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第183話 法王
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俺たちは身支度を整え、待ち合わせ場所である大聖堂の応接室へとやってきた。集合の五分前に着いたにもかかわらず、そこには王太子殿下とキアーラさんの姿がある。
「王太子殿下、キアーラさん、おはようございます」
「ああ、レクスか。おはよう。マッツィアーノ公爵も」
「ええ」
王太子殿下はティティとも挨拶を交わすが、なぜか複雑な表情をしている。
「王太子殿下? どうしたんですか?」
「あ、いや……」
王太子殿下は言葉を濁した。
「王太子殿下、構いませんよ。私が遅刻してこなかったことに驚いているのでしょう?」
「あ、ああ……」
「父はそうでしたが、私は別人ですので」
ティティは無表情のままそう言った。
ああ、そういえばそうだった。マッツィアーノは交流会で毎回遅刻していて、一時間しか遅れなかったことに驚いたほどだ。
「そうだったな。公爵、すまない」
「ええ」
ティティと王太子殿下がそんなぎこちない会話をしていると、かなり高齢の老人が司祭様に支えられながら応接室へと入ってきた。彼の身なりからするとかなり高位の聖職者のように見える。
王太子殿下が立ち上がって彼を迎えたので、俺たちもそれに倣って立ち上がる。だがティティだけはさも当然といった様子で座っている。
「王太子殿下、お待たせいたしました。ご無事に戻られ、何よりです。きっとこれも神のお導きでしょう」
老人はしわがれてはいるが、しっかりした声でそう話し掛けた。
「法王猊下、お陰様でありがとうございます」
おっと! なるほど。この人が法王猊下なのか。
「……っ!? マッツィ……アーノ?」
法王猊下はティティの姿を見るや否や、目を見開いた。よほど驚いたのか、こちらからでは聞き取れないほど小さな声で何かをぶつぶつと言っている。
一方のティティは無表情のまま、ちらりと視線を法王猊下に向けた。
「猊下、新公爵と共に参るとお伝えしておいたはずですが……」
「……」
しかし法王猊下はなおも硬直している。
「猊下?」
「っ!? ……おっと、失礼しました。まさか遅刻してこないとは」
王太子殿下がもう一度呼び掛け、ようやく法王猊下は我に返ったようだ。
……それにしても先代マッツィアーノ公爵は国王陛下だけではなくて法王猊下にもアレをやっていたのか。
「父は父ですから」
「そうですか……そうですな。お名前は?」
「セレスティアよ」
「そうですか。良い名ですな」
ティティは相変わらず無表情のまま、小さく頷いた。
「セレスティア殿の爵位継承をお祝い申し上げます。マッツィアーノ公爵に神のご加護があらんことを」
法王猊下はそう言って祈りを捧げた。するとティティも座ったままではあるが、それに返すように祈りを捧げる。
それを見た法王猊下は感心したように目を細める。
「セレスティア殿、貴女は先代と違って神を敬っていらっしゃるのですな」
「そうかもしれませんね」
「なるほど。セレスティア殿とであれば、良い関係を築けるかもしれませんな」
「そうかもしれませんね」
ティティは素っ気なくそう答えているが、法王猊下はどことなく嬉しそうだ。
「そんなことよりも、王太子殿下」
「ああ、そうだな。猊下」
「そうですな」
ティティに促され、俺たちは着席する。
「さて、手紙でお伝えしたと件なのですが――」
「ええ、承知しております。魔を滅するため、王太子殿下の恋人でいらっしゃるキアーラ殿を聖女として認めてほしいとのことでしたね」
するとキアーラさんの顔は真っ赤になり、慌てた様子で王太子殿下のほうを見ている。だが王太子殿下は気にした素振りもない。
「おお、こちらの女性ですな」
法王猊下はそう言うと、キアーラさんのほうをじっと見つめる。
「キアーラ殿は癒しの光をお持ちだそうですね」
「は、はい。そうです」
「そして我々に迫る魔を払うため、聖女の杖を借りたい、と」
「はい。そのとおりです」
「ですが、同じ要請を王妃陛下より受けております。現在大聖堂で修行している聖女リーサに貸し与えてほしい、と」
「それは、その……」
キアーラさんはきっと何も聞かされていなかったのだろう。かなり困惑している様子だ。すると、王太子殿下がその会話に割り込む。
「それに関しては猊下、私が説明します。キアーラ嬢にはまだ、すべてお話できておりませんので」
「そうでしたか。では王太子殿下、お話しください」
「まずキアーラ嬢と聖女リーサのどちらにお貸し頂いたとしても、我々としては構いません。罪なき民が救われるのであれば、体面にこだわる必要など一切ありませんので」
すると法王猊下は王太子殿下の目を見ながら頷いた。
「ですが私の目から見れば、キアーラ嬢はかなり強力な癒しの光を宿しています」
「王太子殿下、その言葉には責任を持てるのですか?」
「はい。私は自らの目で見たキアーラ嬢の力を信じております。ですからどうかキアーラ嬢の光をご覧いただき、猊下が真に相応しいとお考えの者にお与えください」
するとその説明に満足したのか、法王猊下は満足げに頷く。
「大変結構です」
「では!」
しかし法王猊下は首を横に振った。
「許可を出すことはできるのです。しかし、キアーラ殿にその資格があるのかを判断するのは我々ではありません」
「猊下? それは一体どういうことでしょうか?」
「それは実際にご覧頂いたほうが早いでしょう。聖女の杖は大聖堂の地下に封印されており、封印を解くには四つの鍵が必要となります」
「四つの鍵? それは一体……?」
「その説明は聖女リーサを交え、封印の前で行いましょう」
そう言うと、法王猊下は付き添っている司祭の手を借りて立ち上がるのだった。
================
次回更新は通常どおり、2024/05/17 (金) 18:00 を予定しております。
「王太子殿下、キアーラさん、おはようございます」
「ああ、レクスか。おはよう。マッツィアーノ公爵も」
「ええ」
王太子殿下はティティとも挨拶を交わすが、なぜか複雑な表情をしている。
「王太子殿下? どうしたんですか?」
「あ、いや……」
王太子殿下は言葉を濁した。
「王太子殿下、構いませんよ。私が遅刻してこなかったことに驚いているのでしょう?」
「あ、ああ……」
「父はそうでしたが、私は別人ですので」
ティティは無表情のままそう言った。
ああ、そういえばそうだった。マッツィアーノは交流会で毎回遅刻していて、一時間しか遅れなかったことに驚いたほどだ。
「そうだったな。公爵、すまない」
「ええ」
ティティと王太子殿下がそんなぎこちない会話をしていると、かなり高齢の老人が司祭様に支えられながら応接室へと入ってきた。彼の身なりからするとかなり高位の聖職者のように見える。
王太子殿下が立ち上がって彼を迎えたので、俺たちもそれに倣って立ち上がる。だがティティだけはさも当然といった様子で座っている。
「王太子殿下、お待たせいたしました。ご無事に戻られ、何よりです。きっとこれも神のお導きでしょう」
老人はしわがれてはいるが、しっかりした声でそう話し掛けた。
「法王猊下、お陰様でありがとうございます」
おっと! なるほど。この人が法王猊下なのか。
「……っ!? マッツィ……アーノ?」
法王猊下はティティの姿を見るや否や、目を見開いた。よほど驚いたのか、こちらからでは聞き取れないほど小さな声で何かをぶつぶつと言っている。
一方のティティは無表情のまま、ちらりと視線を法王猊下に向けた。
「猊下、新公爵と共に参るとお伝えしておいたはずですが……」
「……」
しかし法王猊下はなおも硬直している。
「猊下?」
「っ!? ……おっと、失礼しました。まさか遅刻してこないとは」
王太子殿下がもう一度呼び掛け、ようやく法王猊下は我に返ったようだ。
……それにしても先代マッツィアーノ公爵は国王陛下だけではなくて法王猊下にもアレをやっていたのか。
「父は父ですから」
「そうですか……そうですな。お名前は?」
「セレスティアよ」
「そうですか。良い名ですな」
ティティは相変わらず無表情のまま、小さく頷いた。
「セレスティア殿の爵位継承をお祝い申し上げます。マッツィアーノ公爵に神のご加護があらんことを」
法王猊下はそう言って祈りを捧げた。するとティティも座ったままではあるが、それに返すように祈りを捧げる。
それを見た法王猊下は感心したように目を細める。
「セレスティア殿、貴女は先代と違って神を敬っていらっしゃるのですな」
「そうかもしれませんね」
「なるほど。セレスティア殿とであれば、良い関係を築けるかもしれませんな」
「そうかもしれませんね」
ティティは素っ気なくそう答えているが、法王猊下はどことなく嬉しそうだ。
「そんなことよりも、王太子殿下」
「ああ、そうだな。猊下」
「そうですな」
ティティに促され、俺たちは着席する。
「さて、手紙でお伝えしたと件なのですが――」
「ええ、承知しております。魔を滅するため、王太子殿下の恋人でいらっしゃるキアーラ殿を聖女として認めてほしいとのことでしたね」
するとキアーラさんの顔は真っ赤になり、慌てた様子で王太子殿下のほうを見ている。だが王太子殿下は気にした素振りもない。
「おお、こちらの女性ですな」
法王猊下はそう言うと、キアーラさんのほうをじっと見つめる。
「キアーラ殿は癒しの光をお持ちだそうですね」
「は、はい。そうです」
「そして我々に迫る魔を払うため、聖女の杖を借りたい、と」
「はい。そのとおりです」
「ですが、同じ要請を王妃陛下より受けております。現在大聖堂で修行している聖女リーサに貸し与えてほしい、と」
「それは、その……」
キアーラさんはきっと何も聞かされていなかったのだろう。かなり困惑している様子だ。すると、王太子殿下がその会話に割り込む。
「それに関しては猊下、私が説明します。キアーラ嬢にはまだ、すべてお話できておりませんので」
「そうでしたか。では王太子殿下、お話しください」
「まずキアーラ嬢と聖女リーサのどちらにお貸し頂いたとしても、我々としては構いません。罪なき民が救われるのであれば、体面にこだわる必要など一切ありませんので」
すると法王猊下は王太子殿下の目を見ながら頷いた。
「ですが私の目から見れば、キアーラ嬢はかなり強力な癒しの光を宿しています」
「王太子殿下、その言葉には責任を持てるのですか?」
「はい。私は自らの目で見たキアーラ嬢の力を信じております。ですからどうかキアーラ嬢の光をご覧いただき、猊下が真に相応しいとお考えの者にお与えください」
するとその説明に満足したのか、法王猊下は満足げに頷く。
「大変結構です」
「では!」
しかし法王猊下は首を横に振った。
「許可を出すことはできるのです。しかし、キアーラ殿にその資格があるのかを判断するのは我々ではありません」
「猊下? それは一体どういうことでしょうか?」
「それは実際にご覧頂いたほうが早いでしょう。聖女の杖は大聖堂の地下に封印されており、封印を解くには四つの鍵が必要となります」
「四つの鍵? それは一体……?」
「その説明は聖女リーサを交え、封印の前で行いましょう」
そう言うと、法王猊下は付き添っている司祭の手を借りて立ち上がるのだった。
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