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第60話 プロポーズ
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「ほ、他には?」
「他? 他にも仲間がいたの?」
「ああ、そうなんだ。あと四人いるはずなんだ。すごくお世話になった人と友達が……」
「そう。でも連れてこられたのはレイ、あなたを含めて五人だけよ。他の人についての記録はないわ」
「そう……か。そうなんだ」
なら、四人は生きている可能性があるってことだよな。
良かった。微かな希望かもしれないが、それでも悶々としているよりははるかにマシだ。
「少しは元気が出たみたいね」
「ああ。ありがとう、ティティ」
「どういたしまして」
ティティはそう言って優しく微笑んだ。
……やっぱり、ティティはあの頃とまだ変わっていないんだ。
そんなことを思ってティティの綺麗な顔をじっと見ていると、ティティは少し恥ずかしそうな表情になる。
「ど、どうしたの? 急にじっと見つめてきて」
「あ……その……」
どうしよう? 言ってしまうか?
と、ここで今さらながら、いつもティティにくっついているテレーゼというメイドや兵士がいないことに気付いた。
「あのさ。いつものメイドや兵士は?」
「いないわ」
「え? いない?」
「ええ。このフロア全体から人払いをさせたわ。だからね。今だけは何を言っても大丈夫よ。誰にも聞かれないわ」
誰もいない? なら今がチャンスなのでは?
「……ティティはさ。ここがおかしいって、分かってるよね?」
「私の口からは、なんとも言えないわね」
ティティは困った様子で曖昧な笑みを浮かべ、小さく首を横に振る。
「あのさ。どうしたらいいか分からないけど、ティティ。一緒に逃げよう。こんなところにいたらティティは!」
するとティティは再び俺の頭を抱きかかえ、そっと胸に押し付けるように優しく抱き寄せてきた。柔らかい感触にティティが女性として成長していることを意識させられ、そう意識すると急に胸が高鳴ってどうしたらいいか分からなくなってしまう。
「ふふ。もしかしてそれってプロポーズかしら?」
「あ……」
「懐かしいわね。孤児院にいたときは私がレイのお嫁さんになるって何度も言ってたのに」
「それは……」
「それで、お母さまにレイを困らせちゃダメって、いつも怒られてて……」
「マリア先生……そうだ。マリア先生は? マリア先生はどうしてるの?」
するとティティはそのまま黙り込んでしまった。
「ティティ?」
「ううん、なんでもないわ。それより、お母さまに会いたい?」
「それはもちろん」
「そう、分かったわ。今すぐには無理だけど、そのうちね」
そう言うと、ティティはするりと俺から離れていってしまった。
「プロポーズ、嬉しかったわ。なんとか方法を考えてみるから待っていてね」
ティティは少し弾んだ声でそう言うと、くるりと背を向けて地下牢を出ていったのだった。
◆◇◆
地下牢を出て、一階に上がってきたセレスティアをテレーゼが出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
「上手くいったわ。イヌったら、すっかり私を味方だと思い込んだみたい。私ね。駆け落ちしようって言われちゃったわ」
セレスティアは嘲るような口調でそう言い、クスクスと楽しそうに笑った。
「それは……もし旦那様がお聞きになれば――」
「俺が聞いたらなんだ?」
いつの間にか背後にやってきていたクルデルタが話に割り込んできた。それに気付いたセレスティアとテレーゼはカーテシーをする。
「お父さま、ごきげんよう」
「ああ。それでなんの話だ?」
「ええ。以前、お父さまにイヌをいただいたでしょう?」
「イヌ? ああ、お前にやったペットの名前だったな」
「はい。お父さまのお言いつけどおりに可愛がっていたら、すっかり懐かれてしまいました。今日なんて、駆け落ちしようだなんて身の程知らずなことを言ってきたんですよ」
セレスティアは口に手を当てて淑やかに笑ったが、その瞳にははっきりと侮蔑の色が見て取れる。それを見たクルデルタもニヤリと笑った。
「ほう? それでどうするつもりだ?」
「はい。そろそろ頃合いかと思いますので、お父さまのお力をお貸しいただきたいのです」
「どういうことだ?」
「はい。雪が降り始めたら一緒に駆け落ちをすると騙し、ヴァシルガに連れて行こうと思います」
「ヴァシルガ? ああ、そういうことか」
クルデルタがニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、それに返すようにセレスティアも同じ邪悪な笑みを浮かべた。
「そこでイヌに剣を与えたうえで魔の森に一緒に入ります。そうして十分に奥に入ったところで、捨てるんです」
「ほう?」
「逃げ切ったと安心した瞬間、裏切ってモンスターをけしかけるんです。そうして裏切られたイヌが、モンスターたちに食い殺されそうになったイヌがどんな風に絶望するのか、見ものだと思いませんか?」
「ククク、クハハハハハハ。いいぞ。最高じゃないか。クハハハハハハ」
クルデルタはセレスティアの提案が相当気に入ったようで、大口を開けて笑っている。
「いいだろう。魔の森のモンスターどものことは俺に任せておけ。お前の合図でイヌを襲うように命じておこう」
「ありがとうございます」
セレスティアはそう言うと、再びニタリと邪悪な笑みを浮かべた。
「それでは、失礼いたします」
そうして立ち去っていくセレスティアを見送りながら、クルデルタは小さな声で呟く。
「ちっ。残念だな。頭も切れ、性格だって誰よりも俺に似たというのに……」
================
次回更新は通常どおり、2024/01/15 (木) 18:00 を予定しております。
「他? 他にも仲間がいたの?」
「ああ、そうなんだ。あと四人いるはずなんだ。すごくお世話になった人と友達が……」
「そう。でも連れてこられたのはレイ、あなたを含めて五人だけよ。他の人についての記録はないわ」
「そう……か。そうなんだ」
なら、四人は生きている可能性があるってことだよな。
良かった。微かな希望かもしれないが、それでも悶々としているよりははるかにマシだ。
「少しは元気が出たみたいね」
「ああ。ありがとう、ティティ」
「どういたしまして」
ティティはそう言って優しく微笑んだ。
……やっぱり、ティティはあの頃とまだ変わっていないんだ。
そんなことを思ってティティの綺麗な顔をじっと見ていると、ティティは少し恥ずかしそうな表情になる。
「ど、どうしたの? 急にじっと見つめてきて」
「あ……その……」
どうしよう? 言ってしまうか?
と、ここで今さらながら、いつもティティにくっついているテレーゼというメイドや兵士がいないことに気付いた。
「あのさ。いつものメイドや兵士は?」
「いないわ」
「え? いない?」
「ええ。このフロア全体から人払いをさせたわ。だからね。今だけは何を言っても大丈夫よ。誰にも聞かれないわ」
誰もいない? なら今がチャンスなのでは?
「……ティティはさ。ここがおかしいって、分かってるよね?」
「私の口からは、なんとも言えないわね」
ティティは困った様子で曖昧な笑みを浮かべ、小さく首を横に振る。
「あのさ。どうしたらいいか分からないけど、ティティ。一緒に逃げよう。こんなところにいたらティティは!」
するとティティは再び俺の頭を抱きかかえ、そっと胸に押し付けるように優しく抱き寄せてきた。柔らかい感触にティティが女性として成長していることを意識させられ、そう意識すると急に胸が高鳴ってどうしたらいいか分からなくなってしまう。
「ふふ。もしかしてそれってプロポーズかしら?」
「あ……」
「懐かしいわね。孤児院にいたときは私がレイのお嫁さんになるって何度も言ってたのに」
「それは……」
「それで、お母さまにレイを困らせちゃダメって、いつも怒られてて……」
「マリア先生……そうだ。マリア先生は? マリア先生はどうしてるの?」
するとティティはそのまま黙り込んでしまった。
「ティティ?」
「ううん、なんでもないわ。それより、お母さまに会いたい?」
「それはもちろん」
「そう、分かったわ。今すぐには無理だけど、そのうちね」
そう言うと、ティティはするりと俺から離れていってしまった。
「プロポーズ、嬉しかったわ。なんとか方法を考えてみるから待っていてね」
ティティは少し弾んだ声でそう言うと、くるりと背を向けて地下牢を出ていったのだった。
◆◇◆
地下牢を出て、一階に上がってきたセレスティアをテレーゼが出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
「上手くいったわ。イヌったら、すっかり私を味方だと思い込んだみたい。私ね。駆け落ちしようって言われちゃったわ」
セレスティアは嘲るような口調でそう言い、クスクスと楽しそうに笑った。
「それは……もし旦那様がお聞きになれば――」
「俺が聞いたらなんだ?」
いつの間にか背後にやってきていたクルデルタが話に割り込んできた。それに気付いたセレスティアとテレーゼはカーテシーをする。
「お父さま、ごきげんよう」
「ああ。それでなんの話だ?」
「ええ。以前、お父さまにイヌをいただいたでしょう?」
「イヌ? ああ、お前にやったペットの名前だったな」
「はい。お父さまのお言いつけどおりに可愛がっていたら、すっかり懐かれてしまいました。今日なんて、駆け落ちしようだなんて身の程知らずなことを言ってきたんですよ」
セレスティアは口に手を当てて淑やかに笑ったが、その瞳にははっきりと侮蔑の色が見て取れる。それを見たクルデルタもニヤリと笑った。
「ほう? それでどうするつもりだ?」
「はい。そろそろ頃合いかと思いますので、お父さまのお力をお貸しいただきたいのです」
「どういうことだ?」
「はい。雪が降り始めたら一緒に駆け落ちをすると騙し、ヴァシルガに連れて行こうと思います」
「ヴァシルガ? ああ、そういうことか」
クルデルタがニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、それに返すようにセレスティアも同じ邪悪な笑みを浮かべた。
「そこでイヌに剣を与えたうえで魔の森に一緒に入ります。そうして十分に奥に入ったところで、捨てるんです」
「ほう?」
「逃げ切ったと安心した瞬間、裏切ってモンスターをけしかけるんです。そうして裏切られたイヌが、モンスターたちに食い殺されそうになったイヌがどんな風に絶望するのか、見ものだと思いませんか?」
「ククク、クハハハハハハ。いいぞ。最高じゃないか。クハハハハハハ」
クルデルタはセレスティアの提案が相当気に入ったようで、大口を開けて笑っている。
「いいだろう。魔の森のモンスターどものことは俺に任せておけ。お前の合図でイヌを襲うように命じておこう」
「ありがとうございます」
セレスティアはそう言うと、再びニタリと邪悪な笑みを浮かべた。
「それでは、失礼いたします」
そうして立ち去っていくセレスティアを見送りながら、クルデルタは小さな声で呟く。
「ちっ。残念だな。頭も切れ、性格だって誰よりも俺に似たというのに……」
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