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第四章
第四章第66話 どういう家なんでしょう
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「ミャッ!」
「いてっ!?」
「ヴィルヘルム! いい加減にしなさい!」
あたしの手を取ろうとしたこいつの手をユキが猫パンチで叩き、それと同時にアンナさんが鋭い声でこいつを叱ります。
「このクソ猫が! よくも邪魔しやがって!」
ものすごい形相でユキを睨んできましたが、すぐに立ち上がったアンナさんがこいつの頬をひっぱたきます。
「お前は一体どれだけ無礼なことをしたか分かっているの!?」
「ああ? うるせぇな! クソババア!」
「誰がクソババアですか! 母親に向かってなんて口の利き方を!」
「うるせぇな! 女のくせに俺に指図するんじゃねぇ!」
「なんですって!?」
それから二人は取っ組み合いの大喧嘩を始めました。
でも男の人と女の人が取っ組み合いをしたら……あれ? アンナさんのほうがちょっと押しています。
あいつは男にしては背が低いのですが、アンナさんも平均的な背丈なので、体格でいえばあいつのほうが有利なはずです。
……太ってますし、あいつってもしかして普段から運動をしていないんでしょうか?
「アンナ! いい加減にしろ!」
ディミトリエさんがなぜかアンナさんだけを止めますが、アンナさんは止まりません。
「黙っていてください! 公爵家のご令嬢にこんなことをしたことが伝われば!」
「いいから止めろ!」
あっ!?
ディミトリエさんがアンナさんを引き離し、その隙にあいつの拳がアンナさんの顔面に入りました。
な、なんてことを!
アンナさんは顔面が血まみれになり、その場に崩れ落ちます。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。クソババア、思い知ったか」
そう言って勝ち誇ったようにアンナさんを見下ろしていますが、一体何がそんなに誇らしいんでしょうか?
自分のお母さんですよね?
すると今度はものすごい形相であたしの、いえ、ユキのほうを見てきます。
「さあ、次はそこのクソ猫だ」
えっ!?
「だ、ダメです」
あたしは思わずユキを守るように前に立ちました。
「おい、そこをどけ」
「い、嫌です」
「なんだと!? 女なら男に逆らうんじゃねぇ」
あたしは首を横に振ります。
「生意気な奴だ! 公爵家だからってお高く留まりやがって!」
そう言ってあいつは拳を振り上げ、あたしに向かって一歩を踏み出そうしたのですが、そのまま何かに躓いたのか、足がもつれて転び、顔面を強打しました。
えっと……ものすごく痛そうです。そのまま動かなくなっちゃいましたけど、大丈夫でしょうか?
「お嬢様、馬鹿息子が、大変な失礼を……」
あ……アンナさんがこいつの足首をしっかり掴んでいます。しかも鼻が変な方向に曲がっていて、血がダラダラ流れているのにあたしに謝っています。
「ヴィルヘルム! おお! ヴィルヘルム! 大丈夫か!?」
それなのに、ディミトリエさんはこいつだけを心配しています。
えっと、この人たち、おかしいです。アンナさんには悪いですけど、こんなところに泊まったら何されるか分かりません。
「アンナさん、ちょっとじっとしていてくださいね」
あたしはアンナさんにだけ治癒魔法を掛けてあげました。
「お、お嬢様……」
「アンナさん、ごめんなさい。あたし、この家には泊まりたくありません」
「……はい。大変申し訳ございませんでした」
それからあたしは応接室から出ようとしましたが、なんと扉が開きません。
「えっ!? ど、どうして?」
すると後ろからディミトリエさんの勝ち誇ったような声が聞こえてきます。
「おや、ご令嬢。どこに行こうというのだ? 今晩は泊まっていくのだろう?」
ディミトリエさんはあたしのことをニヤニヤしながら見てきています。
「それとも……」
そう言ってディミトリエさんはうつ伏せの状態になっていたアンナさんの髪の後ろ髪を引っ張り、無理やり顔を上げさせました。
アンナさんは痛そうに顔をしかめています。
「わ、分かりましたから……」
「そうか。ならばそれでいい。さあ! ご令嬢を部屋にご案内しろ!」
すると扉の鍵が開き、五人ほどの男と一人のものすごく痩せた女性が入ってきました。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
「はい……」
こうしてあたしは無理やりアンナさんの家に泊まらされることになったのでした。
◆◇◆
「あの、お嬢様。申し訳ありませんでした」
あたしは二階の隅の部屋に連れていかれました。そして男の人たちがいなくなると、ものすごく痩せた女の人にそう謝られました。
「えっと?」
「きっとお父さまとお兄さまが無理やりここに居ろって言ったんですよね?」
「……はい」
「本当にごめんなさい。悪いことだとは分かっています。でも、お父さまには……」
えっと、もしかしてこの人はまともなんでしょうか?
「その、あなたは?」
「申し遅れました。私はバルバラと申します。この家の娘で、お嬢様のお世話をさせていただきます。できることであればなんでもいたしますので、どうぞお気軽になんなりとお申し付けくださいませ。」
「は、はい。えっと、じゃあこの家から出たいんですけど……」
「申し訳ございません。お父さまにそれはダメだと強く言いつけられておりまして……それに外には見張りがいますので、どうか……」
ダメみたいです。バルバラさん、悪い人な気はしないですけど、ディミトリエさんには逆らえないみたいです。
「お嬢様、あと一時間ほどで夕食の時間です。どうか身支度を整えてくださいませ」
「えっと……」
「どうか、お願いします。そうでないと私、私は……!」
バルバラさんはそう言って必死に訴えて来ます。あまりに真剣な様子に根負けし、あたしはカルリア公国で着たドレスに着替えることにしたのでした。
================
次回更新は通常どおり、2024/03/09 (土) 20:00 を予定しております。
「いてっ!?」
「ヴィルヘルム! いい加減にしなさい!」
あたしの手を取ろうとしたこいつの手をユキが猫パンチで叩き、それと同時にアンナさんが鋭い声でこいつを叱ります。
「このクソ猫が! よくも邪魔しやがって!」
ものすごい形相でユキを睨んできましたが、すぐに立ち上がったアンナさんがこいつの頬をひっぱたきます。
「お前は一体どれだけ無礼なことをしたか分かっているの!?」
「ああ? うるせぇな! クソババア!」
「誰がクソババアですか! 母親に向かってなんて口の利き方を!」
「うるせぇな! 女のくせに俺に指図するんじゃねぇ!」
「なんですって!?」
それから二人は取っ組み合いの大喧嘩を始めました。
でも男の人と女の人が取っ組み合いをしたら……あれ? アンナさんのほうがちょっと押しています。
あいつは男にしては背が低いのですが、アンナさんも平均的な背丈なので、体格でいえばあいつのほうが有利なはずです。
……太ってますし、あいつってもしかして普段から運動をしていないんでしょうか?
「アンナ! いい加減にしろ!」
ディミトリエさんがなぜかアンナさんだけを止めますが、アンナさんは止まりません。
「黙っていてください! 公爵家のご令嬢にこんなことをしたことが伝われば!」
「いいから止めろ!」
あっ!?
ディミトリエさんがアンナさんを引き離し、その隙にあいつの拳がアンナさんの顔面に入りました。
な、なんてことを!
アンナさんは顔面が血まみれになり、その場に崩れ落ちます。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。クソババア、思い知ったか」
そう言って勝ち誇ったようにアンナさんを見下ろしていますが、一体何がそんなに誇らしいんでしょうか?
自分のお母さんですよね?
すると今度はものすごい形相であたしの、いえ、ユキのほうを見てきます。
「さあ、次はそこのクソ猫だ」
えっ!?
「だ、ダメです」
あたしは思わずユキを守るように前に立ちました。
「おい、そこをどけ」
「い、嫌です」
「なんだと!? 女なら男に逆らうんじゃねぇ」
あたしは首を横に振ります。
「生意気な奴だ! 公爵家だからってお高く留まりやがって!」
そう言ってあいつは拳を振り上げ、あたしに向かって一歩を踏み出そうしたのですが、そのまま何かに躓いたのか、足がもつれて転び、顔面を強打しました。
えっと……ものすごく痛そうです。そのまま動かなくなっちゃいましたけど、大丈夫でしょうか?
「お嬢様、馬鹿息子が、大変な失礼を……」
あ……アンナさんがこいつの足首をしっかり掴んでいます。しかも鼻が変な方向に曲がっていて、血がダラダラ流れているのにあたしに謝っています。
「ヴィルヘルム! おお! ヴィルヘルム! 大丈夫か!?」
それなのに、ディミトリエさんはこいつだけを心配しています。
えっと、この人たち、おかしいです。アンナさんには悪いですけど、こんなところに泊まったら何されるか分かりません。
「アンナさん、ちょっとじっとしていてくださいね」
あたしはアンナさんにだけ治癒魔法を掛けてあげました。
「お、お嬢様……」
「アンナさん、ごめんなさい。あたし、この家には泊まりたくありません」
「……はい。大変申し訳ございませんでした」
それからあたしは応接室から出ようとしましたが、なんと扉が開きません。
「えっ!? ど、どうして?」
すると後ろからディミトリエさんの勝ち誇ったような声が聞こえてきます。
「おや、ご令嬢。どこに行こうというのだ? 今晩は泊まっていくのだろう?」
ディミトリエさんはあたしのことをニヤニヤしながら見てきています。
「それとも……」
そう言ってディミトリエさんはうつ伏せの状態になっていたアンナさんの髪の後ろ髪を引っ張り、無理やり顔を上げさせました。
アンナさんは痛そうに顔をしかめています。
「わ、分かりましたから……」
「そうか。ならばそれでいい。さあ! ご令嬢を部屋にご案内しろ!」
すると扉の鍵が開き、五人ほどの男と一人のものすごく痩せた女性が入ってきました。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
「はい……」
こうしてあたしは無理やりアンナさんの家に泊まらされることになったのでした。
◆◇◆
「あの、お嬢様。申し訳ありませんでした」
あたしは二階の隅の部屋に連れていかれました。そして男の人たちがいなくなると、ものすごく痩せた女の人にそう謝られました。
「えっと?」
「きっとお父さまとお兄さまが無理やりここに居ろって言ったんですよね?」
「……はい」
「本当にごめんなさい。悪いことだとは分かっています。でも、お父さまには……」
えっと、もしかしてこの人はまともなんでしょうか?
「その、あなたは?」
「申し遅れました。私はバルバラと申します。この家の娘で、お嬢様のお世話をさせていただきます。できることであればなんでもいたしますので、どうぞお気軽になんなりとお申し付けくださいませ。」
「は、はい。えっと、じゃあこの家から出たいんですけど……」
「申し訳ございません。お父さまにそれはダメだと強く言いつけられておりまして……それに外には見張りがいますので、どうか……」
ダメみたいです。バルバラさん、悪い人な気はしないですけど、ディミトリエさんには逆らえないみたいです。
「お嬢様、あと一時間ほどで夕食の時間です。どうか身支度を整えてくださいませ」
「えっと……」
「どうか、お願いします。そうでないと私、私は……!」
バルバラさんはそう言って必死に訴えて来ます。あまりに真剣な様子に根負けし、あたしはカルリア公国で着たドレスに着替えることにしたのでした。
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