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第16話 フォレストウルフ
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コーザの町を出発して三日後、俺たちはついに狼型のモンスターの目撃が相次いでいるというエリアへとやってきた。
すると今まで一言も喋っていなかったリカルドさんが、ケヴィンさんに何かを耳打ちした。
「お前ら、注意しろ! リカルドが痕跡を見つけたぞ」
その言葉に一気に緊張が走る。
俺には何が起きているのかさっぱり分からないのだが……。
そうして歩くペースを落とし、周囲の気配に気をつけながらゆっくりと森の中を進んでいく。それからしばらくすると、今度は俺とテオの少し前を歩いているニーナさんが警告を発する。
「右、気配がある」
それを聞いたケヴィンさんたちは一瞬右を見たが、そちらだけを見るのではなく色々な方向に視線を向けて警戒を続けている。
「よし、やってやる。そうすれば……」
隣を歩いているテオが小声でそんなことを呟いているが、緊張からかその表情はかなり強張っている。
「……戦闘態勢を取れ」
ケヴィンさんが低い声でそう命令を出した。ケヴィンさんはそれ以外の命令を出していないのに、まるで予め決められていたかのようなスムーズさで陣形が切り替わる。
その陣形とは、俺とテオを中心にして進行方向をリカルドさんとラウロさんが、右側をニーナさんとダニロさんが、左側をアルバーノさんとダニロさんが、そして後ろをケヴィンさんが見るというものだ。
なるほど。きっとこの陣形の弓使いと剣士をセットにして、弓矢で牽制しつつ近付いてきたのを前衛役の剣士が狩るということなのだろう。
そんなことを考えながら観察をしていると、ケヴィンさんが俺たちに指示を出す。
「坊主、テオ、これから戦闘に入る。荷物は最悪、守らなくていい。そんで身を低くして、見つからないようにしてろ。いいな?」
「はい」
「分かりました」
言われたとおりに俺はしゃがみ、荷物を地面に降ろすとボアゾ村で拝借した剣を鞘から抜いた。一方のテオは荷物を背負ったまま、緊張した様子でしゃがんでいる。
「来たわ!」
ニーナさんは鋭い声でそう言った。それと同時にパシンと矢が放たれた音がし、それからすぐに何かの唸り声が聞こえてきた。その唸り声に反応したかのようにリカルドさんとアルバーノさんも次々と矢を放つ。
「おい! 絶対に姿を晒すなよ!」
ケヴィンさんはそう言い残すと剣を抜き、駆け出した。
「おらぁ!」
ケヴィンさんの気合の入った声を出すと、すぐに何かのくぐもった唸り声が聞こえてくる。
……これが狼型のモンスターの悲鳴なのだろうか? 狼が斬られたならキャンキャンと鳴きそうな気もするのだが。
興味はあるものの、言いつけを破って顔を出すほどの勇気は俺にはない。
そうこうしているうちに俺たちの周囲を固めてくれていた人たちが敵の動きに対応するために少しずつ移動していき、一人、また一人と離れていく。
「二人とも、絶対に体を晒しちゃダメだからね! 分かった?」
「はい」
最後まで残っていたニーナさんもついにそう言い残し、離れていった。
そうして矢を放つ音やケヴィンさんたちの気合の入った声、そして唸り声は遠くへと離れていった。そのおかげでモンスターとの戦いの最中でありながら、俺たちのいる場所だけはなぜか戦いを遠くに感じられる。
しかしそうなると人間とは不思議なもので、戦闘がどうなっているのか見たくなってしまうのだ。
それは俺だけでなくテオも同じだったようで……。
「なあ」
「なんだ?」
「どうなってるか見てみようぜ?」
「いや、でもケヴィンさんもニーナさんもダメだって……」
「大丈夫だって。もうすげぇ離れてるじゃん」
「それはそうだけど……」
「なんだよ。そんな勇気もなしに冒険者なんか務まるわけ――」
「グルルルル」
「「っ!?」」
突然近くで唸り声が聞こえ、俺とテオは同時に息を呑んだ。
ガサッ、ガサッと藪の中で何か大きなものが動いている。その音は少しずつではあるが、確実に俺たちのほうへと向かってきており……。
「うわぁぁぁぁぁ!」
恐怖からパニックになったのか、テオが立ち上がってしまった。
「ひっ!?」
何かを見てしまったのだろう。テオは悲鳴を上げ、尻もちをついてしまった。
すると荷物の重さを支えきれず、そのまま荷物の上に乗るような形で仰向けに倒れる。
ガサガサガサガサ!
すると向こうの茂みから何かが草をかき分けてこちらに向かってくる。
ヤバい!
と、次の瞬間、目の前の茂みから狼、いやフォレストウルフが姿を現した。灰色の毛並みとしなやかな体躯、鋭い牙はまさに森の狩人といったところだ。
だが、狼にしては一点だけおかしなところがある。
それはその目が白目の部分からまるで血のように赤いということだ。
そしてこの赤い目こそが、この狼が動物ではなくモンスターであることの証なのだ。
「ひっ!?」
現れたフォレストウルフにテオは驚いて立ち上がろうともがくが、手足が地面についていないせいで動くことができない。
きっとパニックでショルダーストラップから腕を抜けばいいということに思い至らないのだろう。
「うわぁぁぁぁぁ!」
完全にパニックになってしまったようで、叫び声を上げながら立ち上がろうともがいている。そんなテオにフォレストウルフは容赦なく襲い掛かった。
まずい!
俺はニーナさんに習ったことを思い出し、テオにのしかかろうとしたフォレストウルフの脇腹に剣を突き立てた。
「グルゥゥゥゥゥ」
フォレストウルフは苦し気なうめき声を上げるが、テオの喉笛を噛み千切ろうと口を開ける。
「こいつ!」
俺はそのまま剣を通じてホーリーをフォレストウルフに叩き込む。するとフォレストウルフは大口を開けたまま絶命し、力なくその場に崩れ落ちた。
「おい、テオ! 大丈夫か?」
俺はフォレストウルフをどけてやろうとするが、重くてなかなか動かせない。
するとテオの悲鳴を聞きつけたのか、ニーナさんが大慌てでやってきた。
「テオくん! レクスくんは! ……えっ?」
テオの上にのしかかったフォレストウルフを見てニーナさんの顔面が蒼白になる。
「テオくん! テオくん! レクスくん! 手伝って!」
「はい」
俺たちは力を合わせてテオの上からフォレストウルフの死体をどけた。当然のことながらテオの体は全身血まみれになっている。
「テオくん! 怪我は?」
ニーナさんは慌ててテオの怪我の状況を確認し、すぐに安堵した表情を浮かべた。
「ああ、よかった。擦り傷だけね」
「う……ニーナさん……」
テオは恐怖からか顔面蒼白となっている。
「これはレクスくんがやったの?」
「はい。一応……」
「そう。すごいじゃない。よく頑張ったわね」
「でも、テオを狙ったから隙をつけただけで、多分正面からじゃ……」
「いいのよ。それでもレクスくんはフォレストウルフを退治して、テオくんを救ったの。偉いわ」
「ありがとうございます」
そう言われるとなんだかこそばゆい気分だ。
俺は照れくささから、ニーナさんから視線を外してテオのほうを見た。
相変わらず顔面蒼白で、フォレストウルフの返り血で酷いことになっている。返り血は股間や太ももにまで……ん? その染みは……もしかして?
ああ、いや、うん。仕方ないよな。フォレストウルフにのしかかられて、食い殺されそうになったんだ。俺だってその状況になったらチビってしまう気がする。
そう考え、俺は気付かなかったふりをするのだった。
すると今まで一言も喋っていなかったリカルドさんが、ケヴィンさんに何かを耳打ちした。
「お前ら、注意しろ! リカルドが痕跡を見つけたぞ」
その言葉に一気に緊張が走る。
俺には何が起きているのかさっぱり分からないのだが……。
そうして歩くペースを落とし、周囲の気配に気をつけながらゆっくりと森の中を進んでいく。それからしばらくすると、今度は俺とテオの少し前を歩いているニーナさんが警告を発する。
「右、気配がある」
それを聞いたケヴィンさんたちは一瞬右を見たが、そちらだけを見るのではなく色々な方向に視線を向けて警戒を続けている。
「よし、やってやる。そうすれば……」
隣を歩いているテオが小声でそんなことを呟いているが、緊張からかその表情はかなり強張っている。
「……戦闘態勢を取れ」
ケヴィンさんが低い声でそう命令を出した。ケヴィンさんはそれ以外の命令を出していないのに、まるで予め決められていたかのようなスムーズさで陣形が切り替わる。
その陣形とは、俺とテオを中心にして進行方向をリカルドさんとラウロさんが、右側をニーナさんとダニロさんが、左側をアルバーノさんとダニロさんが、そして後ろをケヴィンさんが見るというものだ。
なるほど。きっとこの陣形の弓使いと剣士をセットにして、弓矢で牽制しつつ近付いてきたのを前衛役の剣士が狩るということなのだろう。
そんなことを考えながら観察をしていると、ケヴィンさんが俺たちに指示を出す。
「坊主、テオ、これから戦闘に入る。荷物は最悪、守らなくていい。そんで身を低くして、見つからないようにしてろ。いいな?」
「はい」
「分かりました」
言われたとおりに俺はしゃがみ、荷物を地面に降ろすとボアゾ村で拝借した剣を鞘から抜いた。一方のテオは荷物を背負ったまま、緊張した様子でしゃがんでいる。
「来たわ!」
ニーナさんは鋭い声でそう言った。それと同時にパシンと矢が放たれた音がし、それからすぐに何かの唸り声が聞こえてきた。その唸り声に反応したかのようにリカルドさんとアルバーノさんも次々と矢を放つ。
「おい! 絶対に姿を晒すなよ!」
ケヴィンさんはそう言い残すと剣を抜き、駆け出した。
「おらぁ!」
ケヴィンさんの気合の入った声を出すと、すぐに何かのくぐもった唸り声が聞こえてくる。
……これが狼型のモンスターの悲鳴なのだろうか? 狼が斬られたならキャンキャンと鳴きそうな気もするのだが。
興味はあるものの、言いつけを破って顔を出すほどの勇気は俺にはない。
そうこうしているうちに俺たちの周囲を固めてくれていた人たちが敵の動きに対応するために少しずつ移動していき、一人、また一人と離れていく。
「二人とも、絶対に体を晒しちゃダメだからね! 分かった?」
「はい」
最後まで残っていたニーナさんもついにそう言い残し、離れていった。
そうして矢を放つ音やケヴィンさんたちの気合の入った声、そして唸り声は遠くへと離れていった。そのおかげでモンスターとの戦いの最中でありながら、俺たちのいる場所だけはなぜか戦いを遠くに感じられる。
しかしそうなると人間とは不思議なもので、戦闘がどうなっているのか見たくなってしまうのだ。
それは俺だけでなくテオも同じだったようで……。
「なあ」
「なんだ?」
「どうなってるか見てみようぜ?」
「いや、でもケヴィンさんもニーナさんもダメだって……」
「大丈夫だって。もうすげぇ離れてるじゃん」
「それはそうだけど……」
「なんだよ。そんな勇気もなしに冒険者なんか務まるわけ――」
「グルルルル」
「「っ!?」」
突然近くで唸り声が聞こえ、俺とテオは同時に息を呑んだ。
ガサッ、ガサッと藪の中で何か大きなものが動いている。その音は少しずつではあるが、確実に俺たちのほうへと向かってきており……。
「うわぁぁぁぁぁ!」
恐怖からパニックになったのか、テオが立ち上がってしまった。
「ひっ!?」
何かを見てしまったのだろう。テオは悲鳴を上げ、尻もちをついてしまった。
すると荷物の重さを支えきれず、そのまま荷物の上に乗るような形で仰向けに倒れる。
ガサガサガサガサ!
すると向こうの茂みから何かが草をかき分けてこちらに向かってくる。
ヤバい!
と、次の瞬間、目の前の茂みから狼、いやフォレストウルフが姿を現した。灰色の毛並みとしなやかな体躯、鋭い牙はまさに森の狩人といったところだ。
だが、狼にしては一点だけおかしなところがある。
それはその目が白目の部分からまるで血のように赤いということだ。
そしてこの赤い目こそが、この狼が動物ではなくモンスターであることの証なのだ。
「ひっ!?」
現れたフォレストウルフにテオは驚いて立ち上がろうともがくが、手足が地面についていないせいで動くことができない。
きっとパニックでショルダーストラップから腕を抜けばいいということに思い至らないのだろう。
「うわぁぁぁぁぁ!」
完全にパニックになってしまったようで、叫び声を上げながら立ち上がろうともがいている。そんなテオにフォレストウルフは容赦なく襲い掛かった。
まずい!
俺はニーナさんに習ったことを思い出し、テオにのしかかろうとしたフォレストウルフの脇腹に剣を突き立てた。
「グルゥゥゥゥゥ」
フォレストウルフは苦し気なうめき声を上げるが、テオの喉笛を噛み千切ろうと口を開ける。
「こいつ!」
俺はそのまま剣を通じてホーリーをフォレストウルフに叩き込む。するとフォレストウルフは大口を開けたまま絶命し、力なくその場に崩れ落ちた。
「おい、テオ! 大丈夫か?」
俺はフォレストウルフをどけてやろうとするが、重くてなかなか動かせない。
するとテオの悲鳴を聞きつけたのか、ニーナさんが大慌てでやってきた。
「テオくん! レクスくんは! ……えっ?」
テオの上にのしかかったフォレストウルフを見てニーナさんの顔面が蒼白になる。
「テオくん! テオくん! レクスくん! 手伝って!」
「はい」
俺たちは力を合わせてテオの上からフォレストウルフの死体をどけた。当然のことながらテオの体は全身血まみれになっている。
「テオくん! 怪我は?」
ニーナさんは慌ててテオの怪我の状況を確認し、すぐに安堵した表情を浮かべた。
「ああ、よかった。擦り傷だけね」
「う……ニーナさん……」
テオは恐怖からか顔面蒼白となっている。
「これはレクスくんがやったの?」
「はい。一応……」
「そう。すごいじゃない。よく頑張ったわね」
「でも、テオを狙ったから隙をつけただけで、多分正面からじゃ……」
「いいのよ。それでもレクスくんはフォレストウルフを退治して、テオくんを救ったの。偉いわ」
「ありがとうございます」
そう言われるとなんだかこそばゆい気分だ。
俺は照れくささから、ニーナさんから視線を外してテオのほうを見た。
相変わらず顔面蒼白で、フォレストウルフの返り血で酷いことになっている。返り血は股間や太ももにまで……ん? その染みは……もしかして?
ああ、いや、うん。仕方ないよな。フォレストウルフにのしかかられて、食い殺されそうになったんだ。俺だってその状況になったらチビってしまう気がする。
そう考え、俺は気付かなかったふりをするのだった。
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