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第30話 スノーディア
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恐る恐る振り向くと、そこには真っ白な美しい毛並みと立派な角を生やした一頭の鹿がいた。
真っ白な新雪の上に立つ白い鹿。なんとも美しい光景だ。
その瞳が赤くらんらんと輝いてさえいなければ、ではあるが。
ケヴィンさんたちのいるほうからは戦いの音が聞こえるので、きっとどうやら群れの中の一頭がこちらに来てしまったのだろう。
俺はすぐに剣を抜き、正眼に構えた。
スノーディアも俺のことを警戒しているのか、すぐに突進してくるようなことはない。
しばらく睨み合っていると、スノーディアの体が淡く光り、吹雪が放たれた。
俺は少し顔を下に向けて雪が目に直撃しないようにしつつ、上目づかいでスノーディアの姿を見失わないように警戒する。
大丈夫だ。多少の寒さなら問題ないはずの厚着をしている……あれ? どういうことだ? 体の芯から冷えていっているような?
っ!?
俺は本能的な恐怖を感じて横に飛び、ヘッドスライディングをするような形でたき火の囲いの裏側に避難した。
先ほどの芯から冷えるようなあの感覚は本当にヤバかった。あのままずっとくらい続けていたら間違いなく凍死していただろう。
……!?
ちょっと待て! なんで吹雪をくらっていないのにまだ体の芯から冷えるような感覚が続いているんだ!?
……あ! そうだ! スノーディアといえば、吹雪からのドットダメージとデバフだ!
ということは、もしかしてこれは俺が今そのドットダメージを受けているんじゃないか?
俺はすぐさま体内の魔力を練り上げ、自分自身にヒールを掛けた。するとすぐにあの冷たい感覚から解放される。
どうやら正解だったようだ。
ブラウエルデ・クロニクルのドットダメージが現実になるとこうなるのか……。
気を取り直し、スノーディアのほうを確認してみた。スノーディアはすでに吹雪を放つのをやめており、俺のほうをじっと見ている。
俺の出方を窺っているのだろうか? だとすると侮れない相手だ。
さて、どうするべきか?
少なくとも無策に飛び出して、正面から攻撃を仕掛けるような真似だけはするべきではないことは間違いない。
身を晒せばきっとまたあの吹雪で攻撃され、何もできないだろう。よしんば無理やり掻い潜ることができたとしても、雪上でまともに戦えるとは到底思えない。距離を取られて吹雪をくらうか、強烈な角の一撃でテオのようにやられる未来が見える。
俺の唯一の切り札は【光属性魔法】のホーリーだ。だがホーリーは自分から離れれば離れるほど急速に威力が減衰するため、今の自分の魔力では遠隔攻撃としてのホーリーは使い物にならないはずだ。
つまり俺の唯一の勝ち筋は、どうにかして剣を突き立て、ホーリーをスノーディアの体内で発動することだ。
策はないが、ここはチャンスを待つしかない。
俺はしっかりと剣を握りしめ、囲いの陰から様子を窺う。
それからしばらく睨み合いを続けていると、スノーディアはしびれを切らしたようだ。
キュッ、キュッと新雪を踏みしめ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
まだだ。まだ動いてはいけない。
やがてスノーディアとの距離は一メートルほどになった。
行くか? いや、まだダメだ。
俺は這いつくばったままずりずりと移動し、吹雪をくらわないように囲いの後ろに逃げ込む。
するとそれを見たスノーディアは明らかにニタリと笑った。あまりに現実離れした情景に背筋が凍りつく。
スノーディアは警戒を解いたとのか、無防備に俺の目の前までやってくると、俺を踏みつぶそうと両方の前脚を高く上げて立ち上がった!
今だ!
俺は勢いよく立ち上がり、そのままスノーディアの腹に剣を突き立て、予め準備しておいたホーリーを間髪入れずに叩き込む!
するとスノーディアは口を大きく開け、小さく甲高い声で「ピュィィ」と鳴いた。それからすぐにスノーディアの体から力が抜け、俺にのしかかるように倒れてくる。
剣を手放してするりとそれを避けると、スノーディアはそのまま地面に崩れ落ちた。
……やった、よな?
じっと観察してみるが、ピクリとも動かない。
よし。どうやら倒せたようだ。
達成感と安堵感がないまぜになったような複雑な気分だ。
「ふぅ」
思わずため息が出てしまったが、すぐに気を取り直し、テオのほうを確認する。
……大丈夫そうだ。先ほどの吹雪もくらっていない。
続いてスノーディアから剣を抜き取ろうとしたそのときだった。
「うぅぅぅぅぅぅ!」
苦しそうな女性の悲鳴が聞こえてくる!
「ニーナさん!」
その声がニーナさんだと気付いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。後先も考えずに剣をスノーディアから抜き取ると、ケヴィンさんたちに加勢しようと雪壁を登る。
そして登った先で見たものは……!
================
次回更新は通常どおり、2023/12/16 (土) 18:00 を予定しております。
真っ白な新雪の上に立つ白い鹿。なんとも美しい光景だ。
その瞳が赤くらんらんと輝いてさえいなければ、ではあるが。
ケヴィンさんたちのいるほうからは戦いの音が聞こえるので、きっとどうやら群れの中の一頭がこちらに来てしまったのだろう。
俺はすぐに剣を抜き、正眼に構えた。
スノーディアも俺のことを警戒しているのか、すぐに突進してくるようなことはない。
しばらく睨み合っていると、スノーディアの体が淡く光り、吹雪が放たれた。
俺は少し顔を下に向けて雪が目に直撃しないようにしつつ、上目づかいでスノーディアの姿を見失わないように警戒する。
大丈夫だ。多少の寒さなら問題ないはずの厚着をしている……あれ? どういうことだ? 体の芯から冷えていっているような?
っ!?
俺は本能的な恐怖を感じて横に飛び、ヘッドスライディングをするような形でたき火の囲いの裏側に避難した。
先ほどの芯から冷えるようなあの感覚は本当にヤバかった。あのままずっとくらい続けていたら間違いなく凍死していただろう。
……!?
ちょっと待て! なんで吹雪をくらっていないのにまだ体の芯から冷えるような感覚が続いているんだ!?
……あ! そうだ! スノーディアといえば、吹雪からのドットダメージとデバフだ!
ということは、もしかしてこれは俺が今そのドットダメージを受けているんじゃないか?
俺はすぐさま体内の魔力を練り上げ、自分自身にヒールを掛けた。するとすぐにあの冷たい感覚から解放される。
どうやら正解だったようだ。
ブラウエルデ・クロニクルのドットダメージが現実になるとこうなるのか……。
気を取り直し、スノーディアのほうを確認してみた。スノーディアはすでに吹雪を放つのをやめており、俺のほうをじっと見ている。
俺の出方を窺っているのだろうか? だとすると侮れない相手だ。
さて、どうするべきか?
少なくとも無策に飛び出して、正面から攻撃を仕掛けるような真似だけはするべきではないことは間違いない。
身を晒せばきっとまたあの吹雪で攻撃され、何もできないだろう。よしんば無理やり掻い潜ることができたとしても、雪上でまともに戦えるとは到底思えない。距離を取られて吹雪をくらうか、強烈な角の一撃でテオのようにやられる未来が見える。
俺の唯一の切り札は【光属性魔法】のホーリーだ。だがホーリーは自分から離れれば離れるほど急速に威力が減衰するため、今の自分の魔力では遠隔攻撃としてのホーリーは使い物にならないはずだ。
つまり俺の唯一の勝ち筋は、どうにかして剣を突き立て、ホーリーをスノーディアの体内で発動することだ。
策はないが、ここはチャンスを待つしかない。
俺はしっかりと剣を握りしめ、囲いの陰から様子を窺う。
それからしばらく睨み合いを続けていると、スノーディアはしびれを切らしたようだ。
キュッ、キュッと新雪を踏みしめ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
まだだ。まだ動いてはいけない。
やがてスノーディアとの距離は一メートルほどになった。
行くか? いや、まだダメだ。
俺は這いつくばったままずりずりと移動し、吹雪をくらわないように囲いの後ろに逃げ込む。
するとそれを見たスノーディアは明らかにニタリと笑った。あまりに現実離れした情景に背筋が凍りつく。
スノーディアは警戒を解いたとのか、無防備に俺の目の前までやってくると、俺を踏みつぶそうと両方の前脚を高く上げて立ち上がった!
今だ!
俺は勢いよく立ち上がり、そのままスノーディアの腹に剣を突き立て、予め準備しておいたホーリーを間髪入れずに叩き込む!
するとスノーディアは口を大きく開け、小さく甲高い声で「ピュィィ」と鳴いた。それからすぐにスノーディアの体から力が抜け、俺にのしかかるように倒れてくる。
剣を手放してするりとそれを避けると、スノーディアはそのまま地面に崩れ落ちた。
……やった、よな?
じっと観察してみるが、ピクリとも動かない。
よし。どうやら倒せたようだ。
達成感と安堵感がないまぜになったような複雑な気分だ。
「ふぅ」
思わずため息が出てしまったが、すぐに気を取り直し、テオのほうを確認する。
……大丈夫そうだ。先ほどの吹雪もくらっていない。
続いてスノーディアから剣を抜き取ろうとしたそのときだった。
「うぅぅぅぅぅぅ!」
苦しそうな女性の悲鳴が聞こえてくる!
「ニーナさん!」
その声がニーナさんだと気付いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。後先も考えずに剣をスノーディアから抜き取ると、ケヴィンさんたちに加勢しようと雪壁を登る。
そして登った先で見たものは……!
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