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第180話 レムロスの夜(前編)
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「あ、ごめんね。ただ、依頼をどうしようかと思って」
「え?」
「だって、王太子殿下が帰ってこられたってことは、つまり銀狼の顎は解散ってことよね? でも、レクスくんたちが留守にしていた間に依頼の予約を受けちゃってるのよ」
「あ……」
しまった!
これは完全に俺のミスだ。いくら今回で王太子殿下を助けられるとは思っていなかったとはいえ、可能性があるのだから予約の受付を一時停止してもらうべきだった。
「ほう、なるほど。依頼とはどのようなものだ?」
「はい、殿下。今は五ヵ所からモンスター討伐依頼が来ています」
「ならば銀狼騎士団がその依頼をすべて巻き取ろうではないか。そもそも人材をごっそり引き抜いた形になるのだ。そのくらいの埋め合わせはしよう。レクス卿、当然お前にも手伝ってもらうぞ。いくら宿願を叶えたとはいえ、無責任に解散を宣言したのだからな」
「はい。すみません」
俺は素直に頭を下げる。
「宿願を叶えた? え? レクスくん、もしかして……」
「はい。そうです。ティティ、この人はボアゾ村で生き延びてからお世話になったニーナさんだ」
背後に立っていたティティにニーナさんを紹介した。するとティティは前に出て、目深にかぶったフードを脱ぐ。
「えっ!?」
ニーナさんは目を丸くして驚き、そのまま硬直した。
「セレスティア・ディ・マッツィアーノよ。私のレイが世話になったそうね」
「ニーナと申します。マッツィアーノ公爵令嬢にお会いでき、光栄です」
ニーナさんはそう言ってカーテシーをしようとしたが、ティティはそれを手振りで静止した。
「礼は不要よ。椅子にお掛けなさい。足を怪我しているのでしょう?」
「え? ですが……」
ニーナさんは困惑した様子でティティのほうを見つめている。それを見たティティは小さくため息をついた。
「座れと命じたのだけれど、聞こえなかったのかしら?」
「は、はい……」
ニーナさんは恐る恐る椅子に腰かけた。
「ああ、それと、私はもう公爵令嬢ではないわ。私がマッツィアーノ公爵よ」
「えっ!? 失礼しました! 爵位継承されていたとは知らず! どうか! どうかご容赦ください!」
ニーナさんは必死に頭を下げており、それを見たティティは寂しそうな表情を浮かべた。
「気にしていないし、お前を罰するつもりもないわ。だから面を上げなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
ニーナさんは怯えた様子で恐る恐る顔を上げると、ティティは小さくため息をついた。そして……。
「ニーナと言ったわね」
「はい」
「行くところがないならうちで面倒を見てあげるわ」
「えっ? それは一体……」
「レイの作ったクランはもう役目を終えて解散したのでしょう? ということは事務員も必要なくなり、お前は仕事を失う。違うかしら?」
「そ、それは……」
「それに、その腕でいい仕事を見つけるのは難しいはずよ。だから、私が公爵家で仕事を与えてやると言っているのよ。どうかしら?」
ニーナさんはその提案をまったく想定していなかったようで、ポカンとした表情でティティのことを見ている。
「レイ、どうかしら? 悪くない提案だと思うけれど」
「え? あ、ああ。もしニーナさんがいいのであればぜひ。ニーナさん、ティティは、彼女はこれまでのマッツィアーノとは違うから大丈夫です。なのでもし良かったら……」
「そ、そうね。レクスくんがそう言うなら」
ニーナさんは困惑してはいるものの、心を決めてくれたようだ。
「公爵閣下、よろしくお願いします」
するとティティは表情を緩める。
「ええ。それとニーナ、お前には名前で呼ぶことを許すわ」
「は、はい。ありがとうございます、セレスティア様」
ニーナさんは再びティティに頭を下げたのだった。
◆◇◆
夜になった。あれから銀狼騎士団に復帰したメンバーたちは私物を運び出し、銀狼騎士団の寮へと戻っていた。そのため今この建物にいるのは俺とティティ、テオ、そしてニーナさんの四人だけだ。
拠点からは人の気配がほとんどなくなっており、なんとも不思議な気分にさせられる。
その理由が王太子殿下が帰ってきたことなのだから、これはもちろん喜ばしいことだ。だが一方で、一抹の寂しさを憶えていることもまた事実だ。
ベッドに腰かけ、そんななんとも言えない不思議な感傷に浸っていると、突然部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
すると扉が開き、上質なシルクのナイトガウンを羽織ったティティが入ってきた。
その姿に俺は思わずドキリとした。
別にシースルーというわけではなく、胸元だってしっかり隠れている。夜に室内で女性が着る服としてはごく一般的なものなのだが、それでもティティの魅惑的なボディラインがはっきりわかり、なんとも艶めかしい。
「う……ティティ……」
「何?」
「いや、その格好……」
俺はそう言って目を逸らそうとするが、見たいという欲望に抗うことができずにチラチラと盗み見てしまう。そんな俺を見てティティはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ふふ。本当は気になっているくせに、素直じゃないわね」
挑発するような笑みを浮かべながらティティは近づいてくる。俺はなんとか心を落ち着けようとするが、好きな女の子のあまりに魅力的過ぎる姿に思考がまとまらない。
「レイったら、可愛いわね。ちょっとおしゃべりでもしようかと思って来ただけだったけど……」
ティティはそう言ってぺろりと唇を舐め、妖艶な笑みを浮かべたのだった。
================
次回更新は通常どおり、2024/05/14 (火) 18:00 を予定しております。
「え?」
「だって、王太子殿下が帰ってこられたってことは、つまり銀狼の顎は解散ってことよね? でも、レクスくんたちが留守にしていた間に依頼の予約を受けちゃってるのよ」
「あ……」
しまった!
これは完全に俺のミスだ。いくら今回で王太子殿下を助けられるとは思っていなかったとはいえ、可能性があるのだから予約の受付を一時停止してもらうべきだった。
「ほう、なるほど。依頼とはどのようなものだ?」
「はい、殿下。今は五ヵ所からモンスター討伐依頼が来ています」
「ならば銀狼騎士団がその依頼をすべて巻き取ろうではないか。そもそも人材をごっそり引き抜いた形になるのだ。そのくらいの埋め合わせはしよう。レクス卿、当然お前にも手伝ってもらうぞ。いくら宿願を叶えたとはいえ、無責任に解散を宣言したのだからな」
「はい。すみません」
俺は素直に頭を下げる。
「宿願を叶えた? え? レクスくん、もしかして……」
「はい。そうです。ティティ、この人はボアゾ村で生き延びてからお世話になったニーナさんだ」
背後に立っていたティティにニーナさんを紹介した。するとティティは前に出て、目深にかぶったフードを脱ぐ。
「えっ!?」
ニーナさんは目を丸くして驚き、そのまま硬直した。
「セレスティア・ディ・マッツィアーノよ。私のレイが世話になったそうね」
「ニーナと申します。マッツィアーノ公爵令嬢にお会いでき、光栄です」
ニーナさんはそう言ってカーテシーをしようとしたが、ティティはそれを手振りで静止した。
「礼は不要よ。椅子にお掛けなさい。足を怪我しているのでしょう?」
「え? ですが……」
ニーナさんは困惑した様子でティティのほうを見つめている。それを見たティティは小さくため息をついた。
「座れと命じたのだけれど、聞こえなかったのかしら?」
「は、はい……」
ニーナさんは恐る恐る椅子に腰かけた。
「ああ、それと、私はもう公爵令嬢ではないわ。私がマッツィアーノ公爵よ」
「えっ!? 失礼しました! 爵位継承されていたとは知らず! どうか! どうかご容赦ください!」
ニーナさんは必死に頭を下げており、それを見たティティは寂しそうな表情を浮かべた。
「気にしていないし、お前を罰するつもりもないわ。だから面を上げなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
ニーナさんは怯えた様子で恐る恐る顔を上げると、ティティは小さくため息をついた。そして……。
「ニーナと言ったわね」
「はい」
「行くところがないならうちで面倒を見てあげるわ」
「えっ? それは一体……」
「レイの作ったクランはもう役目を終えて解散したのでしょう? ということは事務員も必要なくなり、お前は仕事を失う。違うかしら?」
「そ、それは……」
「それに、その腕でいい仕事を見つけるのは難しいはずよ。だから、私が公爵家で仕事を与えてやると言っているのよ。どうかしら?」
ニーナさんはその提案をまったく想定していなかったようで、ポカンとした表情でティティのことを見ている。
「レイ、どうかしら? 悪くない提案だと思うけれど」
「え? あ、ああ。もしニーナさんがいいのであればぜひ。ニーナさん、ティティは、彼女はこれまでのマッツィアーノとは違うから大丈夫です。なのでもし良かったら……」
「そ、そうね。レクスくんがそう言うなら」
ニーナさんは困惑してはいるものの、心を決めてくれたようだ。
「公爵閣下、よろしくお願いします」
するとティティは表情を緩める。
「ええ。それとニーナ、お前には名前で呼ぶことを許すわ」
「は、はい。ありがとうございます、セレスティア様」
ニーナさんは再びティティに頭を下げたのだった。
◆◇◆
夜になった。あれから銀狼騎士団に復帰したメンバーたちは私物を運び出し、銀狼騎士団の寮へと戻っていた。そのため今この建物にいるのは俺とティティ、テオ、そしてニーナさんの四人だけだ。
拠点からは人の気配がほとんどなくなっており、なんとも不思議な気分にさせられる。
その理由が王太子殿下が帰ってきたことなのだから、これはもちろん喜ばしいことだ。だが一方で、一抹の寂しさを憶えていることもまた事実だ。
ベッドに腰かけ、そんななんとも言えない不思議な感傷に浸っていると、突然部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
すると扉が開き、上質なシルクのナイトガウンを羽織ったティティが入ってきた。
その姿に俺は思わずドキリとした。
別にシースルーというわけではなく、胸元だってしっかり隠れている。夜に室内で女性が着る服としてはごく一般的なものなのだが、それでもティティの魅惑的なボディラインがはっきりわかり、なんとも艶めかしい。
「う……ティティ……」
「何?」
「いや、その格好……」
俺はそう言って目を逸らそうとするが、見たいという欲望に抗うことができずにチラチラと盗み見てしまう。そんな俺を見てティティはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ふふ。本当は気になっているくせに、素直じゃないわね」
挑発するような笑みを浮かべながらティティは近づいてくる。俺はなんとか心を落ち着けようとするが、好きな女の子のあまりに魅力的過ぎる姿に思考がまとまらない。
「レイったら、可愛いわね。ちょっとおしゃべりでもしようかと思って来ただけだったけど……」
ティティはそう言ってぺろりと唇を舐め、妖艶な笑みを浮かべたのだった。
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