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聖女の旅路
第十三章第24話 事故と治癒とお礼
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グリーンカレーを堪能した私たちは再び舟に乗ったのだが、何やら遠くのほうから悲鳴のようなものが聞こえてきた。慌てて振り向いた視線の先の川面には木箱が散乱しており、その近くには何艘もの舟が密集している。
「事故のようですね」
「はい、その様です。お恥ずかしい限りですが、狭い水路を商人たちが急いで通りますので……」
うーん、やはりそうか。お店から見ていたときもなんとなく危なっかしい印象だったしね。
でも急いては事を仕損じるとも言うし、もっと慎重に……て、おや? これは?
じっと耳を澄ますと、誰かの名前を必死に呼ぶ声が周囲の雑音に紛れて聞こえてくる。
「怪我人がいるみたいですね」
「えっ? 怪我人、ですか?」
シーナさんが怪訝そうな顔を向けてきた。
「はい。ええと、ソムチャイさんという名前を必死に呼んでいる女性の声がしますね」
そう言うと、シーナさんはポカンとした表情を浮かべた。
「ええと、私にはさっぱり……」
まあ、吸血鬼の聴力のおかげだしね。
「私、耳はいいほうなんですよ」
「はぁ」
シーナさんは半信半疑の様子だ。
「フィーネ様は聖女として、助けを求める者の声を敏感に感じ取ってくださったのですよね?」
「え? ああ、はい。まあ、そんな感じです」
突然クリスさんが割り込んできて少し驚いたが、まあ、聖女様を演じるだけで瘴気が減るのならそれはそれでいいだろう。
「シーナ殿、そういうことだ」
「そうなのですね! やはり聖女様は!」
シーナさんは目をキラキラと輝かせ始める。
「ああ、ええと、はい。深刻そうなのでよかったら私が治療してあげようと思うんですけど……」
「よろしいのですか? ぜひ!」
こうして私たちは事故現場へ舟を向け、水路に浮かぶ荷物の間を進んでなんとか現場へと到着した。
「ソムチャイ! ソムチャイ! お願い! 私を置いて逝かないで!」
桟橋の上に一人の若い男性が横たわっており、その体に若い女性が縋りついて泣きながら呼び掛け続けている。
おっと、これは一刻を争う事態だ。
「シーナさん」
「はい! お前たち! 道を空けなさい! 聖女フィーネ・アルジェンタータ様が到着されました!」
「えっ?」
「シーナ様!?」
「聖女様?」
集まっていた人たちの視線が一斉にこちらを向く。
「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです。ソムチャイさんの治療をしますので道を開けてもらえますか?」
「あ、はい……」
狭い桟橋から人が移動し、すぐに道ができたので私は舟から桟橋に乗り移る。
「ああ! 聖女様! どうかソムチャイを! 主人をお救いください!」
私は小さく頷くと、すぐさま治癒魔法を掛けた。
「はい、治りましたよ」
「えっ? もう?」
「はい」
女性は半信半疑な様子でソムチャイさんに視線を向けると、ソムチャイさんが目を開けた。
「う……タンサニー?」
「ああ! ソムチャイ!」
「良かった。怪我はない?」
「ないわ! でも! でも!」
タンサニーさんはワンワンと泣きながらソムチャイさんの胸に顔を埋め、そんなタンサニーさんの頭をソムチャイさんは優しく撫でたのだった。
うん。良かったね。このまま末永く爆発するといいと思うよ。
◆◇◆
「聖女様、なんとお礼を言ったらいいのか……」
しばらく二人の世界にいたソムチャイさんたちだったが、ようやく私たちの存在を思い出したのかソムチャイさんがお礼を言ってきた。
「いえ。奥さんを一人残さずに済んで良かったですね」
「はい! ただ……」
ソムチャイさんの表情が曇る。
「ただ?」
「その、お恥ずかしい限りなのですが……」
ええと?
「その、我々はご覧のとおりしがない炭売りですので聖女様にお支払いすることが……」
「えっ?」
思いもよらない申し出に困惑した私はシーナさんのほうを確認する。
「聖女様、我が国では寺院で治療を受ける際は身分に関係なく、決まった金額の寄付をすることが求められているのです」
「はぁ」
まあ、たしかにホワイトムーン王国の神殿も料金表があるしね。人によって値段を変えたらえこひいきだと言われそうだし、お金がない人だけ無料なんてことにすれば神殿の業務がパンクしてしまう。
「じゃあ、通常はいくらなんですか?」
「はい。治癒魔法のレベルによって決まっておりまして、レベル3でしたら金貨一枚、レベル4でしたら金貨十枚、レベル5でしたら金貨五十枚となっています」
なるほど。瀕死だったから少なくともレベル5相当はあったような気はするけれど……
「聖女様はどのレベルの治療をなっさたのでしょうか?」
「え? はい。ソムチャイさんは瀕死でしたから――」
「フィーネ殿」
正直に答えようとした私をシズクさんが止めてきた。
「はい?」
「お金をあまりとりたくないのでござろう? ならば低いレベルで説明すればいいでござるよ」
シズクさんがそう耳打ちしてきた。
「え? でも……」
「シーナ殿は治癒師なのでござろう? ならばそれがどのレベルなのかはおおよそ認識しているはずでござるよ。そのうえで聞いてきたということは、こちらに裁量の余地を与えてくれているということでござる」
なるほど。
「そうですね。じゃあ、レベル4です」
「……そうでしたか。それでは金貨十枚となりますね」
「金貨十枚ですか……」
ソムチャイさんはがっくりとうなだれた。
あ……レベルを一つ下げたくらいではダメだったようだ。
「それほどの大金となると、借金奴隷として身売りするしか……」
「わ、私も彼のために身売りします!」
「タンサニー! ダメだ! 君は!」
「でも!」
「あの、さすがにそれはちょっと……」
「そうですよね……」
何やら話がおかしな方向に進んでいるが、何も受け取らないというわけにもいくまい。
「いいでござるか?」
「はい。何か名案でも?」
「名案かは分からないでござるが、ソムチャイ殿の炭をすべて買い上げれば良いのではござらんか?」
「炭を?」
「そうでござる。ソムチャイ殿は集められるだけ炭を集め、拙者たちから受け取ったお金で治療費を払うでござる。炭は拙者たちも旅で使うでござるし、フィーネ殿が収納に入れておけばかさばらないでござる」
「なるほど! それは名案ですね! じゃあ、そういうことでお願いできますか?」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ソムチャイさんとタンサニーさんは涙ぐみながら、何度もお礼を言ってきたのだった。
「事故のようですね」
「はい、その様です。お恥ずかしい限りですが、狭い水路を商人たちが急いで通りますので……」
うーん、やはりそうか。お店から見ていたときもなんとなく危なっかしい印象だったしね。
でも急いては事を仕損じるとも言うし、もっと慎重に……て、おや? これは?
じっと耳を澄ますと、誰かの名前を必死に呼ぶ声が周囲の雑音に紛れて聞こえてくる。
「怪我人がいるみたいですね」
「えっ? 怪我人、ですか?」
シーナさんが怪訝そうな顔を向けてきた。
「はい。ええと、ソムチャイさんという名前を必死に呼んでいる女性の声がしますね」
そう言うと、シーナさんはポカンとした表情を浮かべた。
「ええと、私にはさっぱり……」
まあ、吸血鬼の聴力のおかげだしね。
「私、耳はいいほうなんですよ」
「はぁ」
シーナさんは半信半疑の様子だ。
「フィーネ様は聖女として、助けを求める者の声を敏感に感じ取ってくださったのですよね?」
「え? ああ、はい。まあ、そんな感じです」
突然クリスさんが割り込んできて少し驚いたが、まあ、聖女様を演じるだけで瘴気が減るのならそれはそれでいいだろう。
「シーナ殿、そういうことだ」
「そうなのですね! やはり聖女様は!」
シーナさんは目をキラキラと輝かせ始める。
「ああ、ええと、はい。深刻そうなのでよかったら私が治療してあげようと思うんですけど……」
「よろしいのですか? ぜひ!」
こうして私たちは事故現場へ舟を向け、水路に浮かぶ荷物の間を進んでなんとか現場へと到着した。
「ソムチャイ! ソムチャイ! お願い! 私を置いて逝かないで!」
桟橋の上に一人の若い男性が横たわっており、その体に若い女性が縋りついて泣きながら呼び掛け続けている。
おっと、これは一刻を争う事態だ。
「シーナさん」
「はい! お前たち! 道を空けなさい! 聖女フィーネ・アルジェンタータ様が到着されました!」
「えっ?」
「シーナ様!?」
「聖女様?」
集まっていた人たちの視線が一斉にこちらを向く。
「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです。ソムチャイさんの治療をしますので道を開けてもらえますか?」
「あ、はい……」
狭い桟橋から人が移動し、すぐに道ができたので私は舟から桟橋に乗り移る。
「ああ! 聖女様! どうかソムチャイを! 主人をお救いください!」
私は小さく頷くと、すぐさま治癒魔法を掛けた。
「はい、治りましたよ」
「えっ? もう?」
「はい」
女性は半信半疑な様子でソムチャイさんに視線を向けると、ソムチャイさんが目を開けた。
「う……タンサニー?」
「ああ! ソムチャイ!」
「良かった。怪我はない?」
「ないわ! でも! でも!」
タンサニーさんはワンワンと泣きながらソムチャイさんの胸に顔を埋め、そんなタンサニーさんの頭をソムチャイさんは優しく撫でたのだった。
うん。良かったね。このまま末永く爆発するといいと思うよ。
◆◇◆
「聖女様、なんとお礼を言ったらいいのか……」
しばらく二人の世界にいたソムチャイさんたちだったが、ようやく私たちの存在を思い出したのかソムチャイさんがお礼を言ってきた。
「いえ。奥さんを一人残さずに済んで良かったですね」
「はい! ただ……」
ソムチャイさんの表情が曇る。
「ただ?」
「その、お恥ずかしい限りなのですが……」
ええと?
「その、我々はご覧のとおりしがない炭売りですので聖女様にお支払いすることが……」
「えっ?」
思いもよらない申し出に困惑した私はシーナさんのほうを確認する。
「聖女様、我が国では寺院で治療を受ける際は身分に関係なく、決まった金額の寄付をすることが求められているのです」
「はぁ」
まあ、たしかにホワイトムーン王国の神殿も料金表があるしね。人によって値段を変えたらえこひいきだと言われそうだし、お金がない人だけ無料なんてことにすれば神殿の業務がパンクしてしまう。
「じゃあ、通常はいくらなんですか?」
「はい。治癒魔法のレベルによって決まっておりまして、レベル3でしたら金貨一枚、レベル4でしたら金貨十枚、レベル5でしたら金貨五十枚となっています」
なるほど。瀕死だったから少なくともレベル5相当はあったような気はするけれど……
「聖女様はどのレベルの治療をなっさたのでしょうか?」
「え? はい。ソムチャイさんは瀕死でしたから――」
「フィーネ殿」
正直に答えようとした私をシズクさんが止めてきた。
「はい?」
「お金をあまりとりたくないのでござろう? ならば低いレベルで説明すればいいでござるよ」
シズクさんがそう耳打ちしてきた。
「え? でも……」
「シーナ殿は治癒師なのでござろう? ならばそれがどのレベルなのかはおおよそ認識しているはずでござるよ。そのうえで聞いてきたということは、こちらに裁量の余地を与えてくれているということでござる」
なるほど。
「そうですね。じゃあ、レベル4です」
「……そうでしたか。それでは金貨十枚となりますね」
「金貨十枚ですか……」
ソムチャイさんはがっくりとうなだれた。
あ……レベルを一つ下げたくらいではダメだったようだ。
「それほどの大金となると、借金奴隷として身売りするしか……」
「わ、私も彼のために身売りします!」
「タンサニー! ダメだ! 君は!」
「でも!」
「あの、さすがにそれはちょっと……」
「そうですよね……」
何やら話がおかしな方向に進んでいるが、何も受け取らないというわけにもいくまい。
「いいでござるか?」
「はい。何か名案でも?」
「名案かは分からないでござるが、ソムチャイ殿の炭をすべて買い上げれば良いのではござらんか?」
「炭を?」
「そうでござる。ソムチャイ殿は集められるだけ炭を集め、拙者たちから受け取ったお金で治療費を払うでござる。炭は拙者たちも旅で使うでござるし、フィーネ殿が収納に入れておけばかさばらないでござる」
「なるほど! それは名案ですね! じゃあ、そういうことでお願いできますか?」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ソムチャイさんとタンサニーさんは涙ぐみながら、何度もお礼を言ってきたのだった。
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