったガチャを引くというギフトを授かった結果がこれなのだ。
本当に偶然なのだろうか?
もし偶然でないとしたら、俺は何をするべきなのだろうか?
考えがまとまらなくなった俺はもう一口エールを飲むと、エレナのことを思い出した。
あいつは……ことあるごとに絡んできてはあれやこれやと指図してたっけな。しかも大抵の場合は手が出るのとセットだった。
しかもそのおかげでフリオに絡まれて。でも絡んでくるフリオはエレナが撃退してて。
そんな思い出もやっぱり俺にとっては思い出なわけで。
はぁ。ギフトのことを考えていたはずなのにな。まったく。
いつの間にか何だかよくわからない感傷に浸って妙な気分になってしまった。
ああ、そうだな。思い出だからかもしれないが、もしかしたらあれはあれで楽しい日々だったのかもしれない。
「エレナは、どうなんだろうな……」
もう一口エールを飲んで俺はそう呟いた。
『そっか……。ディーノはエレナのことが嫌いなの?』
俺は嫌いだなんて言ったつもりはないのだがが、もしかしたらそういう風に聞こえてしまったのかもしれない。
「どう、だろうな? すぐに手が出るのさえなければいい奴だとは思うんだがな。ああ、あと召使いになれとかもなしだな」
『他には他には? どんな思い出があるの?』
「そうだな――」
こうして俺はエレナとの思い出話をフラウに話した。
どれくらいの時間が経っていただろうか?
気が付けばもう夜も更けてきている。
「もう、寝ようか」
『うん。そうだねっ。おやすみ、ディーノ!』
「ああ、お休み」
俺はそのままベッドに腰かけるとロウソクの明かりを吹き消す。
割れた窓を塞ぐために板が打ち付けられており、月明かりすら届かないこの部屋は完全な暗闇となった。
俺はベッドに体を横たえると眠りについたのだった。
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