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第86話 聞き取り調査
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翌日、俺たちは貧民街にやってきた。今日は麻薬を使用したとして逮捕された人の証言をもとに、関係各所で聞き込み捜査をするらしい。
ちなみに俺の仕事は撮影係だ。要するにその場に立っているだけでいいので気楽といえば気楽だ。
そうしてやってきた貧民街だが、ここはかなり強い悪臭が充満している。すえたような臭いとツンとする臭いが混ざっており、なんとも不衛生で不快な場所だ。
そのうえ建ち並ぶ建物もこれまでの地区とは比べ物にならないほどボロボロで、道行く人々の目はどこか虚ろだったり据わっていたりしているため、すれ違うだけで身の危険を感じてしまうほどだ。
この状況を目の当たりにすると大聖堂でやっていた炊き出しに来られる人たちはまだマシなほうで、本当に炊き出しが必要だったのはこの人たちだったのではないかと思ってしまう。
そんな貧民街のとある集合住宅に入り、三階にある一室の扉をノックした。
「ごめんください」
ヴィヴィアーヌさんがそう呼び掛けるが、返事はない。
「ごめんください」
ヴィヴィアーヌさんが再びノックして声を掛けた。少し待っていると女性の声が聞こえてきた。
「誰?」
「警備隊の者です。お話を聞かせていただけますか?」
すると扉の向こうの女性はしばらく黙っていたが、やがて扉ののぞき窓が開いた。その向こうからは、どこか疲れた様子の茶色い瞳を持つ女性がこちらを覗いている。
「……なんの用?」
「はい。少しお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「なんのこと?」
女性は警戒した様子で、ヴィヴィアーヌさんを招き入れようとしない。
「なんのことかはお分かりかと思いますが……」
そう言ってヴィヴィアーヌさんは剣の柄をちらりと見せる。すると観念したかのか扉が開かれ、肌が荒れ、ぼさぼさの長い茶髪を引っさげた女性が姿を現した。彼女の服もかなりくたびれており、生活が苦しいことが見て取れる。
「こっちよ」
そう言って部屋の中へと俺たちを招き入れ、そのまま六畳ほどの小さなリビングを抜けて奥にある小部屋へと向かった。そこには粗末なベッドが設えられており、その上には一人の女性がボーっとしたまま寝転んでいる。その目に光が全くなく、虚ろに虚空を見上げているだけだ。まるで死んでいるかのようだが、胸が上下に動いているので生きてはいるようだ。
「……こちらの女性が中毒患者ですか」
「そう。あたしの姉」
女性は複雑な表情でそう答えた。
「ご存じのことを教えていただけますか?」
女性は少し悩んだ様子だったが、しばらくしておもむろに口を開く。
「姉は最初、お客さんからもらったって。仕事のときに疲れなくなる薬だって言われて。でも、本当は悪魔の信奉者たちがばら撒いてるアルテナっていう麻薬だった。あたしもアルテナの噂は聞いてたんだけど、ものすごかったって言って……」
女性は俯きながらも言葉を続ける。
「それからはもう、姉はアルテナを買うためだけに体を売ってるような感じになって……」
俯きながらそう話す女性だが、後悔している様子はない。
「麻薬を売ったっていう人はどんな人ですか?」
「さあ。でもたしかすごくかっこいい人だったって。薬師でお金持ちそうで、いつもいい服を着ていたって言っていたわね。ああ、あと茶髪に茶色の目で、背はたしか、そこの人と同じくらいって言ったかな」
女性はそう言ってダルコさんを指さした。
ということは、この町の男性としてはやや背が高いくらいだろう。
「そうでしたか。どうやって麻薬を手に入れていたかわかりますか?」
女性は小さく首を横に振った。
「アルテナが無くなりそうになると向こうから来た、とだけ」
なるほど。つまりそいつは麻薬のことを熟知していて、どのくらいの頻度で麻薬が消費されるかを知っているということなのだろう。
すると女性は大きくため息をついた。
「ねえ、それよりウチの姉、回収してよ。もうあのザマだし、アルテナでああなったらもう終わりなんでしょ?」
するとヴィヴィアーヌさんは唇を噛み、申し訳なさそうに俯いた。
「何? 麻薬って、使ったら罪人なんでしょ?」
「はい」
「なら回収できるでしょ? アルテナ中毒の奴がウチにいたら客も取れないもの。迷惑してるの。それとも何? こんなのは回収できないって言うの?」
女性は投げやりな様子でそう吐き捨てるように言った。
「いえ、お姉さまはアスタルテ教会の治療施設に入院させます」
「そ。じゃあ早く回収して。それに、調べるんなら早くして。姉のチェストはそっち側。あたしは知らないけど、もしかしたらアルテナが残っているかもよ」
「……はい。そうさせていただきます。ただ」
「何?」
「アルテナ様は悪魔ではありません。真実を記録してくださる記録の女神様です」
「は? でもみんな悪魔だって言ってるじゃん。だから麻薬の名前になってんでしょ?」
「違います。アルテナ様は記録の女神です。アスタルテ教会もイストール公もそのように認めておられます。近日中に、アルテナ様を悪魔呼ばわりすることも麻薬の名前として使うことも禁じられます。違反した場合は罪人となりますのでご注意ください」
「は? 何それ?」
女性は不満をあらわに俺たちのほうを見るが、すぐに小さくため息をついた。
「はいはい。わかりました。じゃ、もう話すことはないですよね? なら早く帰って。今夜の仕事の前に休みたいんで」
女性は投げやりにそう言うと、つまらなそうに窓の外へと視線を向けたのだった。
ちなみに俺の仕事は撮影係だ。要するにその場に立っているだけでいいので気楽といえば気楽だ。
そうしてやってきた貧民街だが、ここはかなり強い悪臭が充満している。すえたような臭いとツンとする臭いが混ざっており、なんとも不衛生で不快な場所だ。
そのうえ建ち並ぶ建物もこれまでの地区とは比べ物にならないほどボロボロで、道行く人々の目はどこか虚ろだったり据わっていたりしているため、すれ違うだけで身の危険を感じてしまうほどだ。
この状況を目の当たりにすると大聖堂でやっていた炊き出しに来られる人たちはまだマシなほうで、本当に炊き出しが必要だったのはこの人たちだったのではないかと思ってしまう。
そんな貧民街のとある集合住宅に入り、三階にある一室の扉をノックした。
「ごめんください」
ヴィヴィアーヌさんがそう呼び掛けるが、返事はない。
「ごめんください」
ヴィヴィアーヌさんが再びノックして声を掛けた。少し待っていると女性の声が聞こえてきた。
「誰?」
「警備隊の者です。お話を聞かせていただけますか?」
すると扉の向こうの女性はしばらく黙っていたが、やがて扉ののぞき窓が開いた。その向こうからは、どこか疲れた様子の茶色い瞳を持つ女性がこちらを覗いている。
「……なんの用?」
「はい。少しお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「なんのこと?」
女性は警戒した様子で、ヴィヴィアーヌさんを招き入れようとしない。
「なんのことかはお分かりかと思いますが……」
そう言ってヴィヴィアーヌさんは剣の柄をちらりと見せる。すると観念したかのか扉が開かれ、肌が荒れ、ぼさぼさの長い茶髪を引っさげた女性が姿を現した。彼女の服もかなりくたびれており、生活が苦しいことが見て取れる。
「こっちよ」
そう言って部屋の中へと俺たちを招き入れ、そのまま六畳ほどの小さなリビングを抜けて奥にある小部屋へと向かった。そこには粗末なベッドが設えられており、その上には一人の女性がボーっとしたまま寝転んでいる。その目に光が全くなく、虚ろに虚空を見上げているだけだ。まるで死んでいるかのようだが、胸が上下に動いているので生きてはいるようだ。
「……こちらの女性が中毒患者ですか」
「そう。あたしの姉」
女性は複雑な表情でそう答えた。
「ご存じのことを教えていただけますか?」
女性は少し悩んだ様子だったが、しばらくしておもむろに口を開く。
「姉は最初、お客さんからもらったって。仕事のときに疲れなくなる薬だって言われて。でも、本当は悪魔の信奉者たちがばら撒いてるアルテナっていう麻薬だった。あたしもアルテナの噂は聞いてたんだけど、ものすごかったって言って……」
女性は俯きながらも言葉を続ける。
「それからはもう、姉はアルテナを買うためだけに体を売ってるような感じになって……」
俯きながらそう話す女性だが、後悔している様子はない。
「麻薬を売ったっていう人はどんな人ですか?」
「さあ。でもたしかすごくかっこいい人だったって。薬師でお金持ちそうで、いつもいい服を着ていたって言っていたわね。ああ、あと茶髪に茶色の目で、背はたしか、そこの人と同じくらいって言ったかな」
女性はそう言ってダルコさんを指さした。
ということは、この町の男性としてはやや背が高いくらいだろう。
「そうでしたか。どうやって麻薬を手に入れていたかわかりますか?」
女性は小さく首を横に振った。
「アルテナが無くなりそうになると向こうから来た、とだけ」
なるほど。つまりそいつは麻薬のことを熟知していて、どのくらいの頻度で麻薬が消費されるかを知っているということなのだろう。
すると女性は大きくため息をついた。
「ねえ、それよりウチの姉、回収してよ。もうあのザマだし、アルテナでああなったらもう終わりなんでしょ?」
するとヴィヴィアーヌさんは唇を噛み、申し訳なさそうに俯いた。
「何? 麻薬って、使ったら罪人なんでしょ?」
「はい」
「なら回収できるでしょ? アルテナ中毒の奴がウチにいたら客も取れないもの。迷惑してるの。それとも何? こんなのは回収できないって言うの?」
女性は投げやりな様子でそう吐き捨てるように言った。
「いえ、お姉さまはアスタルテ教会の治療施設に入院させます」
「そ。じゃあ早く回収して。それに、調べるんなら早くして。姉のチェストはそっち側。あたしは知らないけど、もしかしたらアルテナが残っているかもよ」
「……はい。そうさせていただきます。ただ」
「何?」
「アルテナ様は悪魔ではありません。真実を記録してくださる記録の女神様です」
「は? でもみんな悪魔だって言ってるじゃん。だから麻薬の名前になってんでしょ?」
「違います。アルテナ様は記録の女神です。アスタルテ教会もイストール公もそのように認めておられます。近日中に、アルテナ様を悪魔呼ばわりすることも麻薬の名前として使うことも禁じられます。違反した場合は罪人となりますのでご注意ください」
「は? 何それ?」
女性は不満をあらわに俺たちのほうを見るが、すぐに小さくため息をついた。
「はいはい。わかりました。じゃ、もう話すことはないですよね? なら早く帰って。今夜の仕事の前に休みたいんで」
女性は投げやりにそう言うと、つまらなそうに窓の外へと視線を向けたのだった。
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