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第15話 はじめての見張り

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 食事を終え、どっぷりと日も暮れて夜になった。これから朝まで交代で見張りをするのだが、黒狼のあぎとは七人いるため、夜の時間を七つに分けて一人で二つの時間を担当するという仕組みになっている。

 俺とテオは見習いの子供だということで、俺が最初の時間を、テオが最後の時間に加わって見張りの体験をすることになった。

 今回、俺と一緒に最初の時間を担当してくれるのはサブリーダーのグラハムさんと弓メインのリカルドさんだ。

「レクスくん、緊張してる?」

 心配しているのか、ニーナさんが話しかけてきた。だが人気のない山奥で野宿するのはこれがはじめてではない。もっともあの不思議な泉で夜を明かしたとき以外は木の上で寝ていたので、見張りという意味では少し緊張している。

「いえ、大丈夫です」
「ホント?」

 ニーナさんは俺の顔をじっと見てきたが、すぐに表情を崩した。

「うん。大丈夫そうだね。サブリーダーもリカルドさんも頼りになるから、分からないことがあったらすぐに聞くのよ」
「はい」
「うん。よろしい。じゃ、おやすみー」
「あ、はい。おやすみなさい。ニーナさん」

 ニーナさんはまるで自室にいるかのようにリラックスした様子で雑魚寝スペースへと歩いていった。

「あ! テオくん、怖かったらお姉さんと一緒に寝る? ぎゅってしてあげるよ?」
「こ、怖くないし!」
「そう?」

 何やら緊張感のないやり取りが聞こえてくるが、きっとテオは耳まで真っ赤になっていることだろう。

「レクスくん、緊張は……してなさそうだね」
「はい、大丈夫です。グラハムさん。リカルドさんもよろしくお願いします」

 するとグラハムさんとリカルドさんはしっかりとうなずいた。

「さて、こういう見張りは初めてかな? レクスくん」
「はい」
「そうか……じゃあ、ちょっと実践で教えてあげたほうがいいかな? リカルドくん、どう思いますか?」

 するとリカルドさんは小さく頷いた。

「ええと、実践ですか?」
「そう。口で言われても分からないだろうからね。僕がちょっと闇に紛れて襲う役をするから、自分なりに警戒してみなさい」
「……わかりました。たき火はそのままでいいんですか?」
「構わないよ。準備はいいかい?」
「はい」

 するとグラハムさんは立ち上がり、森の中へと分け入っていった。

 リカルドさんは一言も喋らず、薪が燃えるパチパチという音だけが暗い夜の森に響き渡る。

 ガサッ。

 俺は思わず音のしたほうへと視線を向ける。しかし何かが出てくるような気配はない。

「うわっ!?」

 すると突然肩をトントンと叩かれ、驚いた俺は思わず飛び上がってしまった。

「リカルドさん? いきなり何を? って、ええっ!? グラハムさん!? いつの間に?」
「レクスくん、もう少し静かにしようか」
「あ……ごめんなさい」

 寝ている人がいるのに見張りが大騒ぎをしてしまうなんて……大失態だ!

「初めてだからね。僕を見つけられなかったのは仕方がないよ。ただ、何が悪かったかを反省しないとね。なぜ肩を叩かれるまで気付かなかったか、分かるかい?」
「え? いえ、さっぱり……。一体どうやってグラハムさんは気配もなく近付けたんでしょう?」
「ははは。それはレクスくんがよそ見をしていたからだよ」
「でも、俺は音がしたほうを……」
「それは僕がそっちに小石を投げて音を立て、レクスくんがよそ見をするように仕向けたんだよ」
「え? あ……そういうことですか……」
「そういうことだよ。次はリカルドくんにアドバイスをもらってからやってみなさい」
「分かりました。リカルドさん、お願いします」

 するとリカルドさんは無言のまま、小さく頷いた。

「それじゃあ、またあとでね」

 そう言ってグラハムさんは夜の森へと消えていった。

「あの、リカルドさん。どうやって警戒すればいいんでしょうか?」

 するとリカルドさんは無言でいくつかの方向を指さした。

「え? どうしてその方向を警戒するんですか?」

 しかしリカルドさんは無言のままじっと俺の目を見てきた。

「……自分で考えろって、ことですか?」

 するとリカルドさんは小さく頷いた。

「わかりました」

 さて、どういうことだろう?

 一つはたき火の向こう側、一つはみんなが寝ている雑魚寝シートの方向、そしてあとの二つは何もない森の方角だ。

 一見すると共通点なんてなさそうな気もするが……。

 いや、待てよ。同じ理由とは限らないよな?

 みんなが寝ている場所は守らないといけないから優先的に見る必要がある、ということじゃないか?

 あとの三か所はどういうことだろう?

 言われた三か所を見比べてみると、たき火の向こう側だけ妙に視界が効かないことに気付いた。

 あ! そういうことか! 明るい場所から暗い場所は見えにくいってことか!

 となると残る二か所は……ああ、なるほど。あの方角は背の高い藪が間近まで迫っている。

 ということは!

 俺はたき火を背にしつつ、藪の一つがしっかり見える位置に移動した。

「リカルドさん、あっちをお願いできませんか?」

 するとリカルドさんは大きく頷くと立ち上がり、俺のところにやってくると頭をわしわしと撫でてくれた。

 よし! これは正解ということなのだろう。

 と、次の瞬間、一つの藪の中から何かが飛んでいくのが目に入った。俺は思わずそれを追って顔を飛んでいったほうに向ける。

 ガサッという音が聞こえたが、すぐさま俺は藪のほうへと視線を戻す。するとそこには藪から音もなく飛び出し、こちらへ向かってくるグラハムさんの姿があった。

「おっと、同じ手には引っかからなかったね。もしかしてリカルドくんに指示をしてもらったのかい?」

 しかしグラハムさんの言葉をリカルドさんは首を横に振って否定した。

「じゃあ、レクスくんは自分で気付いたのかい?」

 リカルドさんは首を縦に振る。

「レクスくん、すごいじゃないか。二回目でそこまでできる子はなかなかいない」
「いえ、リカルドさんがどの方向を警戒すべきかのヒントをくれたんです。だからそのおかげで、俺だけだったら……」
「それでも素晴らしいじゃないか」
「いえ、リカルドさんのおかげです。ありがとうございました」

 俺がお礼を言うとリカルドさんはやはり無言のまま、しかしやや照れくさそうに小さく頷いたのだった。
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