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第18話 聖女の命令

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 それからひとしきり食べ、満腹になったところで聖女様が真剣な表情で話を切り出してきた。

「ときにヒーナよ」
「なんですか?」
「単刀直入に聞くぞえ。ヒーナ、そなたたちは迷い人じゃな?」
「えっ? 迷い人? ですか? それって……」

 聞き慣れない単語に困惑した陽菜は、すがるような目で俺のほうを見てきた。もちろん俺も初耳なので首を横に振る。

「迷い人というのはのう。異世界からやってきた者たちのことじゃよ。違うかえ?」
「え!? そうです! え? あれ? どうしてそのことを?」
「どうしても何も、そなたたちは明らかにおかしいからのう」
「え?」
「ヒーナよ。歳はいくつじゃ?」
「えっ? 十六歳ですけど……」
「うむ。付き人はおるのかえ? もちろん、そこの彼氏以外にじゃ」
「そんな! いるわけありません。あたしはそんな付き人なんて……!」

 陽菜はムッとした表情でそう答えた。だが聖女様は顔色一つ変えずに話を続ける。

「そういうところじゃ。この町の女で、ヒーナのような考えをする者は誰一人としておらぬ」
「えっ?」
「じゃが、ヒーナは男女が対等だと言うのじゃろう?」
「それは! もちろんそうですけど……」
「やはりのう」
「あの、どういうことですか?」
「では、そなたの出身国はニーホンかえ?」
「えっ!? 日本のことを知ってるんですか?」
「うむ。知っておるぞえ。ニーホンという異世界の国からやってきた聖女がおったからのう」

 日本からやってきた聖女!? それってまさか!

「えっ? あの、その人の名前はなんて!?」
「ユーコじゃ」
「ユーコ……違う……」

 陽菜が小さくそうつぶやいたとおり、うちのクラスにユウコという名前の女子はいない。

 ということはその聖女は太田さんでもクラスメイトの誰かでもないわけで、それはつまり、俺たちの前にもこの世界に連れてこられた人がいるということを意味している。

「そなたとどう関係があるのかは知らぬが、ユーコは国を滅ぼした稀代の愚女として知られておるぞえ」
「えっ!? 国を滅ぼしたってどういうことですか?」
「その言葉のとおりじゃよ。ユーコは強い力を持つ聖女じゃった。じゃから当然、国を預かる立場となったのじゃ。妾の王にのう」
「え? そう、なんですか?」
「当然じゃろう? 聖女が民を統べずして、誰が統べるのじゃ?」
「えっと……」
「ふむ。まあ良い。ニーホンがどうかは知らぬが、この世界において聖女とはそのような存在じゃ。にもかかわらず、神の前では性別に関係なく人は平等だ、などと世迷言を言いおってのう」

 聖女様は陽菜の目をじっと見ているが、陽菜の顔には困惑の色が浮かんでいる。

「ユーコの国では付き人が禁じられ、男も女も特定の一人とのみ子を作ることが強制されたのじゃ。ヒーナよ。その結果、どうなったか分かるかえ?」
「えっと……」

 陽菜は再び縋るような目で俺のほうを見てくる。

「ふむ。では彼氏のほうに聞いてみるとしよう。どうかえ?」
「はい……そうですね」

 たしか、男女比のバランスが壊れてて、女性が少ないって言ってたよな。

「あ! もしかして子供が生まれなくなって、人口が減っちゃった、とかですか?」
「そのとおりじゃ」

 聖女様は満足げにうなずいた。

「そういうことじゃ。ヒーナよ。そなたはこの世界の常識をあまりにも知らぬ。よってそなたには妾が直接、この世界の常識を叩き込んでやろう」
「えっと……」
「別に考えを改めろなどと言うつもりはないぞえ。ただ、常識を理解せよと言っておるのじゃ。さもなくば、どこへ行ってもトラブルに巻き込まれるはずじゃ。場合によっては処刑されるかもしれんのう」

 処刑!

 俺の脳裏にギロチンが浮かび、ずっしりと重たい気分になる。

 もし陽菜がギロチンに掛けられたら……!

 陽菜はどう反応したらいいのか分からないようで、俺のほうをチラチラと見てきている。すると聖女様は大きなため息をついた。

「ならば彼氏のほうに聞こう。どうじゃ? 常識を知ることが必要だとは思わぬか?」
「……思います。場合によって処刑されるっていうのは、その、ヨウコさんと同じ考え方がもし広まると、もしかしたら国が滅びるかもしれないからですよね?」
「ふむ。彼氏のほうはよく分かっておるではないか。ヒーナ、そなたの彼氏はああ言っておるぞ? どうかえ? 学ぶ気になったかえ?」
「……わかりました」

 陽菜は硬い表情でそう答えた。

「うむ。良い心がけじゃ」

 聖女様はそう言うと、再び俺に話を振ってくる。

「さて、彼氏のほうは、ええと、名前はなんじゃったかえ?」
「祥太です」
「うむ、ショータよ。その間、お前には別のことをやってもらおう」
「別のこと?」
「うむ。迷い人は高い魔力を有しておることが多いとされておる。ヒーナもそうじゃが、特にお前は男にしてはかなりの魔力を持っておるようじゃからのう」
「そうなんですか?」
「うむ」

 なるほど。この世界の平均がどんなものなのかよく分からないが、聖女様がそう言うのであればそうなのだろう。

「魔法は使えるかえ?」
「えっと、攻撃魔法とかはできないです」
「ふむ。ではまずはそこからじゃな」
「あの、なんの話ですか?」
「うむ。お前には魔法と剣術の教師を付けてやろう」
「ええと?」
「ヒーナ、どうせそなたはこの町の他の女たちのように、付き人たちを連れ歩く気はないのじゃろう?」

 困惑する俺をよそに、聖女様は陽菜に話を振った。陽菜はそれに対して小さく頷く。

「ならば、ショータがきちんと守れるようになるべきじゃ。異論は認めぬ」

 そうピシャリと言われ、陽菜は硬い表情で押し黙る。

「そういうわけじゃ。ショータ、戦いの術を身につけよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「うむ。良い返事じゃ」

 聖女様は満足げな表情を浮かべる。

「ではショータよ。お前には魔窟の攻略を命じる」
「魔窟?」
「うむ。東の山の魔窟じゃ。詳しいことは明日、教師にでも聞くが良い」
「わかりました」
「ではヒーナよ。ショータが魔窟の攻略を終えるまで、宮殿から出ることを禁じる」
「「えっ!?」」

 突然の理不尽な命令に、俺たちは思わず同時に声を上げた。

「不満かえ?」
「と、当然です。なんであたしがそんな監禁されなきゃ……」
「常識のない女を野放しになどできぬ。それに、なんの対価も払わずに妾の教育を受けるつもりかえ?」
「そ、それは……」
「ふむ。では常識の授業じゃ。女が何かを手に入れるとき、その対価を払うべきはその女にかしずく男じゃ。分かったかえ?」
「……」
「ふむ。理解したようで何よりじゃ」

 聖女様はそう言うと、席を立つ素振りをした。すると背後で控えていたウェイターの人がさっと寄ってきて、聖女様が立ち上がるタイミングに合わせてそっと椅子を引く。

「ではヒーナ、ショータ、あとは二人で食事を楽しむが良い」

 聖女様はそう言い残し、食堂から出て行ったのだった。
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