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第144話 聖女の困惑
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2024/04/08 誤字を修正しました
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翌日、リーサは再び王妃の許を訪ねた。
「おはようございます、王妃様。マルコ様」
「ええ、聖女リーサ。折り入って相談があると聞きました」
「はい。あたし、一晩よく考えたんですけど、しっかりとした聖女になるためにはちゃんと大聖堂で神様について学ぶ必要があると思うんです。すごく素敵なお部屋をいただいて、良くしていただいて、ホントに感謝してるんですけど、でもあたし、こんな素晴らしいところだと甘えちゃいそうで……」
「いけません」
リーサは真剣な目でそう訴えるが、王妃はそれをにべもなく却下した。
「え? どうしてですか?」
「聖女リーサ、貴女は我が国に残された唯一の希望の光です。そんな貴女が大聖堂に行き、もしものことがあったらどうするのですか?」
「もしものこと?」
「そうです。いいですか? 前王太子殿下の死亡にはマッツィアーノ公爵が関わっているのです」
「マッツィアーノ公爵……」
「そうです。マッツィアーノ公爵については知っていますね?」
「はい。それはもちろん……」
「マッツィアーノ公爵にとって光の魔法は邪魔な存在です。貴女も、もしその存在を知られれば命を狙われる可能性があります」
「そんな……」
「ですから貴女が十分な力をつけるまでは安全なこの城に留まりなさい。それが貴女のためです」
「で、でも……」
「いいですね?」
王妃の有無を言わさぬ迫力にリーサはたじろぎ、思わず首を縦に振った。
「理解頂けて何よりです。マルコ、聖女リーサをお送りしなさい」
「はい。母上。さあ、リーサ」
「は、はい」
こうしてリーサは丸め込まれ、そのままお城で生活することとなったのだった。
そして自室にもどったリーサはバルコニーに設えられた椅子に腰かけ、不安げな表情で中庭を眺めている。
「おっかしいなぁ。やっぱり王妃様じゃなくて王様だったはずよね? 『ブラウエルデの君』のシナリオとなんで変わってるの?」
思わずそう呟いたリーサだったが、すぐに気を取り直す。
「ううん。そんなのきっと大した違いじゃないわ。あたしはこうしてちゃんと聖女の力に目覚めたんだから。王様と王妃様は夫婦なんだし、きっと同じようなものよね。だからここでがんばって修行して、ちゃんと悪役令嬢を倒せばいいのよ」
そう自分に言い聞かせるように呟くリーサだったが、彼女はまだ気付いていなかった。自らが巻き込んだ男によって何もかも手遅れになっているということに。
◆◇◆
一方その頃、コルティナにあるマッツィアーノ公爵邸のクルデルタの執務室にセレスティアがやってきた。セレスティアの表情はいつもどおりの無表情だが、クルデルタの表情はかなり嬉しそうだ。
「おお、セレスティア。どうした?」
「レムロスで聖女リーサなる女が現れたそうです」
「聖女だと?」
「はい。ルカ・ディ・パクシーニと同じ光属性魔法の使い手だそうです」
するとクルデルタは嫌悪感を隠そうともせず、小さく舌打ちをした。
「どの程度だ?」
「簡単な治癒ができるだけで実力はルカ・ディ・パクシーニに遠く及びません。今のところ王宮に留まっていますが、本人は大聖堂での修行を希望しており、これから成長する可能性は十分にあります。現時点で判断するのは時期尚早でしょう」
「そうか」
クルデルタはそう言うと、少しの間沈黙した。
「そういえば、ルカ・ディ・パクシーニの調教はどうだ?」
「まだ五十パーセント程度です。ご覧になりますか?」
「ああ、見せてもらおう」
「分かりました。ご案内します」
セレスティアは無表情のままそう答え、歩きだした。それをクルデルタはニヤついた表情を浮かべながら追いかけるのだった。
◆◇◆
セレスティアは地下牢へとは向かわず、自室のほうへと歩いていく。それを見たクルデルタは疑問をぶつけた。
「ん? 地下牢に閉じ込めているのではないのか?」
「はい。地下牢でやるべきことは終わり、今は私の部屋の二つ隣に軟禁しています」
「ほう? どういうことだ?」
「地下牢では拷問と魔法で心を折り、私だけが味方だと思い込ませる暗示を掛けてあります」
「ほほう」
「今は常識を捻じ曲げ、私に依存させている最中です。まだ誰とも会わせることはできませんので、お父さまはそこの部屋にある覗き穴から様子をご覧ください」
「そうか」
クルデルタは納得したように頷き、素直にセレスティアが指さした部屋へと入っていく。それを見届けたセレスティアはその隣の部屋の鍵を開け、中に入る。
するとその中には首輪を嵌められ、長い鎖でベッドに繋がれたルカがいた。ルカはセレスティアの姿を見ると、まるで最愛の人にでも会ったかのように顔を輝かせる。
「ああ! セレスティア!」
ルカはセレスティアの名を呼ぶが、セレスティアは無表情なままルカに近づいていく。
「ダメでしょう? 私の許可なく話すなんて」
「う……すまない。でも――」
「言い訳をするなんて悪い子ね。そこに土下座なさい」
ルカはセレスティアの命令に逆らうことなく、素直に土下座をした。そんなルカの背中をセレスティアは踏みつけた。
「うぐっ。ありがとうございます! ありがとうございます!」
ルカはセレスティアに何度も踏まれ、その度にセレスティアに感謝を伝えた。するとセレスティアは無表情のまま、ルカの後頭部に右手を差し上げる。
「さあ、今日も魔法を掛けてあげるわ」
「はい!」
ルカは明らかに嬉しそうな声色で返事をした。するとセレスティアの手から黒い靄のようなものが染み出し、ルカの頭部を覆っていく。
やがてルカの体からストンと力が抜ける。
「ルカ・ディ・パクシーニ、復唱しなさい」
「……はい」
「ルカ・ディ・パクシーニが信じる人間はセレスティア・ディ・マッツィアーノただ一人」
「……ルカ・ディ・パクシーニが信じる人間はセレスティア・ディ・マッツィアーノただ一人」
「ルカ・ディ・パクシーニにとって最上の喜びはセレスティア・ディ・マッツィアーノを喜ばせること」
「……ルカ・ディ・パクシーニにとって最上の喜びはセレスティア・ディ・マッツィアーノを喜ばせること」
「ルカ・ディ・パクシーニは――」
それからもセレスティアは延々とルカに魔法を掛けながら、都合のいい言葉を次々と植え付けていく。
それからしばらくし、調教を終えて部屋から出てきたセレスティアをクルデルタは満足げな表情で出迎えた。
「順調だな。今度の交流会に間に合うか?」
「いえ、不可能です。来年の交流会まででしたら確実に」
「そうか。王の馬鹿面が見られると思っていたが、仕方ない。セレスティア、任せたぞ」
「はい。お任せください」
クルデルタはそう言うと、上機嫌に立ち去っていった。セレスティアはその後ろ姿をいつもどおり無表情のまま見送るのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/04/08 (月) 18:00 を予定しております。
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翌日、リーサは再び王妃の許を訪ねた。
「おはようございます、王妃様。マルコ様」
「ええ、聖女リーサ。折り入って相談があると聞きました」
「はい。あたし、一晩よく考えたんですけど、しっかりとした聖女になるためにはちゃんと大聖堂で神様について学ぶ必要があると思うんです。すごく素敵なお部屋をいただいて、良くしていただいて、ホントに感謝してるんですけど、でもあたし、こんな素晴らしいところだと甘えちゃいそうで……」
「いけません」
リーサは真剣な目でそう訴えるが、王妃はそれをにべもなく却下した。
「え? どうしてですか?」
「聖女リーサ、貴女は我が国に残された唯一の希望の光です。そんな貴女が大聖堂に行き、もしものことがあったらどうするのですか?」
「もしものこと?」
「そうです。いいですか? 前王太子殿下の死亡にはマッツィアーノ公爵が関わっているのです」
「マッツィアーノ公爵……」
「そうです。マッツィアーノ公爵については知っていますね?」
「はい。それはもちろん……」
「マッツィアーノ公爵にとって光の魔法は邪魔な存在です。貴女も、もしその存在を知られれば命を狙われる可能性があります」
「そんな……」
「ですから貴女が十分な力をつけるまでは安全なこの城に留まりなさい。それが貴女のためです」
「で、でも……」
「いいですね?」
王妃の有無を言わさぬ迫力にリーサはたじろぎ、思わず首を縦に振った。
「理解頂けて何よりです。マルコ、聖女リーサをお送りしなさい」
「はい。母上。さあ、リーサ」
「は、はい」
こうしてリーサは丸め込まれ、そのままお城で生活することとなったのだった。
そして自室にもどったリーサはバルコニーに設えられた椅子に腰かけ、不安げな表情で中庭を眺めている。
「おっかしいなぁ。やっぱり王妃様じゃなくて王様だったはずよね? 『ブラウエルデの君』のシナリオとなんで変わってるの?」
思わずそう呟いたリーサだったが、すぐに気を取り直す。
「ううん。そんなのきっと大した違いじゃないわ。あたしはこうしてちゃんと聖女の力に目覚めたんだから。王様と王妃様は夫婦なんだし、きっと同じようなものよね。だからここでがんばって修行して、ちゃんと悪役令嬢を倒せばいいのよ」
そう自分に言い聞かせるように呟くリーサだったが、彼女はまだ気付いていなかった。自らが巻き込んだ男によって何もかも手遅れになっているということに。
◆◇◆
一方その頃、コルティナにあるマッツィアーノ公爵邸のクルデルタの執務室にセレスティアがやってきた。セレスティアの表情はいつもどおりの無表情だが、クルデルタの表情はかなり嬉しそうだ。
「おお、セレスティア。どうした?」
「レムロスで聖女リーサなる女が現れたそうです」
「聖女だと?」
「はい。ルカ・ディ・パクシーニと同じ光属性魔法の使い手だそうです」
するとクルデルタは嫌悪感を隠そうともせず、小さく舌打ちをした。
「どの程度だ?」
「簡単な治癒ができるだけで実力はルカ・ディ・パクシーニに遠く及びません。今のところ王宮に留まっていますが、本人は大聖堂での修行を希望しており、これから成長する可能性は十分にあります。現時点で判断するのは時期尚早でしょう」
「そうか」
クルデルタはそう言うと、少しの間沈黙した。
「そういえば、ルカ・ディ・パクシーニの調教はどうだ?」
「まだ五十パーセント程度です。ご覧になりますか?」
「ああ、見せてもらおう」
「分かりました。ご案内します」
セレスティアは無表情のままそう答え、歩きだした。それをクルデルタはニヤついた表情を浮かべながら追いかけるのだった。
◆◇◆
セレスティアは地下牢へとは向かわず、自室のほうへと歩いていく。それを見たクルデルタは疑問をぶつけた。
「ん? 地下牢に閉じ込めているのではないのか?」
「はい。地下牢でやるべきことは終わり、今は私の部屋の二つ隣に軟禁しています」
「ほう? どういうことだ?」
「地下牢では拷問と魔法で心を折り、私だけが味方だと思い込ませる暗示を掛けてあります」
「ほほう」
「今は常識を捻じ曲げ、私に依存させている最中です。まだ誰とも会わせることはできませんので、お父さまはそこの部屋にある覗き穴から様子をご覧ください」
「そうか」
クルデルタは納得したように頷き、素直にセレスティアが指さした部屋へと入っていく。それを見届けたセレスティアはその隣の部屋の鍵を開け、中に入る。
するとその中には首輪を嵌められ、長い鎖でベッドに繋がれたルカがいた。ルカはセレスティアの姿を見ると、まるで最愛の人にでも会ったかのように顔を輝かせる。
「ああ! セレスティア!」
ルカはセレスティアの名を呼ぶが、セレスティアは無表情なままルカに近づいていく。
「ダメでしょう? 私の許可なく話すなんて」
「う……すまない。でも――」
「言い訳をするなんて悪い子ね。そこに土下座なさい」
ルカはセレスティアの命令に逆らうことなく、素直に土下座をした。そんなルカの背中をセレスティアは踏みつけた。
「うぐっ。ありがとうございます! ありがとうございます!」
ルカはセレスティアに何度も踏まれ、その度にセレスティアに感謝を伝えた。するとセレスティアは無表情のまま、ルカの後頭部に右手を差し上げる。
「さあ、今日も魔法を掛けてあげるわ」
「はい!」
ルカは明らかに嬉しそうな声色で返事をした。するとセレスティアの手から黒い靄のようなものが染み出し、ルカの頭部を覆っていく。
やがてルカの体からストンと力が抜ける。
「ルカ・ディ・パクシーニ、復唱しなさい」
「……はい」
「ルカ・ディ・パクシーニが信じる人間はセレスティア・ディ・マッツィアーノただ一人」
「……ルカ・ディ・パクシーニが信じる人間はセレスティア・ディ・マッツィアーノただ一人」
「ルカ・ディ・パクシーニにとって最上の喜びはセレスティア・ディ・マッツィアーノを喜ばせること」
「……ルカ・ディ・パクシーニにとって最上の喜びはセレスティア・ディ・マッツィアーノを喜ばせること」
「ルカ・ディ・パクシーニは――」
それからもセレスティアは延々とルカに魔法を掛けながら、都合のいい言葉を次々と植え付けていく。
それからしばらくし、調教を終えて部屋から出てきたセレスティアをクルデルタは満足げな表情で出迎えた。
「順調だな。今度の交流会に間に合うか?」
「いえ、不可能です。来年の交流会まででしたら確実に」
「そうか。王の馬鹿面が見られると思っていたが、仕方ない。セレスティア、任せたぞ」
「はい。お任せください」
クルデルタはそう言うと、上機嫌に立ち去っていった。セレスティアはその後ろ姿をいつもどおり無表情のまま見送るのだった。
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