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第62話 マリアの行方
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「っ!?」
思わず大声を出しそうになった俺の口をティティが塞ぐ。
「静かに! 黙ってついてきて」
いつになく真剣な表情だ。きっと何かあるのだろう。
俺は頷いて立ち上がった。そして足音を立てないようにそっとティティの後ろについて歩き、庭へとやってきた。雪が降っていたはずなのにしっかりと雪かきがされており、ランプの灯りだけでも転ぶ心配はなさそうだ。
そうして庭を歩き、墓地を通り抜けて俺たちは小さな建物の前にやってきた。明かりはついておらず、周囲に人気はない。
「ティティ、ここは? なんだか教会っぽい気もするけど……」
「ここはね。お母さまの家なの」
「え? マリア先生の? じゃあ――」
「静かに。いくら離れていても、大声を出したら気付かれるわ」
「ご、ごめん。でもマリア先生がいるって思ったら……」
するとティティは寂しげに微笑んだ。
「そうね。ちょっと紛らわしい言い方だったわ。お母さまが少し前まで住んでいた場所よ」
「え? じゃあ今は……」
「ここには住んでいないわ」
「それってどういう……」
するとティティは少し辛そうな表情を浮かべた。
「お母さまはね。お父さまに気に入られすぎちゃったの」
うん? 言っている意味が分からないぞ?
どうやらすっかり表情に出ていたらしい。ティティは小さくため息をついた。
「まあ、その反応が普通ね。でも、マッツィアーノはまともじゃないの。散々見てきたでしょう?」
「それは……」
たしかにそのとおりだ。まともな神経をしていたらあんなことができるはずがない。
「今年の春ぐらいだったかしら? お父さま、突然独占欲が出たみたいなの。今までずっとお母さまをここに追いやって放置していたくせに、突然お母さまを死んだことにして監禁しちゃったの」
「はぁ?」
「それで今はマッツィアーノ公爵邸の塔に幽閉されているわ。一応私だけは会っていいことになっているけど、それでもお父さまの許しが必要なの。他の人は一切近づけないわ」
言っている言葉の意味は理解できるが、どういうことなのかさっぱり理解できない。
「さっき通った墓地にお母さまのお墓もあるわ。帰りに見てみる? ちゃんとマリア・マッツィアーノって刻まれているわよ」
「え? え? でも、マリア・マッツィアーノってことは、マリア先生はマッツィアーノ公爵の奥さんになったんだよね?」
「そうよ。たしか、第七夫人だったかしら」
うん? 奥さんにしておいて、なぜ監禁するなんて発想が出てくるんだ?
「マッツィアーノ公爵家はね。家族間でも平気でそういうことがあるのよ。だから、血のつながっていない自分の好みの女を息子に取られるのが嫌だったんじゃないかしら? 私には理解できないけれど」
「はぁ? 息子?」
「ええ、そうよ」
なんというか、あまりにもぶっ飛びすぎていて俺には理解できそうもない。
「レイ、これがね。マッツィアーノなのよ」
ティティは諦めたような表情でそう言い放った。その表情があまりにも痛々しすぎて、俺は今すぐ逃げようと言いかけてその言葉をなんとか飲み込んだ。
ティティが逃げたら、マリア先生はどうなるんだ?
すると俺の心の葛藤を見透かしたかのようにティティは俺にこう言った。
「レイ、プロポーズ、嬉しかったわ。でもね。残念だけどあなたと一緒には行けないわ。分かるでしょう?」
ああ、そうだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。優しいティティがマリア先生をあんな地獄に残して逃げるなんてできるはずがない。
「それにね? マッツィアーノは、赤い瞳を持つ私を絶対に手放さないわ。だから私のことは忘れて、一人で逃げてちょうだい」
「そんな! 俺はティティを!」
「私はね。あなたが生きていてくれただけで十分なの。お願いだから、私のことなんかは忘れて、マッツィアーノの手の届かない安全なところで暮らしてちょうだい」
「ティティ……」
「レイ、お願いよ」
ティティはもう完全に諦めてしまっている様子だ。
俺は、ティティになんて言葉を掛けてあげればいいのだろう?
どうすればティティの辛い気持ちに寄り添ってあげられるのだろう?
「レイ、私たちはね。明日、一緒に森に入るわ」
「え? それは、どういう……?」
ティティの言葉の意味がさっぱりわからない。
「いい? お父さまにはね――」
ティティは計画の詳細を教えてくれた。
そんな! だったら一緒に……行けるわけがない。マリア先生が人質なのだから。
「それにね。私にはほとんど魔力がないの。だから、従えられたのはこの子たちだけ」
ティティがそう言って腕を右から左にスッと振ると、どこからともなく三羽の赤い目をしたカラスが現れた。
「ダーククロウ……?」
「そうよ。だから森の中でモンスターに襲われないのは私がいるからじゃなくて、お父さまがそう指示しているから。だから、途中でモンスターはあなたを襲うわ」
「……」
「明日はこの子たちがあなたをモンスターの少ないところに案内するわ。だからあなただけでも逃げてちょうだい」
……ティティをこんな地獄に一人置き去りにして、俺だけ逃げる?
「分かってちょうだい。お願いよ」
ティティはそう念を押してきた。その表情からは俺の身を案じているその気持ちが伝わってきて……。
俺は、俺は――
「いやだ。諦めない」
俺の返事にティティは泣きそうな表情を見せる。
「なら、私を無理やりにでも連れて行くつもり?」
「いや、ティティがマリア先生を置いて行けないことも分かってる」
「じゃあどういうつもり?」
「ティティ、なんとか耐えてくれ。俺が必ず、必ずティティとマリア先生をこの地獄から救い出すから」
「何を言っているの? 私はマッツィアーノなのよ? この瞳を持つ限り、殺されることはないわ」
「でも、ティティの心は殺される。それにあのロザリナとかいう女が後継者になったら――」
「そんなことは絶対にないわ。ロザリナお姉さまの継承順位は第四位よ。魔力量から考えても、従えてるモンスターを考えても、後継者はほぼ間違いなくサンドロお兄さまよ」
「……じゃあ、そのままそいつの妾になるっていうのか? ティティはそれでいいのか?」
するとティティは下唇を噛み、黙って俯いた。
「俺は嫌だ。孤児院が襲撃されたあの日以来、ずっとティティを助けることを目標にして生きてきたんだ」
「でも! その結果、あなたはマッツィアーノにペットとして連れてこられたじゃない。たまたま私のところに来たから助けてあげられた。でも次は絶対にないわ! あなた一人でどうやってマッツィアーノが従えたモンスターから逃げられるて言うの?」
「俺にだって魔法がある。あれから覚えたんだ」
そう言ってティティの手を握り、ヒールを掛けた。
「え? これって……」
ティティは困惑している様子だ。
「光属性魔法。人間を攻撃することはできないけど、ほとんどのモンスターは一撃だ。だからモンスターならなんとかなる」
「でも……」
信じきれないのか、ティティは困惑したような表情を浮かべている。
「必ず迎えに来る。この地獄からティティを救い出して見せるから!」
「レイ……」
「だから、明日はマッツィアーノ公爵に伝えた計画どおりにしてくれ。ダーククロウに案内させたって、それを追跡されたらティティの立場が悪くなるでしょ? 俺は大丈夫だから」
「……」
「ティティ、俺を信じて。必ず迎えに来るから」
「……」
ティティは悩んだ様子だったが、やがて小さくため息をついた。
「夢物語はやめて。根拠のない話で希望を持たせるなんて、無責任だわ」
ティティは意志のこもった目で俺をじっと見つめ、そしてピシャリと言い放った。
「いい? 私のことは忘れなさい。私もあなたのことは忘れるわ」
思わず大声を出しそうになった俺の口をティティが塞ぐ。
「静かに! 黙ってついてきて」
いつになく真剣な表情だ。きっと何かあるのだろう。
俺は頷いて立ち上がった。そして足音を立てないようにそっとティティの後ろについて歩き、庭へとやってきた。雪が降っていたはずなのにしっかりと雪かきがされており、ランプの灯りだけでも転ぶ心配はなさそうだ。
そうして庭を歩き、墓地を通り抜けて俺たちは小さな建物の前にやってきた。明かりはついておらず、周囲に人気はない。
「ティティ、ここは? なんだか教会っぽい気もするけど……」
「ここはね。お母さまの家なの」
「え? マリア先生の? じゃあ――」
「静かに。いくら離れていても、大声を出したら気付かれるわ」
「ご、ごめん。でもマリア先生がいるって思ったら……」
するとティティは寂しげに微笑んだ。
「そうね。ちょっと紛らわしい言い方だったわ。お母さまが少し前まで住んでいた場所よ」
「え? じゃあ今は……」
「ここには住んでいないわ」
「それってどういう……」
するとティティは少し辛そうな表情を浮かべた。
「お母さまはね。お父さまに気に入られすぎちゃったの」
うん? 言っている意味が分からないぞ?
どうやらすっかり表情に出ていたらしい。ティティは小さくため息をついた。
「まあ、その反応が普通ね。でも、マッツィアーノはまともじゃないの。散々見てきたでしょう?」
「それは……」
たしかにそのとおりだ。まともな神経をしていたらあんなことができるはずがない。
「今年の春ぐらいだったかしら? お父さま、突然独占欲が出たみたいなの。今までずっとお母さまをここに追いやって放置していたくせに、突然お母さまを死んだことにして監禁しちゃったの」
「はぁ?」
「それで今はマッツィアーノ公爵邸の塔に幽閉されているわ。一応私だけは会っていいことになっているけど、それでもお父さまの許しが必要なの。他の人は一切近づけないわ」
言っている言葉の意味は理解できるが、どういうことなのかさっぱり理解できない。
「さっき通った墓地にお母さまのお墓もあるわ。帰りに見てみる? ちゃんとマリア・マッツィアーノって刻まれているわよ」
「え? え? でも、マリア・マッツィアーノってことは、マリア先生はマッツィアーノ公爵の奥さんになったんだよね?」
「そうよ。たしか、第七夫人だったかしら」
うん? 奥さんにしておいて、なぜ監禁するなんて発想が出てくるんだ?
「マッツィアーノ公爵家はね。家族間でも平気でそういうことがあるのよ。だから、血のつながっていない自分の好みの女を息子に取られるのが嫌だったんじゃないかしら? 私には理解できないけれど」
「はぁ? 息子?」
「ええ、そうよ」
なんというか、あまりにもぶっ飛びすぎていて俺には理解できそうもない。
「レイ、これがね。マッツィアーノなのよ」
ティティは諦めたような表情でそう言い放った。その表情があまりにも痛々しすぎて、俺は今すぐ逃げようと言いかけてその言葉をなんとか飲み込んだ。
ティティが逃げたら、マリア先生はどうなるんだ?
すると俺の心の葛藤を見透かしたかのようにティティは俺にこう言った。
「レイ、プロポーズ、嬉しかったわ。でもね。残念だけどあなたと一緒には行けないわ。分かるでしょう?」
ああ、そうだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。優しいティティがマリア先生をあんな地獄に残して逃げるなんてできるはずがない。
「それにね? マッツィアーノは、赤い瞳を持つ私を絶対に手放さないわ。だから私のことは忘れて、一人で逃げてちょうだい」
「そんな! 俺はティティを!」
「私はね。あなたが生きていてくれただけで十分なの。お願いだから、私のことなんかは忘れて、マッツィアーノの手の届かない安全なところで暮らしてちょうだい」
「ティティ……」
「レイ、お願いよ」
ティティはもう完全に諦めてしまっている様子だ。
俺は、ティティになんて言葉を掛けてあげればいいのだろう?
どうすればティティの辛い気持ちに寄り添ってあげられるのだろう?
「レイ、私たちはね。明日、一緒に森に入るわ」
「え? それは、どういう……?」
ティティの言葉の意味がさっぱりわからない。
「いい? お父さまにはね――」
ティティは計画の詳細を教えてくれた。
そんな! だったら一緒に……行けるわけがない。マリア先生が人質なのだから。
「それにね。私にはほとんど魔力がないの。だから、従えられたのはこの子たちだけ」
ティティがそう言って腕を右から左にスッと振ると、どこからともなく三羽の赤い目をしたカラスが現れた。
「ダーククロウ……?」
「そうよ。だから森の中でモンスターに襲われないのは私がいるからじゃなくて、お父さまがそう指示しているから。だから、途中でモンスターはあなたを襲うわ」
「……」
「明日はこの子たちがあなたをモンスターの少ないところに案内するわ。だからあなただけでも逃げてちょうだい」
……ティティをこんな地獄に一人置き去りにして、俺だけ逃げる?
「分かってちょうだい。お願いよ」
ティティはそう念を押してきた。その表情からは俺の身を案じているその気持ちが伝わってきて……。
俺は、俺は――
「いやだ。諦めない」
俺の返事にティティは泣きそうな表情を見せる。
「なら、私を無理やりにでも連れて行くつもり?」
「いや、ティティがマリア先生を置いて行けないことも分かってる」
「じゃあどういうつもり?」
「ティティ、なんとか耐えてくれ。俺が必ず、必ずティティとマリア先生をこの地獄から救い出すから」
「何を言っているの? 私はマッツィアーノなのよ? この瞳を持つ限り、殺されることはないわ」
「でも、ティティの心は殺される。それにあのロザリナとかいう女が後継者になったら――」
「そんなことは絶対にないわ。ロザリナお姉さまの継承順位は第四位よ。魔力量から考えても、従えてるモンスターを考えても、後継者はほぼ間違いなくサンドロお兄さまよ」
「……じゃあ、そのままそいつの妾になるっていうのか? ティティはそれでいいのか?」
するとティティは下唇を噛み、黙って俯いた。
「俺は嫌だ。孤児院が襲撃されたあの日以来、ずっとティティを助けることを目標にして生きてきたんだ」
「でも! その結果、あなたはマッツィアーノにペットとして連れてこられたじゃない。たまたま私のところに来たから助けてあげられた。でも次は絶対にないわ! あなた一人でどうやってマッツィアーノが従えたモンスターから逃げられるて言うの?」
「俺にだって魔法がある。あれから覚えたんだ」
そう言ってティティの手を握り、ヒールを掛けた。
「え? これって……」
ティティは困惑している様子だ。
「光属性魔法。人間を攻撃することはできないけど、ほとんどのモンスターは一撃だ。だからモンスターならなんとかなる」
「でも……」
信じきれないのか、ティティは困惑したような表情を浮かべている。
「必ず迎えに来る。この地獄からティティを救い出して見せるから!」
「レイ……」
「だから、明日はマッツィアーノ公爵に伝えた計画どおりにしてくれ。ダーククロウに案内させたって、それを追跡されたらティティの立場が悪くなるでしょ? 俺は大丈夫だから」
「……」
「ティティ、俺を信じて。必ず迎えに来るから」
「……」
ティティは悩んだ様子だったが、やがて小さくため息をついた。
「夢物語はやめて。根拠のない話で希望を持たせるなんて、無責任だわ」
ティティは意志のこもった目で俺をじっと見つめ、そしてピシャリと言い放った。
「いい? 私のことは忘れなさい。私もあなたのことは忘れるわ」
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