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第110話 日本では……(20)

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 ゴミ出しを終え、剛と藤田は二人並んで校舎裏をゆっくり歩いている。

「今日も手伝ってくれてありがとね」
「え? ああ、いいって。ゴミ、意外と重いし」
「うん……」

 それから二人はしばらく無言で歩いていく。藤田は何かを話したそうにちらちらと剛の様子をうかがっているが、剛は気にした素振りもなく、まっすぐ歩いている。ただ、歩くペースは藤田に合わせているようで、藤田は遅れることなくついてきている。

 やがて、藤田はおずおずと話を切り出した。
 
「あ、あのさ」
「ん? 何?」
「茂手内くんって、志望校、決めた?」
「え? ああ。俺、受験しないで働くつもりだし」
「えっ!?」

 藤田はその返事があまりに予想外だったのか、ポカンと剛を見つめている。

「いや、だってさ。両親、もういないし。それに面倒見てくれてた兄貴も死んじゃったから……」
「あ……その……」

 藤田は申し訳なさそうに縮こまり、不安げに剛の顔色をうかがっている。

「ああ、別にいいよ。気にしてないから。俺が、あんな奴らの世話になりたくないってだけだから」

 剛はぶっきらぼうにそう答えたが、その表情には怒りの色がにじんでいる。

「あんな奴ら?」
「ああ、俺と姉ちゃんを引き取ったおじさんとおばさんのこと」
「どういうこと? 引き取ってくれたってことは、お世話になってるんじゃないの?」
「お世話、ねぇ。まあ、家に置いてくれてるのはそうだけど、それだけだし」
「それだけって?」
「だって、掃除も洗濯も俺らの分は自分でやってるし、食事だって専業主婦のくせにスーパーで惣菜買ってくるだけだし。あれなら姉ちゃんが作ったほうがよっぽどまともだし」
「そ、そうなんだ。家事を自分でやるなんてすごいね」
「そう? でも俺ら、親いないし、兄貴も仕事でめちゃくちゃ忙しかったから、結局自分でやんなきゃダメだったから、すごいって感覚はないかなぁ」
「でも、すごいと思うよ。クラスに自分で掃除と洗濯できる子、ほとんどいないと思う」
「そっか」
「うん。そうだよ」

 すると剛は小さくうなずいた。その表情はなんとも言えない複雑なものだったが、先ほどのように怒りが滲んでいるわけではない。その様子に藤田は少しホッとしたような表情を浮かべた。

「で、でもさ。せっかくだから高校だけは行こうよ。その人たちと一緒に暮らすのが嫌なら、きっと別の方法だってあるよ?」
「そうなの? たとえば?」
「え? えっと、そうね。寮のある高校に行くとか?」
「寮かぁ。でも金かかりそうだしなぁ」
「そ、そう……」

 藤田は少ししゅんとなったが、すぐに自信満々な表情を作ってみせた。

「でも大丈夫よ。ちょっと調べてきてあげるわ」
「え? でも……」
「いいから、任せて!」
「あ、ああ……」

 そんな話をしているうちに二人は校舎の入口に戻ってきた。

「あたし、まだ教室に用があるんだけど、茂手内くんは?」
「あー、俺は帰るわ」
「うん。じゃあ、また明日」
「ああ、また」

 こうして二人は別々の方向へと歩いていくのだった。

◆◇◆

 朱里を含む生徒たちが下校し、生徒たちの賑やかな声が消えた高校に中年男性と若い女性の二人組がやってきた。二人ともきっちりとスーツを着こなしている。

 そんな二人は校内を歩き、案内に従って事務室にやってきた。

「おや、こんにちは。本日は当校にどのようなご用でしょうか?」
「突然失礼します。私たちは警察のものです」

 二人はすぐさま懐から警察手帳を取り出し、提示した。

「へっ!? ま、まさか生徒が何かして補導を……?」
「いえ、今回は別件で参りました。二年生の学年主任の先生はいらっしゃいますか?」
「二年生の学年主任ですか? 確認しますので少々お待ちください」

 事務員は慌てた様子で事務室を飛び出していった。そしてすぐに事務員が一人のくたびれたスーツを着た男性を連れて戻ってきた。

「大変お待たせして申し訳ありません。私が二年の学年主任をしておる小林と申します」
「警視庁捜査二課の松山です。隣の者は同じく捜査二課の大友で、私の補助をしてもらっています」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします。それで、どのようなご用件でしょうか? まさか私の学年の生徒が何かご迷惑を?」
「いえ、補導したといった話ではありません。ただ、ここでお話するのは……」

 松山はそう言うと、ちらりと事務員のほうを見た。

「あっ! これは失礼しました。ではどうぞこちらへ」

 こうして小林は松山たちを応接室へと案内した。

 そして応接室に入るや否や、小林は不安げな表情で切り出す。

「あの、当校の生徒が何かご迷惑を?」
「いえ、そうではありません。茂手内朱里さんについてお伺いしたいことがあるのです」
「茂手内朱里? ……ああ、彼女ですか。担任の者がまだ残っておりますがお呼びいたしましょうか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 そう言って小林は急いで応接室を後にするのだった。

◆◇◆

 一方その頃、金杉家の扉の前には大勢のスーツ姿の男女の姿があった。その中の一人の男性がインターホンを鳴らす。

 ピンポーン!

 室内からチャイムの音が鳴り、しばらくするとインターホンから洋子の声が聞こえてきた。

「はい」
「金杉久須男さんのお宅ですね?」
「はい。そうですけど」

 洋子の声は硬く、突然のスーツ姿の来客に困惑している様子だ。

「今お話いただいているのは奥様の洋子さんでしょうか?」
「はい。どちら様ですか?」
「我々は国税局の者です。こちらであなた方が扶養している茂手内朱里さんの脱税の件で強制査察に参りました。ドアを開けていただけますね?」

 国税局の職員はそう言うと、裁判所の令状をインターホンのカメラに向かって見せつけた。

「えっ!?」
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