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第四章
第四章第87話 御前会議
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ローザが退出するとすぐに会議は再開される。
「ふむ。さて、ここで皆に伝えておかねばならなぬことがある」
国王の言葉に、集まっている者たちの視線が集まる。
「先日、正教会の総司教より連絡があった。ラヴィウツィに滞在しているローザ・マレスティカ公爵令嬢は神の御使いである可能性が極めて高い、とな」
すると室内がどよめいた。そしてすぐにアロンに視線が集まるが、当のアロンも困惑している様子だ。
「マレスティカ公爵よ。このことを知っていたか?」
「いえ……まさかそのようなことが……」
「……ふむ。その表情を見るに、本当に知らなかったようだな」
「はい。ですが……」
アロンは一呼吸おいてから再び話しだす。
「言われてみれば、たしかにそうだったのかもしれない、と思うようなことはございました」
「ほう? どういうことだ?」
「はい。理由は不明ですが、初めて対面した際に娘が妙にいい子に見えたのです」
「うむ? どういうことだ?」
「本日ご覧いただいたとおり、娘は他人とのコミュニケーションが苦手です。特に目上の立場の者に対して過度に緊張し、萎縮してしまいます」
「うむ。そうであったな。だが、平民の出でもある。多少は仕方ないのではないか?」
「はい。では陛下、今陛下が仰ったお言葉についていかがお考えでしょうか?」
「む? むむむ? ……なるほど、そういうことか」
「はい」
国王は腹落ちした様子だ。宰相などの一部の者も言われたことを理解している様子だが、大部分の者は困惑している。
「だが、【魅了】ではない」
「はい」
国王の言葉に再び室内はどよめく。
「宰相、似たような事例がないか調べておけ」
「はっ」
「では話を戻そう。どの神の御使いであるかは分からぬが、総司教が直々に伝えてきたということは、正教会はマレスティカ公爵令嬢を正式に御使いと認定するつもりなのだろう。我が国としては慶事であるな」
そう言って国王は険しい表情でアロンのほうを見た。一方のアロンはというと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「さて、マレスティカ公爵よ。そなたはどう考える?」
「……はい。あとで話を聞いては見ますが、娘は御使いなどとして祀り上げられることを望んではいないでしょう。娘の望みは静かに、幸せに生きたいというだけでございます」
「ふむ。だが、ルクシアの問題もある。いっそ正教会に預けてしまったほうが良いのではないか?」
「それは……」
「このまま行けば間違いなく、カルリアはレフ公子との婚約を打診してくるだろう。だが、我が国としてもおいそれと差し出すわけには行かなくなった」
「もちろんです。私だって娘が望まぬ結婚を強いるつもりなど!」
「いや、逆だ。もしマレスティカ公爵令嬢がレフ公子との結婚を望んだらどうするつもりだ?」
「それは……娘の意思を最大限尊重したいとは思います。それが彼女を娘としたときの約束ですから」
「ほう? だがそんなことをすれば正教会との関係が壊れるだろう。そのリスクを背負ってでも嫁がせると?」
「い、いえ。ですがそもそも娘の性格からして、公子妃などという立場に耐えられるとは思えません。どう考えても不幸になるでしょう。ですから、私は政略結婚をさせること自体に反対します。それに娘はまだ学生で、本来であればまだ魔法学園にも通っていない年齢なのです。今は学業に専念させてやり、将来の自分の歩むべき道を見つけるための時間を与えてやりたいのです」
「……ふむ。そうか。そうだな。性急に進めすぎたやもしれんな。分かった。だが、正教会からの要求を無下にはできぬ」
「一体どのような要求を……?」
「慈善活動に参加してほしいそうだ。具体的には各地の死を待つ者たちの家での治療を要求してきている」
「そんな! 娘はまだ学生です! 参加したが最後、正教会に組み込まれてしまうではありませんか! そうなれば娘の将来は!」
「だが断れば良からぬ噂を流されるだろうな」
「ですが!」
「公爵よ。娘を想うのであれば、自らが正教会との間に立って交渉し、納得させよ」
「はっ! 寛大なお取り計らいに感謝いたします!」
「うむ。では次の議題に移ろう。宰相」
「はっ」
それからも会議はまだまだ続くのだった。
◆◇◆
その日の夜遅く、アロンは公爵邸へと戻ってきた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
夜が遅いにもかかわらず、大勢の使用人たちが出迎える。
「ああ、出迎えご苦労。もう遅いから下がりなさい」
すると執事以外の使用人たちは一斉に礼をしてから下がっていく。
「ローザはどうしている?」
「はっ。大変お疲れだったようで、ご帰宅後すぐにご就寝なさいました」
「そうか。ではラダ卿と専属侍女のコルネ男爵未亡人を執務室に呼びなさい」
「かしこまりました」
アロンはそう言うと、そのまま執務室に直行する。そしてアロンが執務室に着くと、すぐにラダとメラニアがやってきた。
「さて、詳しい状況を報告しなさい。なぜローザは一人で森を彷徨うことになったのか、そしてなぜ御使いなどと呼ばれているのか」
「はっ」
ラダとメラニアは当時の状況を細かく説明した。
「……そうか。手足を失い、誰がどう見ても助からない怪我を治療してしまったのか。それで御使い、と」
「はい。ですがローザ様は御使いと呼ばれることをお望みではありません」
「そうか。だがなぁ……」
アロンは困った様子で小さくため息をついた。するとラダが真剣な表情でアロンの目をじっと見つめる。
「マレスティカ公爵閣下! 突然で恐縮ですが、お願いがございます」
「なんだね?」
「私をローザ様の、ローザお嬢様の騎士とさせてください」
「……」
アロンはじっとラダの目を見つめ返すが、ラダは怯むことなくアロンの目を見続けている。
「つまり、騎士としての誓いを違えると?」
「はい。身分に関係なく、傷ついたすべての者を救わんとするあのお方に私は正義を見出しました。今後、私のすべてをローザ様をお守りすることに捧げたく」
「……そうか。だが、今のあの子にお前を養うことはできないだろう。どうするつもりだ?」
「それは……私の蓄えをなげうち……」
するとアロンは大きなため息をついた。
「それで何年もつというのだ? あの子はまだ自分の進路すら決めていないのだぞ?」
「う……」
「やれやれ。仕方ない。忠誠はあの子に捧げるので構わんが、今はまだ私の騎士でいてもらう。いいな?」
「それは一体?」
「どのみち、あの子の護衛騎士は増員する予定だった。ラダ卿があの子に真の忠誠を捧げるというのであればなおのこと、あの子の側で守りなさい。そしてあの子がどのように生きるかを決めたときに改めてどうするかを決断すればいい。分かったな?」
「はっ! ありがとうございます! 命に代えましても!」
ラダはそう言って、騎士の礼をするのだった。
◆◇◆
一方その頃、オーデルラーヴァにあるレオシュの執務室を一人の暗い表情をした騎士が訪れていた
「はぁっ!? 失敗した? しかも全滅だと!? どういうことだ! ふざけるな!」
レオシュは自身の執務机に拳を叩きつけた。ドシン、という重い音がするのと同時にレオシュは痛みからか表情を曇らせる。
しかし報告に来た騎士は完全に萎縮しており、俯いたままだ。
「クソッ! いくら払ったと思っているんだ! クソッ! クソッ! クソッ!」
レオシュは怒りが収まらないのか、立ち上がって何度も執務机を蹴りつける。
「何が聖ルクシア教会だ! 何が聖導隊だ! ふざけやがって!」
あまりの剣幕に騎士は実を縮こまらせ、嵐が過ぎ去るのを待っている。
「クソッ!!」
レオシュはそのまま出口へと向かってずかずかと歩いて行く。
「え? あ、あの……」
「ああ? なんだ!」
「あ、いえ、その、どちらへ?」
「俺の部屋だ! しばらく誰も近づけるな!」
「はぁ」
騎士はポカンとした表情でレオシュが出て行くのを見送っている。
「おい! 何をしている! さっさと出て行け!」
「は、はい! 失礼します!」
騎士の男はこれ幸いと早足で退室していく。
「ちっ」
それを見送ったレオシュはそそくさと執務室から出て、自室のほうへと足早に向かうのだった。
一方の追い出された騎士はというと、扉が乱暴に開閉された音に気付いて思わず立ち止まった。そして小さくため息をつくと、誰にも聞こえないほど小さな声でぼそりと呟く。
「やれやれ、もういい加減にしてくれよ。あの子はたしかに可愛いかったけど、でもまだ子供じゃないか。なのにあそこまで執着するか? オフェリア・ピャスクを手に入れたんだからもういいだろうに」
今度は大きなため息をつくと、レオシュが歩いて行ったのとは反対の方向へと歩いていくのだった。
================
次回更新は通常どおり、2024/08/03 (土) 20:00 を予定しております。
「ふむ。さて、ここで皆に伝えておかねばならなぬことがある」
国王の言葉に、集まっている者たちの視線が集まる。
「先日、正教会の総司教より連絡があった。ラヴィウツィに滞在しているローザ・マレスティカ公爵令嬢は神の御使いである可能性が極めて高い、とな」
すると室内がどよめいた。そしてすぐにアロンに視線が集まるが、当のアロンも困惑している様子だ。
「マレスティカ公爵よ。このことを知っていたか?」
「いえ……まさかそのようなことが……」
「……ふむ。その表情を見るに、本当に知らなかったようだな」
「はい。ですが……」
アロンは一呼吸おいてから再び話しだす。
「言われてみれば、たしかにそうだったのかもしれない、と思うようなことはございました」
「ほう? どういうことだ?」
「はい。理由は不明ですが、初めて対面した際に娘が妙にいい子に見えたのです」
「うむ? どういうことだ?」
「本日ご覧いただいたとおり、娘は他人とのコミュニケーションが苦手です。特に目上の立場の者に対して過度に緊張し、萎縮してしまいます」
「うむ。そうであったな。だが、平民の出でもある。多少は仕方ないのではないか?」
「はい。では陛下、今陛下が仰ったお言葉についていかがお考えでしょうか?」
「む? むむむ? ……なるほど、そういうことか」
「はい」
国王は腹落ちした様子だ。宰相などの一部の者も言われたことを理解している様子だが、大部分の者は困惑している。
「だが、【魅了】ではない」
「はい」
国王の言葉に再び室内はどよめく。
「宰相、似たような事例がないか調べておけ」
「はっ」
「では話を戻そう。どの神の御使いであるかは分からぬが、総司教が直々に伝えてきたということは、正教会はマレスティカ公爵令嬢を正式に御使いと認定するつもりなのだろう。我が国としては慶事であるな」
そう言って国王は険しい表情でアロンのほうを見た。一方のアロンはというと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「さて、マレスティカ公爵よ。そなたはどう考える?」
「……はい。あとで話を聞いては見ますが、娘は御使いなどとして祀り上げられることを望んではいないでしょう。娘の望みは静かに、幸せに生きたいというだけでございます」
「ふむ。だが、ルクシアの問題もある。いっそ正教会に預けてしまったほうが良いのではないか?」
「それは……」
「このまま行けば間違いなく、カルリアはレフ公子との婚約を打診してくるだろう。だが、我が国としてもおいそれと差し出すわけには行かなくなった」
「もちろんです。私だって娘が望まぬ結婚を強いるつもりなど!」
「いや、逆だ。もしマレスティカ公爵令嬢がレフ公子との結婚を望んだらどうするつもりだ?」
「それは……娘の意思を最大限尊重したいとは思います。それが彼女を娘としたときの約束ですから」
「ほう? だがそんなことをすれば正教会との関係が壊れるだろう。そのリスクを背負ってでも嫁がせると?」
「い、いえ。ですがそもそも娘の性格からして、公子妃などという立場に耐えられるとは思えません。どう考えても不幸になるでしょう。ですから、私は政略結婚をさせること自体に反対します。それに娘はまだ学生で、本来であればまだ魔法学園にも通っていない年齢なのです。今は学業に専念させてやり、将来の自分の歩むべき道を見つけるための時間を与えてやりたいのです」
「……ふむ。そうか。そうだな。性急に進めすぎたやもしれんな。分かった。だが、正教会からの要求を無下にはできぬ」
「一体どのような要求を……?」
「慈善活動に参加してほしいそうだ。具体的には各地の死を待つ者たちの家での治療を要求してきている」
「そんな! 娘はまだ学生です! 参加したが最後、正教会に組み込まれてしまうではありませんか! そうなれば娘の将来は!」
「だが断れば良からぬ噂を流されるだろうな」
「ですが!」
「公爵よ。娘を想うのであれば、自らが正教会との間に立って交渉し、納得させよ」
「はっ! 寛大なお取り計らいに感謝いたします!」
「うむ。では次の議題に移ろう。宰相」
「はっ」
それからも会議はまだまだ続くのだった。
◆◇◆
その日の夜遅く、アロンは公爵邸へと戻ってきた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
夜が遅いにもかかわらず、大勢の使用人たちが出迎える。
「ああ、出迎えご苦労。もう遅いから下がりなさい」
すると執事以外の使用人たちは一斉に礼をしてから下がっていく。
「ローザはどうしている?」
「はっ。大変お疲れだったようで、ご帰宅後すぐにご就寝なさいました」
「そうか。ではラダ卿と専属侍女のコルネ男爵未亡人を執務室に呼びなさい」
「かしこまりました」
アロンはそう言うと、そのまま執務室に直行する。そしてアロンが執務室に着くと、すぐにラダとメラニアがやってきた。
「さて、詳しい状況を報告しなさい。なぜローザは一人で森を彷徨うことになったのか、そしてなぜ御使いなどと呼ばれているのか」
「はっ」
ラダとメラニアは当時の状況を細かく説明した。
「……そうか。手足を失い、誰がどう見ても助からない怪我を治療してしまったのか。それで御使い、と」
「はい。ですがローザ様は御使いと呼ばれることをお望みではありません」
「そうか。だがなぁ……」
アロンは困った様子で小さくため息をついた。するとラダが真剣な表情でアロンの目をじっと見つめる。
「マレスティカ公爵閣下! 突然で恐縮ですが、お願いがございます」
「なんだね?」
「私をローザ様の、ローザお嬢様の騎士とさせてください」
「……」
アロンはじっとラダの目を見つめ返すが、ラダは怯むことなくアロンの目を見続けている。
「つまり、騎士としての誓いを違えると?」
「はい。身分に関係なく、傷ついたすべての者を救わんとするあのお方に私は正義を見出しました。今後、私のすべてをローザ様をお守りすることに捧げたく」
「……そうか。だが、今のあの子にお前を養うことはできないだろう。どうするつもりだ?」
「それは……私の蓄えをなげうち……」
するとアロンは大きなため息をついた。
「それで何年もつというのだ? あの子はまだ自分の進路すら決めていないのだぞ?」
「う……」
「やれやれ。仕方ない。忠誠はあの子に捧げるので構わんが、今はまだ私の騎士でいてもらう。いいな?」
「それは一体?」
「どのみち、あの子の護衛騎士は増員する予定だった。ラダ卿があの子に真の忠誠を捧げるというのであればなおのこと、あの子の側で守りなさい。そしてあの子がどのように生きるかを決めたときに改めてどうするかを決断すればいい。分かったな?」
「はっ! ありがとうございます! 命に代えましても!」
ラダはそう言って、騎士の礼をするのだった。
◆◇◆
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「はぁっ!? 失敗した? しかも全滅だと!? どういうことだ! ふざけるな!」
レオシュは自身の執務机に拳を叩きつけた。ドシン、という重い音がするのと同時にレオシュは痛みからか表情を曇らせる。
しかし報告に来た騎士は完全に萎縮しており、俯いたままだ。
「クソッ! いくら払ったと思っているんだ! クソッ! クソッ! クソッ!」
レオシュは怒りが収まらないのか、立ち上がって何度も執務机を蹴りつける。
「何が聖ルクシア教会だ! 何が聖導隊だ! ふざけやがって!」
あまりの剣幕に騎士は実を縮こまらせ、嵐が過ぎ去るのを待っている。
「クソッ!!」
レオシュはそのまま出口へと向かってずかずかと歩いて行く。
「え? あ、あの……」
「ああ? なんだ!」
「あ、いえ、その、どちらへ?」
「俺の部屋だ! しばらく誰も近づけるな!」
「はぁ」
騎士はポカンとした表情でレオシュが出て行くのを見送っている。
「おい! 何をしている! さっさと出て行け!」
「は、はい! 失礼します!」
騎士の男はこれ幸いと早足で退室していく。
「ちっ」
それを見送ったレオシュはそそくさと執務室から出て、自室のほうへと足早に向かうのだった。
一方の追い出された騎士はというと、扉が乱暴に開閉された音に気付いて思わず立ち止まった。そして小さくため息をつくと、誰にも聞こえないほど小さな声でぼそりと呟く。
「やれやれ、もういい加減にしてくれよ。あの子はたしかに可愛いかったけど、でもまだ子供じゃないか。なのにあそこまで執着するか? オフェリア・ピャスクを手に入れたんだからもういいだろうに」
今度は大きなため息をつくと、レオシュが歩いて行ったのとは反対の方向へと歩いていくのだった。
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