上 下
182 / 208

第182話 一夜明けて

しおりを挟む
 翌朝、目を覚ますとティティが俺の顔を覗き込んでいた。

「あら? 起こしちゃった?」
「……ティティ、おはよう」
「ええ、おはよう。レイ」
「どうしたの? なんかじっと見てたけど」

 するとティティはくしゃりと表情を緩めた。

「レイの寝顔を見てたのよ」
「え?」
「だって、レイの寝顔を見るなんて久しぶりだもの」
「寝顔、見たかったの?」
「そうね」

 ティティは真顔でさらりとそう言った。

「そ、そう……」
「レイは私の寝顔、見たくないの?」
「それは……」

 見たいに決まってる。ティティが安らかな寝息を立てているところを見たのなんて、ボアゾ村で暮らしていたとき以来だ。

「ほら。なら私が見ていてもいいでしょう?」

 ティティはまるで俺の内心を読んだかのようにそう言い、クスリと笑った。

「そうだね。俺も」
「ええ。そうでしょう?」

 そう言ったティティの顔は本当に穏やかで、グッと込み上げてくるものがある。するとティティは俺の額に口付けをしてきた。

「じゃあね。着替えてくるわ」

 ティティはそう言って立ち上がると、乱暴に脱ぎ捨てられたしわしわのナイトガウンを羽織る。

「あ、待って。これも羽織っていって」

 俺はベッドから起き上がり、ハンガーに掛かっていた自分のコートを差し出す。

「ありがとう。それじゃあまた後で」

 ティティはそう言うとコートを羽織り、部屋から出ていった。

 ティティを見送った俺はそのままストンとベッドに腰かけた。ベッドには温もりとともにティティの香りも残っており、それが昨晩の情事を思い出させる。

 ずっとティティとああなりたいとは思っていたが、まさかティティのほうからあんな風に誘ってくるなんて。

 昔は泣き虫だったのに……。

 そんなことを考えつつも、ふと視線をベッドに移した俺の視界の端に赤い染みが映った。

 あ、あれ? これって……!?

 俺はすぐさま立ち上がり、大急ぎでベッドからシーツをはがした。そしてすぐさまそれを畳むと服を着て部屋を飛び出し、そのまま一階のランドリーバスケットに放り込んだ。ここに入れておけばそのままランドリーサービスに出されるので、誰にも知られることはないはずだ。

 もちろんティティとの情事を後悔しているわけではない。だが一方でティティは貴族の女性なのだ。ティティの言うとおり、マッツィアーノ公爵に倫理を問う者はいないだろうが、それでも醜聞はないほうがいいはずだ。

 それに、なんというか、ニーナさんに知られるのがなんとなく気恥ずかしいというのもある。もちろんニーナさんに知られてはいけないということはないのだが……。

 ま、まあ、ほら、あれだ。やはり姉のような存在の人に知られる的な? そう、そういう感じの奴だ。

 って、俺は一体誰に言い訳しているんだ!?

 ……と、こうして証拠隠滅をした俺は身だしなみを整え、ティティを誘って食堂へとやってきた。

「あ、ニーナさん、おはようございます」
「おはよう、レクスくん。あら、セレスティア様も。おはようございます」
「ええ、おはよう」
「あれ? セレスティア様、何かいいことでもあったんですか?」
「ええ、そんなところね」

 ティティはそう言って意味深な笑みを浮かべた。するとニーナさんは俺のほうをじっと見つめてくる。

「に、ニーナさん?」

 するとニーナさんはなぜかニヤニヤし始める。

「そっかー。レクスくんもついにねぇ」
「え? ニーナさん? な、な、なんのことですか?」
「大丈夫だよ。お姉さんはそんな野暮なこと、わざわざ聞かないから」
「ニーナさん?」

 困惑する俺をよそに、ニーナさんはティティに食堂の説明を始めた。

「セレスティア様、大変恐縮ですが、こちらでご用意できる食事はあちらにあるパンとバターとジャム、それからフルーツのみです」

 ニーナさんはそう言って端に置かれたテーブルに置かれた朝食を指さした。

「暖かいお食事をご希望される場合、少し歩いていただくことになりますが外のレストランをご利用ください」
「そう。なら用意できるものでいいわ」
「かしこまりました。それではお運びしますね」
「遠慮するわ。体の不自由な者に給仕をさせたいとは思わないもの」

 そう言ってティティは自分で朝食を取りに向かった。するとニーナさんは俺の肩をポンと叩いてくる。

「良かったねぇ、レクスくん」
「え?」
「あーんなに小さな子供だったのにねぇ」

 ニーナさんはそう言うと、意味深な表情でうんうんとうなずいた。

「ニーナさん? それは一体……」
「ニーナさん! おはようございます! レクスも」

 やたら元気な挨拶と共にテオが食堂にやってきた。

「あっ! セレスティア様もいたんですね。おはようございます!」
「ええ」

 ティティはテオのほうをちらりと見て、無表情のままそう返事をした。

「ほら、レクスくん。大切なレディに食事の用意をさせるなんて、ナイト失格じゃないの?」
「え? あ、はい。そうですね。ありがとうございます。ティティ、俺が持つよ」

 俺はニーナさんに言われ、ティティのところへと駆け寄った。

「そう? それじゃあそのパンを一枚、バターとアプリコットジャムを塗ってもらえるかしら」
「うん」
「あとリンゴは半分でいいわ。一口大にカットしてくれる?」
「分かった」

 俺はオーダーどおりに朝食を用意するのだった。

================
 次回更新は通常どおり、2024/05/16 (水) 18:00 を予定しております。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

俺、悪役騎士団長に転生する。【11月9日発売につき11月頭削除】

酒本 アズサ
ファンタジー
「お兄ちゃん怒……貴様ら叱責されたいのか!」前世は八人兄弟の長男だった青年の物語。 八人兄弟の長男で、父が亡くなり働く母親の代わりに家事をこなして七人の弟達の世話をする毎日。 ある日弟が車に轢かれそうになったところを助けて死んでしまった。 次に目を覚ますと図書館で借りた小説そっくりな世界の騎士団長になってる! この騎士団長って確か極悪過ぎて最終的に主人公に騎士団ごと処刑されるんじゃなかったっけ!? 俺の部下達はこれまでの俺のせいで、弟達より躾けがなってない! これじゃあ処刑エンドまっしぐらだよ! これからは俺がいい子に躾け直してやる、七人のお兄ちゃんを舐めるなよ! これはそんなオカン系男子の奮闘記録である。    ◇   ◇   ◇ 毎日更新予定、更新時間は変更される場合があります。 カクコン参加作品のため、少しだけカクヨムが先行してます。

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

処理中です...