魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結】

一色孝太郎

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第122話 タクオとクラウディア

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「それでは、戦いについての指導はこちらのルーカスに一任いたします。彼は我々聖導教会が誇る聖騎士団の団長を務めております。実力もさることながら、部下を育てる経験も十分です」
「勇者様、昨日は挨拶をしそびれて申し訳ございませんでした。私はルーカス、聖騎士団の団長を務めております」
「宅男です。よろしくお願いします!」
「もちろんです。勇者様が、いえ、これから指導いたしますのでこのような言葉づかいはやめましょう。お名前を呼び捨てる無礼をお許しいただけますか?」
「はい。もちろんです。呼び捨てでお願いします。ルーカス先生」
「ではタクオ、私はお前を人族の希望たるに相応しい勇者にするために稽古をつける」
「よろしくお願いします!」
「いい返事だ。この後騎士団の訓練がある。まずはそこに参加してもらう。いいな?」
「はい!」

 宅男は決意のこもった目でそう返事をする。

「さて、神については……大聖女クラウディアよ。あなたにお願いしましょう」
「ええ、喜んで!」

 クラウディアは嬉しそうに答えると、タクオのほうをはにかみながらちらりと見た。

「タクオ様。わたくし、ご一緒できてとても嬉しいですわ」

 そのはにかんだ微笑みに宅男は顔を真っ赤にした。

「ははは。勇者様、どうかクラウディアをよろしく頼みます」
「は、は、はいっ!」

 そう答えた宅男をクラウディアは嬉しそうに見つめている。

 すると応接室の扉がノックされた。

「大聖女様、お勤めのお時間でございます」

 扉の外から聞こえてきたその声に、クラウディアは心底残念そうな表情を浮かべる。

「大聖女クラウディア、残念ですが仕方がありません。今日はたしかヴェルヘイゲン王国のデブタッフェン伯爵のお怪我の治療でしたね」
「……」

 クラウディアは人目をはばからず嫌そうな表情を浮かべ、大きくため息をついた。

「仕方がありません。タクオ様、行って参りますわ」
「あ……」
「勇者様、どうかクラウディアを入口までエスコートしてやってください」
「え、エスコート?」
「はい。お立ちになり、そうして手を差し出すのです。そう。そうして手を引いてそのまま入口まで……」

 宅男は教皇に言われたとおりにクラウディアの手を取り、応接室の入口までやってきた。

 そして宅男が扉を開けようと手を離すと、クラウディアは寂しそうな表情を浮かべた。

「あ……」
「え?」

 思わずクラウディアの口から声が漏れ、宅男は思わず振り返った。

「いいえ、なんでもありませんわ。タクオ様、夕方になりましたらまたお会いしたいですわ」
「うん。僕も! だから行ってらっしゃい。がんばって」
「はい。タクオ様も」

 そうして二人は抱擁を交わし、そしてチークキスをした。

 そのまましばらく抱き合った二人はどちらからともなく離れると、クラウディアは名残惜しそうに部屋から出ていったのだった。

◆◇◆

 聖騎士団の訓練を受けた宅男はどこか嬉しそうに大聖堂を、クラウディアの待つ救済室へと向かっていた。

 救済室とは寄進を受けた見返りとして、聖女が奇跡によって怪我などを治すための部屋のことだ。

 体育の授業以外で体を動かしていなかったため体はへとへとだったが、クラウディアに会えるというだけで疲労などどこかへ飛んで行ってしまっている様子だ。

 すると目の前からぶよぶよに太った目つきの悪い中年の男がのっしのっしと歩いてきた。その頬には誰かに叩かれたのか手のひらの形の赤い跡が残っており、ぶつぶつと文句を言っている。

「ああん? なんだ? 貴様は! その服、騎士見習いだな? ワシを誰だと思っておる! ヴェルヘイゲン王国の伯爵ゲスター・デブタッフェンであるぞ!」
「え? あ、はい。すみません」

 すれ違いざまに突然因縁をつけられた宅男は思わず道を譲った。

「そうだ。分かればいい。クソッ! あの女、折角高い金を払ってやっているというのに……」

 デブタッフェン伯爵はそうぶつぶつとつぶやきながら宅男の横を通り過ぎていった。

「……なんだあれ?」

 宅男はその姿を唖然としながら見送ると、再びクラウディアの待つ救済室へと歩きだすのだった。

◆◇◆

 宅男が救済室までやってくると、そこの入口は二人の聖騎士が固めていた。

「……新入りか? ここは選ばれた者以外に入ることは許されていない。どこから入ったのかは知らんが、規律違反でとがめられる前に出ていきなさい」
「あ、いえ。そうではなくてクラウディアに会いに……」
「!? 大聖女クラウディア様を呼び捨てにするだと? 貴様! 不敬であるぞ!」
「え? あ、すみません……」

 宅男が謝るが、中から女性の声が聞こえてきた。

「タクオ様でしょう? 通しなさい」
「え? ですが……」
「通せと言っているのが聞こえないのですか?」

 クラウディアは声のトーンを一段下げ、強い調子で命令した。

「ははっ! 失礼しました!」

 聖騎士は背筋を伸ばすと救済室の扉を開いた。

 救済室の中には一台のベッドと一脚の椅子が置かれているだけだった。その椅子にクラウディアが疲れた様子で座っている。

「タクオ様、会いに来て下さったのですね。嬉しいですわ」

 そう微笑んだクラウディアだったが、やはり疲労の色は隠せていない。

「さ、入ってらして」
「うん」

 宅男が入室すると、すぐに聖騎士たちによって扉が閉められた。

「クラウディア、大丈夫? なんだか元気がないけど……」
「ええ、大丈夫ですわ。あの金だけの醜いブタの話し相手をさせられていただけですもの。タクオ様のように厳しい訓練を受けていたわけではありませんわ」
「え? ブタ?」

 宅男は先ほどすれ違った男を思い出した。

「そういえばさっきデブタなんとかって人とすれ違ったけど……」
「ええ。そのブタですわ。あのブタ、わたくしに聖女を辞めて妾になれだなんてあり得ないことを毎回要求してくるんですの。今日という今日は頭にきて、思い切り平手打ちをしてやりましたわ。あんなブタと話すのは今日で終わりですわ」

 そういってクラウディアは以前教皇に向けていたような鋭い目で入口の扉をにらんだ。

「でも、こうしてタクオ様がいらしてくださってうれしいですわ」

 クラウディアは席を立つと、宅男にそっと抱きついた。そんなクラウディアを宅男は遠慮がちではあるものの、そっと抱き返した。

「ああ、タクオ様……」
 
 クラウディアはうっとりした様子で、そのまま宅男に体を預けている。

 宅男はクラウディアの柔らかな胸のふくらみを感じ、そしてクラウディアからわずかに漂ってくる得も言われぬいい香りに理性が壊れそうになるのを必死でこらえていた。

「タクオ様、ありがとうございました。わたくし、がんばりますわ」

 頬を染め、潤んだ目で宅男を見つめるクラウディアに対し、宅男は強い意志のこもった瞳で見つめ返す。

「僕が、僕がクラウディアを守る。守れるように強くなるから」
「……はい」

 クラウディアの美しいブルーの瞳は潤んでおり、その頬はほんのりとピンク色に染まっていたのだった。
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