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第159話 北へ

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 マッツィアーノは急用ができたと言って、二日目に予定されていた予定を一方的にキャンセルしてコルティナへと帰っていった。おかげで交流会はお開きとなり、俺たちの仕事も一日早く終了した。

 参加予定だったサンドロ・ディ・マッツィアーノが姿を現さなかったこともそうだし、ティティの一日遅れで追って来いという意味深な発言も気になる。

 詳しいことは分からないが、マッツィアーノ公爵領で何かが起きているということは間違いない。

 それにティティが、俺の身を案じてずっと手を引けと言い続けてきたあのティティが俺に追いかけてこいと言ってくれたのだ。

 このチャンスを逃さない手はない。

 そう考えた俺はテオとキアーラさん、マルツィオ卿、クレメンテ卿の四人を集め、会議を開いた。

「突然で申し訳ないんですが、俺はこれからマッツィアーノ公爵領に向かおうと思います」
「えっ?」
「レクス卿?」
「突然何を?」
「そうか! いよいよか!」

 テオだけは待ってましたという反応だが、残りの三人は唐突な発言に驚いているようだ。

「前に話した内通者から、明日、コルティナに向かってほしいという連絡が入りました」
「……レクス卿、本当にその者は信用できるのですか? 丸一年なんの連絡もなかったそうではないですか」
「その内通者が本当に味方だという証拠はあるのですかな?」

 マルツィオ卿とクレメンテ卿は懐疑的な様子だ。

「リーダー、向かったとして、そのあとはどうするつもりなの? 王太子殿下を助けるために戦力を動かせるのは一度だけよね?」
「案内をしてくれることになっています」
「案内って……もう少しきちんと作戦を練ったほうがいいんじゃないの?」

 キアーラさんはやや呆れたような表情を浮かべている。

「いや、俺は賛成だ。行こうぜ。マッツィアーノの総本山に乗り込んで、力ずくで王太子殿下を奪い返すんだ」
「ちょっと、テオ! 何を言ってるの!? なんの作戦もなしにあのマッツィアーノ公爵領に攻め入るだなんて!」
「キアーラさんこそ何を言ってるんだ? 今までレクスは失敗してないじゃないか」
「ちょっと! そういう問題じゃないでしょう!? 相手はあのマッツィアーノなのよ!?」
「なんだ? キアーラさんはモンスターにビビッてるのか? せっかく光属性魔法を手に入れたのに?」
「な、何よ! 私はもっと王太子殿下を確実にお救いできるように万全を期すべきだって言っているだけよ」
「でも王太子殿下が生きているっていうのだって、全部その内通者からの情報だろ? 一年間何も言ってこなかったのに、いきなり来いってことは状況が変わったってことじゃねーのか?」
「う……それは……」
「それに魔竜ウルガーノのときだって、レクス以外全員反対だったらしいじゃねぇか。マルツィオ卿、クレメンテ卿、そうですよね?」
「あ、ああ」
「そうだったな」
「ですよね。それでもレクスは討伐するって言って、一番危険な役目を見事にやってのけたんだ。なら今回だってレクスを信じてついて行こうじゃねぇか」
「テオ……ありがとう」

 俺はテオに素直にお礼を言った。

「みんなの懸念はもっともだと思います。ただ、俺はこのまま活動を続けても王太子殿下の救出には近づけない。現に、内通者以外に王太子殿下の情報を持っている人は誰一人として出てこなかった。そうですよね?」

 俺の問いかけに、キアーラさんたちは困った表情を浮かべながらも小さくうなずいた。

「このまま活動を続けても金が貯まるだけです。でも、いくら金を出してもマッツィアーノが王太子殿下を返すとは思えない。それに、です。もし内通者がマッツィアーノでの立場を失えば、王太子殿下はさらに危険な立場に置かれるはずです。だから内通者が今がチャンスだと言うのであれば、俺たちは全力で王太子殿下の救出に動くべきだと思います。どうでしょうか?」
「それは……」
「一理あるが……」
「迷う気持ちは分かります。ただ、このままじゃダメなんです。だから俺はこのチャンスに懸けてみたいし、他に何かいい作戦があるのなら教えてほしい」

 そう言ってキアーラさんたちを見るが、小さく首を横に振るばかりだ。

「なら、お願いします。俺を信じて、力を貸してください。内通者は信用のできる人なんです」

 俺はそう言って頭を下げた。

 それからしばらくすると、キアーラさんが小さくため息をついてから口を開く。

「仕方ないわね。ちょっと納得は行かないけど、リーダーがそこまで言うなら私は信じてついていくわ。でも、まずそうだったらすぐに撤退する。いいわね?」
「ああ! ありがとう! キアーラさん」
「そうですな」
「レクス卿がそこまで言うなら」
「マルツィオ卿、クレメンテ卿、ありがとうございます!」

 こうして俺たちはコルティナを目指すことになったのだった。

◆◇◆

 翌朝、コルティナを目指して出発するとすぐに正面から一羽のカラス、いや、ダーククロウが飛んできた。その足には金のリボンが巻かれており、風にひらひらとたなびいている。

「っ! ダーククロウ!?」

 キアーラさんがすぐさま弓を手に取ったが、慌てて俺はそれを制止する。

「待って! あれは敵じゃない」
「えっ?」

 そうこうしている間にダーククロウが真っすぐに俺のところにやってきたので、止まれるように左腕を止まり木のように差し出した。

 するとダーククロウは俺の腕にちょこんと止まり、リボンが結ばれていない右足を差し出してきた。その足には丸めた紙が握られている。

「リーダー、それって……手紙? もしかしてその内通者から?」
「はい」

 俺がうなずくと、元騎士のメンバーたちは明らかに動揺したそぶりをみせた。

「レクス卿、まさか内通者というのはマッツィアーノの瞳を持っているのですか?」

 マルツィオ卿が困惑しつつも平静を装いながら尋ねてきた。

「はい、そうです」
「な、なるほど……そういうことでしたか。であればたしかに我々にも内通者が誰か明かせないはずですな。まさか後継者争いに一枚んで王太子殿下を保護させていたとは……」
「ということは、向こうの要求は後継者争いが激化したので、今すぐ借りを返せ、といったところか」
「でしょうな、クレメンテ卿。となると、たしかにこれはチャンスですな! レクス卿、さすがですな!」

 マルツィオ卿とクレメンテ卿はそう言って納得した様子だ。たしかにそう考えれば筋は通るが、実際は俺とティティの個人的な関係でしかない。

「で、レクス、なんて書いてあるんだ?」
「ああ」

 俺は手紙の中身を確認する。

「……このダーククロウが道案内をしてくれるそうだ。それで、マッツィアーノ公爵領内の町はすべて封鎖されているから立ち寄ってはいけない、と」
「ほう。町に立ち寄らないのは我々もそのつもりでしたから、問題ありますまい」
「はい。じゃあ、案内を頼む」

 するとダーククロウはまるで言葉を理解しているかのように飛び立ち、そのままゆっくりと北へと飛んでいく。

 俺たちはその後を離されないように追いかけるのだった。

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 次回更新は通常どおり、2024/04/23 (火) 18:00 を予定しております。
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