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第58話 人間の皮を被った悪魔
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一瞬だった。檻の扉が開くと、ファウストが強化したというディノウルフは目に見えないほどの速さでケヴィンさんとの距離を詰め、そのまま喉笛を食いちぎってしまった。
ケヴィンさんはしっかりと構えていたのに、だ。
勝負にすらなっていない。
声を上げることもできず、助けることもできず……!
俺は……俺はまた! 大切な人を目の前で失ってしまった。
う、くううう。
声を上げて泣いてしまいそうだが、ボールギャグをかまされているせいでくぐもった声になるのがせめてもの慰めだろうか?
パチン!
気付けば俺の右頬にひりひりとした痛みが走る。
「何をしているの? 何が起こっても声を上げるなといったはずよ?」
耳元でそう囁くティティの声がした。
「皆さん、申し訳ありません。どうやらイヌには人が死ぬところはショックだったようです。調教が必要ですのでこれで失礼――」
「セレスティア、お待ちになって」
「なんでしょうか? ロザリナお姉さま」
「わたくしの新しいコレクションをお披露目したいのですわ。ねえ? 皆さんもセレスティアと一緒に見たいですわよね?」
ロザリナはそのコレクションとやらを見せたいようだが、なぜティティを引き留めているのだろう?
俺はなんとか顔を上げた。ロザリナはニコニコと優し気に微笑んでいる。
「……お姉さまがそう仰るのでしたら」
ティティはロザリナの要求に応じ、再び席に戻った。するとすぐに布を被せられた何か大きなものの載ったカートが運ばれてきた。
それを見たティティはピクリと一瞬だけ眉を動かす。
「さあ、ご覧になって」
布が取り払われる。そこから現れたのは……。
え? ラウ……ロ……さん? の、顔をした……え? でも、動いていない? え? え? それに皮膚が……え?
「どう? この筋肉標本、なかなかじゃありませんこと?」
ロザリナという女は優雅に微笑んでいる。
なんでこいつは! こいつらは! こんなことをして! そんな風に笑っていられるんだ!?
一体なんなんだ! こいつは……こいつらは! 人間の皮を被った悪魔だ!
「さきほど死んだアレも、完成したら皆さんにお披露目しますわ」
それを聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。
殺してやる!
後先のことなど何も考えず、俺はこの悪魔に飛びかかろうとした。だがすぐに首を後ろに引っ張られ、視界がぐるりと回転する。
俺は体を強く地面に打ち付けてしまった。
両手が使えないことも忘れ、なんとか立ち上がろうともがいてみるものの、頭から水を掛けられた。すぐに後頭部に痛みが走り、俺はそのまま地面と思い切りキスをする格好となる。
「ロザリナお姉さま、やはりイヌにはまだ外の世界は刺激が強すぎたようです」
俺の頭上からそんな声が聞こえ、俺は頭を強く押さえつけられた。
「あらあら、そういえばセレスティアも初めてコレクションを見たときは驚いていましたわねぇ」
「ええ。まだ調教の途中ですから、イヌが暴れるといけません。申し訳ありませんが今日はこれで失礼します」
ティティは冷ややかな声でそう言った。
「何をしているの? 死にたいわけ? 早く行くわよ」
ティティにそう囁かれ、ようやく助けられたことに気が付く。
俺は、俺は……。
頭を押さえていたものが無くなり、続いてリードが引っ張られた。俺はそれに従って立ち上がると、とぼとぼとティティの後を追いかけるのだった。
◆◇◆
いつもの牢屋でいつものように壁に繋がれたまま、俺は硬いベッドに体を横たえている。
ティティの後を追って歩いたことは覚えているが、その間のことは何も覚えていない。
無力感が、喪失感が俺を打ちのめす。
どうしてケヴィンさんとラウロさんがここにいたんだ?
なんで……! スピネーゼにいたはずなのに!
これは……夢……。
……。
…………。
………………。
ああ、そうだよな。夢なんかじゃない。痛みもある。
これは現実なんだ。
分かっている。分かっているんだ。
要するに、俺たちはマッツィアーノ公爵家の奴らに襲われたんだ。
スピネーゼで俺たちと戦わずに逃げたあの妙なディノウルフは、きっとマッツィアーノ公爵に操られていたに違いない。
それに、きっとあの夜の攻撃は邪魔なモラッツァーニ伯爵家の後継ぎであるカミロ様を狙った攻撃だったのだろう。
ホーンラビットばかりで順調にモンスターを駆除できたのも、カミロ様を森の奥に誘い込むための罠だったと考えれば辻褄が合う。
俺たちは……巻き込まれたんだろうな。
ちょうど頑丈な人間が欲しくて、たまたま冒険者がそこにいたからついでに拉致された、といったところだろう。
冒険者であればほぼ間違いなく平民なので、準貴族である騎士を拉致するよりも問題化しにくい。
仇……討てるのか?
ケヴィンさんの、ラウロさんの、黒狼顎のみんなの、そして孤児院のみんなの顔を思い出す。
憎しみはある。あいつは悪魔だ。絶対に許すことなどできない。
だが、あんなモンスターをどうやって倒すんだ?
あのケヴィンさんが、反応すらできずに殺されたんだ。俺なんかが勝てるはずが……。
「ティティ……」
俺は何の気なしに、ずっと助けようと思っていた彼女の名前を呟き、そしてハッとなった。
そうだ。ティティだ! ティティだけでも助けないと!
こんな異常な場所にずっといたら、きっとティティまでおかしくなってしまう。
現に、あんなに優しくて泣き虫だったティティが、あれほど異常な光景を見せられているのに平然としていたじゃないか!
どうにかして早くティティをここから連れ出さなければ!
……どうやって?
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次回更新は通常どおり、2024/01/13 (土) 18:00 を予定しております。
ケヴィンさんはしっかりと構えていたのに、だ。
勝負にすらなっていない。
声を上げることもできず、助けることもできず……!
俺は……俺はまた! 大切な人を目の前で失ってしまった。
う、くううう。
声を上げて泣いてしまいそうだが、ボールギャグをかまされているせいでくぐもった声になるのがせめてもの慰めだろうか?
パチン!
気付けば俺の右頬にひりひりとした痛みが走る。
「何をしているの? 何が起こっても声を上げるなといったはずよ?」
耳元でそう囁くティティの声がした。
「皆さん、申し訳ありません。どうやらイヌには人が死ぬところはショックだったようです。調教が必要ですのでこれで失礼――」
「セレスティア、お待ちになって」
「なんでしょうか? ロザリナお姉さま」
「わたくしの新しいコレクションをお披露目したいのですわ。ねえ? 皆さんもセレスティアと一緒に見たいですわよね?」
ロザリナはそのコレクションとやらを見せたいようだが、なぜティティを引き留めているのだろう?
俺はなんとか顔を上げた。ロザリナはニコニコと優し気に微笑んでいる。
「……お姉さまがそう仰るのでしたら」
ティティはロザリナの要求に応じ、再び席に戻った。するとすぐに布を被せられた何か大きなものの載ったカートが運ばれてきた。
それを見たティティはピクリと一瞬だけ眉を動かす。
「さあ、ご覧になって」
布が取り払われる。そこから現れたのは……。
え? ラウ……ロ……さん? の、顔をした……え? でも、動いていない? え? え? それに皮膚が……え?
「どう? この筋肉標本、なかなかじゃありませんこと?」
ロザリナという女は優雅に微笑んでいる。
なんでこいつは! こいつらは! こんなことをして! そんな風に笑っていられるんだ!?
一体なんなんだ! こいつは……こいつらは! 人間の皮を被った悪魔だ!
「さきほど死んだアレも、完成したら皆さんにお披露目しますわ」
それを聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。
殺してやる!
後先のことなど何も考えず、俺はこの悪魔に飛びかかろうとした。だがすぐに首を後ろに引っ張られ、視界がぐるりと回転する。
俺は体を強く地面に打ち付けてしまった。
両手が使えないことも忘れ、なんとか立ち上がろうともがいてみるものの、頭から水を掛けられた。すぐに後頭部に痛みが走り、俺はそのまま地面と思い切りキスをする格好となる。
「ロザリナお姉さま、やはりイヌにはまだ外の世界は刺激が強すぎたようです」
俺の頭上からそんな声が聞こえ、俺は頭を強く押さえつけられた。
「あらあら、そういえばセレスティアも初めてコレクションを見たときは驚いていましたわねぇ」
「ええ。まだ調教の途中ですから、イヌが暴れるといけません。申し訳ありませんが今日はこれで失礼します」
ティティは冷ややかな声でそう言った。
「何をしているの? 死にたいわけ? 早く行くわよ」
ティティにそう囁かれ、ようやく助けられたことに気が付く。
俺は、俺は……。
頭を押さえていたものが無くなり、続いてリードが引っ張られた。俺はそれに従って立ち上がると、とぼとぼとティティの後を追いかけるのだった。
◆◇◆
いつもの牢屋でいつものように壁に繋がれたまま、俺は硬いベッドに体を横たえている。
ティティの後を追って歩いたことは覚えているが、その間のことは何も覚えていない。
無力感が、喪失感が俺を打ちのめす。
どうしてケヴィンさんとラウロさんがここにいたんだ?
なんで……! スピネーゼにいたはずなのに!
これは……夢……。
……。
…………。
………………。
ああ、そうだよな。夢なんかじゃない。痛みもある。
これは現実なんだ。
分かっている。分かっているんだ。
要するに、俺たちはマッツィアーノ公爵家の奴らに襲われたんだ。
スピネーゼで俺たちと戦わずに逃げたあの妙なディノウルフは、きっとマッツィアーノ公爵に操られていたに違いない。
それに、きっとあの夜の攻撃は邪魔なモラッツァーニ伯爵家の後継ぎであるカミロ様を狙った攻撃だったのだろう。
ホーンラビットばかりで順調にモンスターを駆除できたのも、カミロ様を森の奥に誘い込むための罠だったと考えれば辻褄が合う。
俺たちは……巻き込まれたんだろうな。
ちょうど頑丈な人間が欲しくて、たまたま冒険者がそこにいたからついでに拉致された、といったところだろう。
冒険者であればほぼ間違いなく平民なので、準貴族である騎士を拉致するよりも問題化しにくい。
仇……討てるのか?
ケヴィンさんの、ラウロさんの、黒狼顎のみんなの、そして孤児院のみんなの顔を思い出す。
憎しみはある。あいつは悪魔だ。絶対に許すことなどできない。
だが、あんなモンスターをどうやって倒すんだ?
あのケヴィンさんが、反応すらできずに殺されたんだ。俺なんかが勝てるはずが……。
「ティティ……」
俺は何の気なしに、ずっと助けようと思っていた彼女の名前を呟き、そしてハッとなった。
そうだ。ティティだ! ティティだけでも助けないと!
こんな異常な場所にずっといたら、きっとティティまでおかしくなってしまう。
現に、あんなに優しくて泣き虫だったティティが、あれほど異常な光景を見せられているのに平然としていたじゃないか!
どうにかして早くティティをここから連れ出さなければ!
……どうやって?
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