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第32話 カミングアウト(前編)
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気が付くと、真っ暗な場所で横になっていた。
正面には暖かく柔らかい感触があり、何かに包まれているような気がする。
寝袋の中か? いや、だとするとこの柔らかい感触は一体なんだろう?
体を動かそうとしてみるが、どうやら背中を固定されているようで……。
「あ、目が覚めたのね。良かった」
頭の上の方からニーナさんの優しい声が聞こえてきた。
ああ、よかった。助かったんだ。
うん? この状況ってもしかして……?
「あ、ほら。動かないの。レクスくん、体が冷えきっちゃってたのよ。だからこのままもう少し、お姉さんと一緒に寝てなさい」
やっぱりそうか!
雪山で遭難したら裸で体をくっつけて寝るといいとは聞いていたが、まさか自分が体験することになるとは……。
さすがにこの状況は少し恥ずかしいが、一方で暖かく安心感もあり、このまま包まれていたいような気もする。
そんな相反する気持ちに葛藤していると、ニーナさんが話しかけてきた。
「ねえ、レクスくん」
「はい。なんですか?」
「あのさ。私、スノーディアにやられた、よね?」
「っ!」
思わず角に刺さったままスノーディアに掲げられたニーナさんの姿を思い出してしまい、思わず息を呑んだ。
「そう、やっぱりそうだよね。それでさ。レクスくん」
「……はい」
「あのスノーディア、レクスくんが倒してくれたよね? 私、なんとなく記憶があるんだ」
「……はい」
「そっか……そっか。うん。ありがとう、レクスくん。おかげで助かったわ」
「いえ」
ニーナさんはそう言うと、俺の頭を優しく撫でてくれた。その手つきはとても優しく、なぜかマリア先生のことを思い出してしまってなんとも切ない気持ちになる。
そのまま身を任せていると、ニーナさんがおずおずと切り出してきた。
「……ねぇ、レクスくん。あのさ」
「なんですか?」
「スノーディア、一撃だった、よね?」
「はい」
「じゃあさ。あのときフォレストウルフをあんなに綺麗に倒せたのも、偶然じゃないよね?」
「……そうですね」
「うん。そっか。そっか」
ニーナさんは意味深にそう言うと、再び俺の頭を優しく撫でてくれた。それが心地よくてされるがままにしていると、ニーナさんが今度は小さな声で囁く。
「じゃあさ。私が生きてるのも、レクスくんの魔法のおかげ?」
「っ!」
覚悟していたことだが、やはりニーナさんは感づいているようだ。
どう答えようか思案していると、ニーナさんはもう一度俺の頭を優しく撫でてきた。
「レクスくん、私は、ううん、私たちはレクスくんをどこかに売り飛ばしたりしない。だから安心していいよ。レクスくんは私たち黒狼の顎の仲間だもの。仲間を売り飛ばすような人間は黒狼の顎にはいないわ」
「……はい」
「それにね。もうみんな大体感づいているわ。テオくんのことを助けてくれたのも、レクスくんでしょう?」
そうか。テオも助かったのか。ああ、良かった。
「それと、リーダーがね。遠くから、私がスノーディアにやられた瞬間を見たみたいなのよ。だから、こんな風に傷一つ残ってなかったら嫌でも気付くわ」
「え? ケヴィンさんが? でもあのとき周りには誰も……」
するとニーナさんがクスリと笑った。
「リーダーはね。ずっと私を守りながら戦ってくれてたんだけど、最後の一頭になったところでやられかけていたサブリーダーのところに応援に行ったの。それでサブリーダーの代わりにスノーディアの吹雪を体で防いで、動けなくなっちゃったらしいわ」
「え? どういう状況ですか? 最後の一頭って、それならニーナさんはどうしてスノーディアに……」
「だって、相手はモンスターよ? モンスターといえば、普通は人間を見たら一直線に襲ってくるでしょう? だからまさか最初からずっと息をひそめて私を狙ってるやつがいるなんて、思いもしなかったわ。それで最後の一頭だって思っていたのよ。私も、リーダーも、他の誰もがね」
「……そうだったんですね」
そういえばブラウエルデ・クロニクルでもボスとして登場したスノーディアの群れの各個体にはそれぞれ役割があり、ヒーラーや魔法使いなどの後衛を狙ってくるものも存在していた。そいつらは物陰や茂みの中を通って見つからないように移動していたし、それが現実だとこうなるということなのだろう。
ということは、もしかすると俺が最初に倒したスノーディアも後衛を狙う役割の個体だったのかもしれない。
「あの、みんなは……」
「なんとか無事よ」
「そうですか」
俺はほっと胸をなでおろした。すると外からケヴィンさんの声が聞こえてくる。
「おーい! ニーナ、開けるぞー!」
「どうぞ!」
「おう!」
シャッとテントの入口が空いた音がし、人が入ってきたような気配がした。それからすぐにドンと何かを床に置いたようだ。
「失礼しますよ」
「はい。サブリーダーもどうぞ。それから、さっきレクスくんが起きましたよ」
「何っ!? 本当か!? おい! 坊主! おま――」
「ちょっと! リーダー!」
「ケヴィン!」
「おっと、すまんすまん」
ええと、なんとなく雰囲気から察するに、ケヴィンさんが俺の状況を確認しようとニーナさんの寝袋に手を掛けて、ニーナさんとグラハムさんに怒られたってことかな?
なら、とりあえず俺から声を掛けるべきだろう。
「ケヴィンさん、グラハムさん、ご心配をおかけしました」
「お、おう。坊主、起きれるか?」
「え? ……はい。多分」
俺はニーナさんから抜け出そうとするが、力が入らないせいか上手くいかない。
「レクスくん、まだ無理しなくていいよ。ほら、こうすれば顔だけ出るでしょ?」
「はい」
ニーナさんに手伝ってもらい、俺は寝袋から顔だけ出した。
「リーダー、レクスくんに話があるんですよね?」
「おう。じゃあ坊主、そのまま聞いてくれ」
================
次回更新は通常どおり、2023/12/18 (月) 18:00 を予定しております。
正面には暖かく柔らかい感触があり、何かに包まれているような気がする。
寝袋の中か? いや、だとするとこの柔らかい感触は一体なんだろう?
体を動かそうとしてみるが、どうやら背中を固定されているようで……。
「あ、目が覚めたのね。良かった」
頭の上の方からニーナさんの優しい声が聞こえてきた。
ああ、よかった。助かったんだ。
うん? この状況ってもしかして……?
「あ、ほら。動かないの。レクスくん、体が冷えきっちゃってたのよ。だからこのままもう少し、お姉さんと一緒に寝てなさい」
やっぱりそうか!
雪山で遭難したら裸で体をくっつけて寝るといいとは聞いていたが、まさか自分が体験することになるとは……。
さすがにこの状況は少し恥ずかしいが、一方で暖かく安心感もあり、このまま包まれていたいような気もする。
そんな相反する気持ちに葛藤していると、ニーナさんが話しかけてきた。
「ねえ、レクスくん」
「はい。なんですか?」
「あのさ。私、スノーディアにやられた、よね?」
「っ!」
思わず角に刺さったままスノーディアに掲げられたニーナさんの姿を思い出してしまい、思わず息を呑んだ。
「そう、やっぱりそうだよね。それでさ。レクスくん」
「……はい」
「あのスノーディア、レクスくんが倒してくれたよね? 私、なんとなく記憶があるんだ」
「……はい」
「そっか……そっか。うん。ありがとう、レクスくん。おかげで助かったわ」
「いえ」
ニーナさんはそう言うと、俺の頭を優しく撫でてくれた。その手つきはとても優しく、なぜかマリア先生のことを思い出してしまってなんとも切ない気持ちになる。
そのまま身を任せていると、ニーナさんがおずおずと切り出してきた。
「……ねぇ、レクスくん。あのさ」
「なんですか?」
「スノーディア、一撃だった、よね?」
「はい」
「じゃあさ。あのときフォレストウルフをあんなに綺麗に倒せたのも、偶然じゃないよね?」
「……そうですね」
「うん。そっか。そっか」
ニーナさんは意味深にそう言うと、再び俺の頭を優しく撫でてくれた。それが心地よくてされるがままにしていると、ニーナさんが今度は小さな声で囁く。
「じゃあさ。私が生きてるのも、レクスくんの魔法のおかげ?」
「っ!」
覚悟していたことだが、やはりニーナさんは感づいているようだ。
どう答えようか思案していると、ニーナさんはもう一度俺の頭を優しく撫でてきた。
「レクスくん、私は、ううん、私たちはレクスくんをどこかに売り飛ばしたりしない。だから安心していいよ。レクスくんは私たち黒狼の顎の仲間だもの。仲間を売り飛ばすような人間は黒狼の顎にはいないわ」
「……はい」
「それにね。もうみんな大体感づいているわ。テオくんのことを助けてくれたのも、レクスくんでしょう?」
そうか。テオも助かったのか。ああ、良かった。
「それと、リーダーがね。遠くから、私がスノーディアにやられた瞬間を見たみたいなのよ。だから、こんな風に傷一つ残ってなかったら嫌でも気付くわ」
「え? ケヴィンさんが? でもあのとき周りには誰も……」
するとニーナさんがクスリと笑った。
「リーダーはね。ずっと私を守りながら戦ってくれてたんだけど、最後の一頭になったところでやられかけていたサブリーダーのところに応援に行ったの。それでサブリーダーの代わりにスノーディアの吹雪を体で防いで、動けなくなっちゃったらしいわ」
「え? どういう状況ですか? 最後の一頭って、それならニーナさんはどうしてスノーディアに……」
「だって、相手はモンスターよ? モンスターといえば、普通は人間を見たら一直線に襲ってくるでしょう? だからまさか最初からずっと息をひそめて私を狙ってるやつがいるなんて、思いもしなかったわ。それで最後の一頭だって思っていたのよ。私も、リーダーも、他の誰もがね」
「……そうだったんですね」
そういえばブラウエルデ・クロニクルでもボスとして登場したスノーディアの群れの各個体にはそれぞれ役割があり、ヒーラーや魔法使いなどの後衛を狙ってくるものも存在していた。そいつらは物陰や茂みの中を通って見つからないように移動していたし、それが現実だとこうなるということなのだろう。
ということは、もしかすると俺が最初に倒したスノーディアも後衛を狙う役割の個体だったのかもしれない。
「あの、みんなは……」
「なんとか無事よ」
「そうですか」
俺はほっと胸をなでおろした。すると外からケヴィンさんの声が聞こえてくる。
「おーい! ニーナ、開けるぞー!」
「どうぞ!」
「おう!」
シャッとテントの入口が空いた音がし、人が入ってきたような気配がした。それからすぐにドンと何かを床に置いたようだ。
「失礼しますよ」
「はい。サブリーダーもどうぞ。それから、さっきレクスくんが起きましたよ」
「何っ!? 本当か!? おい! 坊主! おま――」
「ちょっと! リーダー!」
「ケヴィン!」
「おっと、すまんすまん」
ええと、なんとなく雰囲気から察するに、ケヴィンさんが俺の状況を確認しようとニーナさんの寝袋に手を掛けて、ニーナさんとグラハムさんに怒られたってことかな?
なら、とりあえず俺から声を掛けるべきだろう。
「ケヴィンさん、グラハムさん、ご心配をおかけしました」
「お、おう。坊主、起きれるか?」
「え? ……はい。多分」
俺はニーナさんから抜け出そうとするが、力が入らないせいか上手くいかない。
「レクスくん、まだ無理しなくていいよ。ほら、こうすれば顔だけ出るでしょ?」
「はい」
ニーナさんに手伝ってもらい、俺は寝袋から顔だけ出した。
「リーダー、レクスくんに話があるんですよね?」
「おう。じゃあ坊主、そのまま聞いてくれ」
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次回更新は通常どおり、2023/12/18 (月) 18:00 を予定しております。
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