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第二章

第72話 助けてもらいました

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 バラサさんが出ていったあと、アリアドナさんは大きなため息をつきました。

「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさいね。でも、きちんと言質はとりましたよ」
「え? え?」

 あたしはアリアドナさんが何を言っているのかさっぱりわかりません。

「わたくしはあなたの学園での母親だと言ったでしょう? 最初から、わたくしはあなたの味方です。それにね。そもそもイングリーさんだってあれでも一応は貴族の令嬢です。水球を飛ばすだけの簡単な魔術に失敗して隣のレーンに立っていたローザさんに当たるなんて、よほどの初心者以外にはありえません」
「え? え?」

 じゃあ、どうしてあんな風に言って帰しちゃったんですか?

「ですが、証拠がない状況では罰することはできませんからね。そこで、今回の件を利用してイングリーさんが自分の仕業ではないではないとわたくしに対して男爵家の令嬢として宣誓させたのです」

 えっと?

「これでもし証拠が出てきたのなら、イングリーさんは退学です。これで彼女も迂闊うかつなことはできなくなりました。だから、今日のところはこれで我慢してちょうだいね」

 どうやらアリアドナさんは最初から謝らせようと思っていたわけではなくて釘を差すだけのつもりだったみたいです。

「次からはもっと周りに気を付けなさい。もしかしたら次はもっと陰湿なことや危険なことをされるかもしれませんからね。それと、何かあったら必ずわたくしに相談するのですよ?」
「……はい」

 あたしはがっくりと肩を落として応接室を後にしたのでした。

◆◇◆

 それから二週間ほどが経ちました。アリアドナさんに言われて普段から周りに気を付けるようにしていたおかげか、今のところは無事です。

 あたしは今、珍しく一人でお昼を食べて教室に戻るところです。ヴィーシャさんは最近剣術の昼練で忙しいのでお昼は別ですし、リリアちゃんは料理研究会の先輩に呼ばれたそうです。

 なんでも、料理研究会に在籍しているのに料理が苦手な子のための特別レッスンをどうするか話し合うんだそうです。

 えっと、はい。あたしのことです。

 でも仕方ないじゃないですか。お友達のリリアちゃんがいるから大丈夫だって思ったんです。

 それに、塊肉をたき火で焼くのは得意だし孤児院でもお手伝いしてたから大丈夫だとおもったんです。

 でも料理研究会では塊肉を焼くことなんてありませんでしたし、孤児院の料理とは全然違って入れなきゃいけないものがたくさんあって大変でした。

 ただ、がんばって練習すればきっとお料理だって上手になるはずですなんです。

 はずですよね?

 えっと、たぶん?

 ですが、そんなことを考えていたのがまずかったのでしょう。

 注意散漫になっていたあたしは階段を登っている途中で突然強く押し返されました。

 次の瞬間、あたしの体は宙に投げ出されてしまいました。

「あっ!?」

 周囲の光景がスローモーションに見えます。

 押された方向を確認するとバラサさんが立っていました。しかも両方の掌がこちらに向いていて、腕が伸びきっています。

 顔は……ニタリ、という表現がぴったりなほど醜く歪んでいます。

 あ! あいつ!

 何とか着地をしようとしますが、景色がスローモーションに見えるだけで体が動いてくれるわけではありません。

 そのままあたしの体は頭を下にして落ちていきます。

 もうダメ!

 そう思ってあたしは目をつぶりました。

 ですが、思っていたような衝撃は感じません。何か暖かいものに包まれています。

「大丈夫ですか? ローザ嬢」
「え? え?」

 あたしは半ばパニック状態となってしまいましたが、そんなあたしに優しく落ち着けるように声をかけてくれました。

「お怪我はありませんか?」
「あ……こ、公子様?」
「はい。ご無事なようで何よりです」

 ひえぇ。やっぱり聞き違いじゃなかったみたいです。

 あたしは目を開けて状況を確認しました。
 
 ええと、目の前に公子様のお顔があります。それからこれは……お姫様抱っこ!?

「あ、え、え、あ、あ、あ!?」

 あたしはパニックになってなんとか逃れようとしますが、公子様の力はとても強くて逃れることはできません。

「ほら、落ち着いてください。ローザ嬢」

 公子様はそう言いながらあたしを地面に降ろして立たせてくれ、それからあたしの頭を軽くポンポンとしてきました。

「あ、は、はい。す、すみ、すみませんでした」
「いえ。それで、一体どうしたのですか? 飛び降りるほどの悩みがあったのですか?」
「え?」

 あたしは言われたことの意味が分からずにそのまま固まってしましまいました。

「おや? 違うのですか? 足を踏み外しただけではあんな風には落ちてこないと思うのですが……」

 そう言われてようやくあたしは現実を思い出しました。

「違います! バラサさんに突き落とされたんです!」
「バラサさん?」
「あ、えっと。バラサ男爵令嬢です。レジーナ様の婚約者である王太子様に近づくなって、いつも嫌がらせをしてくるんです!」
「……ああ、なるほど。そういうことですか。ローザ嬢。このことは誰かに相談していますか?」
「えっと、アリアドナさんには」
「アリアドナさんというと、たしか女子寮の寮母さんでしたね」
「はい」
「他には? 先生は知っていますか?」
「いえ。あ!」

 言おうか迷いましたが、公子様が無言であたしを見てくるので説明することにしました。

「授業のときに水魔法をわざとぶつけられたんですけど、どっちもどっちってことにされました……」

 それを聞いた公子様は眉をひそめます。

「なるほど。わかりました。先生が見ていてその状況なのでしたら我々生徒会の出番でしょう。その件はこちらで預からせて貰ってもよろしいですか?」
「え? あ……良いんですか?」

 その申し出があまりにも意外で、あたしはつい聞き返してしまいました。

「もちろんですよ。こういった生徒同士のトラブルを解決するのも仕事のうちですからね」
「……そう、なんですね。それじゃあ、お願いします」
「お任せください。ローザ嬢」

 公子様は笑顔でそう言ってくれたのでした。

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次回「第73話 仲裁してもらいました」は通常よりも予定を早め、2021/06/07 (月) 20:00 ごろの更新を予定しております。
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