ドン底から始まる下剋上~悪魔堕ちして死亡する幼馴染を救うためにゲームの知識で成り上がります~

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
55 / 208

第55話 獄中生活

しおりを挟む
 翌日、俺はなぜか心地よい気分で目覚めを迎えた。孤児院にいたときよりも硬いベッドの上で、右手を鎖に繋がれたままだというのにどうしてそんな気分なのだろうか?

 ああ、もしかするとティティが無事でいてくれたからかもしれない。

 そうだ。そうに決まっている。

 取り留めもなくそんなことを考えていると、突然鉄格子が開かれた。

 ティティ?

 期待に胸を膨らませてそちらを見るが、入ってきたのは兵士の男だった。そいつは面倒くさそうに俺のほうへと近付いてきて、硬そうな黒パンが一つだけ載せられたお皿を床に置いた。

「おい、エサだ」

 そう言うと兵士の男は俺の体調を気にかけるでもなく、そそくさと牢屋から出ていく。

 ……エサ、か。

 頭で理解していたつもりではあるが、やはりこいつらは本当に俺を人間として扱っていないということが実感できる。

 腹立たしいが、食べなければ体が持たない。俺は余計なプライドを捨て、黒パンに手を伸ばすのだった。

◆◇◆

 それからは何もすることもなく、薄暗い地下牢でボーっと過ごしていた。どれくらいの時間が経ったのかもよく分からないが、腹時計からするともうお昼どきだろうか?

 食事くらいはきちんと出してほしいものだが……。

 そんなことを考えていると鉄格子が開く音が聞こえた。ぼんやりとそちらに視線を向けると、ランプを持ったティティが入ってくる。

 ……あまりにも綺麗すぎる。

 それが最初の感想だ。

 顔立ちの特徴もそうだし、金の長い髪と赤い縦長の特徴的な瞳からも彼女がティティだということはわかる。それに孤児院にいたときだって可愛かったのだから、貴族の家でしっかり着飾ればこうなるのは当然だと理解はできる。

 だが、そうと分かっていてもドキドキしてしまい、ティティから目を離すことができない。

 しかしそんな俺とは対照的に、ティティは無表情でなんの感情も感じられない視線を向けてきている。

「あら? 目、見えるようになったの? お父さまの仰るとおり、本当に頑丈なのね」

 そう言って俺の前までやってくると、俺の頬を両手で挟んで無理やり顔をティティのほうに向けさせた。

 ティティの整いすぎた顔が目の前にあり、赤く神秘的な瞳がじっと俺の目を見つめてくる。

 う……これは……。

 きっと俺の顔は真っ赤になっていることだろう。心臓の音もうるさく、頭は真っ白になってしまってどうしたらいいか分からない。

「ちゃんと私の顔が見えているみたいね」

 ティティはそう言うと両手をパッと離し、するりと立ち上がる。

 あ……。

 さっきまでティティの瞳に見つめられるのが恥ずかしかったのに、今ではティティが離れてしまったことを残念に思ってしまっている。

 俺は、一体どうなってしまったんだ?

 ティティは助けなきゃいけない大切な幼馴染なのに!

「ねえ、エサはどうしているの?」
「はっ! 朝に与えております!」

 ティティの会話で、俺はようやくティティの他に同行者がいることに気が付いた。

 俺に黒パンを運んできた男ともう一人の兵士の男、そしてメイド服を着た女だ。

「何を与えたの?」
「はっ! 黒パンであります!」
「他には?」
「何も与えておりません!」

 黒パンを運んできた男は自信満々な様子で答え、それを聞いたティティは大げさにため息をついた。

「どうして?」
「は?」

 ティティの質問の意味が分からないようで、男は間抜けな表情で聞き返した。するとティティは再び大きなため息をつき、隣にいるメイド服の女に視線を送る。

「テレーゼ」
「はい」

 メイドの女はティティの言葉にうなずく。

 と、次の瞬間、気付けばその女の拳が男の腹にめり込んできた。

 嘘だろ!? いつの間にやったんだ?

「がっ……は……」

 男は力なく崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 ティティはその様子を眉一つ動かさず、冷たい表情でと崩れ落ちた兵士の男を一瞥いちべつした。そしてもう一人の兵士のほうへと向き直る。

 するとふわりと金色の髪が流れ、昔は肩までだったティティの髪が腰まで伸ばされていることにようやく気付いた。

「私はお父さまからいただいたこのペットを治療しろと命じたはずよ。十分なエサを与えないで毛並みが悪くなったらどう責任を取るつもりかしら?」
「そ、それは……」
「やせ細ったペットなんて、見栄えが悪いでしょう? 恥ずかしくて散歩にも連れていけないわ」

 ティティの言葉に兵士の男は顔面蒼白となっているが、俺もティティの言っていることが俺の知っているティティとあまりにも違いすぎてどう反応したらいいのかわからない。

「ああ、そうだわ。お前たちが仕事をしないから、お父さまからいただいたペットが病気になったとお伝えして、新しいペットをおねだりするのもいいわね」

 ティティは聞いたこともないような冷たい声で……こちらからはティティの表情を確認することはできないが、一体どんな表情でそんな恐ろしいことを言っているのだろうか?

「も、申し訳ございません! アンナお嬢様のご命令で……」
「ふうん? つまり、お前は私よりも継承権もない女の命令を優先した、ということかしら?」

 次の瞬間、兵士の男は土下座して謝り始めた。

「申し訳ございません! どうか! どうかお許しを!」

 しかしティティはそんな男の頭を踏みつけた。ティティは高くはないもののピンヒールを履いており、あろうことかそのヒールの部分で踏みつけているのだからかなり痛そうだ。

 だが俺は彼に対する同情よりも、優しかったティティが平然とこんなことをしていることに衝撃を受けている。

 それから少しするとティティは踏みつけるのをやめた。

「次はないわよ?」
「はい! セレスティアお嬢様! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 ひどい目に遭ったというのに、男は土下座したまま何度も何度も感謝の言葉を口にする。

 だがティティはそれを無視し、俺のほうへと向き直った。ティティの顔にはなんの感情も浮かんでいない。

「そうそう。お父さまにおすすめいただいたから、お前の名前を決めたわ」

 ん? 名前? なんのことだ?

 ティティは困惑する俺の頬を両手で挟み、無理やり顔をティティのほうへと向けさせた。ティティの神秘的な瞳に思わず吸い込まれているかのような錯覚におちいる。

「お前の名前はイヌよ。いい子にしていたらでてあげるし、散歩にも連れて行ってあげるわ。分かったわね?」

 イヌ? え? ティティは……一体何を?

 理解できずに困惑していると、俺の頬から暖かい感触が消えた。と、次の瞬間――

 パチン!

 左の頬からジンジンとした痛みが伝わってきて、ティティの頬を叩かれたことを認識する。

「え? え?」

 パチン!

 今度は右の頬を叩かれた。

「イヌ! 返事は!」
「は、はい!」

 俺は思わずそう答え、何度も頷いた。するとティティは優しく俺の頭を撫で、そして叩いた両方の頬に優しく手を当ててくる。

「いい子ね。これからもいい子にしてなさい?」

 優しい声でそう言うと、ティティの両手がするりと離れていく。

「イヌ、また来るわ。それまでいい子にしていなさい」

 ティティはそう言って立ち上がった。するとメイドの女がティティを先導するように前を歩き、出口へと向かっていく。

 俺はそれをただただ呆然ぼうぜんと見送るのだった。

================
 次回更新は通常どおり、2024/01/10 (水) 18:00 を予定しております。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

スキルが覚醒してパーティーに貢献していたつもりだったが、追放されてしまいました ~今度から新たに出来た仲間と頑張ります~

黒色の猫
ファンタジー
 孤児院出身の僕は10歳になり、教会でスキル授与の儀式を受けた。  僕が授かったスキルは『眠る』という、意味不明なスキルただ1つだけだった。  そんな僕でも、仲間にいれてくれた、幼馴染みたちとパーティーを組み僕たちは、冒険者になった。  それから、5年近くがたった。  5年の間に、覚醒したスキルを使ってパーティーに、貢献したつもりだったのだが、そんな僕に、仲間たちから言い渡されたのは、パーティーからの追放宣言だった。

処理中です...