185 / 201
第185話 聖女の杖
しおりを挟む
「やりましたね。キアーラさん」
俺は聖女リーサをあえて無視し、キアーラさんに話し掛ける。
「そうね。でもレクス卿だって――」
「法王猊下、キアーラさんが扉を開けたということはキアーラさんには聖女の杖を持つ資格があるってことですよね?」
「……」
俺はキアーラさんを遮り、法王猊下にそう話しかけた。だが法王猊下は驚きのあまりなのか、呆然と開かれた扉を眺めている。
「法王猊下? 法王猊下ー!」
「っ!? な、なんですかな?」
「四つの鍵なしで扉を開けたキアーラさんには聖女の杖を持つ資格がありますよね?」
「え、ええ。そうですね。そのとおりです。キアーラ、貴女を聖女と認めましょう。聖女キアーラよ。聖女の杖をその手に持つのです」
「……」
キアーラさんは無言のまま、俺に抗議の視線を向けてくる。
いや、だって、仕方ないじゃないか。あのままだったら収拾がつかなさそうだったし、それにもし俺が開けてしまっていたら、それはそれで面倒なことになっていたはずだ。
とはいえ、一つ分かったことがある。それはこの女が俺と同じ転生者であるということだ。
しかもあの発言からして、きっとブラウエルデ・クロニクルの原作小説の主人公である聖女リーサを演じ、原作小説の結末に向かおうとしているのは間違いない。
よく知らない原作小説のストーリーなどはどうでもいい。だが、その結末はティティの死なのだ。そんなもの、俺は断じて認めない。
申し訳ないと小さく頭を下げると、キアーラさんは小さくため息をつく。
「聖女キアーラ?」
「……はい。分かりました、法王猊下」
キアーラさんがそう答え、中に入ろうとしたそのときだった。聖女リーサが突然走りだし、部屋の中へと入っていった。
「聖女の杖はあたしのよ! これ以上シナリオを壊されてたまるか!」
俺たちは慌てて後を追いかけるが、聖女リーサはすでに杖を手にしていた。
「さあ、あたしの潜在能力を解放するのよ!」
聖女リーサは狂気を宿した目でそう叫び、杖を高く掲げる。
・
・
・
しかし何も起こらなかった。
「え? はっ? ちょっと! ちゃんとしなさいよ! 主人公はあたしでしょ! どうなってんのよ!」
焦る聖女リーサは何度も天高く掲げるが、やはり何も起きない。
すると法王猊下が憐れんだような目で語りかける。
「聖女リーサ、当然です」
「は?」
「今の貴女に聖女の杖を使いこなす力はありません。貴女もそのことが分かっていたからこそ、マルコ殿下と王妃陛下を説き伏せてまで、この大聖堂に修行に来たのでしょう?」
ん? ……あー、そういえばブラウエルデ・クロニクルでも、聖女の杖には装備可能となる最低レベルが設定されていたような?
俺には関係なかったので気にしたことはなかったが、もしかすると原作小説のほうでそういう設定があったから設けられたのかもしれない。
「それは……あたしはただ……大聖堂で修行しないとって……」
「聖女リーサ、焦ってはいけません。良いですか? 他の誰かと比べ、優劣をつけ、妬んだとしても得るものはありません」
「……」
「聖女リーサ、貴女には他者を癒すという類まれなる力があるのです。そのような素晴らしい力を神からいただいたことに感謝し、貴女のできることを精一杯やれば良いのです」
「でも……でもっ! あたしが! あたしがやらないといけないのに!」
「聖女リーサ、もう良いのですよ。大丈夫です。貴女ならきっと、立派な聖女となれます」
「でもそれじゃ! それじゃ遅くて!」
「良いのです。貴女のできることを一つずつ、積み重ねましょう」
法王猊下は優しく聖女リーサを諭している。あんなとんでもない行動に出たというのに、それでもこうして優しく諭せるというのは素直にすごいと思う。
「さあ、聖女リーサ。貴女は今、過ちを犯しました。ですが、貴女ならば杖に頼らずとも立派な聖女になれるはずです」
「でも……」
法王猊下に説得され、聖女リーサの表情に迷いが生じる。
「聖女リーサ、その杖をこちらに渡してください」
「でもそうしたら!」
「聖女リーサ、ただ貸し出すだけです。この杖は先代聖女様のものです。誰のものでもなく、役目が終わればいずれこの大聖堂に戻されることでしょう。そうすれば次は貴女の手に渡るかもしれません」
「……」
聖女リーサはじっと悩み、しばらくして聖女の杖をおずおずと差し出した。
「よく決断しましたね。うっ、ゴホッゴホッ」
「法王様?」
「大丈夫ですよ」
咳き込んだ法王猊下は安心させるように聖女リーサに向かって微笑むと、キアーラさんに聖女の杖を差し出した。
「さあ、聖女キアーラ、これを」
「はい」
キアーラさんは聖女の杖を受け取った。すると身に着けている大聖女の耳飾りと首飾りが淡く光り始める。それと呼応するかのように聖女の杖も淡い光を放つが、それらの光はすぐに消えてしまう。
「キアーラ嬢、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。なんともないです」
王太子殿下は心配そうにキアーラさんを見ているが、当のキアーラさんは困惑している様子だ。
一方の聖女リーサは「終わった」と呟き、その場にへたり込んだ。
「ただ聖女リーサの言っていたような、力が解放されたっていう感じもないです」
すると聖女リーサはちらりとキアーラさんのほうを見た。だがその目には先ほどのような狂気はなく、すっかり諦めきっているようだ。
「あの、リーサさん。もしよかったら、さっき言っていた解放って、どういうことなのか教えてくれませんか?」
「……」
キアーラさんはへたり込んでいる聖女リーサに尋ねた。聖女リーサは無気力な視線をキアーラさんに一瞬向けたものの、すぐにうなだれてしまう。
「そう、ですよね。ごめんなさい。突然おかしなことを聞いて」
「……よ」
「え?」
「だから! 四つの鍵がないからよ! 魔の森にある聖女の首飾りと人魚の里にある聖女の耳飾り、魔竜ウルガーノの持つ聖女の指輪とアモルフィ侯爵家にある聖女の髪飾りがいるの!」
「え?」
聖女リーサが突然、吐き捨てるようにそう答えた。キアーラさんは面食らっている様子だが、王太子殿下が話に割り込んでくる。
「聖女リーサ殿、魔竜ウルガーノの持つ聖女の指輪というのはこれのことか?」
王太子殿下は自分の指に嵌められていた指輪を取り、聖女リーサに見せた。すると聖女リーサはけだるげに視線を向け、小さく頷く。
「キアーラ嬢、これを」
王太子殿下はそう言ってキアーラさんの前に跪き、指輪を差し出した。
「え? ええと……はい」
キアーラさんは困惑した様子でそれを受け取ると、左手の中指にそっと嵌めた。するとその指輪は聖女の杖、そして大聖女シリーズのアクセサリと共鳴するかのように互いに淡い光を放つ。
なるほど。そういうことか。思い返してみれば、ブラウエルデ・クロニクルでも聖女シリーズをすべて装備するとセットボーナスで増幅効果が少しアップするという仕様はあった。ただ俺は男アバターを使っていたということもあり、そのボーナスを取ったことはない。
それにそもそも、セット効果自体も微々たるものだったからなぁ。
あれ? でもさっき、大聖女シリーズも共鳴していたような?
うーん。一応上位派生アイテムだし、上位互換といったところだろうか。
……いいのか? そんな適当で。
================
次回更新は通常どおり、2024/05/19 (日) 18:00 を予定しております。
俺は聖女リーサをあえて無視し、キアーラさんに話し掛ける。
「そうね。でもレクス卿だって――」
「法王猊下、キアーラさんが扉を開けたということはキアーラさんには聖女の杖を持つ資格があるってことですよね?」
「……」
俺はキアーラさんを遮り、法王猊下にそう話しかけた。だが法王猊下は驚きのあまりなのか、呆然と開かれた扉を眺めている。
「法王猊下? 法王猊下ー!」
「っ!? な、なんですかな?」
「四つの鍵なしで扉を開けたキアーラさんには聖女の杖を持つ資格がありますよね?」
「え、ええ。そうですね。そのとおりです。キアーラ、貴女を聖女と認めましょう。聖女キアーラよ。聖女の杖をその手に持つのです」
「……」
キアーラさんは無言のまま、俺に抗議の視線を向けてくる。
いや、だって、仕方ないじゃないか。あのままだったら収拾がつかなさそうだったし、それにもし俺が開けてしまっていたら、それはそれで面倒なことになっていたはずだ。
とはいえ、一つ分かったことがある。それはこの女が俺と同じ転生者であるということだ。
しかもあの発言からして、きっとブラウエルデ・クロニクルの原作小説の主人公である聖女リーサを演じ、原作小説の結末に向かおうとしているのは間違いない。
よく知らない原作小説のストーリーなどはどうでもいい。だが、その結末はティティの死なのだ。そんなもの、俺は断じて認めない。
申し訳ないと小さく頭を下げると、キアーラさんは小さくため息をつく。
「聖女キアーラ?」
「……はい。分かりました、法王猊下」
キアーラさんがそう答え、中に入ろうとしたそのときだった。聖女リーサが突然走りだし、部屋の中へと入っていった。
「聖女の杖はあたしのよ! これ以上シナリオを壊されてたまるか!」
俺たちは慌てて後を追いかけるが、聖女リーサはすでに杖を手にしていた。
「さあ、あたしの潜在能力を解放するのよ!」
聖女リーサは狂気を宿した目でそう叫び、杖を高く掲げる。
・
・
・
しかし何も起こらなかった。
「え? はっ? ちょっと! ちゃんとしなさいよ! 主人公はあたしでしょ! どうなってんのよ!」
焦る聖女リーサは何度も天高く掲げるが、やはり何も起きない。
すると法王猊下が憐れんだような目で語りかける。
「聖女リーサ、当然です」
「は?」
「今の貴女に聖女の杖を使いこなす力はありません。貴女もそのことが分かっていたからこそ、マルコ殿下と王妃陛下を説き伏せてまで、この大聖堂に修行に来たのでしょう?」
ん? ……あー、そういえばブラウエルデ・クロニクルでも、聖女の杖には装備可能となる最低レベルが設定されていたような?
俺には関係なかったので気にしたことはなかったが、もしかすると原作小説のほうでそういう設定があったから設けられたのかもしれない。
「それは……あたしはただ……大聖堂で修行しないとって……」
「聖女リーサ、焦ってはいけません。良いですか? 他の誰かと比べ、優劣をつけ、妬んだとしても得るものはありません」
「……」
「聖女リーサ、貴女には他者を癒すという類まれなる力があるのです。そのような素晴らしい力を神からいただいたことに感謝し、貴女のできることを精一杯やれば良いのです」
「でも……でもっ! あたしが! あたしがやらないといけないのに!」
「聖女リーサ、もう良いのですよ。大丈夫です。貴女ならきっと、立派な聖女となれます」
「でもそれじゃ! それじゃ遅くて!」
「良いのです。貴女のできることを一つずつ、積み重ねましょう」
法王猊下は優しく聖女リーサを諭している。あんなとんでもない行動に出たというのに、それでもこうして優しく諭せるというのは素直にすごいと思う。
「さあ、聖女リーサ。貴女は今、過ちを犯しました。ですが、貴女ならば杖に頼らずとも立派な聖女になれるはずです」
「でも……」
法王猊下に説得され、聖女リーサの表情に迷いが生じる。
「聖女リーサ、その杖をこちらに渡してください」
「でもそうしたら!」
「聖女リーサ、ただ貸し出すだけです。この杖は先代聖女様のものです。誰のものでもなく、役目が終わればいずれこの大聖堂に戻されることでしょう。そうすれば次は貴女の手に渡るかもしれません」
「……」
聖女リーサはじっと悩み、しばらくして聖女の杖をおずおずと差し出した。
「よく決断しましたね。うっ、ゴホッゴホッ」
「法王様?」
「大丈夫ですよ」
咳き込んだ法王猊下は安心させるように聖女リーサに向かって微笑むと、キアーラさんに聖女の杖を差し出した。
「さあ、聖女キアーラ、これを」
「はい」
キアーラさんは聖女の杖を受け取った。すると身に着けている大聖女の耳飾りと首飾りが淡く光り始める。それと呼応するかのように聖女の杖も淡い光を放つが、それらの光はすぐに消えてしまう。
「キアーラ嬢、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。なんともないです」
王太子殿下は心配そうにキアーラさんを見ているが、当のキアーラさんは困惑している様子だ。
一方の聖女リーサは「終わった」と呟き、その場にへたり込んだ。
「ただ聖女リーサの言っていたような、力が解放されたっていう感じもないです」
すると聖女リーサはちらりとキアーラさんのほうを見た。だがその目には先ほどのような狂気はなく、すっかり諦めきっているようだ。
「あの、リーサさん。もしよかったら、さっき言っていた解放って、どういうことなのか教えてくれませんか?」
「……」
キアーラさんはへたり込んでいる聖女リーサに尋ねた。聖女リーサは無気力な視線をキアーラさんに一瞬向けたものの、すぐにうなだれてしまう。
「そう、ですよね。ごめんなさい。突然おかしなことを聞いて」
「……よ」
「え?」
「だから! 四つの鍵がないからよ! 魔の森にある聖女の首飾りと人魚の里にある聖女の耳飾り、魔竜ウルガーノの持つ聖女の指輪とアモルフィ侯爵家にある聖女の髪飾りがいるの!」
「え?」
聖女リーサが突然、吐き捨てるようにそう答えた。キアーラさんは面食らっている様子だが、王太子殿下が話に割り込んでくる。
「聖女リーサ殿、魔竜ウルガーノの持つ聖女の指輪というのはこれのことか?」
王太子殿下は自分の指に嵌められていた指輪を取り、聖女リーサに見せた。すると聖女リーサはけだるげに視線を向け、小さく頷く。
「キアーラ嬢、これを」
王太子殿下はそう言ってキアーラさんの前に跪き、指輪を差し出した。
「え? ええと……はい」
キアーラさんは困惑した様子でそれを受け取ると、左手の中指にそっと嵌めた。するとその指輪は聖女の杖、そして大聖女シリーズのアクセサリと共鳴するかのように互いに淡い光を放つ。
なるほど。そういうことか。思い返してみれば、ブラウエルデ・クロニクルでも聖女シリーズをすべて装備するとセットボーナスで増幅効果が少しアップするという仕様はあった。ただ俺は男アバターを使っていたということもあり、そのボーナスを取ったことはない。
それにそもそも、セット効果自体も微々たるものだったからなぁ。
あれ? でもさっき、大聖女シリーズも共鳴していたような?
うーん。一応上位派生アイテムだし、上位互換といったところだろうか。
……いいのか? そんな適当で。
================
次回更新は通常どおり、2024/05/19 (日) 18:00 を予定しております。
応援ありがとうございます!
31
お気に入りに追加
122
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる