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第145話 遺品(後編)
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「落ち着いたか?」
「うん。ごめん。服、ぐしゃぐしゃにしちゃった」
「いいよ。妹が泣いているなら胸くらい、いくらだって貸すさ」
「……ありがとう。まだあるよね」
次に出てきたのは私の成長記録だった。
何月何日に何グラムのミルクを飲んだかまで正確に記録されていて、おじいちゃんの愛情を感じるとともになぜか少し恥ずかしい気持ちにもなる。
その次に出てきたのは古ぼけた封筒だった。宛名がないが、見覚えのある封蝋がされている。
これはおじいちゃんがお母さんから預かったという手紙が入っている封筒に使われているものだ。
ということは、これもお母さんから私への手紙だろうか?
今開けてもいいものだろうか?
迷っていると、ニール兄さんが背中をポンポンと軽く叩いてくれた。
「あ、うん。ありがとう。開けてみる」
私は封筒を開封し、中の手紙を読んでみる。
『愛するホリーへ。
十六歳の誕生日、おめでとう。
十六歳になったホリーはどんな素敵な女性に成長したのでしょう?
お母さんの国では十六歳になると大人と認められます。大人になったホリーはどんなことをしているのでしょう?
グラン先生と同じ薬師になったのでしょうか?
それとも他のやりたい仕事を見つけたのでしょうか?
どのようなお仕事でも、ホリーが幸せに笑っていてくれるならお母さんは嬉しいです。
それから、好きな男性はできましたか?
十六歳になればそういう年頃です。お父さんが聞いたら卒倒してしまうかもしれないけれど、素敵な男性と恋をして、幸せな家庭を築いてほしいと心から願っています。
もし魔族ばかりの町で家庭を築くことを躊躇しているのなら、その点は安心してください。
ホリーは人族ではありません。お母さんと同じ聖族という種族です。聖族とは奇跡を使うことに特化した特別な種族で、寿命は魔族とさほど変わりません。
そして聖族は、人族でも魔族でも愛する人の子供を産んであげることができます。グラン先生はお母さんの薬師をしてくれて、お母さんがホリーを産むのを手伝ってくれました。グラン先生から必要なお薬を教えてもらってください。そうすればきっと、愛する人のかわいい赤ちゃんを産めるはずです。
お母さんはホリーを産むことができてとても幸せでした。お母さんはいつでもホリーを見守っています。
愛を込めて』
読み終わったころ、気付けば私はまた涙を流していた。
「お母さん……」
もう一度読み返そうかと思ったが、このままだと涙でぐしゃぐしゃにしてしまいそうだ。
私はなんとか思いとどまり、手紙を封筒に戻す。
「ねえ、ニール兄さん。私、人族じゃないんだって」
「え?」
「聖族っていう、奇跡を使うことに特化した種族なんだって」
「ああ、そう言われてみればそうかもな。なんか、納得するかも」
「うん。びっくりしたけど、なんかこう、腑に落ちたっていうか……」
「そうだな。でもホリーはホリーだ」
「うん。そうだよね。私はホワイトホルンの薬師でおじいちゃんの孫娘のホリーだもん」
「ああ、そうだな」
「じゃ、次見るね」
手紙の下にはお母さんの出産についておじいちゃんが見解をまとめた資料が置かれていた。
それによると、どうやら聖族の女性は自らお腹の子を聖族として産むか相手の種族として産むかを選択できるらしい。
ただ、もし聖族として産む場合はお腹の赤ちゃんに奇跡の力を与え続ける必要があるのだそうだ。これは常に奇跡を使い続けるということを意味しており、この行為は間違いなく命の危険を伴う。お母さんが壮絶な魔力枯渇に陥っていたのはきっとこのことが原因だろう。
ちなみにお母さんは私を妊娠した時点でこのことを感覚的に理解し、私を聖族として産むと決めたのだそうだ。
だが薬や食べ物をおじいちゃんは上手く工夫し、妊娠後期はかなり魔力枯渇に陥らないように体調を整えてくれていたようだ。
あのカルテを紐解けば聖族の妊娠時の魔力枯渇の問題を緩和してあげられるかもしれない。
もっとも今のところ患者は私しかおらず、そのような予定もないわけだが……。
そこまで考えたところで私は金庫の中を確認する。
どうやらまだいくつか書類が残っているようだ。
そのうちの一枚を見てみると、なんとそれはお母さんがおじいちゃんに出産のサポートを依頼する内容の手紙だった。
しかも同封の魔道具を使えば一度だけ扉が開くと書かれているので、エルドレッド様の予想は正解だったのだろう。
ただ、その一度しか使えない魔道具を近づければ勝手に反応するとあるものの、肝心の場所については町の南側とだけしか書かれていなかった。
「ニール兄さん、これ」
「……本当だ。でも、南側にあると分かっただけでも収穫じゃないか」
「うん。そうだね」
それから私はお母さんの手紙とおじいちゃんへの依頼書を除き、すべての遺品を金庫の中に戻した。
「おじいちゃん、ありがとう。あとで掃除に来るから」
ここにおじいちゃんがいるわけではないが、なんとなくそう挨拶して私たちは部屋を後にするのだった。
「うん。ごめん。服、ぐしゃぐしゃにしちゃった」
「いいよ。妹が泣いているなら胸くらい、いくらだって貸すさ」
「……ありがとう。まだあるよね」
次に出てきたのは私の成長記録だった。
何月何日に何グラムのミルクを飲んだかまで正確に記録されていて、おじいちゃんの愛情を感じるとともになぜか少し恥ずかしい気持ちにもなる。
その次に出てきたのは古ぼけた封筒だった。宛名がないが、見覚えのある封蝋がされている。
これはおじいちゃんがお母さんから預かったという手紙が入っている封筒に使われているものだ。
ということは、これもお母さんから私への手紙だろうか?
今開けてもいいものだろうか?
迷っていると、ニール兄さんが背中をポンポンと軽く叩いてくれた。
「あ、うん。ありがとう。開けてみる」
私は封筒を開封し、中の手紙を読んでみる。
『愛するホリーへ。
十六歳の誕生日、おめでとう。
十六歳になったホリーはどんな素敵な女性に成長したのでしょう?
お母さんの国では十六歳になると大人と認められます。大人になったホリーはどんなことをしているのでしょう?
グラン先生と同じ薬師になったのでしょうか?
それとも他のやりたい仕事を見つけたのでしょうか?
どのようなお仕事でも、ホリーが幸せに笑っていてくれるならお母さんは嬉しいです。
それから、好きな男性はできましたか?
十六歳になればそういう年頃です。お父さんが聞いたら卒倒してしまうかもしれないけれど、素敵な男性と恋をして、幸せな家庭を築いてほしいと心から願っています。
もし魔族ばかりの町で家庭を築くことを躊躇しているのなら、その点は安心してください。
ホリーは人族ではありません。お母さんと同じ聖族という種族です。聖族とは奇跡を使うことに特化した特別な種族で、寿命は魔族とさほど変わりません。
そして聖族は、人族でも魔族でも愛する人の子供を産んであげることができます。グラン先生はお母さんの薬師をしてくれて、お母さんがホリーを産むのを手伝ってくれました。グラン先生から必要なお薬を教えてもらってください。そうすればきっと、愛する人のかわいい赤ちゃんを産めるはずです。
お母さんはホリーを産むことができてとても幸せでした。お母さんはいつでもホリーを見守っています。
愛を込めて』
読み終わったころ、気付けば私はまた涙を流していた。
「お母さん……」
もう一度読み返そうかと思ったが、このままだと涙でぐしゃぐしゃにしてしまいそうだ。
私はなんとか思いとどまり、手紙を封筒に戻す。
「ねえ、ニール兄さん。私、人族じゃないんだって」
「え?」
「聖族っていう、奇跡を使うことに特化した種族なんだって」
「ああ、そう言われてみればそうかもな。なんか、納得するかも」
「うん。びっくりしたけど、なんかこう、腑に落ちたっていうか……」
「そうだな。でもホリーはホリーだ」
「うん。そうだよね。私はホワイトホルンの薬師でおじいちゃんの孫娘のホリーだもん」
「ああ、そうだな」
「じゃ、次見るね」
手紙の下にはお母さんの出産についておじいちゃんが見解をまとめた資料が置かれていた。
それによると、どうやら聖族の女性は自らお腹の子を聖族として産むか相手の種族として産むかを選択できるらしい。
ただ、もし聖族として産む場合はお腹の赤ちゃんに奇跡の力を与え続ける必要があるのだそうだ。これは常に奇跡を使い続けるということを意味しており、この行為は間違いなく命の危険を伴う。お母さんが壮絶な魔力枯渇に陥っていたのはきっとこのことが原因だろう。
ちなみにお母さんは私を妊娠した時点でこのことを感覚的に理解し、私を聖族として産むと決めたのだそうだ。
だが薬や食べ物をおじいちゃんは上手く工夫し、妊娠後期はかなり魔力枯渇に陥らないように体調を整えてくれていたようだ。
あのカルテを紐解けば聖族の妊娠時の魔力枯渇の問題を緩和してあげられるかもしれない。
もっとも今のところ患者は私しかおらず、そのような予定もないわけだが……。
そこまで考えたところで私は金庫の中を確認する。
どうやらまだいくつか書類が残っているようだ。
そのうちの一枚を見てみると、なんとそれはお母さんがおじいちゃんに出産のサポートを依頼する内容の手紙だった。
しかも同封の魔道具を使えば一度だけ扉が開くと書かれているので、エルドレッド様の予想は正解だったのだろう。
ただ、その一度しか使えない魔道具を近づければ勝手に反応するとあるものの、肝心の場所については町の南側とだけしか書かれていなかった。
「ニール兄さん、これ」
「……本当だ。でも、南側にあると分かっただけでも収穫じゃないか」
「うん。そうだね」
それから私はお母さんの手紙とおじいちゃんへの依頼書を除き、すべての遺品を金庫の中に戻した。
「おじいちゃん、ありがとう。あとで掃除に来るから」
ここにおじいちゃんがいるわけではないが、なんとなくそう挨拶して私たちは部屋を後にするのだった。
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