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第43話 モラッツァーニ伯爵領
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「ケヴィンちゃん、本当に行っちゃうのぉ?」
足掛け三年過ごした部屋を引き払い、手続きを終えた俺たちにクレオパトラさんが寂しそうにそう声をかけてきた。
「クレオパトラさん、悪いですがさすがにこんな仕打ちをされたら無理ですよ」
「……そうよねぇ。ごめんなさい」
クレオパトラさんは申し訳なさそうにそう謝罪してきた。
「別にクレオパトラさんが悪いわけじゃないです。ただ、ランクアップできないなら俺たちがここに留まる理由はないんで」
「そうねぇ。本当にごめんなさい」
普段は自信満々に体をくねらせているクレオパトラさんがこんなしおらしく謝っているのを見ると、やはりなんとも複雑な気分になる。
クレオパトラさんは受付嬢であって、ギルドの上層部というわけではない。本来であれば謝らなければいけないのは黒狼の顎との約束を一方的に反故にしたコーザ男爵をはじめとするギルドの上層部だ。
だが貴族である男爵が平民である俺たちに頭を下げるはずもなく、結局こうして謝るのはクレオパトラさんのような現場の人間になる。
思い返してみると、コーザ男爵にはいい印象はない。
囮にされた件もあるし、初めてコーザに来た日に遭遇したあの横柄な事務員の存在だってそうだ。黒狼の顎のみんなや普段接するギルドの人たちがいい人ばかりだったおかげですっかり忘れていたが、入街審査の人間があんな態度で仕事をしてもクビにならないのだ。その一点からしても、上の人間がどういう人間なのかは推して知るべしといったところだ。
そんなことを思っていると、クレオパトラさんが一人一人に別れの挨拶をし始めた。
「レクスちゃんも、頑張ってねぇ」
「クレオパトラさん……はい。頑張ります」
「そうよぉ。レクスちゃんならきっといい冒険者になれるわぁ」
そう言ってクレオパトラさんは俺のことを軽くハグしてくれた。俺もハグをし返すと、
すぐに離れてテオに挨拶をする。
こうして俺たちはコーザの町を出発し、一路モラッツァーニ伯爵領の領都マルゲーラを目指すのだった。
◆◇◆
夏の終わりに差し掛かり、俺たちはやっとマルゲーラに到着した。マルゲーラは今まで見た中で一番高い城壁に囲まれた城塞都市で、町の中の雰囲気もどこか物々しい。
きっと、常にモンスターの襲撃を受けていることが影響しているのだろう。
そんな町並みを通り抜け、俺たちは冒険者ギルドのマルゲーラ伯爵領本部にやってきた。
すると受付で名乗るとすぐに奥の部屋に通してくれた。その部屋に設えられたソファーにはグラハムさんが座っており、グラハムさんの正面にはと一人の立派な身なりの青年が座っていた。
グラハムさんは立ち上がり、ケヴィンさんとハグをして再会を喜び合う。
「ケヴィン、やっと来ましたか」
「おう、悪かったな。で、この人は?」
「はい。ではこちらへ」
グラハムさんはすぐに青年のほうへとケヴィンさんを連れて行き、紹介し始める。
「カミロ様、こちらは私が所属するクラン、黒狼の顎のリーダーを務めておるケヴィンと申す者です」
「ああ、君がそうか」
彼はそこでようやく立ち上がった。
「俺はカミロ・ディ・モラッツァーニ、モラッツァーニ伯爵家の長男だ」
するとケヴィンさんは跪いた。それに倣って俺たちも跪く。
「黒狼の顎のリーダーでCランク冒険者のケヴィンです。何卒お見知りおきを」
「ああ、よろしく頼む。グラハムから事情は聞いているが、災難だったな。うちはコーザ男爵と違って小金を惜しむような馬鹿な真似はしない。実力さえあれば、BランクだろうがAランクだろうが、冒険者には何人でもいて欲しいと思っている」
「ははっ!」
「さて、うちから出す条件は一年だ。一年間、スピネーゼの防衛に参加し、モンスターを駆除してくれ」
「は? たった一年でございますか?」
「ああ。もちろんノルマはある。黒狼の顎全体で、契約期間内に四千匹のモンスターを駆除してほしい。まあ、これはすぐに達成できるだろうがな」
えっ? 四千匹!? 四千って、俺たちがコーザで駆除した合計の十倍以上だぞ?
「分かりました。それで問題ございません」
「よし。ならば黒狼の顎が一年間スピネーゼを守り切り、四千匹のモンスターを駆除すれば、黒狼の顎のメンバー全員のランクを一つ上げよう。Cランクは三名だったな?」
「はい。私とグラハム、それからあちらのニーナという女です」
「そうか、わかった。問題ない。残りは全員Dランクで合っているな?」
「そのとおりです」
「わかった。ではそのように手配しておこう」
「ありがとうございます」
「よし。ではしっかりランクを上げてくれよ。お前たちのランクが上がればまた別のオファーを出せる。もちろんBランクの者には我が騎士団の騎士と同等の生活ができるだけの滞在手当ても出すからな。心して任務に当たるように」
「ははっ!」
カミロ様はそう言うと、足早に部屋から出ていくのだった。
================
次回更新は通常どおり、2023/12/29 (金) 18:00 を予定しております
足掛け三年過ごした部屋を引き払い、手続きを終えた俺たちにクレオパトラさんが寂しそうにそう声をかけてきた。
「クレオパトラさん、悪いですがさすがにこんな仕打ちをされたら無理ですよ」
「……そうよねぇ。ごめんなさい」
クレオパトラさんは申し訳なさそうにそう謝罪してきた。
「別にクレオパトラさんが悪いわけじゃないです。ただ、ランクアップできないなら俺たちがここに留まる理由はないんで」
「そうねぇ。本当にごめんなさい」
普段は自信満々に体をくねらせているクレオパトラさんがこんなしおらしく謝っているのを見ると、やはりなんとも複雑な気分になる。
クレオパトラさんは受付嬢であって、ギルドの上層部というわけではない。本来であれば謝らなければいけないのは黒狼の顎との約束を一方的に反故にしたコーザ男爵をはじめとするギルドの上層部だ。
だが貴族である男爵が平民である俺たちに頭を下げるはずもなく、結局こうして謝るのはクレオパトラさんのような現場の人間になる。
思い返してみると、コーザ男爵にはいい印象はない。
囮にされた件もあるし、初めてコーザに来た日に遭遇したあの横柄な事務員の存在だってそうだ。黒狼の顎のみんなや普段接するギルドの人たちがいい人ばかりだったおかげですっかり忘れていたが、入街審査の人間があんな態度で仕事をしてもクビにならないのだ。その一点からしても、上の人間がどういう人間なのかは推して知るべしといったところだ。
そんなことを思っていると、クレオパトラさんが一人一人に別れの挨拶をし始めた。
「レクスちゃんも、頑張ってねぇ」
「クレオパトラさん……はい。頑張ります」
「そうよぉ。レクスちゃんならきっといい冒険者になれるわぁ」
そう言ってクレオパトラさんは俺のことを軽くハグしてくれた。俺もハグをし返すと、
すぐに離れてテオに挨拶をする。
こうして俺たちはコーザの町を出発し、一路モラッツァーニ伯爵領の領都マルゲーラを目指すのだった。
◆◇◆
夏の終わりに差し掛かり、俺たちはやっとマルゲーラに到着した。マルゲーラは今まで見た中で一番高い城壁に囲まれた城塞都市で、町の中の雰囲気もどこか物々しい。
きっと、常にモンスターの襲撃を受けていることが影響しているのだろう。
そんな町並みを通り抜け、俺たちは冒険者ギルドのマルゲーラ伯爵領本部にやってきた。
すると受付で名乗るとすぐに奥の部屋に通してくれた。その部屋に設えられたソファーにはグラハムさんが座っており、グラハムさんの正面にはと一人の立派な身なりの青年が座っていた。
グラハムさんは立ち上がり、ケヴィンさんとハグをして再会を喜び合う。
「ケヴィン、やっと来ましたか」
「おう、悪かったな。で、この人は?」
「はい。ではこちらへ」
グラハムさんはすぐに青年のほうへとケヴィンさんを連れて行き、紹介し始める。
「カミロ様、こちらは私が所属するクラン、黒狼の顎のリーダーを務めておるケヴィンと申す者です」
「ああ、君がそうか」
彼はそこでようやく立ち上がった。
「俺はカミロ・ディ・モラッツァーニ、モラッツァーニ伯爵家の長男だ」
するとケヴィンさんは跪いた。それに倣って俺たちも跪く。
「黒狼の顎のリーダーでCランク冒険者のケヴィンです。何卒お見知りおきを」
「ああ、よろしく頼む。グラハムから事情は聞いているが、災難だったな。うちはコーザ男爵と違って小金を惜しむような馬鹿な真似はしない。実力さえあれば、BランクだろうがAランクだろうが、冒険者には何人でもいて欲しいと思っている」
「ははっ!」
「さて、うちから出す条件は一年だ。一年間、スピネーゼの防衛に参加し、モンスターを駆除してくれ」
「は? たった一年でございますか?」
「ああ。もちろんノルマはある。黒狼の顎全体で、契約期間内に四千匹のモンスターを駆除してほしい。まあ、これはすぐに達成できるだろうがな」
えっ? 四千匹!? 四千って、俺たちがコーザで駆除した合計の十倍以上だぞ?
「分かりました。それで問題ございません」
「よし。ならば黒狼の顎が一年間スピネーゼを守り切り、四千匹のモンスターを駆除すれば、黒狼の顎のメンバー全員のランクを一つ上げよう。Cランクは三名だったな?」
「はい。私とグラハム、それからあちらのニーナという女です」
「そうか、わかった。問題ない。残りは全員Dランクで合っているな?」
「そのとおりです」
「わかった。ではそのように手配しておこう」
「ありがとうございます」
「よし。ではしっかりランクを上げてくれよ。お前たちのランクが上がればまた別のオファーを出せる。もちろんBランクの者には我が騎士団の騎士と同等の生活ができるだけの滞在手当ても出すからな。心して任務に当たるように」
「ははっ!」
カミロ様はそう言うと、足早に部屋から出ていくのだった。
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