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第四章
第四章第55話 治療しました
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その夜、あたしは久しぶりにあの不思議な夢を見ました。
夢の中であたしはGodTubueっていうネット動画配信サイトで、歴史雑学系の動画を見ていたんです。それでですね。昔は鉛中毒っていうのがたくさん起きていて、特に人前に出る機会の多い役者の女性と、ワインをたくさん飲むお金持ちの人がよくなっていたそうなんです。
しかも恐ろしいことに、鉛中毒になるとですね。なんと赤ちゃんを流産しちゃうんだそうです。
鉛なんて見たことないんですけど、そんな危険な毒があるなんて……。
しかも鉛中毒が怖いのは、症状が流産だけじゃないらしいんですよ。耳が聞こえなくなっちゃったり、頭とかお腹とか、色々なところが痛くなったり、あと手足が痺れたり感覚が無くなったり、あとは人格が変わっちゃうなんてこともあるらしいんですよ。
……あれ? 色々なところが痛くなって手足が痺れるって、公太后さまもそうですね。
もしかしてそういうことなんでしょうか?
ううん。でもあの不思議な世界の夢を見るときって、なんだかいつもそうなんですよね。
ということは、きっとそうなんだと思います。そうです。そうに違いありません。
あれ? でも、公太后さまはどうして鉛中毒になったんでしょうか?
まさか鉛を食べたりしないと思うんですけど……。
……えっと、そうですね。あたしが考えたところで分かるわけないですよね。
はい。でも、動画のおかげでイメージができました。今度の治療でさっそく試してみましょう。
◆◇◆
「公太后さま、治療に来ました」
「ああ、ローザ。待っていましたわ」
公太后さまは満面の笑みであたしを出迎えてくれます。
どうやら症状はかなり辛いみたいで、あたしが魔法を掛けている間だけでも楽になるからってすごく頼りにしてくれているんです。
「さあ、ローザ。早く魔法を掛けておくれ」
「はい」
あたしは公太后さまの手を握り、夢で見た鉛中毒治療をイメージします。体の中に溜まってた鉛を集めて、おしっこに混ざるように……えい!
あ! 発動しました。これ、上手くいったんじゃないですかね?
じゃあ、あとは鉛でダメになった神経が元に戻るようにイメージして……えい!
上手くいきました。これもちゃんと発動できましたよ!
えへへ、やりました。
「……ローザ?」
「え? あ、はい。えっと……どうでしょう?」
すると公太后さまは目をぱちくりしながらあたしを見つめてきました。それからあたしが握っていないほうの手を開いたり閉じたりします。
「……治った……ような?」
「本当ですか?」
「ええ、ローザ。痺れもないですし、あれだけ痛かったのに……うっ!?」
「公太后さま!? どこか痛いところが?」
「え、ええ。いえ、そうではありませんわ」
「えっ?」
どっちなんでしょう?
公太后さまの顔がちょっと赤くなっていて、なんだか辛そうな表情をしています。
「ローザ、ちょっと手を放してくれるかしら?」
「あ、はい」
すると公太后さまはすぐに手を引っ込めると、侍女さんを呼びました。
「すぐにわたくしを立たせなさい」
「かしこまりました」
公太后さまはそう言って侍女の助けを借りて立ち上がると、そそくさと部屋を出ていきました。
それからしばらく待っていると、公太后さまが戻ってきました。
あれ? なんだかスッキリしているような表情ですけど……。
「ローザ、もう完治しましたわ。痺れも痛みも、すっかりありませんわ」
「あ、えっと、はい。ちょっと別の魔法を試してみたんですけど、上手くいって良かったです」
「あら、別の魔法って? 治療の魔法じゃないんですの?」
「はい。えっとですね。今日は最初に使った魔法が、公太后さまの体の中の鉛がおしっこと一緒に出てくるようにする魔法なんです」
「えっ!? 道理で……」
「えっ? 道理でって、どういうことですか?」
すると公太后さまは少し恥ずかしそうな表情を浮かべます。
「そ、そんなことより、鉛ってどういうこですの?」
「え? あ、はい。えっと、鉛って実はすごく危ないんです。鉛が体の中に入ると、公太后さまみたいな症状が出たり、あと流産したり、耳が聞こえなくなったり、とにかく危ないんです」
「そうだったんですの!?」
公太后さまは驚いてあたしに聞いてきます。
「は、はい。そうなんです。それで、公太后さまがいくら治療してもすぐに元に戻っちゃったのは、体が鉛に侵されていたからなんです。それで鉛を出してから、それからダメになったところを治療するように魔法を使いました」
「……まさか鉛がそんなに危険な物だったなんて」
「そうなんです。他にも水銀とかも毒で、絶対飲んじゃダメなんです」
「そ、そう……」
公太后さまはショックを受けている様子です。
「あ、あの……」
「なんですの?」
「公太后さま、どうやって鉛なんかを?」
「鉛はね。大人になるとたくさん使うんですのよ。たとえばこの白粉は、鉛白といって鉛を使っていますわ」
「ええっ?」
「他にも、ワインに鉛糖を入れて飲みますわね」
「えええっ!? そんなことをしたら……」
「ええ。わたくしも知りませんでしたわ。でも、これからは鉛白も鉛糖も、鉛を使うものはすべて禁止すべきですわね」
公太后さまはそう言って微笑みました。
ま、まさか、身近なところでそんなにたくさん鉛が使われていたなんて……。
◆◇◆
治療を終えたローザが大公の間に戻ってしばらくすると、公太后ソフィヤの部屋に公女エカテリーナがやってきた。彼女の後ろには医師の格好をした中年の男が付き従っている。
「おばあさま!」
「あら、エカテリーナ。どうしたのかしら?」
「グリゴリー先生を連れてきました! おばあさまのお薬を作ってくれたそうです! この薬で絶対に治ると言っています!」
エカテリーナがそう言うとグリゴリーは前に出て、お盆を差し出した。お盆にはワインの注がれたグラスと、銀色の液体が乗った陶器製の小皿が載せられている。
「瀉血をどうしても拒否なさるということでしたので、今回は万能薬とされる水銀製剤をお持ちいたしました。飲みやすいよう、鉛糖で甘くしたホット赤ワインもございます」
自信満々な様子でそう宣言したグリゴリーを見て、ソフィヤは眉間に皺を寄せた。
「公太后陛下、わたくしめは医者でございます。わたくしめは生涯を医学に捧げ――」
「この者を取り押さえなさい!」
「えっ!?」
ソフィヤの一声に護衛の兵士たちが一斉にグリゴリーを取り押さえる。
「な、何を! 俺は公太后陛下のためを思って!」
「黙れ! 公太后陛下に毒を盛ろうなど!」
「なっ!? 俺は毒など!」
「グリゴリー、わたくしは治りましたわ」
「は?」
「病の原因は、お前がたった今飲ませようとした鉛だったそうですわ」
「そ、そんなはずは……」
「他にも、水銀も毒だそうですわ」
「えっ? そんなはずはございません! 水銀は万能薬として名高い……」
「お黙りなさい! わたくしの病の原因を突き止めることもできず、毒を盛ろうとするなど恥を知りなさい!」
「そ、そんな……」
ソフィヤの剣幕にグリゴリーは言葉を失う。
「この痴れ者を地下牢に繋いでおきなさい」
「はっ!」
護衛の兵士たちがグリゴリーを連れて行く。
「エカテリーナ」
「ひっ」
ソフィヤに呼ばれ、エカテリーナはビクッと体を震わせた。
「あ、あたしはただ、おばあさまに元気に……」
エカテリーナはおずおずと言い訳を始めた。そんなエカテリーナにソフィヤは微笑み、エカテリーナの両肩に手を置いて優しく諭すように話し始める。
「カーチャ、わたくしは医者では治せないと判断したからローザに来てもらったのですよ」
「はい……」
「このような行為をしては、マレスティカ公爵令嬢とマルダキア魔法王国に対して失礼ですわ」
「……」
「カーチャ、分かるわね? 貴女もカルリア公国の公女なのよ? これから先、貴女にああいった甘言を囁く連中はたくさん現れるわ。何が正しいのか。どうしなければいけないのか。そして甘言に乗って間違ったならばどうしなければいけないのか。きちんとお考えなさい」
「……はい。申し訳ありませんでした。おばあさま」
「ええ。いい子ね」
ソフィヤはそう言うと、素直に謝ったエカテリーナの頭を優しく撫でるのだった。
================
次回更新は通常どおり、2023/12/23 (土) 20:00 を予定しております。
夢の中であたしはGodTubueっていうネット動画配信サイトで、歴史雑学系の動画を見ていたんです。それでですね。昔は鉛中毒っていうのがたくさん起きていて、特に人前に出る機会の多い役者の女性と、ワインをたくさん飲むお金持ちの人がよくなっていたそうなんです。
しかも恐ろしいことに、鉛中毒になるとですね。なんと赤ちゃんを流産しちゃうんだそうです。
鉛なんて見たことないんですけど、そんな危険な毒があるなんて……。
しかも鉛中毒が怖いのは、症状が流産だけじゃないらしいんですよ。耳が聞こえなくなっちゃったり、頭とかお腹とか、色々なところが痛くなったり、あと手足が痺れたり感覚が無くなったり、あとは人格が変わっちゃうなんてこともあるらしいんですよ。
……あれ? 色々なところが痛くなって手足が痺れるって、公太后さまもそうですね。
もしかしてそういうことなんでしょうか?
ううん。でもあの不思議な世界の夢を見るときって、なんだかいつもそうなんですよね。
ということは、きっとそうなんだと思います。そうです。そうに違いありません。
あれ? でも、公太后さまはどうして鉛中毒になったんでしょうか?
まさか鉛を食べたりしないと思うんですけど……。
……えっと、そうですね。あたしが考えたところで分かるわけないですよね。
はい。でも、動画のおかげでイメージができました。今度の治療でさっそく試してみましょう。
◆◇◆
「公太后さま、治療に来ました」
「ああ、ローザ。待っていましたわ」
公太后さまは満面の笑みであたしを出迎えてくれます。
どうやら症状はかなり辛いみたいで、あたしが魔法を掛けている間だけでも楽になるからってすごく頼りにしてくれているんです。
「さあ、ローザ。早く魔法を掛けておくれ」
「はい」
あたしは公太后さまの手を握り、夢で見た鉛中毒治療をイメージします。体の中に溜まってた鉛を集めて、おしっこに混ざるように……えい!
あ! 発動しました。これ、上手くいったんじゃないですかね?
じゃあ、あとは鉛でダメになった神経が元に戻るようにイメージして……えい!
上手くいきました。これもちゃんと発動できましたよ!
えへへ、やりました。
「……ローザ?」
「え? あ、はい。えっと……どうでしょう?」
すると公太后さまは目をぱちくりしながらあたしを見つめてきました。それからあたしが握っていないほうの手を開いたり閉じたりします。
「……治った……ような?」
「本当ですか?」
「ええ、ローザ。痺れもないですし、あれだけ痛かったのに……うっ!?」
「公太后さま!? どこか痛いところが?」
「え、ええ。いえ、そうではありませんわ」
「えっ?」
どっちなんでしょう?
公太后さまの顔がちょっと赤くなっていて、なんだか辛そうな表情をしています。
「ローザ、ちょっと手を放してくれるかしら?」
「あ、はい」
すると公太后さまはすぐに手を引っ込めると、侍女さんを呼びました。
「すぐにわたくしを立たせなさい」
「かしこまりました」
公太后さまはそう言って侍女の助けを借りて立ち上がると、そそくさと部屋を出ていきました。
それからしばらく待っていると、公太后さまが戻ってきました。
あれ? なんだかスッキリしているような表情ですけど……。
「ローザ、もう完治しましたわ。痺れも痛みも、すっかりありませんわ」
「あ、えっと、はい。ちょっと別の魔法を試してみたんですけど、上手くいって良かったです」
「あら、別の魔法って? 治療の魔法じゃないんですの?」
「はい。えっとですね。今日は最初に使った魔法が、公太后さまの体の中の鉛がおしっこと一緒に出てくるようにする魔法なんです」
「えっ!? 道理で……」
「えっ? 道理でって、どういうことですか?」
すると公太后さまは少し恥ずかしそうな表情を浮かべます。
「そ、そんなことより、鉛ってどういうこですの?」
「え? あ、はい。えっと、鉛って実はすごく危ないんです。鉛が体の中に入ると、公太后さまみたいな症状が出たり、あと流産したり、耳が聞こえなくなったり、とにかく危ないんです」
「そうだったんですの!?」
公太后さまは驚いてあたしに聞いてきます。
「は、はい。そうなんです。それで、公太后さまがいくら治療してもすぐに元に戻っちゃったのは、体が鉛に侵されていたからなんです。それで鉛を出してから、それからダメになったところを治療するように魔法を使いました」
「……まさか鉛がそんなに危険な物だったなんて」
「そうなんです。他にも水銀とかも毒で、絶対飲んじゃダメなんです」
「そ、そう……」
公太后さまはショックを受けている様子です。
「あ、あの……」
「なんですの?」
「公太后さま、どうやって鉛なんかを?」
「鉛はね。大人になるとたくさん使うんですのよ。たとえばこの白粉は、鉛白といって鉛を使っていますわ」
「ええっ?」
「他にも、ワインに鉛糖を入れて飲みますわね」
「えええっ!? そんなことをしたら……」
「ええ。わたくしも知りませんでしたわ。でも、これからは鉛白も鉛糖も、鉛を使うものはすべて禁止すべきですわね」
公太后さまはそう言って微笑みました。
ま、まさか、身近なところでそんなにたくさん鉛が使われていたなんて……。
◆◇◆
治療を終えたローザが大公の間に戻ってしばらくすると、公太后ソフィヤの部屋に公女エカテリーナがやってきた。彼女の後ろには医師の格好をした中年の男が付き従っている。
「おばあさま!」
「あら、エカテリーナ。どうしたのかしら?」
「グリゴリー先生を連れてきました! おばあさまのお薬を作ってくれたそうです! この薬で絶対に治ると言っています!」
エカテリーナがそう言うとグリゴリーは前に出て、お盆を差し出した。お盆にはワインの注がれたグラスと、銀色の液体が乗った陶器製の小皿が載せられている。
「瀉血をどうしても拒否なさるということでしたので、今回は万能薬とされる水銀製剤をお持ちいたしました。飲みやすいよう、鉛糖で甘くしたホット赤ワインもございます」
自信満々な様子でそう宣言したグリゴリーを見て、ソフィヤは眉間に皺を寄せた。
「公太后陛下、わたくしめは医者でございます。わたくしめは生涯を医学に捧げ――」
「この者を取り押さえなさい!」
「えっ!?」
ソフィヤの一声に護衛の兵士たちが一斉にグリゴリーを取り押さえる。
「な、何を! 俺は公太后陛下のためを思って!」
「黙れ! 公太后陛下に毒を盛ろうなど!」
「なっ!? 俺は毒など!」
「グリゴリー、わたくしは治りましたわ」
「は?」
「病の原因は、お前がたった今飲ませようとした鉛だったそうですわ」
「そ、そんなはずは……」
「他にも、水銀も毒だそうですわ」
「えっ? そんなはずはございません! 水銀は万能薬として名高い……」
「お黙りなさい! わたくしの病の原因を突き止めることもできず、毒を盛ろうとするなど恥を知りなさい!」
「そ、そんな……」
ソフィヤの剣幕にグリゴリーは言葉を失う。
「この痴れ者を地下牢に繋いでおきなさい」
「はっ!」
護衛の兵士たちがグリゴリーを連れて行く。
「エカテリーナ」
「ひっ」
ソフィヤに呼ばれ、エカテリーナはビクッと体を震わせた。
「あ、あたしはただ、おばあさまに元気に……」
エカテリーナはおずおずと言い訳を始めた。そんなエカテリーナにソフィヤは微笑み、エカテリーナの両肩に手を置いて優しく諭すように話し始める。
「カーチャ、わたくしは医者では治せないと判断したからローザに来てもらったのですよ」
「はい……」
「このような行為をしては、マレスティカ公爵令嬢とマルダキア魔法王国に対して失礼ですわ」
「……」
「カーチャ、分かるわね? 貴女もカルリア公国の公女なのよ? これから先、貴女にああいった甘言を囁く連中はたくさん現れるわ。何が正しいのか。どうしなければいけないのか。そして甘言に乗って間違ったならばどうしなければいけないのか。きちんとお考えなさい」
「……はい。申し訳ありませんでした。おばあさま」
「ええ。いい子ね」
ソフィヤはそう言うと、素直に謝ったエカテリーナの頭を優しく撫でるのだった。
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