テイマー少女の逃亡日記

一色孝太郎

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第四章

第四章第5話 若奥様とお話しました

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 侍女の人が迎えにきてくれたのは結局夕方になってからでした。

 あたしたちは今、侍女の人に連れられて建物の三階にあるマルセルさんの奥さんのお部屋の前にやってきています。

「若奥様、お嬢様、ローザ様とリリア様をお連れしました」
「どうぞ」

 すると侍女の人が扉を開けてくれたので、あたしたちは部屋の中に一歩入りました。そこには大きなソファーがあって、そこにはレジーナさんと水色の髪の女性が腰かけています。

 ということは、水色の髪の女性がマルセルさんの奥さんですね。

 あたしたちは二人に向かってカーテシーをします。

「楽にしていいわよ」

 あたしたちはカーテシーをやめ、二人のほうを見ます。

 あ! マルセルさんの奥さんのお腹が大きいです! ということはもしかして……。

「さ、こっちにいらっしゃい」
「はい」

 あたしたちはソファーの前にきました。

 わぁ、今、何か月なんでしょうね?

「はじめまして、リリアと申します。今日はお招きいただきありがとうございます」
「あ……ロ、ローザと申します。えっと、お招きいただきありがとうございます」
「ええ。ようこそ。わたくしはマルセルの妻のアデリナよ。かわいい義妹のお友達に会えてうれしいわ」

 アデリナさんはそう言ってソファーに座ったままにっこり微笑みました。

「お腹に赤ちゃんがいるから、座ったままで許してね。さあ、二人も掛けて」
「「はい」」

 あたしたちがソファーに座ると、アデリナさんの侍女らしい人たちがすぐにトレイを転がしてお菓子とお茶を運んできてくれました。

 あれ? アデリナさんだけポットが別です。

「あら? ああ、これはね。ラズベリーリーフティーなの」
「あ! そういうことですか」

 たしかラズベリーリーフティーは、安産を促してくれるお茶だってツェツィーリエ先生が授業で言っていた気がします。

「じゃあ、もうすぐなんですか?」

 リリアちゃんがアデリナさんに尋ねます。

「ええ、そうなの。だからちょっと残念だけど、皆さんとは一緒に遊びにはいけないの。本当はわたくしも冬のベアヌ高原に遊びに行きたかったのだけれど……」
「お義姉さま、今は赤ちゃんが一番ですわ」
「ほら、主人もレジーナちゃんも同じことを言うのよ?」
「そ、それはそうですよ。アデリナさんと赤ちゃんに何かあったら大変です」

 リリアちゃんの言葉に私も首をがくがくと縦に振ります。

「お医者さんがいるところで産んだほうが安心だし、あたしもそう思います」

 ……あ、でもお医者さんってなんでも瀉血しちゃうんでしたっけ。

 あれれ? ということはお医者さんがいないほうが安心だったりします?

 なんだかちょっと不安になってきました。

「そう? そうかしらねぇ」

 アデリナさんはそう言ってころころと笑うと、大きなお腹をそっと撫でました。その手つきは本当に優しくて、愛情が見ているあたしにも伝わってきます。

 ……お母さんって、あんな風になるんですね。あたしを産んだお母さんもあんな風にあたしのことを思ってくれていたんでしょうか?

「あら? ローザちゃん、撫でてみる?」
「えっ?」
「わたくしのお腹を見ていたでしょう? どうぞ?」
「あ、はい。えっと、それじゃあ……」

 あたしはアデリナさんの前まで行くと、そっと大きなお腹に手を当てました。

 なんだかパンパンに張っていて、ちょっと不思議な感じです。この中に赤ちゃんがいるなんて……。

「あ! 今動きましたよね?」
「ええ、そうね。動いたわ」
「わぁ、すごいなぁ……」
「あ、あの、アデリナ様。あたしも……」
「ええ、どうぞ」

 リリアちゃんもやってきて、アデリナさんのお腹をそっと触ります。

「うわぁ、本当だ。ここに赤ちゃんがいるんですね」

 アデリナさんはニコニコとあたしたちを見ていますが、レジーナさんは少し複雑な表情をしています。

 ……あ、もしかしてレジーナさんも触りたいんでしょうか?

「あ、あの? レジーナ様も良かったら……」
「え? ええ、わたくしは結構ですわ」

 レジーナさんは困ったような表情を浮かべ、運ばれてきたお菓子に手を伸ばしたのでした。

◆◇◆

 それからしばらくすると、マルセルさんがやってきました。マルセルさんはすぐにアデリナさんのところへ行き、迷わずに軽くキスをしました。

 だ、大胆です……。

 でもマルセルさんもアデリナさんも幸せそうですし、仲良し夫婦みたいです。

 それからレジーナさんとチークキスをすると、ソファーに腰かけました。

「いやあ、二人ともすまないね。仕事が立て込んでいてね。待たせてしまったかな?」
「い、いえ」
「大丈夫です。アデリナ様とレジーナ様とおしゃべりができたので楽しく過ごせました」
「そうか。それは良かった。ああ、そうそう。それと、君たちは明日からベアヌ高原に行くだろう?」
「はい」
「夏の事件のこともあったから不安だろうけれど、今回は安心してもらっていいよ。何せ夏からずっと大規模な山狩りをし続けていたからね。君たちが遊びに行く一帯では、この冬に入ってからゴブリンの姿は一匹たりとも見つかっていないよ。それに雪中での魔物駆除も継続していて、何かあればすぐに連絡が行くように手配しているから安心して楽しんでおいで」
「それなら安心ですね。マルセル様、ありがとうございます」

 リリアちゃんの返事にマルセルさんは満足げにうなずきました。

「あら、別にローザたちのためだけにやったわけではありませんわ。夏の一件で傷ついた高級保養地としての評判を取り戻したいという話の一環ですわね」
「そ、そうなんですね。でも、魔物退治をした騎士の人たちも大変だったでしょうし、その、やっぱりありがとうございます」
「そう」

 レジーナさんはなんだかバツが悪そうにしています。

 あれれ? なんだか悪いことを言っちゃいましたか?

「ローザちゃん、レジーナちゃんはね。二人に気にしなくていいと言っただけなのよ。それなのにローザちゃんったら騎士たちのことを気にしたんだもの。ね?」
「あ……えっと……」
「ああ、ごめんなさい。責めてるんじゃないのよ。ただ、ローザちゃんがあまりにもいい子だったから、レジーナちゃんは困って照れちゃったのよ。レジーナちゃんはローザちゃんのことを怒ってないわ。ね?」
「え、ええ。そうですわ」

 レジーナさんはプイとそっぽを向いてしまいました。

「あらやだ。レジーナちゃんったら照れちゃって。かわいいわね」
「そ、そんな。わたくしは照れてなんて……」

 アデリナさんはくすりと笑います。

「あ、えっと、その、レジーナさん、気を遣ってくれてありがとうございます」
「ああ、もう。ローザは本当に……」
「え?」
「なんでもありませんわ。それよりローザ、リリア」
「は、はい」
「なんですか?」
「せっかくだから二人の光属性の魔術を披露してくださる?」
「え?」
「はい。わかりました。ローザちゃん、いいよね?」
「いいですけど、何をすればいいんでしょう?」
「光らせればいいんじゃない?」
「光らせる?」
「うん。さすがに誰かに怪我してもらうわけにもいかないし……」
「そうですね」
「じゃあ、あたしは詠唱するから、ローザちゃんはいつもどおり」
「はい」

 こうしてあたしたちはマルセルさんたちの前で魔法を披露することになったのでした。
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