38 / 182
第38話 初めての魔動車
しおりを挟む
翌朝ホテルをチェックアウトすると、正面の馬車止めに見慣れない車輪つきの黒い箱のような何かが停まっていた。
一見すると馬のない馬車のように見えなくもないが、ものすごい違和感がある。
その箱は何やら二列のソファーのようなものが並んでおり、前列のソファーに一人の紳士が座っており、箱の隣に一人の紳士が立っていた。箱の中に座っている紳士の手元にはよく分からない丸いものがある。
そのうちの立っている紳士が私たちに声をかけてきた。
「おはようございます。ホリー様、ニール様」
「え? あ、おはようございます」
「我々はヒューバート町長のご命令により参りました。私はシュワインベルグ町役場財政局予算課副課長のジェフェリーと申します。それと現在ハンドルを預かっておりますのは、私の部下でシュワインベルグ町役場財政局予算課のダレルと申す者です。お二人を魔動車にてキエルナまでお送りするよう、仰せつかっております」
そういってジェフェリー副課長は恭しく礼をした。どうやらこの箱が魔動車らしい。
「ホワイトホルンの衛兵、ニールです」
「薬師のホリーです」
一通り自己紹介を済ませると、ジェフェリー副課長が魔動車の側面に手をかけた。するとなんとまるで扉のようにそこが開いたではないか!
「ホリー様、どうぞお乗りください」
「えっと、ありがとうございます」
とは答えたものの、これはどうすればいいのだろうか?
「ほら、ホリー」
「え?」
ニール兄さんが私に手を差し出してきたので、よく分からないが私はその手を取った。
するとニール兄さんは私を魔動車の前まで連れて行ってくれ、そのまま備え付けられた踏み台を使って乗り込んだ。
それからニール兄さんは私を魔動車に引っ張り上げてくれる。
「えっと、ありがとう?」
「何で疑問形なんだよ。ほら、奥に座れよ」
「うん」
よく分からないが、私はソファーのようなものに着席した。
座面はふかふかしており、思ったよりも座り心地がいいかもしれない。
私が座面の感触を確かめていると私の隣にニール兄さんが座り、ジェフェリー副課長は前の座席に座った。
「それでは、発進いたします」
ジェフェリー副課長が合図をすると、なんと私たちの乗っている魔動車が音もなくゆっくりと動きだした!
「え? 嘘? すごい!」
魔道具で動いているというのは聞いていたが、こんなに静かだとは思わなかった。
やがて魔動車はホテルの敷地を出て大通りをゆっくりと進んでいく。
「ホリー様は、魔動車にお乗りになるのは初めてでらっしゃいますか?」
「はい! すごいです!」
「さようでございます。それですと、町を出てからはもっと驚かれると思いますよ」
「えっ? どういうことですか?」
「それは、出てからのお楽しみでございます」
はぐらかされてしまった。
「ねえ、ニール兄さん。どういうこと?」
「そうだなぁ。ま、楽しみにしてたらいいんじゃないか?」
「ええっ? もう! ニール兄さんまで!」
ちょっと大げさに抗議すると、ニール兄さんは楽しそうに笑う。
そうしているうちに私たちを乗せた魔動車は門を抜け、町の外にやってきた。
ホワイトホルンよりは少し低いが、それでも高い雪壁が道の左右にそびえ立っている。
「行きますよ」
「えっ?」
ジェフェリー副課長がそう言うと、いきなり魔動車がスピードを上げた。
「え? え? 速い! すごい!」
ウォーレンさんの馬車とは比べ物にならないほどのスピードだ。にもかかわらず馬車と比べてほとんど揺れず、ガタガタという音だって小さい。
「こちらの魔動車はキエルナ魔道具工房社製の最新モデルで、なんと最高時速は四十キロにもなるのです」
「え? 時速? ってなんですか?」
「ああ、失礼しました。時速というのは一時間に何キロメートル進むのかを示す速さの指標で、乗合馬車ですと時速五キロほどです」
「じゃあ、八倍速いってことですか?」
「そのとおりでございます」
それはすごい。馬車よりも速いのに音も静かだし、何よりこの座席の座り心地がいいのでお尻が痛くなることもなさそうだ。
これならいつまでだって乗っていられそうだ。
正面からは冷たい風が私の長い髪を撫で、雪壁はまるで飛んでいくかのように後ろへと流れていく。
私は夢中になってその非日常的な光景を眺めるのだった。
================
魔動車の見た目は、前部にエンジンルームのないフォード・モデルTのタウンカーをご想像ください。
一見すると馬のない馬車のように見えなくもないが、ものすごい違和感がある。
その箱は何やら二列のソファーのようなものが並んでおり、前列のソファーに一人の紳士が座っており、箱の隣に一人の紳士が立っていた。箱の中に座っている紳士の手元にはよく分からない丸いものがある。
そのうちの立っている紳士が私たちに声をかけてきた。
「おはようございます。ホリー様、ニール様」
「え? あ、おはようございます」
「我々はヒューバート町長のご命令により参りました。私はシュワインベルグ町役場財政局予算課副課長のジェフェリーと申します。それと現在ハンドルを預かっておりますのは、私の部下でシュワインベルグ町役場財政局予算課のダレルと申す者です。お二人を魔動車にてキエルナまでお送りするよう、仰せつかっております」
そういってジェフェリー副課長は恭しく礼をした。どうやらこの箱が魔動車らしい。
「ホワイトホルンの衛兵、ニールです」
「薬師のホリーです」
一通り自己紹介を済ませると、ジェフェリー副課長が魔動車の側面に手をかけた。するとなんとまるで扉のようにそこが開いたではないか!
「ホリー様、どうぞお乗りください」
「えっと、ありがとうございます」
とは答えたものの、これはどうすればいいのだろうか?
「ほら、ホリー」
「え?」
ニール兄さんが私に手を差し出してきたので、よく分からないが私はその手を取った。
するとニール兄さんは私を魔動車の前まで連れて行ってくれ、そのまま備え付けられた踏み台を使って乗り込んだ。
それからニール兄さんは私を魔動車に引っ張り上げてくれる。
「えっと、ありがとう?」
「何で疑問形なんだよ。ほら、奥に座れよ」
「うん」
よく分からないが、私はソファーのようなものに着席した。
座面はふかふかしており、思ったよりも座り心地がいいかもしれない。
私が座面の感触を確かめていると私の隣にニール兄さんが座り、ジェフェリー副課長は前の座席に座った。
「それでは、発進いたします」
ジェフェリー副課長が合図をすると、なんと私たちの乗っている魔動車が音もなくゆっくりと動きだした!
「え? 嘘? すごい!」
魔道具で動いているというのは聞いていたが、こんなに静かだとは思わなかった。
やがて魔動車はホテルの敷地を出て大通りをゆっくりと進んでいく。
「ホリー様は、魔動車にお乗りになるのは初めてでらっしゃいますか?」
「はい! すごいです!」
「さようでございます。それですと、町を出てからはもっと驚かれると思いますよ」
「えっ? どういうことですか?」
「それは、出てからのお楽しみでございます」
はぐらかされてしまった。
「ねえ、ニール兄さん。どういうこと?」
「そうだなぁ。ま、楽しみにしてたらいいんじゃないか?」
「ええっ? もう! ニール兄さんまで!」
ちょっと大げさに抗議すると、ニール兄さんは楽しそうに笑う。
そうしているうちに私たちを乗せた魔動車は門を抜け、町の外にやってきた。
ホワイトホルンよりは少し低いが、それでも高い雪壁が道の左右にそびえ立っている。
「行きますよ」
「えっ?」
ジェフェリー副課長がそう言うと、いきなり魔動車がスピードを上げた。
「え? え? 速い! すごい!」
ウォーレンさんの馬車とは比べ物にならないほどのスピードだ。にもかかわらず馬車と比べてほとんど揺れず、ガタガタという音だって小さい。
「こちらの魔動車はキエルナ魔道具工房社製の最新モデルで、なんと最高時速は四十キロにもなるのです」
「え? 時速? ってなんですか?」
「ああ、失礼しました。時速というのは一時間に何キロメートル進むのかを示す速さの指標で、乗合馬車ですと時速五キロほどです」
「じゃあ、八倍速いってことですか?」
「そのとおりでございます」
それはすごい。馬車よりも速いのに音も静かだし、何よりこの座席の座り心地がいいのでお尻が痛くなることもなさそうだ。
これならいつまでだって乗っていられそうだ。
正面からは冷たい風が私の長い髪を撫で、雪壁はまるで飛んでいくかのように後ろへと流れていく。
私は夢中になってその非日常的な光景を眺めるのだった。
================
魔動車の見た目は、前部にエンジンルームのないフォード・モデルTのタウンカーをご想像ください。
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる