勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
590 / 625
聖女の旅路

第十三章第17話 アーユトール風焼きそば

しおりを挟む
 べクックの町はさながら労働者たちの町といったところだろうか?

 通りにはやたらと体格のいい男たちがたくさん歩いている。

 彼らは動きやすい格好をしており、あちこちに泥などの汚れがついている。

 もしかして彼らは外での仕事を終えて戻ってきたところだろうか?

 男たちは皆同じ方向へと向かって歩いており、例のいい匂いもそちらから漂ってきている。

「あっちですね」
「はいっ!」

 美味しいものが食べられそうだということでテンションの高いルーちゃんを先頭に、私たちは男たちと同じ方へと歩きだす。

 男たちはちらちらとこちらを見てくるが、これだけぞろぞろと護衛の兵士を引き連れているのだから無理もないだろう。ああ、それに私たちがあきらかに外国人だということもあるかもしれない。歩いている人たちは私たち以外全員黒目黒髪だ。レッドスカイ帝国もゴールデンサン巫国もそうだったのだが、彼らと比べると肌が少し浅黒い。

 やはり南のほうは日差しが強いため、肌の色が濃くなるのだろう。

 あれ? でもホワイトムーン王国だってそれなりに南な気はするね。

 うーん?

 そんなどうでもいいことを考えつつ歩いていると、屋台がずらりと並んだ場所にやってきた。

 なるほど。あの美味しそうな匂いの発生源はここだったのか。

「姉さま、あれが美味しそうですっ!」

 ルーちゃんはそう言うと屋台街の中ほどにある、十人ほどが並んでいる屋台の前へとやってきた。

 ううん、なんともおいしそうな匂いだ。色々な屋台からの匂いが混ざっているが、あの屋台から漂ってくる匂いは……エビの香りかな?

 それになんとも独特な匂いもする。

 そうしていると、すぐにルーちゃんと護衛の兵士の人が四人分のお皿を持ってきてくれた。

「姉さま、あのテーブルに座って食べるみたいですよっ!」

 ルーちゃんの指さすほうにテーブルはあるが、かなりの混雑具合のため開いている場所がない。

「聖女様、もうしわけございません。今すぐにどくように――」
「待ってください。空いている席を探しましょう。空いてなくても相席すればきっと座れますよ」
「えっ!?」

 兵士の人は驚いているが、私を一体なんだと思っているのだろうか?

 もしかして、先に座っている人をどかして席を奪い取るような人間だとでも思われているのだろうか?

 どこかに開いている場所はないかと見回すと、大きなテーブルの一角にちょうど四人が座れそうなスペースがある。

「あ、あそこに四人、座れそうですね」
「そうですね。交渉して参ります」

 クリスさんがすぐにその席に駆け寄り、何かを話している。すぐにクリスさんは座れることを身振りで教えてくれた。

「失礼します」

 私たちが着席すると、相席する相手の男性たちがぎょっとした表情でこちらを見てくる。

「あれ? 何かありましたか?」
「い、いや……こんな小汚ぇ場所にこんな上品な嬢ちゃんたちが来るなんて思ってなくてよ」
「ホテルにいたんですが、このとても美味しそうな香り釣られてきてしまいました」
「お、おう。しかも一発目でチャダのオヤジのパッタイを頼むたぁ中々だな」
「有名なお店なんですか?」
「おうよ。チャダの親父のパッタイといやぁ、このべクック屋台街でも一番ってぇ評判だからな」
「そうなんですね」

 私はテーブルに置いたパッタイという食べ物をじっと観察してみる。

 見たところ、これは焼きそばのようだ。なんのソースかは分からないが茶色い調味料で炒めてあり、麺が透明なのが特徴だ。

 あ! そうか! これはお米の麺だ。ええと、あれはなんという名前だったっけ?

 ……思い出せないのがもどかしいが、具は豚肉と小エビ、ニラ、もやし、玉ねぎ、そして玉子だ。

 よし、まずはこの名前を思い出せないお米の麺からいただこう。

 んんっ! これは……なんとも独特な歯ごたえだ。むちっとしたものすごいコシがあり、この食感がなんとも堪らない。味付けはやや甘めだが、塩味と酸味、さらに複雑な出汁のうま味が絶妙に混ざっている。それと、この独特の香りは一体……?

 あ! 分かった。これは魚醤だ。今まで食べたものとはちょっと違った香りだが、魚醤に違いない。イヤな臭みはなく、他の味付けの引き立て役としてきっちりといい仕事をしている。

 よし、次は小エビをいただこう。

 うん。これも中々だ。小エビはプリプリしており、噛めばじゅわりとエビの汁が溢れてくる。そしてそれがパッタイ全体に付けられた味と混ざりあい、なんともいい塩梅だ。屋台の食事として提供されているのにこのクオリティというのは素晴らしい。

 続いて豚肉、ニラ、もやしと次々に口に放り込む。

 うんうん、いいね。油が多めの豚肉とこの味付けがまたよく合う。それにニラの香りともやしのシャキシャキ感もたまらない。

 そうだね。なんというか、これぞファストフードといった感じだ。これ以上食べると夜食べられなくなってしまうので残りはルーちゃんにあげることにするが、夜ごはんがないならこれだけで十分かも知れない。

「なんだい? もう食べねぇのかい?」
「はい。私は小食ですので。はい、ルーちゃん。お願いします」
「わーいっ!」

 ルーちゃんはもうすでに食べ終えており、私の残りもあっという間に食べてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...