魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結】

一色孝太郎

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第150話 すれ違い

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千恵の教室を後にした二人は、職員室へ向かうことにした。

「失礼します」

 二人はそう言うと、辺りをキョロキョロしながら中へ入っていった。職員室に入って直ぐ側に各教員の座席表が貼ってあったので、さっそく秋山湊人という名前を探した。
 秋山先生の席は、入り口から若干遠かったが、奥まで行かなくても席が見えた。

「あいつか?」

「そのようだな」

 秋山先生と思われる人物はパソコンを打っている最中であった。三十代半ば程で、黒髪の真面目そうな感じの先生だ。席に座っている姿は背筋もピンとしていて、どこか堅苦しそうにも見えた。

「あの人が今日、本当に殺人なんか犯すのか?」

 伊吹の言う通り、秋山という男は人を殺すような人間には見えない。けれど、黒羽が指名したのはこの男だ。ここは黒羽を信じるべきなのか…それとも…

「取りあえず、あの先生の素性について他の生徒に聞いてみよう」

 二人は静かに職員室を出て行くと、ひとまず中学三年生の教室がある方へ向かった。というのも、三年生であったらこの先生についての情報もあると考えたからだ。

 中学三年生に知り合いの居ない二人は、仕方ないから、適当に廊下を歩いている生徒に話しかけた。

「あの、ちょっと良いかな?」

 蒼が話しかけたのは、ショートカットのさっぱりとした女子であった。いきなり話しかけられた彼女は、少し驚いた顔をした。

「何ですか?」

「あのさ、俺たち高等部二年なんだけど、君、秋山先生のことは知っているよね?」

 彼女は一切曇った表情をせずに、笑顔で答えた。

「秋山先生ですか!もちろん知っていますよ!」

「あの…秋山先生ってどんな先生なのか教えてくれる?」

 明るく答える彼女は、先ほどの千恵の様子と全く異なっていた。秋山先生はもしかしたらそんなに評判が悪い先生でもなさそうだ、と二人は思った。

「秋山先生は水泳部の顧問で担当は理科ですよ。三年二組の担任なんですけど正直、一組に来て欲しかったですよぉ…」

「え?秋山先生って、人気があるのか?」

 彼女の口調から、秋山先生は人気者のように聞こえてきた。

「もちろんですよ。まだ三十二歳だし、先生はとても優しいんです。あの真面目で紳士的な人はこの学校には秋山先生しかいませんよ」

「……、」

 二人とも想像を遥かに超えた秋山先生のイメージに言葉が出なかった。すると、後ろから三人組の女子がやって来た。

「亜紀?何やってんの?」

 亜紀と呼ばれた彼女は三人に笑顔でこう言った。

「丁度良かった。今秋山先生について色々聞かれているんだけどね」
 秋山先生、と聞いた彼女らは興味津々で蒼たちに近寄ってきた。

「えっ、何なにぃ?秋山先生がどうしたって?」

 きゃ、きゃ、と楽しそうに聞いてくる彼女らに蒼と伊吹は思わず三歩下がった。

「いや…秋山先生って、そんなに人気があるんだぁ…」

苦笑い気味で話す伊吹にその中でも髪の長い女子が、

「そうですよ!秋山先生は女子からも男子からも安定して人気があるんです!」

彼女に続いて、そうだ、そうだ、と周りも頷き始めた。

「…秋山先生って、独身なのか?」

しかし、何となく蒼がそう聞くと、彼女たちは一斉に表情を曇らせた。

「秋山先生はとっくに結婚していますよ。確か、今年で三年目だとか何とか…」

驚く程低い声で亜紀は答えた。

「へぇ…」

「でも、先生は素晴らしい人ですっ」

そう言うと、再び彼女らは笑顔で騒ぎ出した。

 その後も、何人かの生徒に秋山先生について聞いたが、やはり誰もが彼を賞賛していた。一人も秋山先生を悪く言う者は居なく、理想の教師というイメージが二人の頭に植えつけられた。
秋山湊人、真面目そうな外見をしていて、生徒達からの人気も高い。そんな彼が今日中に殺人者?そんな有り得ない話があるというのか…

 二人は自分たちの教室に戻ると、蒼の席の前でコソコソと話し始めた。

「どういうことだよ、あんなに人気な先生だったなんて…」

 蒼は頭を抱えて、大きくため息をついた。

「やっぱりあの鴉、嘘つきなんじゃねぇか?大体、怪しいのはあっちだろ?きっと変な魔法か何か使って、俺たちの記憶を操作したんじゃね?」

 伊吹はそう言うが、蒼はその点に関しては、黒羽は嘘をついていないような気がした。
 昨日見せられた記憶の数々、その全ては確かに自分が歩んできた道のりであった。自分の中にある記憶がふっと蘇った…それは真実。ただ、浄罪師の使徒をしていた頃の記憶が戻らないのは、気になる点ではある。

「それは無いと思う。伊吹だって、昨日見ただろ?あの記憶…間違えなく自分の記憶だった」

「……、確かにそうだけどよ」

「それに、真雛っていう浄罪師…あの人間離れした容姿、あれが偽物だって言うのか?」

 伊吹は下を向いて、ゆっくりと首を横に振った。

「そうだな…あれは偽物とは思えない。でも、秋山先生はみんなの人気者らしいし、殺人なんて…」

「人気者だとしても、それは表面上の顔なのかもしれないだろ?」

 表面上の顔、偽装されたイメージ、作られた性格…本当の自分をそのまま外に曝け出す者なんて果たしているのか?人間は動物と違って理性がある。一目を気にして、本当の自分、醜い自分は隠す習性があるのだ。
 蒼は窓から外を見渡した。伊吹もそれを真似て窓際に近寄る。
 外はしきりに雨が降っている。まだ十二時半過ぎだというのに、外は薄暗くなっていた。

「放課後…」

蒼は窓を睨みつけて、口を開いた。

「放課後が勝負だな」

「ああ」

 伊吹は低い声で答えると、教室側へ向き直って蒼の席に座った。

「お~い、蒼ィ~、お客様がいらっしゃっていますよ~ぉ?」

と、その時。クラスメートの青島という男子から声を掛けられた。ふざけた声で呼ばれた蒼は何事かと、青島に尋ねる。

「どうしたんだよ、青島?」

「姫様がお呼びですぞぉ?あ、お、い、ど、の!」

 日頃からふざけた奴だが、さすがに今回は様子がおかしかった。とうとう頭のネジが全て吹っ飛んだか?と蒼は哀れみの目で青島を見つめる。
 青島は蒼の背中を押して廊下へ連れていった。蒼は訳が分からず、呆れ顔で仕方なくそのまま廊下へ向かった。

 伊吹は蒼の席から、そんな二人の背中を口を開けながらポカンと見ていた。
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