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第182話 一夜明けて
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翌朝、目を覚ますとティティが俺の顔を覗き込んでいた。
「あら? 起こしちゃった?」
「……ティティ、おはよう」
「ええ、おはよう。レイ」
「どうしたの? なんかじっと見てたけど」
するとティティはくしゃりと表情を緩めた。
「レイの寝顔を見てたのよ」
「え?」
「だって、レイの寝顔を見るなんて久しぶりだもの」
「寝顔、見たかったの?」
「そうね」
ティティは真顔でさらりとそう言った。
「そ、そう……」
「レイは私の寝顔、見たくないの?」
「それは……」
見たいに決まってる。ティティが安らかな寝息を立てているところを見たのなんて、ボアゾ村で暮らしていたとき以来だ。
「ほら。なら私が見ていてもいいでしょう?」
ティティはまるで俺の内心を読んだかのようにそう言い、クスリと笑った。
「そうだね。俺も」
「ええ。そうでしょう?」
そう言ったティティの顔は本当に穏やかで、グッと込み上げてくるものがある。するとティティは俺の額に口付けをしてきた。
「じゃあね。着替えてくるわ」
ティティはそう言って立ち上がると、乱暴に脱ぎ捨てられたしわしわのナイトガウンを羽織る。
「あ、待って。これも羽織っていって」
俺はベッドから起き上がり、ハンガーに掛かっていた自分のコートを差し出す。
「ありがとう。それじゃあまた後で」
ティティはそう言うとコートを羽織り、部屋から出ていった。
ティティを見送った俺はそのままストンとベッドに腰かけた。ベッドには温もりとともにティティの香りも残っており、それが昨晩の情事を思い出させる。
ずっとティティとああなりたいとは思っていたが、まさかティティのほうからあんな風に誘ってくるなんて。
昔は泣き虫だったのに……。
そんなことを考えつつも、ふと視線をベッドに移した俺の視界の端に赤い染みが映った。
あ、あれ? これって……!?
俺はすぐさま立ち上がり、大急ぎでベッドからシーツをはがした。そしてすぐさまそれを畳むと服を着て部屋を飛び出し、そのまま一階のランドリーバスケットに放り込んだ。ここに入れておけばそのままランドリーサービスに出されるので、誰にも知られることはないはずだ。
もちろんティティとの情事を後悔しているわけではない。だが一方でティティは貴族の女性なのだ。ティティの言うとおり、マッツィアーノ公爵に倫理を問う者はいないだろうが、それでも醜聞はないほうがいいはずだ。
それに、なんというか、ニーナさんに知られるのがなんとなく気恥ずかしいというのもある。もちろんニーナさんに知られてはいけないということはないのだが……。
ま、まあ、ほら、あれだ。やはり姉のような存在の人に知られる的な? そう、そういう感じの奴だ。
って、俺は一体誰に言い訳しているんだ!?
……と、こうして証拠隠滅をした俺は身だしなみを整え、ティティを誘って食堂へとやってきた。
「あ、ニーナさん、おはようございます」
「おはよう、レクスくん。あら、セレスティア様も。おはようございます」
「ええ、おはよう」
「あれ? セレスティア様、何かいいことでもあったんですか?」
「ええ、そんなところね」
ティティはそう言って意味深な笑みを浮かべた。するとニーナさんは俺のほうをじっと見つめてくる。
「に、ニーナさん?」
するとニーナさんはなぜかニヤニヤし始める。
「そっかー。レクスくんもついにねぇ」
「え? ニーナさん? な、な、なんのことですか?」
「大丈夫だよ。お姉さんはそんな野暮なこと、わざわざ聞かないから」
「ニーナさん?」
困惑する俺をよそに、ニーナさんはティティに食堂の説明を始めた。
「セレスティア様、大変恐縮ですが、こちらでご用意できる食事はあちらにあるパンとバターとジャム、それからフルーツのみです」
ニーナさんはそう言って端に置かれたテーブルに置かれた朝食を指さした。
「暖かいお食事をご希望される場合、少し歩いていただくことになりますが外のレストランをご利用ください」
「そう。なら用意できるものでいいわ」
「かしこまりました。それではお運びしますね」
「遠慮するわ。体の不自由な者に給仕をさせたいとは思わないもの」
そう言ってティティは自分で朝食を取りに向かった。するとニーナさんは俺の肩をポンと叩いてくる。
「良かったねぇ、レクスくん」
「え?」
「あーんなに小さな子供だったのにねぇ」
ニーナさんはそう言うと、意味深な表情でうんうんと頷いた。
「ニーナさん? それは一体……」
「ニーナさん! おはようございます! レクスも」
やたら元気な挨拶と共にテオが食堂にやってきた。
「あっ! セレスティア様もいたんですね。おはようございます!」
「ええ」
ティティはテオのほうをちらりと見て、無表情のままそう返事をした。
「ほら、レクスくん。大切なレディに食事の用意をさせるなんて、ナイト失格じゃないの?」
「え? あ、はい。そうですね。ありがとうございます。ティティ、俺が持つよ」
俺はニーナさんに言われ、ティティのところへと駆け寄った。
「そう? それじゃあそのパンを一枚、バターとアプリコットジャムを塗ってもらえるかしら」
「うん」
「あとリンゴは半分でいいわ。一口大にカットしてくれる?」
「分かった」
俺はオーダーどおりに朝食を用意するのだった。
================
次回更新は通常どおり、2024/05/16 (水) 18:00 を予定しております。
「あら? 起こしちゃった?」
「……ティティ、おはよう」
「ええ、おはよう。レイ」
「どうしたの? なんかじっと見てたけど」
するとティティはくしゃりと表情を緩めた。
「レイの寝顔を見てたのよ」
「え?」
「だって、レイの寝顔を見るなんて久しぶりだもの」
「寝顔、見たかったの?」
「そうね」
ティティは真顔でさらりとそう言った。
「そ、そう……」
「レイは私の寝顔、見たくないの?」
「それは……」
見たいに決まってる。ティティが安らかな寝息を立てているところを見たのなんて、ボアゾ村で暮らしていたとき以来だ。
「ほら。なら私が見ていてもいいでしょう?」
ティティはまるで俺の内心を読んだかのようにそう言い、クスリと笑った。
「そうだね。俺も」
「ええ。そうでしょう?」
そう言ったティティの顔は本当に穏やかで、グッと込み上げてくるものがある。するとティティは俺の額に口付けをしてきた。
「じゃあね。着替えてくるわ」
ティティはそう言って立ち上がると、乱暴に脱ぎ捨てられたしわしわのナイトガウンを羽織る。
「あ、待って。これも羽織っていって」
俺はベッドから起き上がり、ハンガーに掛かっていた自分のコートを差し出す。
「ありがとう。それじゃあまた後で」
ティティはそう言うとコートを羽織り、部屋から出ていった。
ティティを見送った俺はそのままストンとベッドに腰かけた。ベッドには温もりとともにティティの香りも残っており、それが昨晩の情事を思い出させる。
ずっとティティとああなりたいとは思っていたが、まさかティティのほうからあんな風に誘ってくるなんて。
昔は泣き虫だったのに……。
そんなことを考えつつも、ふと視線をベッドに移した俺の視界の端に赤い染みが映った。
あ、あれ? これって……!?
俺はすぐさま立ち上がり、大急ぎでベッドからシーツをはがした。そしてすぐさまそれを畳むと服を着て部屋を飛び出し、そのまま一階のランドリーバスケットに放り込んだ。ここに入れておけばそのままランドリーサービスに出されるので、誰にも知られることはないはずだ。
もちろんティティとの情事を後悔しているわけではない。だが一方でティティは貴族の女性なのだ。ティティの言うとおり、マッツィアーノ公爵に倫理を問う者はいないだろうが、それでも醜聞はないほうがいいはずだ。
それに、なんというか、ニーナさんに知られるのがなんとなく気恥ずかしいというのもある。もちろんニーナさんに知られてはいけないということはないのだが……。
ま、まあ、ほら、あれだ。やはり姉のような存在の人に知られる的な? そう、そういう感じの奴だ。
って、俺は一体誰に言い訳しているんだ!?
……と、こうして証拠隠滅をした俺は身だしなみを整え、ティティを誘って食堂へとやってきた。
「あ、ニーナさん、おはようございます」
「おはよう、レクスくん。あら、セレスティア様も。おはようございます」
「ええ、おはよう」
「あれ? セレスティア様、何かいいことでもあったんですか?」
「ええ、そんなところね」
ティティはそう言って意味深な笑みを浮かべた。するとニーナさんは俺のほうをじっと見つめてくる。
「に、ニーナさん?」
するとニーナさんはなぜかニヤニヤし始める。
「そっかー。レクスくんもついにねぇ」
「え? ニーナさん? な、な、なんのことですか?」
「大丈夫だよ。お姉さんはそんな野暮なこと、わざわざ聞かないから」
「ニーナさん?」
困惑する俺をよそに、ニーナさんはティティに食堂の説明を始めた。
「セレスティア様、大変恐縮ですが、こちらでご用意できる食事はあちらにあるパンとバターとジャム、それからフルーツのみです」
ニーナさんはそう言って端に置かれたテーブルに置かれた朝食を指さした。
「暖かいお食事をご希望される場合、少し歩いていただくことになりますが外のレストランをご利用ください」
「そう。なら用意できるものでいいわ」
「かしこまりました。それではお運びしますね」
「遠慮するわ。体の不自由な者に給仕をさせたいとは思わないもの」
そう言ってティティは自分で朝食を取りに向かった。するとニーナさんは俺の肩をポンと叩いてくる。
「良かったねぇ、レクスくん」
「え?」
「あーんなに小さな子供だったのにねぇ」
ニーナさんはそう言うと、意味深な表情でうんうんと頷いた。
「ニーナさん? それは一体……」
「ニーナさん! おはようございます! レクスも」
やたら元気な挨拶と共にテオが食堂にやってきた。
「あっ! セレスティア様もいたんですね。おはようございます!」
「ええ」
ティティはテオのほうをちらりと見て、無表情のままそう返事をした。
「ほら、レクスくん。大切なレディに食事の用意をさせるなんて、ナイト失格じゃないの?」
「え? あ、はい。そうですね。ありがとうございます。ティティ、俺が持つよ」
俺はニーナさんに言われ、ティティのところへと駆け寄った。
「そう? それじゃあそのパンを一枚、バターとアプリコットジャムを塗ってもらえるかしら」
「うん」
「あとリンゴは半分でいいわ。一口大にカットしてくれる?」
「分かった」
俺はオーダーどおりに朝食を用意するのだった。
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